#29 後始末
小惑星の落下は、辛うじて防がれた。
多くの人々の命が、助かったことは間違いない。
だが、この決断に至ったアイリーンには、重い運命がのしかかる。
「小惑星、衛星軌道を離脱!このまま、離れていきます!」
レーダー手からの報告を聞き、一同は安堵する。だが、彼らはアイリーンを見る。
とんでもない責任を、負わせてしまった。交渉官に無断で、圏内砲撃をさせたこの接触人の運命を、彼らも理解している。
その視線を感じつつ、アイリーンは言う。
「よ、よかったわね!これで多くの人が助かったわ!さてと、次の問題は地上よね。」
「……あの、地上にどのような問題が?あの隕石はすでに離脱し、地上にはなんら被害を及ぼしてはおりませんが……」
「突然、こんな船が現れて、砲をぶっ放したのよ!今頃、地上は大騒ぎよ、きっと!」
「あ……」
「だから、私が説得に出るわ。あの都市の真上まで移動してちょうだい。」
「はっ、了解しました。」
全長300メートルのこの艦が、移動を開始する。ビル群の真上まで移動し、高度500メートルで停止する。
地上の様子を、モニターで確認する。まさに地上は、蜂の巣を突いたような騒ぎになっている。テレビカメラらしきものが、この艦に向けられているのが見える。
「やっぱり、騒ぎになってるわね……じゃあ、ちょっと行ってくる。甲板から出るわ。」
「はっ!御武運を!」
「いやぁね、戦いに行くわけじゃないわよ。」
艦橋内の乗員一同が、立ち上がってアイリーンに敬礼する。それに手を振って応えるアイリーン。
艦橋を出て、甲板に繋がる通路に向かうアイリーン。だがその途中、カナエが現れた。
「アイリーンさん!」
叫ぶカナエ。アイリーンは応える。
「何よ急に?なんかあったの?」
「アイリーンさんが死刑になっちゃうって、本当ですか!?」
それを聞いたアイリーンは一瞬、息が詰まるのを感じる。だが、カナエに応える。
「あ、ああ、それね。大気圏内では、無断で砲撃をしちゃいけないことになってるんだけど、それを私の責任で撃たせちゃったから……」
「なんでそれくらいのことで、わざわざアイリーンさんが死ななきゃいけないんですか!?納得できません!」
「ええとね、昔々、地球003というところが、駆逐艦の一斉砲撃を受けて、たくさんの人々と星一つを失った大事件があってね、それ以来、圏内砲撃は重罪ってことになってるのよ。」
「でも、今回はたくさんの人々を救ったんでしょう!?おかしいじゃないですか!」
「ま、まだ死刑と決まったわけじゃないわよ!なんとかなるかもしれないし……」
「いや、アイリーンは覚悟しているんだろう?その、理不尽な結末がいずれ我が身に訪れることを。」
カナエの後ろから、エルヴェルトとエリシュカも現れた。
「そ、そりゃあ覚悟くらいしてるわよ!でも、私は宇宙最速の魔女よ!覚悟を決めるのも、速いわよ!」
「そうか。」
するとエルヴェルトは、アイリーンの手を握る。
「じゃあ、僕も覚悟を決めるよ。アイリーン1人に、責任は負わせられない。僕はアイリーンの補佐だ。その運命を、共にするよ。」
「ば、バカじゃないの!?そんなのできるわけがないじゃない!」
「そんなことないですよ。私も、お供します。」
「アイリーン様、我らは4本の矢。折れるときは、一緒です。」
カナエとエリシュカも、手を握る。それを見たアイリーンは、涙をにじませながら応える。
「うう……やっぱりあんたら、バカだわ……こんな暴走魔女に、いちいち付き合おうだなんて……」
「何言ってるんだ。バカでなきゃ、そもそもアイリーンなんかについていかないさ。」
「そうですよ。何を今さら言ってるんですか?」
「『ハングリーであれ、バカであれ』と申した先人もおります。バカで結構でございます。」
涙をぼろぼろ流すアイリーン。微笑むエルヴェルトに、もらい泣きするカナエ、そして、わりといつも通りの表情のエリシュカ。
「……で、今から地上に行くんだろう?」
「え、ええ、そうだったわ。この艦を見て、大騒ぎしてるはずだから。」
「僕らは、哨戒機で待機している。何かあったら、すぐに飛んでいくさ。」
「と、当然でしょう!従業員なんだから、給料分の仕事はしてもらうわよ!」
手で涙を拭いながら、エルヴェルトに向かって叫ぶアイリーン。そして魔女スティックを手に、甲板へ向かう。
「じゃあ、行ってくるわね。あとお願い。」
手を振るカナエとエルヴェルト、お辞儀するエリシュカ。そんな彼らに手を振り、アイリーンは通路を走る。
その頃、地上ではこの未知の浮遊物体をめぐって、大騒ぎになっていた。
「あの飛来物を狙撃した未知の飛行物体が、このフラストプール上空に現れてからしばらく経ちますが、一向に動きはありません!あれは一体、何ものなのでしょうか!?以上、飛行物体の真下からでした!」
ビルの屋上から、ナレーターが叫ぶように状況を伝えている。その脇には、カメラがいる。
彼らは、この灰色の不思議な物体を中継していた。元々、あの小惑星の衝突を決死の覚悟で中継するためにここにいた報道関係者だが、予想外の事態が起こり、今はこの不思議な浮遊物体の中継に切り替えている。
そんな彼らが、空から降りてくる小さな物体を捉えた。
「あ!今、何かが降りてきます!ええと、あれは……人?棒にまたがった、人らしきものが、灰色の浮遊物から降りてきました!」
この取材対象の思わぬ動きに、再び中継を開始する女性ナレーター。カメラマンも、この不思議な飛行物体にカメラを向ける。
『人のようだと言いましたが、それは一体……』
「スタジオでも、こちらの映像が見えてますでしょうか!?ご覧の通り、人です!まるでこれは……魔女!?」
『ジャネットさん!もう少し詳しく、状況をレポートしてくれませんか!?』
「い、いえ、これ以上詳しいことは、私にも……ああ、でも、あの飛行物体はこちらに向かってきます!」
マイクを握りながら空を見上げて中継するそのジャネットというナレーターに向かって、アイリーンは降下する。そして、そのビルの屋上、ジャネットとカメラマンの前に降り立った。
「ちょっと、いいかしら!?」
いきなり現れて、ジャネットに尋ねるアイリーン。ジャネットは応える。
「はい!なんでしょう!?」
「これって今、どこかに中継してる?」
「え、ええ、まさにこのアルメシア共和国全土に、中継しているところですよ!」
「あ、そう。ちょうどよかったわ。ちょっと言いたいことがあるから、喋っちゃっていい?」
「はい、どうぞ!」
するとアイリーンは一息ついて、話始める。
「私の名はアイリーン。宇宙統一連合の接触人。この星と同盟を結ぶためやってきたばかりなんだけど、そこで巨大隕石の落下を発見したから、砲撃をさせてもらったの。で、ご覧の通り、落下は阻止できたわ。そういうことだから、安心してちょうだい。」
それを聞いたジャネットは、アイリーンに尋ねる。
「あ、あの、アイリーンさん、でしたか?もしかしてあなたは、宇宙人なのですか?」
「そうよ。この星には、あの駆逐艦のように空飛ぶ船や、私みたいな魔女はいるの!?」
「い、いえ、いませんね……」
「でしょう!?なら、そういうことよ。」
アイリーンのこの言葉に、この場が沈黙する。あまりに唐突で、あっさりしててぶっきらぼうなこの魔女に、このナレーターは何から尋ねたら良いのか決めかねている。
「え、ええと、宇宙人ということは、もしかして、我々地球を侵略するために来たのでは……」
「はあ!?今の話、聞いてたでしょう!?同盟を結ぶためだって!」
「で、ですがあれだけ強力な兵器をお持ちなら、その、我々を支配するために来たんじゃないかと思うのが……」
「そんな物騒なこと、するわけないでしょう!そのつもりなら、わざわざ私が単身でここにくるわけないでしょう!」
「は、はい!そうですね!」
「その辺は、この宇宙に存在する880もの星と、宇宙統一連合と銀河解放連盟の対立、そういうややこしい話が絡んでくるから、どこかでちゃんと説明するわよ!それよりも、他に何か聞いておくこと、ないの!?」
一番聞きたいのは、まさにこの宇宙人がどうしてやってきたのかということなのに、ややこしいという理由でアイリーンに封印されてしまった。そこでジャネットは、アイリーンに尋ねる。
「あ、あの、それじゃあちょっとお聞きしたいのですが。」
「いいわよ。なんでも聞いてちょうだい。」
「あの、宇宙には、魔女というのはたくさんいらっしゃるんですか?」
「はあ!?」
「いや、だってあなたがさっき、ここに魔女がいるのかとおっしゃったので……」
「普通の星にはいないわよ。空を飛べる魔女がいるのは、私の故郷である地球760だけよ。」
「あ、アース、760?」
「ああ、私の星の名前。見つかった順に、番号がつくのよ。この星は今のところ、地球883てことになりそうね。」
「は、はあ、883、ですか。」
「まあここは、テレビカメラがある発達した星だからよかったわ。でなきゃ、あれだけの砲撃をしちゃった後の始末が大変よ。これがよくある剣と槍の支配するような遅れた文化の星だと、誤解を解くためにいちいち走り回らなきゃいけないわ。」
「あ、あのー……ちょっとよろしいですか?」
「何よ。」
「あのですね、私達はまだ、あなたのいう誤解が解けたわけではないのですが……」
「はあ!?どういうことよ!」
「だ、だって、上空でさっき、あんな強力な武器を使った相手ですよ!?魔女さん1人がやってきて、急に信用しろと言われても……」
「いや、別にあんた達に、あの武器を向けてないじゃない!」
「そうは言ってもですね、今も空から威圧するように居座ってますし……」
ふと、空を見上げるアイリーン。確かにこれは、威圧的ととられても仕方がない。
「そうね。確かに威圧的よね。じゃあ、地上に降ろしましょうか?」
「えっ!?地上に!?」
「あれが空に居座ってるから、威圧感を感じるんでしょう?だったら、着陸させればいいんじゃないの?」
「そ、そんなことができるんですか!?」
「できるわよ。私は接触人、この星の住人との接触を行うために、それなりの権限を持ってるのよ。駆逐艦の一隻や二隻、簡単に動かせるわよ。」
「ええ~っ!?あなたって、そんなにすごい人だったんです!?」
「じゃあ、見ててご覧なさい。」
そういうとアイリーンは、ヘッドセットに手を当てる。
「駆逐艦4330号艦、前進!」
すると、その声に呼応して、駆逐艦がゆっくりと動き出す。
「動いた!今、空の浮遊物体が、動き出しました!」
ジャネットは中継で伝える。それを見たアイリーンは、再びヘッドセットに向かって叫ぶ。
「4330号艦!停止!」
すると、その声に呼応して止まる駆逐艦4330号艦。
「じゃあ今度は右に回頭、90度!」
すると、上空の駆逐艦がゆっくりと回り始めた。90度回って、停止する。
「それじゃあ次は、後退ね!ゆっくり後退してちょうだい!」
4330号艦は、アイリーンの言葉通り後退する。
「あはははは!面白いわね、これ!じゃあ、また前進!」
なんだか本来の目的を忘れて、駆逐艦をもてあそび始めたアイリーン。その様子は、中継でこのフラストプールという都市、およびアルメシア共和国全土に発信された。
「……それじゃあ、あの大きな広場に着陸させればいいのね。」
『はい、アルメシア政府からの要請です。あの船を、国会前広場に着陸させて欲しいと。』
ジャネットの所属するテレビ局のスタジオ経由で、アイリーンは政府からの要請を受け取る。それをアイリーンは、駆逐艦4330号艦に伝える。ゆっくりとその広場に着陸する駆逐艦。
それを見届けたアイリーンは、駆逐艦に戻ることにする。
「あの、アイリーンさん。」
「何よ。」
「また、取材させていただいてもいいですか?」
「ええ、いいわよ。またこのビルに来ればいいかしら?」
「いえ、こちらからあの駆逐艦という船に伺います。是非、あの中を見させて下さい。」
「いいわよ!じゃんじゃん見てちょうだい!それじゃあ、また!」
そう言ってアイリーンは、スティックにまたがり、空に舞い上がる。そしてビルの谷間を、猛然と飛ぶ最速魔女。
だがアイリーンは、さっきあのナレーターと交わした約束に、もう応えられそうにないと思っていた。
というのも、空から一機の哨戒機が降りてくるのが見えたからだ。
あれは、おそらく司令部付きの船から来た哨戒機。つまり、アイリーンに、今回の無断砲撃の件についての決定を持ってやってきた機体に違いない。
甲板の上に降り立つアイリーン。格納器の空きがなく、同じく甲板上に降り立ったその哨戒機から、1人の士官が降りてきた。
アイリーンは、その士官の前に立つ。すると、士官は尋ねる。
「あなたが、接触人のアイリーン殿か?」
「ええ、そうよ。」
「私は、地球434遠征艦隊司令部所属の幕僚、クラーク中佐と申します。今回の大気圏内砲撃に関する処分を知らせるため、参りました。」
それを聞いて、アイリーンの顔が一瞬、強張る。その士官はアイリーンに、処分内容を通達する。
「今回の件は、極刑とすることで決定しました。」




