#28 越権行為
「阻止限界点まで、あと30秒!!」
「ま、間に合わないわ……こうなったらもう……」
アイリーンは、決断を迫られる。だがそれは、アイリーン自身の命に関わる決断だった……
◇◇◇◇◇
地球434の駆逐艦に乗り、新たな赴任地へとたどり着いたアイリーン達。周回軌道上に到達する駆逐艦4330号艦。
「……にしてもあんたさ、ずーっとタブレットで読書って、何をそんなに熱心に読んでるのよ?」
「先人の言葉、戦術、戦略、そして兵法ですよ。」
「何よそれ?面白いの?」
「私には染み入る言葉ばかりにございます。」
「だからってさ、食事中まで見るのはどうかなぁと。」
「先人曰く、『少しの隙あらば、物の文字のある物を懐中に入れ、常に人目を忍びて見るべし』。常に学び続けることが肝要だと申しております。ゆえに私は、こうして絶え間なく書を読み続けているのでございます。」
「ふ、ふうん、そうなのね……」
読書好きなエリシュカを眺めながら、ピザを食べるアイリーン。エリシュカは、食事中も何かを読みふけるため、片手で食べられる食べ物を好む。今日はアイリーンと同じ、ピザを食べていた。
「やあ、アイリーン。この星のこと、聞いたかい?」
「ええ、どうやらここは、カナエの星と同じ、文化レベル4の星だってさ。何らかの放送電波を捉えたそうよ。」
「へぇ、そうなのか。じゃあ、カナエのやつ、喜ぶんじゃないのか?」
「なんでよ?」
「だってあいつ、何かにつけて機械機械とうるさいだろう。この星なら、あいつの好みのものが売られてるんじゃないか?」
「そうよね。いっつも格納庫に入り浸ってるくらいだし、ここなら何かいいもの、手に入るかもね……って、カナエは、どこにいるのよ?」
「さあ……また、格納庫じゃないのか?」
と、そこに、カナエがやってくる。だが、どうも様子がおかしい。
いつもならスマホ片手に怪しげな専門用語をぶつぶつ言いながら現れるカナエだが、今は妙にしょぼくれている。
「はぁ~……」
ため息をついている。一体、どうしたのか?
「カナエ、ガラにもなく、何ため息なんかついてるのよ?」
「私だって、ため息くらいつきますよ。特に、今度のことは……」
「何があったのよ!らしくもない!」
食堂の席に着いたカナエは、淡々と語り出す。
「実はですね……とても気になる人を見つけちゃいまして……」
それを聞いたアイリーンは、ガタッと立ち上がる。
「な、何ですって!?カナエに好きな人ができたの!?」
「な!ちょっと、アイリーンさん、声が大きいですよ!」
「そりゃあ大きくもなるわよ!で、相手は誰なのよ!?」
「いやあ、聞いても無駄ですよ。たった今、ふられたところですから……」
「はぁ!?ふられたぁ!?なんでよ!そりゃあ、おめかしよりも機械まみれが似合ってるどこかおかしな娘だけど、探せば少しはいいところ、あるでしょうが!」
「いや、アイリーンさん、今の言葉、何一つフォローになってませんよ。」
「で、結局誰なのよ、その相手というのは!?」
「ええーっ!?やっぱり、言わなきゃダメですか!?」
「当然よ!カナエの好みもわかるし、何よりもそいつに、カナエをけんもほろろにふったことを抗議しなきゃ!ほら!さっさと言いなさいよ!」
追い詰められたカナエは、ついにその相手の名を語る。
「……レベッカ中尉です……」
「はぁ~!?レベッカ中尉!?」
「……はい。」
「ちょっと待って!レベッカ中尉って、女性士官でしょう!」
「……アイリーンさんの次にカッコいい人なんですよ。だから私、たまらず告白しちゃって……」
「ちょっと待って!今の発言、いろいろ問題があるわよ!」
アイリーンはカナエの前に立ちはだかる。
「私の次というなら、なんだってまず、私に告白しないのよ!」
「……ええーっ!?ちょっと待って下さい!?引っかかるの、そこですか!?」
「当たり前でしょう!ねえ、どうなのよ!?」
「……だって、アイリーンさんはもう、相手がいるじゃないですか。エルヴェルトさんが。」
「いや!ちょっと!エルヴェルトはその……」
「一週間しか関わっていないこの艦の人でさえ、アイリーンさんとエルヴェルトさんが毎日一緒に夜を過ごしていることを知ってるくらいですよ。そこまで露骨なお方に普通、告白なんてしないでしょう。」
「う、うん、まあ、そうよね……いや、そうじゃなくて。」
アイリーンは、一呼吸おいて、少し冷静にカナエに話し出す。
「……だけどその告白、私でも断るわ。」
「はい?」
「だってそうでしょう!女同士付き合うなんて、普通なかなか承諾されないわよ!」
「ええーっ!?そうですかね?私はむしろ喜ばしいというか……」
「それはあんたの感性でしょう!残念だけど、なかなかいないわよ、そういう相手は。諦めなさい。」
まあ、カナエの好みが分かっただけでも収穫とするか、アイリーンはそう考える。しかし、この先の道のりは遠いと言わざるを得ないだろう。こんな調子で、カナエは果たしていい相手に出会えるのだろうか?アイリーンは思う。
その1時間後に、駆逐艦4330号艦はこの星の大気圏内に降下を開始する。すでに窓の外には、大気圏突入時に発生するプラズマ光が見え始めていた。
「それで、統一語圏は特定できたの?」
「はい、だいたいは。ちょうど今降下している場所が、そこにあたります。」
「そう。ともかく、電波を出している星だと何かと助かるわね。」
「接触人殿は大変ですね。どんな人々かも分からず、飛び込んでゆくのでしょう?」
「そうなのよ。出会ってみないと、相手がどう言う人々なのかも分からないのよ。おかげで、いきなり航空機で飛んで逃げるやつや、妙な機械を売りつけようとする娘に出会うわで……」
アイリーンは、ちらっとカナエやエルヴェルトの方を見る。彼らは今、大気圏突入時に発生するプラズマ光に目を奪われている。
「ところで接触人殿、一つ気がかりな事が。」
「なに、気がかりなことって?」
「はい、大気圏突入直前に受信した放送電波の内容なのですが、妙なことを言ってまして……」
「なによ、妙なことって?」
「はい、それが……宇宙からの飛来物が、どうとか……」
「はぁ!?飛来物!?まさか、私達の接近に気づいたの!?」
「い、いえ、それはなんとも……」
「ともかく、大気圏内に入ってから分析しましょう。」
まあ、バレて困ることはないのだが、下手に警戒心を持たれるのも困る。できるだけ穏便な接触をしたいアイリーンにとっては、これは気がかりな知らせだ。
大気圏突入を終えて、高度3万メートルに達する。眼下には、高層ビルがいくつも立ち並ぶ大きな都市が見える。
「地上の放送をキャッチしました!音声のみですが、どうにか聞き取れます!」
「そう、それじゃあそれを、ここに流してちょうだい。」
アイリーンの求めに応じて、音声放送が流される。
『……であり、必ずしも有効ではありませんが、助かる可能性が高くなります。落ち着いて行動して下さい。なお、あと10分ほどで、飛来物はフラストプール沖、20キロの地点に落下する予定です。なお、政府は……』
これを聞いたアイリーンと副長の顔が、険しくなる。
「……ちょっと待って、これってもしかして……」
「はい。間違いありません。司令部に問い合わせを!我が艦の中距離レーダーでも、探知してみます!」
急に艦橋内が慌ただしくなる。副長は通信士に、司令部への直接通信を試みる。
直後、レーダー手の1人が叫ぶ。
「レーダーに感!距離、17000キロ!直径7キロの小惑星、秒速30キロでこちらに接近中!」
「な、なんですって!?」
「低角度で侵入してきます!落下まで、あと9分30秒!」
「なんてことよ……ちょっと!艦隊で迎撃できないの!?」
「この周辺であれを射程内に捉えているのは、我が艦だけです!低空から砲撃を加えれば、軌道を逸らせることは可能かと……」
「じゃあ、すぐに実行して!」
「ですが、軍規により、大気圏内での砲撃を禁じられております!」
アイリーンは思い出す。連合でも連盟でも、大気圏内での砲撃は固く禁じられている。
それは、190年前のある事件がきっかけだ。
当時、最大の軍事力を誇っていた地球001に対し、反旗を翻した星があった。それは、地球003という星。その星にいた地球001の人々に対し、暴動が発生したのだ。
その暴動を鎮圧するために、地球001は艦隊を派遣する。そして、上空からこの星の主要都市に向けて、一斉に砲撃を加えた。
その結果、多数の人々が亡くなり、地球003自体も気候が大きく変動し、生命体の住めない星に変わり果ててしまった。地球003の人々は、移住を余儀なくされる。
「地球003の悲劇」と呼ばれるこの事件を教訓に、大気圏内での艦砲の使用は禁じられることになった。
それを破った者は、極刑をもって裁かれる。それほどまでに、大気圏内砲撃は大罪とされている。
大気圏内での砲撃を行うためには、2つの方法がある。
一つは、軍司令部からの通達を受けること。もう一つは、現地にいる交渉官の許可をもらうこと。
だが、すでに10分を切っている。司令部の通達などとても間に合わない。そこでアイリーンは、交渉官の許可をとることとした。
「通信士!交渉官殿がいる船に、急いで繋いでちょうだい!」
「了解!戦艦ズムウォルトにいる交渉官殿を呼び出します!」
ところが、なかなか交渉官に繋がらない。時間ばかりが過ぎていく。ようやく交渉官とつながったのは、残り3分だった。
「交渉官殿!現在、小惑星がこの星に向かってます!あと3分で、この星に落下予定!大気圏内砲撃の、許可を!」
しかしこの交渉官、この切羽詰まった状況下で、こんなことを言い出す。
「今から大気圏を脱出して、砲撃することはできないのかね?」
「はぁ!?何言ってるんですか!間に合わないから言ってるんでしょう!」
「大気圏砲撃は、地球003以来のタブーとされる行為だ。手続きには時間がかかり……」
「そう言うのは、あとでやればいいでしょうが!交渉官殿の一言があればいいんです!一刻を争うんですよ!」
「いや、接触人殿、しかしだな……」
いたずらに時間ばかりが過ぎる。だがこの気弱な交渉官は、なかなか許可を出そうとしない。
「阻止限界点まで、あと30秒!!」
レーダー手が叫ぶ。ついに、タイムリミットが迫ってきた。すでに駆逐艦4330号艦は、高度1000メートルまで降下している。街からも、この艦の姿を捕らえられるほどの低空だ。
砲撃命令が出れば、いつでも砲撃できる位置にいる。だが、肝心の許可が下りない。
「ま、間に合わないわ……こうなったらもう……」
アイリーンは、決断を迫られる。だが、接触人には大気圏内での艦砲の使用を許可できる権限はない。それをやれば、越権行為として裁きを受ける。
そう、極刑という、裁きを。
だが、躊躇っている暇はない。アイリーンは決断する。
「接触人の私が、責任を取ります!直ちに砲撃を!」
「し、しかし……」
「しかしもかかしもないわよ!時間がないの!早く!」
「了解!砲撃用意!」
キーンという主砲装填音が鳴り響く。と同時に、前方に赤い物体が見えてくる。
ついにその巨大隕石は、大気圏に突入し始めた、直径7キロの岩の塊。もはや、一刻の猶予もないことを物語っている。
「撃てーっ!」
艦長の声が響く。と同時に、駆逐艦4330号艦の先端からは、青白いビームが光る。
ズズーンという、大きな雷音のような砲撃音が鳴り響く。それはまっすぐ、あの赤い光の球を目掛けて伸びていく。
猛烈な爆発音が響き渡る。と同時に、その赤い球はこの駆逐艦の真上を通過していく。
「回頭180度!」
艦首を、その巨大隕石に向ける駆逐艦4330号艦。落下に備えて、もう一撃加えられるようにするためだ。だが、すでにその小惑星はこの星から離脱し始めたことが軌道計算で確認される。このため、第2射は行われなかった。
落下は、免れた。
だが、それとは引き換えに、アイリーンは大きな運命を背負うこととなる。




