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#26 艦隊戦

「連盟艦隊までの相対距離、33万キロ!接敵まで、あと7分!」

「砲撃管制室に、操縦系を移行!艦内に下令、砲撃戦に備え!」

「艦橋より砲撃管制!操縦系移行!砲撃戦に備え!」


ここ地球(アース)474遠征艦隊所属の駆逐艦4330号艦内の乗員は、戦闘目前で慌ただしい。レーダーサイト上では、敵味方の艦隊が、横一線に並び向き合っている。

1万隻同士の艦隊戦が、まさに始まろうとしていた。

この1万4千光年の宇宙では、時折起こっている武力衝突だ。決して、珍しいことではない。

ただ一つ、ここに魔女の接触人(コンタクターが乗っていることを除けば。


「ちょっと!なんだって急に艦隊戦に巻き込まれるのよ!聞いてないわ、そんな話!」

「ひええ……せ、戦争が始まるんですか!?私達、どうなっちゃうんです!?」


狼狽するアイリーンとカナエは、食堂にいる哨戒機パイロットに詰め寄る。


「いや、大丈夫ですよ。艦隊戦での損耗率は2パーセントと言いますし、滅多に沈むものではないですから。」

「あんたねぇ!2パーセントって、そんなに低い数字じゃないわよ!50隻に一隻は沈むと言ってるんでしょう!?どうするのよ、その2パーセントを引いちゃったら!」

「いや、そんなこと言われても、私には……」


それを見たエルヴェルトは、


「しょうがないだろう。戦闘艦に乗っている以上、こういうことは十分想定されたことだ。騒ぐことでもないだろう。」

「何よ!騒ぐことでしょう!私達は戦闘しにきたわけではないんだから!」


本来ならば後方の戦艦に移乗するところなのだが、敵艦隊の接近があまりに突然過ぎて、移乗する間がなかった。ゆえにアイリーン達は、艦隊戦を最前線で迎える羽目になる。


『接敵まで、あと1分!』

『砲撃戦用意!』


艦橋からの艦内放送は、緊迫度を増す。食堂で不安げな顔でテーブルに座るアイリーンとカナエ。


「うう、なんてことよ。艦隊戦に巻き込まれるなんて……」


それを聞いたエリシュカが尋ねる。


「アイリーン様、確かアイリーン様のお父様は、艦隊司令官という話では?」

「そうよ。」

「ならばその娘であるあなた様が、戦さ如きで狼狽するなど、あってはならないことでは?」

「そんなこと言ったって、私は司令官じゃないんだから、しょうがないでしょう!」


この期に及んで冷静すぎるエリシュカに苛立つアイリーン。だがその時、ついに砲撃戦が始まってしまう。


『司令部より入電!全艦、砲撃開始!』

『砲撃開始!撃ちーかた始め!』

『主砲装填!砲撃開始!撃ちーかた始め!』


食堂内に、キーンという甲高い音が響き渡る。主砲の装填音だ。その9秒後に、この食堂内にズズーンという大きな砲撃音が響き渡る。

まるで、雷が落ちたような音だ。本能的に受け付けないこの不快な音にアイリーンは驚く。


「きゃあーっ!」


横に立つエルヴェルトにしがみつくアイリーン。ガタガタと震えるアイリーンを、ニヤニヤと見つめるエルヴェルト。


「な、なによ!」

「いやあ、アイリーンが人前で抱きついてきたのは、初めてだなぁと思ってさ。」


ふと周りを見ると、ここには20人ほどの乗員がいる。非番や、脱出時に備えたパイロットなどが、この駆逐艦のど真ん中にあるこの食堂で待機している。


「ば、バカ!たまたまよろけたら、ここにあんたがいただけでしょう!」

「そうかな?真っ先に僕の身体目掛けて抱きついてきたような……」

「そんなわけないで……」


アイリーンが反論する間もなく、再び砲撃音が襲い掛かる。食堂のテーブルが、ビリビリと震える。そのテーブルの上で、平然とタブレットで読書を続けるエリシュカ。


「きゃあーっ!も、もう、いきなりなによ!」


この光景に、周りの乗員はどう反応していいのかわからない様子だ。なにせ、この艦内で一番大きな権限を持つとされる接触人(コンタクター)が、自身の専属のパイロットになりふり構わずしがみついているのだ。およそ、命のやりとりをしている雰囲気を感じている場合ではない。

が、よく見れば、エルヴェルトの背中に、カナエがしがみついていた。それをみたアイリーンがカナエに怒鳴りつける。


「ちょっと!なにあんた人の従業員にしがみついてるのよ!」

「い、いいじゃないですか!私だって怖いんですよ!ここには、エルヴェルトさんしかしがみつく相手が……」

「バカ!もう一人、冷静に振る舞っている人物がいるじゃない!そっちに行きなさいよ!」

「いやあ、アイリーンさん、それは絵的にダメでしょう!」


この馬鹿馬鹿しいやりとりの間にも、砲撃は続く。相変わらず読書を続けているエリシュカ。そして、ニヤニヤとしながらアイリーンを見下ろすエルヴェルト。


「ちょっと!なんだってあんた、そんなに平気なのよ!?」

「僕はこれでも軍隊にいたんだよ。大砲隊の砲撃訓練に立ち会ったこともあるし。あれに比べたらこの砲撃音は、静かなものだよ。」

「なによそれ!卑怯じゃない!」

「慣れれば、どうってことないって。ほら、周りの人だって平気だろう?」


そう言われて周りを見渡すアイリーン。ここできゃあきゃあと狼狽しているのは、アイリーンとカナエだけだ。


「……しょ、しょうがないでしょう。接触人(コンタクター)ってのは、砲撃訓練までは経験していないから……」


アイリーンの言い訳し終える間もなく、緊迫した艦内放送がそれを遮る。


『砲撃、きます!』

『砲撃中止!バリア展開!』


その直後、今までとは違う音が響き渡る。

それは、砲撃音よりもはるかに不快な音だ。ギギギギッという、グラインダーで何かを削り出す時のような、非常に耳障りな音が鳴り響く。アイリーンは叫ぶ。


「も、もう、なんなのよこれは!?」


しかし、この音は砲撃音に慣れた乗員でも驚愕する音だったようで、他の乗員らは皆、食堂のテーブルに頭を伏せる。2、3秒続いたこの音が止むと、恐る恐る頭を上げる乗員達。


「うう……もう勘弁して下さい……」


エルヴェルトの背中にしがみつくカナエが、震えながらつぶやく。しかしその直後に、再び砲撃音が鳴り響いた。

エルヴェルトは、前後にしがみつく2人をなだめる。乗員らは食堂に座って、上にモニターで戦闘の状況を見守っている。エリシュカは、黙々と読書を続ける。

そういう状況が、1時間ほど続く。そこでようやく砲撃音が止んだ。うって変わって、急に静かになった艦内。


『敵艦隊、後退します!距離、32万キロ!』

『警戒態勢を維持!再び、前進する恐れもある!しばらくの間、現態勢で待機せよ!』


敵艦隊が、後退に転じる。だが、油断できない。油断させてそのまま前進に転じることもある。警戒を続ける地球(アース)434艦隊。

が、連盟艦隊はそのまま後退を続け、一斉回頭する。急速に離れる敵の艦隊。そして100万キロ以上離れたところで、ようやく警戒態勢が解かれた。


『砲撃戦、用具納め!現時刻をもって、警戒態勢解除!』


艦長による艦内放送を聞いて、安堵する食堂内の乗員達。その直後に流された戦闘報告で、今回の戦闘で味方が37隻、敵が39隻撃沈したと知る。1万隻の艦隊同士の撃ち合いの、ささやかな犠牲。だが、それぞれ4千人近い乗員がこの宇宙空間で命を落としたことになる。その遺族のことを思えば、決してささやかで片付けられる数字ではない。


「にしても、アイリーンの意外な一面が見られたなぁ。」


嬉しそうに話すエルヴェルト。それを聞いてムッとするアイリーン。


「しょ、しょうがないでしょう!軍人じゃないんだから!民間人のカナエだって、ピーピーいいながらあんたにしがみついていたじゃないの!」

「いやあ、普段とのギャップが大きいのは、やっぱりアイリーンだよなぁ。あれだけ強気で振る舞うアイリーンでも、こんな弱いところを見せるんだなぁって思ってさ。」


反論したいが、反論できずに不機嫌な顔で睨みつけるアイリーン。だが、確かにエルヴェルトは堂々としていた。やはりこいつは、どこまでも騎士だ。そう感じたアイリーンだった。


「……にしてもエリシュカ。あんたも豪胆よねぇ。この砲撃戦の間、動じることなく、よく読書を続けられたものねぇ。」


アイリーンは、食堂のテーブルでタブレットを読みふけるエリシュカに声をかける。そして、ぽんと肩を叩く。


ガタン。


するとエリシュカは、手に持っていたタブレットをテーブルの上に落とす。そして、エリシュカはそのままバタンと倒れるようにテーブルの上に伏せた。

アイリーンは、悟った。

なんのことはない、エリシュカのやつ、気絶していただけだ、と。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 一度の戦闘で四千人って宇宙艦隊戦怖すぎる…。 と思ったが、WWIの戦闘でもそのぐらいだったような。宇宙艦隊戦は大出力ビームだからまだわかるが、地上戦で機関銃と砲撃で数千人って…
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