#24 予報
「ったく!どういうことよ!なんだってあの程度のこと、さっさと決められないのよ!」
えらく不機嫌なアイリーン。格納庫の扉を蹴破るように乱雑に開けて、艦橋へと向かう。
「しょうがないですよ、ここの仕組みなんですから。」
「しょうがなくないわよ!たかが板っきれを倒すだけの行為が神託だなんて!にしても、なんだってここは、人の意思ってものがないのかしら!?相続や旅の行先すら、自分で決められないなんて、どうかしてるわ!」
「うーん、気持ちはわかりますが、それがここのルールですからねぇ。」
「それがおかしいのよ!なんなのよ、ここは!なんだってこんなに非効率的なのかしら!?」
「アイリーン様、お静かに願います。気が散ります。」
いくらアイリーンが叫んだところで、状況は覆せない。だが今回のことは、下手をすれば、次の神託でも扱ってもらえないかもしれないことを示している。予想以上にこれは、深刻な事態だ。
それにしてもだ、どうしてこんな非効率的な決定手段が確立したのだろうか?
神託自体は、別にこの星以外でも存在する。だが、その神託を絶対視し、全ての判断を委ねるという極端な活用法は、このカンパニーア神国しか見られない。
どうせ、25日間はすることがない。納得のいかないアイリーンは、その辺りを探るために再び神都に降り立つ。
「ねえ、なんだってここは、全て神託で決めようとするのよ!?」
街の住人に尋ねるアイリーン。
「ええと、それは……私が小さい頃からずっとそういうものだと言われてるので、なぜと言われても……」
幾人かに尋ねたが、答えは大体こういうものだった。
「……つまり、昔からそうだから、そうしている。概ね、そんなところね。」
「へぇ、そうなんですか?」
「そうなんですかじゃないわよ!ここの住人は、理由もわからずにあの板切れを倒して決めるいい加減な神託に頼ってるってことなのよ!よく納得できるわね!」
「ま、まあ、そうですけど、私だってつい、偉い人の言うことだからと、あまり深く考えずに受け入れることは多いですから。」
「人の決定ならまだしも、何よあれ!ただ板切れを倒すだけだよ!?まだカナエの怪しいシステムの方が合理的だわ!」
「いやあ、怪しくはないですよ。ちゃんと乱数の発生に偏りがないよう工夫してますし、それに似たような過去事例があれば、それを学習して精度を上げられるようにできますし……」
「にしても、納得がいかないわ!せめてこうなった理由くらい、突き止めてやる!」
拳を握り締めながら息巻くアイリーンは、そのまま大聖堂に向かう。さすがに、神託をやってる本人達ならば、その理由を知っているはずだろう。そう考えてのことだ。
大聖堂の横の建物は、総主教をはじめ、神官やシスターが働いている。忙しそうではあるが、そこでやってることといえば、要するに月末の「神託」案件の受付をしているだけだ。それを木簡に書き写し、総主教の横の棚に並べる。ウンザリするほどの木簡が、そこには並べられていた。
「あの、ちょっと伺いたいんだけど。」
アイリーンは、忙しそうに動き回るシスターの1人に声をかける。
「はい。神託でしたら、そちらのカウンターで受け付けますが。」
「違うわよ!その神託の由来について聞きたいのよ!なんだってこんなとろくさい方法で、物事を決めるようになったのよ!」
「ええーっ!?そ、それは……」
それを聞いた総主教が立ち上がり、アイリーンの元に来る。
「そうじゃな。空の上の遠い星の世界よりこられたそなたらは、知らぬのが当然であろうな。」
「ええ、だから知りたいのよ。」
「お話ししましょう、なぜ我らが、神託による決定を尊重しているのか、ということを。」
そう言うと総主教は、アイリーン達を奥の部屋へと通す。そこは応接室のようで、4人はソファーに腰をかける。向かいに、総主教が座る。
「……今から、120年前のことじゃ。当時ここはカンパニーア王国と呼ばれ、ある王族に支配された国であった。当時の国王は戦さ好きで、周辺国を度々脅かしておった。」
「ああ、もしかして、領土欲のため?」
「いや、どちらかといえば、領土ではなく、人が目当てであった。」
「人?どう言うことよ。」
「つまりじゃ、人が戦利品であったと言うことじゃ。それがどう言うことか、分かるじゃろう。」
アイリーンは察する。つまり、奴隷や使役人を補充するために、度々周辺国を攻めていた。そういうことらしい。
「そういうことを幾度となく続け、この強大なカンパニーア王国は、周辺国に恐れられていたのじゃ。が、ある日、国王に天罰が下るんじゃよ。」
「天罰?」
「大洪水じゃ。この神都一面を水没させる、大洪水が起こったのじゃ。」
「……そうなの。でもそれってただの天災じゃないの?」
「いや、その洪水で、国王と王族のほとんどが飲み込まれてしもうた。一説では、地獄の神が地の底に引き入れたと言われておる。ともかく、こうしてこの国は国王を失ったんじゃ。」
「で、それがどうして神託と関係があるのよ。」
「実はな、洪水の前に、当時の総主教が『神託』を受けておったのじゃよ。」
「神託?」
「『非道な行いを続ければ、いずれこの国の長に、天と地の神の怒りをかい、災いが降りかかるであろう』と。」
「……で、そのとおりになった、と。」
「そうじゃ。それ以来、我が国は王を持たず、神の御意志によって国をまとめることになった。月の終わりに、決めるべきことを木簡に書き、その行く末を決めていただく儀式を行うこととした、それを120年もの間、続けてきたのじゃよ。」
納得はいかないが、今の決定手段に移行した理由としては、一応説明がつく。そんなことを120年も続けていれば、よほどのことでもない限り、やり方を変えようとはしないだろう。総主教の話を聞いたアイリーン達は、すごすごと駆逐艦に戻る。
「……にしてもさ、あと24日間もただボーッと待ってなきゃいけないなんて、苦痛以外の何ものでもないわよ。なんとかならないのかしら?」
「しょうがないですね。でも次の神託で、同盟の件を扱ってくれることになったんでしょう?だったら、いいじゃないですか。」
「よかあないわよ!そこで否決されちゃったら、どうすんのよ!?あの方法じゃ、2分の1の確率でそうなるのよ!そうなったらまた25日待たされることになるわ!」
「その時はその時で、のんびり過ごすしか……」
と、その時、1人の士官がアイリーンの元にやってくる。
「接触人殿、艦長がお呼びです。」
「艦長が?何よ一体、どうしたの?」
「なんでも、火急の用件だとかで。」
「そうなの?分かった、すぐに行くわ。」
突然、艦長から呼び出しを受けるアイリーン。この平和な星で、火急の用件とは穏やかではない。何事だろうか?
艦橋に入ると、艦長席にいる艦長がアイリーンに声をかける。
「おお、接触人殿!」
「火急の用事と伺いましたが、何事ですか、艦長?」
「まずは、これを見てくれ。」
艦長が、正面の大型モニターに何かを映し出す。それは、衛星写真だった。
「……あの、これが何か?」
「昨日から多目的衛星を何機か衛星軌道上に放って、気象や地形、植生分布のデータ収集を始めたのだが、そこで捉えられたのが、この写真だ。」
「はあ……で、この写真が、どうしたんですか?」
「ここを見てくれ。」
「はあ……」
艦長の指差すその先には、円状に渦巻いた雲と、中心のくっきりとした目が写っていた。
「これは……」
「ああ、これは熱帯低気圧だ。」
「は?サイクロン?サイクロンって……」
「そうだ、暴風雨だ。進路予測を出したんだが、この神都に向かっていると分かったのだ。」
「あの、それってどういうことです?」
「中心気圧は940ヘクトパスカル、最大風速は45メートル。風も強いが、それ以上に心配なのは雨だ。」
「まさか、それって……」
「この神都には、中央に大きな川がある。治水面では決して盤石とはいえないこの神都にこんなものが上陸すれば、どういうことになるか……」
「……間違いなく、大変なことになるわ……今すぐ、みんなを避難させなきゃ。艦長!これより司令部に対し、接触人権限で災害支援要請を行います!で、熱帯低気圧の神都への到達はいつです!?」
「3日後だ。」
「ならば、まずは住人の高台への避難を呼びかけます!当艦隊は支援を!」
「承知した。」
突如現れたこの熱帯低気圧に対して、アイリーンは持っている権限を発動させて防災に備え始める。だが、その道が予想以上に険しいものであることを、アイリーンはすぐに悟ることとなる。




