#23 神託
「……さようか。ならばそなたは、我がカンパニーア神国と、その宇宙統一連合という集団との同盟条約締結のため、ここに参ったと申されるのだな?」
「はい、総主教様。」
「うむ、分かった。ならば……次の神託儀式の日に、その是非を問うことといたそう。」
「……は?」
次の赴任先の星では、アイリーンはわずか3日でカンパニーア神国と呼ばれる国の指導者と会見することがかなった。
このままトントン拍子で同盟締結へ……そんなアイリーンの期待を一瞬で打ち砕く一言が、この指導者から発せられたところだ。
そこで、アイリーンは知る。
この国は、あらゆることを「神託」で決めている国であり、そしてその神託の儀式は、月に一回しか行われないという事実を。
この非効率な決定システムのため、アイリーンはしばらくこの星で待たされることになる。
「しばらくって、いつまでですか?」
「5日後よ。」
「なあんだ、そんなに先の話じゃないんですね。」
「だけど、なーんにもしない日が5日間も続くのよ!何よそれ、馬鹿馬鹿しい!」
「はははっ!いいじゃないか、たまにはのんびりするのも。」
「そうですよ。ここんところ、慌ただしい日々が続きましたからね。いいんじゃないですか?そういうことなら、堂々とサボれますし。」
「そういうのは、私の性に合わないのよ!なんだって5日間も、ボーッとしなきゃいけないのよ!」
「アイリーン様、お静かに願います。読書の邪魔です。」
食堂で騒ぐアイリーンに、なだめるエルヴェルトとカナエ。その傍らにて、タブレットで兵法書や歴史書を読みふけるエリシュカ。
そんな平和な駆逐艦の食堂だというのに、いや、平和すぎて苛立つアイリーン。これまでの赴任地があまりに物騒なイベントばかり続いたため、その反動だろうか?
「ところで、5日後の神託で決まらなかったら、今度はいつになるのですか?」
「25日後だって。」
「えっ!?でも、月に一度じゃあ……」
「この星の一ヶ月は、25日なんだってさ。で、1年は361日。だから、1年は15月あって、14月までは25日、最後の15月は11日なんだって。」
「なんですか、そのややこしい暦は!?」
「暦がおかしな星は、他にもあるわよ。でも、一月に一回しか物事が決められないという星は、聞いたことがないわ。」
「そうかな。僕の国でも、平時には月に一回しか重要な会議はしなかったぞ。」
「ここはね、さらにおかしいのよ!なんでも、貴族の誕生日を祝うかどうかや、役場の建物の建て替えの可否まで神託にかけるって話よ!なによそれ、そんなこといちいち神様に聞かなくったって、決められるでしょうが!」
「はぁ~、そりゃあ大変だなぁ。そんなことで、よく住人は我慢できるよね。」
「どうかしら!?私ならブチ切れて、革命を起こしちゃうところだわ!」
「アイリーン様、お静かに願います。今、とてもいいところなので。」
そんなに書物を読みたければ、自室で読めばいいじゃないか……アイリーンはエリシュカを睨みつけながら、この星の不条理さを憂いている。
「でもまあそのおかげで、ここでは争いがないんだろう?」
「ええ、周辺国まで『神託』頼みで、戦争にならないんだってさ。」
「のんびりしているというか、他力本願すぎるというか……私だったら『神託サーバー』を構築して、1秒間に4096個の神託を出せるやつ、作っちゃいますけどねぇ。」
「ありがたみ薄そうねぇ、その神託……」
とにかく、未だかつてない平和さに、かえってうんざりしているアイリーン達一行。食堂のモニターには、そんなのんびりした神国ののどかな風景が映し出されている。
「ねえ、アイリーン。」
「なによ、エルヴェルト。」
「せっかくだから、地上に行ってみようか?」
「はあ?地上なんかに行ってどうするのよ?」
「気晴らしだよ。気晴らし。こんな食堂で文句言ってると、精神的によくないよ。それに、カンパニーア神国の神都の人々のこと、ほとんど知らないだろう?今後の交渉にあたって、彼らを知ることも重要だと思うんだけど。」
「……そうね、確かに。じゃあ、行ってみようかな。」
「あ、私もいきます。」
「ならば私も、お供いたします。」
「……エリシュカ、なんだあんた、会話、聞いてたの?」
エルヴェルトのこの提案を受け、4人はエルヴェルトの哨戒機で地上へと降りることになった。上空2万メートルにいる駆逐艦から、発進するエルヴェルトの哨戒機。
「特別機より5180号艦!発進準備完了!発艦許可を!」
『5180号艦より特別機。発艦許可、了承。ハッチ開く。』
いつものように、哨戒機は駆逐艦の格納庫から発進する。快晴の空の上を飛翔する、白い哨戒機。
「いやあ、今日はいい天気ですねぇ!ほら、地上があんなにくっきりと見えます!」
「ははは、本当だな。高高度からこれほど地上が綺麗に見えることも珍しいな。」
「ほんとですよ!この条件なら、改良したばかりのKWS (カナエ・ウエポン・システム)の2048個の迎撃実験も出来そうですよね!」
「やらないわよ!そんな実験、やらないから!」
「アイリーン様、お静かに願います。今、大事なところですから。」
そして、神都のすぐそばの平原に降り立つ哨戒機。そこから神都に入る4人。
カンパニーア神国の神都には堀や壁などはなく、木製の簡素な門だけがその境界を示している。だが門を一歩入れば、そこは大勢の人でごった返す賑やかな都市の様相を見せる。
剣や槍を持つ護衛の兵士の姿はあるが、鎧など着ておらず、この国の治安の良さを示している。中心街には市場があり、大勢の人で賑わっていた。
「はぁっ!あの神託じじいどもは辛気臭くてうんざりしたけど、ここは人の活気があっていいわねぇ!」
「どうだい、やっぱり来てよかっただろう?」
「ええ、あのまま駆逐艦の中で5日間を過ごすよりは、気晴らしにはなるわ!」
機嫌が上向きなアイリーン。そのまま4人はぞろぞろと、市場の中へと入る。
「いらっしゃい!どうですか、この果物は!」
店の売り子が、アイリーン達に声をかけてくる。
「へぇ、ここではこんな大きなリンゴが採れるのね!」
「はい、神託によって見つかった、カンパニーア特産の大リンゴですよ!この時期、とても美味しいんです!」
神託というキーワードに、ピクッとするアイリーン。
「へ、へぇ~、そうなんだ。こっちのスイカも美味しそうねぇ。」
「はい、こちらも神託によって賜った、神都メロンですよ!」
「う、うわぁ、そうなんだ~!」
アイリーンはこの店員とやり取りした後、市場から離れる。
「どうしたんだ、アイリーン?」
「どうしたもこうしたもないわよ!なによここは!なんでも神託神託って!神託がなきゃあ、リンゴひとつ作れないっていうの!?」
「なにも、怒ることじゃないだろう。」
「そうだけどさ、ここには人の意思がまるで無いわけ!?なによ、神託神託って!」
アイリーンの機嫌が、再び悪化する。プリプリしながら広場を歩くアイリーン。
「はぁ~っ……」
と、そこに、ため息をついて、路上の石の上に座り込んでいる人がいる。ふと目に止まったその人物に、アイリーンは尋ねる。
「あんた、何ため息ついてるのよ。」
「えっ!?あ、いや、大したことじゃ無いんですけど……私、行商人でして、これから荷物を運ばなきゃならないんですが。」
「そうなの?でも、それならどうしてため息ついてるのよ。」
「西のオスパーナへ向かうか、東のヴァルペードへ向かうか、決まらなくて……」
「なによそれ?さっさと決めて行けばいいじゃない。」
「いえ、まだ神託が下りていないんです。」
「は?」
「5日後の神託の儀式で決めていただけるはずなんですけど、あと5日間待たされると思うと、憂鬱で……」
「なによ!そんなことくらい、商人としての勘で決めちゃダメなの!?」
「ダメですよ!こういうことは、神託としてご判断していただかないといけないんです!」
「はあ!?なんなのよそれ!?」
一見するとごく普通の街だが、予想以上に「神託」が幅を利かせていることを悟るアイリーン達一行。
「……これはもう、カナエの神託システムを導入した方がいいわね。こんな細かいことまで、自分で決められないなんて……」
「ほんとですねぇ。同盟が成立した暁には、私が作ったKOS (カナエ・オラクル・システム)を作って、従来比1万倍の速さで神託を出せるシステムを導入やりますよ!」
この街の人々の決断力のなさにうんざりしたアイリーンは、すごすごと哨戒機へと戻る。
さて、それから5日後。
ついに、神託の儀式の日を迎える。アイリーンは、その儀式の行われる大聖堂にいる。その大聖堂のてっぺんにある鐘が鳴り響き、ついに「神託」が始まる。
総主教と、7人の神官が、大聖堂の中央に立つ。
「……では皆の者、これより、神託の儀を始める。」
神官の一人が、焚いた香の煙を大聖堂の中央にある円形の舞台の上に満遍なく漂わせている。どうやらこれは、清めの一種のようだ。その香の匂いが充満する舞台の上に、総主教が上がる。そして木簡を取り上げ、宣言する。
「では、ひとつ目の神託の儀を執り行う。アルボーニ家の相続に関し、長男と次男の取り分をいかほどにするかという訴状についてであるが……」
随分と細かいことまで神託にかけるものだ。その木簡の文を読み上げると、その木簡を円形の舞台の上に立てる。
そして総主教は、木簡から手を離す。するとその木簡はパタンと倒れる。その倒れた木簡の位置を、周りにいる神官が念入りに調べる。そして、総主教の元に報告する。
「……今の案件は、長男の取り分を7、次男を3とする!」
……えっ!?それだけ!?まさかと思うけど、あの木簡の倒れた位置で決めてないよね?アイリーンはこの馬鹿馬鹿しい儀式を目の当たりにして、いぶかしげな顔で神官らを見る。
しかし、次の神託も、その次の神託も、この調子で決まる。要するにこれは、木の板の倒れる位置を「神の意思」とみなし、あらゆることを決めてしまうという無茶苦茶なシステムだったのだ。
馬鹿馬鹿しいと思いながらも、とにかくアイリーンは自身の案件が出るのを待つ。しかし、いくら待ってもなかなか同盟の件は出てこない。
そうこうしているうちに、再び大聖堂の鐘が鳴る。
「……今月の神託は、これにて終了する。」
この総主教の無慈悲な一言が、大聖堂の中にこだまする。
「ちょ、ちょっと待って!私の案件は、どうなったのよ!」
思わず、声を張り上げるアイリーン。だが、結論から言えば、アイリーンの件の「神託」は、次回に回されてしまった。
結局アイリーンは、さらに25日間、待たされることとなった。




