#22 戦線崩壊
「特別機より7710号艦へ!発進準備完了!発艦許可を!」
『7710より特別機!発艦許可、了承!ハッチ開く!』
尋問を終えたラルフを返すために、哨戒機が発進する。だが、ちょうど発進直前になって艦橋から発進中止のアナウンスが入る。
『7710より特別機!発進中止!待機せよ!』
「特別機より7710号艦!何があったのか!?」
『現在、フランソワーヌ王国側から砲撃開始!当艦は現在、バリア展開中!』
「なんだって……砲撃だと?」
ズズーンという音が、この格納庫内にも響き渡る。アイリーンが無線を手にとり、叫ぶ。
「アイリーンより7710号艦!すぐに発進させなさい!」
『接触人殿!現在、外は危険です!しばらく待機願います!』
「状況確認したいの!一瞬でいいからバリア解除して、発進させなさい!」
結局、接触人権限で、無理やり発進を許可させる。
外に出た哨戒機は、駆逐艦の上空を旋回する。確かに、フランソワーヌ王国側の陣地から、砲弾が撃ち込まれている。
「まさかこの駆逐艦を排除しようと撃ち込んでいるのかしら?あんな兵器でこの船が沈むわけがないでしょう。」
「とはいえ、駆逐艦もいつまでもここにいられるわけじゃないからな。その前に、ここをなんとかしないと。」
「分かってるわよ!今それを考えてるんでしょう!?」
アイリーンは、窓の外を見る。砲弾を打ち出した大砲から立ち昇る煙を眺めながら、アイリーンは考える。
「ねえ、アイリーンさん。」
「なによ、カナエ。いまちょっと静かにしてくれる?」
「せっかくなんで、私の作ったもの、試しちゃっていいですか?」
「……なによ、あんたの作ったものって。」
「ふっふっふっ……通常のビーム砲の搭載が許可されていないこの哨戒機に、うってつけの兵器を作ったんです。」
「はあ!?何よ兵器って!まさか、無許可で中型の高エネルギー砲を積み込んだんじゃないでしょうね!」
「まさか。そんなことはしませんよ。搭載したのは、アイリーンさんも持ってる拳銃と同じ口径のビーム砲ですよ。」
「は?拳銃!?そんなものつけて、どうするのよ!」
「あれだって、出力を上げれば結構な威力ですよ。それをピンポイントで当ててやれば、こんな砲撃くらい……うふふふふ……」
不敵な笑みを浮かべながら、助手席側に移るカナエ。そして、タブレット端末を取り出す。
「……この哨戒機に搭載された3次元レーダーとカメラ、そして外に搭載した小銃。それにこのタブレットを連動させて、無敵のシステムを組み上げたんですよ。名付けて『KWS (カナエ・ウエポン・システム)』!」
怪しさ全開のカナエは、タブレットの電源を入れる。画面上には、レーダーサイトが映る。
「このシステムは、一度に1024個の標的を自動追尾し、拳銃で攻撃することができるシステムなのですよ!」
「ちょ、ちょっと!地上にはたくさんの兵士がいるのよ!兵士に当たったら、どうするのよ!?」
「だーいじょうぶですよ!画像認識で、人や人の乗った乗り物は狙わないように作ってありますって!ミサイル攻撃すら想定したこのシステムにかかれば、砲弾なんて、壁を這いずり回るナメクジのようなもの……見せてやりましょう、KWSの性能とやらを!」
ぶつぶつと何か言いながら、画面上のボタンをタッチするカナエ。その直後、細いビームが、空に向かって一斉に放たれる。
上空のあちこちで、爆発が起こる。カナエが絶叫する!
「全弾命中!大砲弾、全弾消滅!みたか、フランソワーヌ軍め!カナエ様の迎撃システムに、恐怖するがいい!」
かなりやばい状態に陥ったカナエは、さらに迎撃を続行する。
「あっはっはっはっ!大砲の弾なんて、KWS (カナエ・ウエポン・システム)の前ではナメクジなのよ、ナメクジ!KWS量産の暁には、ザクセン帝国軍とて……って、痛ーぁ!」
暴走し始めたカナエの後頭部を、アイリーンが引っ叩く。
「ちょっとあんた!いい加減、元に戻りなさい!もう砲撃は止んでるわよ!」
「えっ!?あれ?ほんとだ。もう止んでる……」
正気に戻るカナエ。さすがに全ての弾頭を空中で叩き落とされて、フランソワーヌ軍は攻撃を中止していた。
「……まあ、確かにすごいシステムよね。」
「えへへ、すごいでしょう!これを作るのに3日かかっちゃったんですけど、おかげで……」
「だけど、これじゃだめね!」
「そうですね、私もそう思います。」
「ええーっ!?で、でも、全弾叩き落としたんですよ!」
「弾を落とせばいいってわけじゃないのよ!攻撃を中止させただけで、戦争状態そのものは未だ継続中よ!問題は、どうやってこれを終わらせるかなのよ!」
「そうでございますね、アイリーン様。」
窓の外を眺めるアイリーンとエリシュカ。すると、エリシュカが口を開く。
「……兵法書に曰く、『兵の形は、実を避け虚を撃つ』と。」
「は?」
「正面から挑んでも、相手は抵抗するばかりで被害が増すばかりにございます。ですが、この両者の弱いところを撃てば、あるいは……」
「ちょ、ちょっと、弱いところって……」
「とある戦略家も、戦闘力の粉砕こそが勝利につながる、と申しております。」
「そ、そうなの?でもさぁ……」
「先ほど、ラルフ殿の話を聞いて考えたことがございます。ここにいる兵士達の戦闘力の粉砕……それこそが、この戦争を終わらせる引き金となるやも知れませぬ。」
「あの……エリシュカ、さん?」
「アイリーン様!アイリーン様の接触人としてもてる権限を最大限に利用し、用意していただきたいものがございます!」
「な、なによ、何を用意しろっていうの!?」
「少々、大がかりなものにございます。ですが、勝利は間違いございません。」
「あのさ、私は大規模戦闘には反対だから……」
「それとラルフ殿!あなた様にも当然、協力していただきます!残念ながら、今日お帰りすることは叶いませぬゆえ!」
「えっ!?じ、自分も協力するの!?」
こうして哨戒機内にて、翌日にはエリシュカの提案による大規模な「作戦」が実行されることに決まってしまった。
そして、翌日。
殺伐としたこの戦場に、さらに巨大な船が現れる。全長1000メートルの船が3隻。それらはすべて、大型の民間船だ。
その大型船から、小型の上陸用船舶が切り離される。それらは駆逐艦の陣取る、両軍の中央に着陸する。
それぞれの陣営からわずか200メートルのところに、なにやらたくさんの機械が次々に下ろされる。巨大な炉のような、ロボットのような……ともかくそれらを下ろしたのちに、民間船舶は帰っていく。
両陣営とも警戒する。ただでさえ巨大な摩天楼のような駆逐艦が、両者の間に居座り続けている。それに加えて、今度は怪しげな機械の数々。まさか、塹壕突破の秘密兵器ではないのか?両軍が見守る中、駆逐艦の横ではそれらの機械を使い、何かが始められた。
グツグツと、巨大な釜が何かを煮ている。その横では、巨大な幕が広げられている。そんなものが塹壕に沿って広がる全ての駆逐艦の真下で繰り広げられていた。
まさか、塹壕に熱湯を流し込むのではないか……戦々恐々と、その光景を両軍の兵士達は眺めている。
「……準備は、整いましたね。」
「はい!いつでも行けますよ、エリシュカさん!」
「では、始めましょうか。これは、侍女としての戦いでもあるのです。決して負けるわけには、参りません!」
エリシュカは、手に持ったホイッスルを吹く。それに呼応して、音が鳴り響く。
それはまるで、商店街に流れるような音楽だ。そして、両陣営に向けて、巨大な扇風機が回り出す。
……なにやら、美味しそうな匂いが漂ってくる。しばらく、ろくなものを食べていない前線の兵士にとって、この匂いは耐えがたいものだった。
そんな誘惑と格闘する塹壕の兵士達に向かって、叫び声が聞こえる。
「おーい!こっちには、美味しいものがあるぞ!」
それは、ラルフ二等兵だった。ザクセン帝国側に向かって、彼は大声で叫ぶ。
「お、おい!ラルフか!?お前、生きていたのか!?」
「そうだ!ラルフだ!いいから、こっちに来い!」
そのラルフ二等兵の声に引き寄せられるように、兵士達が一人、また一人と駆逐艦の下に向かって歩き始める。
「お、おい……お前達……勝手に動くんじゃ……」
一応、各小隊長も止めに入るが、ある分隊は隊長共々、その匂いの方に向かって歩き出していた。
こうなると、集団心理である。あの人もいくなら、俺も……という状態になり始める。気づけば、帝国側の塹壕内の兵士達は皆、駆逐艦の下に集っていた。
そこにあったのは、ソーセージの入った温かいスープ。そして、巨大な浴槽だった。
まもなく、ここは冬になる。肌寒い前線でそんなものが振舞われれば、引き寄せられずにはいられない。
どうせ、このままでは冬の寒さか銃弾で死んでしまうのだ、だったら……という破れかぶれな心理も働いていることは、否めない。
そして、その様子を羨ましそうに眺める王国側の塹壕の兵士達がいた。
その王国側にも、叫び声が聞こえてくる。
「ヴェンス ファ イッチ!イリヤ クェルク チョウズ デ デリッシュ!(こっちに来い!美味しいものがあるぞ!)」
ラルフは、敵兵にも呼びかける。それを聞いた王国軍兵士達も、ついに動く。
「武器はおろしてくださーい!こっちではスープを配ってまーす!そしてこっちは、風呂場ですよー!」
駆逐艦の乗員が呼びかける。そして気づけば、駆逐艦の下で両軍の兵士が、肩を組んでスープ片手に語り合っていた。簡易の風呂場でも、両軍兵士が同じ浴槽に入っている。
「……しかし、考えたわね、エリシュカ。」
「はい。つい先日、私はある逸話を読んだのでございますよ。」
「なによ、その逸話って?」
「コートを着た旅人を見た北風と太陽が、そのコートをどちらが脱がせることができるかということになり、まず北風が力技で引き剥がそうとするのでございます。ですが、旅人のコートはどうしても脱げない。ですが、太陽がさんさんと照りつけるや、旅人はコートを脱いでしまう。力だけに頼らない太陽の戦略的勝利という、実に痛快な逸話でございました。」
「いや、それは『童話』じゃないの?」
「まさしくこれは、人間の欲望につけこんだ作戦でございます。砲撃ではなく、人の最も本能的な欲求、食欲を利用した戦線の崩壊作戦。アイリーン様のおかげで、上手くいきました。」
「でもさあ、これのどこが侍女としての戦いなのよ?」
「宮殿の侍女たるもの、たとえそれが敵方の客人であっても、おもてなしをするのが使命。ですからこれは、侍女としての戦いだと申し上げたのでございます、アイリーン様。」
「……まったく、あんたって人は、恐ろしいわねぇ……」
こうしてその日のうちに、20キロに及ぶ西部戦線の最重要ポイントは、崩壊する。これをきっかけに、この地の両軍は戦闘を停止。その後、アイリーンの仲介のもとで、両軍の将軍は停戦協定に合意する。
そして、1年以上も続き、100万人もの犠牲者を出したこの大戦は、その1週間後に集結することとなる。
その戦争終結の翌日。
ある街の上空に、白い飛行物体が現れる。それはその街の広場に降り立つ。
突如現れたこの飛行物体に、街の人々は大騒ぎとなる。人だかりの中、その白い飛行物体のハッチが開く。
そこから降りてきたのは、一人の男性だった。その人だかりの中を見回す男性。
「ドーリス!」
叫ぶ男。その声に反応し、人混みの中から一人の女性が飛び出してくる。
「ラルフ、ラルフなの!?」
互いに駆け寄る男女。そして集まる群衆の前にもかかわらず、互いに再会を喜び、抱き合う2人。
「ああ、この人があなたの恋人なのね!」
その後ろから、声をかける人物がいる。
「……ラルフ、この人は……」
「ああ、自分の命の恩人で、この戦争を終わらせた人だよ。」
「ええーっ!?せ、戦争を終わらせたって……」
「そうよ!私の名はアイリーン!接触人兼、宇宙最速の魔女なのよ!」
「ええっ!?魔女!?」
唐突に現れて、自慢げに喋り出すこのおかしな人物に、戸惑いを隠せないラルフの恋人。
だが、そのアイリーンの後ろで、哨戒機が機関を始動する。そして、宙に浮き始めた。
「ちょ、ちょっと!まだ私は乗ってないわよ!何、勝手に発進してんのよ!」
「アイリーンさーん!ダメですよー、2人の再会を邪魔しちゃあ!早く来ないと、置いて行きますよー!」
「ちょっと、待ちなさい!雇い主を置いていく従業員が、どこにいるのよ!」
背中からスティックを取り出し、それにまたぐアイリーン。だが、飛び立つ前にアイリーンは、ラルフの方を振り向いた。
「ラルフ!あんた、せっかく生き残ったんだから、その恋人を大事にするのよ!いいわね!」
「は、はい!」
「じゃあね!私、急ぐから!」
そう言い残すと、すでに小さく見える哨戒機を追いかけ始めるアイリーン。唐突に現れ、あっという間に去っていく、宇宙からの使者。
「ラルフ、あの人は一体……」
「ああ、あの人は、まさに伝説の魔女だよ。」
後にラルフ元二等兵によって、あの塹壕戦での出来事が語られる。それはこの星の人々の中で、語り継がれる伝説となった。




