#2 魔女の受難
森の中に、一筋の通りが見えてきた。その道の上を、交易人と思われる馬車がゆっくりと走っているのが見える。
(あれに乗せてもらおう。)
時速150キロで飛びながら、アイリーンは考える。そしてそのまま、街の手前の通りの上に舞い降りた。
そこで、黒い魔女用スティックを背中に取り付け、そばにあった倒木の上で座り、馬車が現れるのを待つ。しばらくすると、たくさんの荷物を荷台に乗せた馬車が通りかかる。
「あのーっ!すいませーん!」
アイリーンは叫ぶ。それを見た馬車の主は応える。
「な、なんじゃ!?どうしたんじゃ!?」
それを聞いたアイリーンは思う。
(よかった。ここは統一語圏ね。)
この宇宙で共通に使われる言葉、そして、どこの地球でもなぜか存在する不思議な言葉、それを彼らは「統一語」と呼ぶ。接触、交渉は、まず言葉の壁が低いこの統一語と呼ばれる言葉が通じる地域から行われるのが一般的だ。
で、いきなり当たりを引いたアイリーンは、上機嫌に話しかける。
「あのっ!この先の街まで乗せて欲しいのよ!お礼はするわ!」
アイリーンの横で止まる馬車。その主は応える。
「ああ、ええぞ!乗れ!」
少しぶっきらぼうだが、どことなくのんびりとした雰囲気のおじさんは、この小生意気そうな娘を馬車に乗せる。
(どうやら、私の姿、違和感ないみたいね。)
今着ている服がここでも通用することを、このおじさんの反応で確かめるアイリーン。だが、ほっとしたのも束の間。そのおじさんはアイリーンに尋ねる。
「あんた、見かけねぇ格好だな!どこから来た!?」
……しまった……アイリーンは、この服装がアンマッチだと知る。
「あ、あのね、あっちの方!」
つい狼狽して、適当に応えるアイリーン。そのおじさんは返す。
「へぇ、あんた、王都から来たんか?」
「そ、そうなのよ!ちょっとこの街に用事があってね……」
「そうか……」
なんとかごまかせたようだ。アイリーンは胸を撫で下ろす。
「まあ、王都があれじゃあな……若い娘なら、王都にいたいとは思わんじゃろう。だが、オルドビアの街とて、すぐに王都と同じことになるじゃろうて。」
「は、はあ……そうなの?」
なにやら、意味深なことを言うこのおじさん。だが、アイリーンには当然、なんのことだか分からない。
「と、ところでおじさん、交易人か何か?」
「交易?わしはレオニダっちゅう行商人じゃ。王都イベリカとオルドビアの街、そしてこの先の港町のボルディッチの間を行き来して、塩を売買しとるんじゃよ。」
「塩?この荷物、塩なの?」
後ろを見るが、どう見ても樽の中には液体の入った瓶がぎっちり乗せられている。どう見てもそれは、塩には見えない。
「ああ、これはぶどう酒じゃよ。ボルディッチの海辺で作られた塩を買い、それをオルドビアと王都で売る。で、王都では特産品であるぶどう酒を買って、それをオルドビアとボルディッチで売る。オルドビアでは干し肉も仕入れて、ボルディッチに持っていくんだがな。」
(ああ、そうか。空のまま港町に行くのはもったいないから、別の交易品を運んでいるんだ。)
そういえばこの先には、確かに港が確認されている。王都と呼ばれる大都市と港町とを往復して商売している行商人なんだと、アイリーンは理解する。
「で、あんたは王都を出てきたんか?」
「え、ええ……ちょっと、ね……」
「やっぱりあんた、抜け出してきたんじゃろ。じゃが、ええんか?オルドビアに身寄りはあるのか?」
「ま、まあ、昔からの知り合いがいてさ。その人を頼ってやってきたのよ。」
「そうか。まあ、王都があれじゃあな……気持ちは分かるけど、いずれこの街も同じことになるじゃろう。気いつけるんじゃぞ。」
どうもさっきから意味深なことを言う、レオニダというこの行商人。王都では、何か起きているのだろうかと、アイリーンは思う。だが、王都から来たという人物を装っている以上、それ以上のことは聞けない。
そんなたわいもない会話しているうちに、オルドビアの街に到着する。そこは石造りの建物が立ち並び、建物の1階部分には多くの店が構える。ここは、いかにも交易中継な街といった雰囲気が漂う。いくつもの馬車が、通りを忙しく走り回る。その列の中に、この馬車も加わる。
「ねえ。」
「なんじゃ?」
「ここでいいわ、ありがとう。これ、お礼ね。」
「これって……おい!これは!?」
「金よ。じゃあ、元気でね、レオニダさん!」
「ちょっと待て!こんなんもらってもええんか!?」
ひとつまみサイズの金塊をもらって狼狽するレオニダを尻目に、馬車から飛び降りるアイリーン。そして行商人と別れ、街の中の人混みに紛れる。ここは小さな街だが、人は多いようだ。交易の中継を担う街であり、王都と呼ばれる大都市に近い街だけに、大勢の人が集まってきているのだろう。
(さて……まずは、この街の情報を手に入れなきゃね。)
アイリーンは歩き出す。ちょうど目の前に見つけた井戸に向かって歩く。そこはまさに「井戸端会議」の真っ最中だった。
「こんにちは。」
井戸のそばで話し込んでいる4人の女達の輪に声をかける。不意に現れたこのおかしな格好の娘に一瞬、4人は眉をひそめる。
「あ……こんにちは。」
「あの、ちょっと伺いたいんですけど。」
「な、なに?」
「この街のご領主様って、なんというお方なのですか?」
「……やっぱりあなた、この街の人じゃないのね。」
「ええ、私、王都イベリカからきたばかりなので。」
それを聞いて、少し警戒心を緩める女達。その一人が応える。
「ねえ、そんなこと聞いて、どうするの?」
「え、ええ、私、ここで住むことになったので、ちゃんとご領主様のことを知っておこうと思って……」
「ああ、そういうことね。いいわ、教えてあげる。このオルドビアの街のご領主は、オルレアンス公爵様というのよ。」
「そうなんですか。で、そのお方は今、どこに?」
王都のすぐそばで、しかも交易の中継地だ。やはり公爵ほどの人物が当主だった。思いの外、大きな成果だ。あとはどうにかしてその公爵様と接触して……接触人として初仕事に、アイリーンの期待は膨らむ。
だが、思いもよらぬ回答が、女達から飛び出す。
「ああ、公爵様ならもうすぐ、中央の広場にいらっしゃるわよ。」
「えっ!?広場!?」
「この通りをまっすぐ抜けて、あそこを右に曲がると中央広場があるの。そこで今日、処刑が行われることになってるのよ。」
全く予期せぬパワーワードが飛び出した。処刑、つまり、誰かが殺される。しかも、町の中央にある広場でだ。穏やかではないこの話を聞き、アイリーンは尋ねる。
「あ、あの、処刑って……」
「王都じゃ、もう何度もやってるそうじゃない。とうとうこの街にもあれが、現れたようね。」
何を言っているのか、さっぱり分からない。だが、さっきの行商人といい、やはりここでは何か起きているようだ。アイリーンは確信する。
「そう、そうなの……分かったわ、ありがとう。」
とは言うものの、何も分かっていないアイリーン。が、少し胸騒ぎがする。一体、何が行われるのか?この目で確かめようと、アイリーンは女に教えてもらった広場へと急ぎ足で向かう。
やがて、井戸端の女の言う通り、広場が見えてきた。そこにはすでに大勢の人々が集まっている。そして、広場の中央にある石段を皆、見ている。
その石段の上には、一本の丸太が立てられている。その両脇には、槍を持った兵士が一人づつ。何を始めようというのか?アイリーンは群衆の後ろから、その様子を眺める。
やがて、その石段の奥から、2人の兵士に担がれた罪人らしき人物が見えてきた。
その罪人は、娘だ。虚な目、おぼつかない足取りで、兵士に抱えられるようにその石段の上に現れる。
そしてその娘は、兵士らによってあの丸太に押し付けられる。そしてその娘は、丸太に縛り付けられる。
しかし、どう見てもごく普通の娘だ。彼女は何をやらかしたのか!?
その娘が縛り上げられると、もう一人の人物が石段の上に現れる。
豪華な装飾の服に、羽飾りのついた帽子。見るからに、あれは貴族だ。つまり、あれがここの領主であるオルレアンス公爵のようだ。群衆の合間から、その姿を見ようと背伸びをするアイリーン。ざわめく群衆に向かい、その貴族は叫ぶ。
「皆の者!聞け!」
この叫び声に、静まり返る群衆。貴族は続ける。
「王都では、黒死病が猛威を奮っておるという話を、皆は知っておろう!幸い、このオルドビアの街ではまだ黒死病は及んでおらぬが、その元凶なるものを見つけ、これを未然に防がねばならぬ!」
黒死病。アイリーンの脳裏には、ある病気の名前が浮かんだ。
死期が近づくと皮膚が黒くなることから、そう呼ばれる病気がある。その病気の名はペスト。多くの星で、不治の病として恐れられる伝染病だ。
だが、ペスト菌の感染により発症するこの病気は、すでにこの宇宙ではワクチンも作られ、恐ろしい病気ではない。しかし未開の星ではその原因も分からず、場合によっては街や村が一つ滅んでしまうほどの猛威を振るうことがあるという恐怖の病でもある。
そんなものが、王都で流行している。
アイリーンは悟る。ああ、だからさっきの行商人は、意味深なことを言っていたのか、と。
だが、事態はそれだけではおさまらない。そもそも、その黒死病とあの処刑される娘との間に、何があるのか?そういえば、元凶がどうとか言っていたな……なんのことだ?状況が今ひとつ飲み込めていないアイリーンをよそに、貴族はさらに続ける。
「そしてついに、この街でも黒死病の元凶なるものを見つけたのだ!」
なんだって?元凶を見つけた?そんな馬鹿な、とアイリーンは思う。だいたい、ペスト菌というものは顕微鏡を使ってようやく見えるような代物。どう見てもこの街には、そんな高度なテクノロジーは存在しそうにない。まだガラスの窓すらほとんど普及していないこの街で、顕微鏡などあろうはずがない。
だが、その貴族は自信満々に応える。
「そう、魔女だ!」
この言葉に一瞬、背筋が凍るの覚えるアイリーン。
魔女。そう、魔女であるアイリーンが、驚くのは無理がない。だが、貴族はさらに続ける。
「この娘こそ、この街に黒死病をもたらそうとした魔女である!我らはその魔女を見つけ、捕らえたのだ!」
群衆が、一斉に叫び出す。歓喜のような、罵声のような、ヒステリックなその叫びは、当然あの娘へと向けられる。
だが、その貴族の言葉に違和感を感じている者が、この群衆の中にたった一人いる。アイリーンだ。
(ちょ、ちょっと……なによ、あの娘が魔女で、魔女がペストの原因!?そんなわけ、ないでしょうが!)
このときアイリーンの脳裏には、あるキーワードが浮かんだ。
「魔女狩り」だ。
かつて、アイリーンの故郷である地球760でも行われていた蛮行である。飢餓や流行病の原因として、魔女が槍玉にあげられたのだ。
だが、もちろん魔女は関係ない。地球760における魔女とは、ただ空を舞い、物を浮かせることができるだけの存在。病原菌をばらまいたり、気候を変えたりできるわけではない。
しかし、原因の分からないことを、異質な人間になすりつけるという集団ヒステリー現象は、どの星でも行われていることだと聞く。これも、その一つに違いない。
だが、彼女は本当に魔女なのか?そう考えるアイリーンは、その貴族が羊皮紙を広げるのを見る。
「これより、この娘の罪状、およびその処遇を申し渡す!この者、ルフィナは一昨日の晩、家で水晶玉を置き、呪詛をかけているところを目撃された!そして昨夜、その一切の行為を、この娘は認めた!」
これを聞いたアイリーンは、確信する。
(なによそれ……やっぱり彼女、魔女ではないわ!)
水晶玉を使った呪詛なんて、別に魔女でなくても可能だ。いや、すでに呪詛ですらない。そんなことでペストが流行るわけがない。まさか水晶玉を持っていたと言うだけで、魔女にされたのか?
「ゆえにこの娘、ルフィナを、これより火あぶりの刑に処す!」
集団ヒステリーによる犯人探しの結果、魔女にさせられた娘。そして今、彼女は群衆の目の前で魔女として惨殺されようとしている。そうと分かった途端、魔女アイリーンの中に、ふつふつと怒りの感情が湧いてくる。
そしてアイリーンは、行動に出る。
「その判決に、異議あり!」