#15 逃避行
「へぇ~、文化レベル2の星ですか。しかも、宮殿がある星だなんて。」
「別に珍しくはないわよ、そんな星。なんたって一番多いのよ、文化レベル2の星が。」
「だって、宮殿だなんて……つまり、王様やお姫様がいる場所ってことでしょう?美しいお姫様が、優雅に暮らす宮殿……くぅ~っ!女の子にとっては、憧れの場所じゃないですか!」
「哨戒機の格納庫でロボットアームに萌えてたあんたが、女の子の憧れだなんてよく言えるわね。それに、国の為政者の娘だからって、必ずしも美人とは限らないわよ。」
「アイリーンさんって、ロマンがないですねぇ。いいじゃないですか、ポジティブに捉えた方が、やる気になりますよ。」
「いやよ、そんなの!期待して、出会ったのが不細工な王様や王子様だったら、私は一体、どういう顔をすればいいのよ!そういうことは、期待しないくらいでちょうどいいのよ。」
「へぇ、じゃあ僕は、期待以上の騎士だったってことだ。」
「ちょっとエルヴェルト!あんた、何言ってんのよ!どうしてそういう話になるの!?」
「いや、だって最近、とても頼られてるじゃない?」
「そそそそんなことないわよ!」
「そうかなぁ?ところでアイリーン、顔が真っ赤だよ?」
「しょ、照明のせいでしょう!?赤くなんかないわよ!?ほら、カナエだってこの通り……」
「それにしてもアイリーンさん、買っていただいたこのスマホ、本当に便利ですねぇ!いやあ、すごいですよ、これ。思わず20万曲も入れちゃいましたよ、私。」
一見バラバラな、いや、実際バラバラな3人は、2週間ほどかけて新たな星へとたどり着く。今回、その未知惑星を担当することになった地球173の遠征艦隊に所属する駆逐艦9750号艦に乗り、その星へと向かっている。その間、先発隊から送られてきた資料に目を通す接触人とその仲間達。
「へぇ、この星、剣だけじゃなくて銃もあるんだ。だけど、どういう型式の銃だか分からないようね……」
「そりゃあ、衛星軌道上や航空機から観察した結果だろう?そんな遠くからじゃあ、分かるわけないだろう。」
「せめて、あんたの星みたいに飛行機でもブンブン飛んでてくれた方が、まだ分かりやすかったんだけんどねぇ。まあ、どうせ鉛玉を放つ相手じゃあ、この魔女は落とせないわよ。」
「あまり馬鹿にもできないよ。要するに飛び道具を持ってるってことだろう?離れた場所からいきなり撃たれたら、いくら速い魔女でもひとたまりもないよ。」
「あら珍しい、心配してくれるのね。」
「恋人の心配をするのは、騎士として、いや、男として当然だろう?」
「ば、バカ!誰が恋人よ!あんたは従業員で、私は雇い主!それ以上でも、それ以下でもないわ!」
「はいはい、アイリーン。また顔が真っ赤だよ。」
「うわぁ、このスマホ、すごいです!ここをいじると、解析用サーバーにも、ストレージサーバーにもなるんですねぇ!」
そんな凸凹三人組を乗せて、駆逐艦9750号艦は未知惑星へと降下を始める。
◇◇◇◇◇
一方、その頃。
ここは、アイリーン達がまさに降りようとしている星の表面。とある大陸の、とある森の中。
「はあ、はあ……」
「フランチェスカ様、もう少しでございます!」
「え、エリシュカ……もう、ダメ……休ませて……」
「何をいうのです。この先の国境を越えれば、まだ生きる希望がございます!追手が来る前に、なんとしてもヴロツワフ王国へたどり着き、捲土重来を果たすのです!」
夜明けも近いこの森の中の狭い一本道を、たった2人でひた走る。月もなく、この真っ暗な夜道を、東へと向かう……
◇◇◇◇◇
「視界良好、いつでも出られるよ、アイリーン。」
「そう、じゃあ私、ちょっと行ってくるわ。」
「僕とカナエは、上空で待機している。何かあったら、連絡してくれよ。危険になったら、いつでも飛んでいって、僕が守ってあげるからさ。」
「分かってるわよ!あんた、従業員なんだから、ちゃんと給料分は働いてもらうわよ!」
「分かった分かった、アイリーン、顔が赤いよ。」
「うるさいわねぇ!行ってくるわ!」
「行ってらっしゃーい、アイリーンさん!」
エルヴェルトにいじられてちょっと不機嫌気味なアイリーンは、ハッチを開けて飛び出す。
そこは深い森の上。この先に見えた街に向かって飛ぶアイリーン。今のアイリーンの服装は、接触人としての初仕事の星である地球874でも使った、あのベージュ色基調の木綿服姿。
この服では、150キロが限界。アイリーンはこの初仕事の時と同様、いきなり街には向かわずに道ゆく馬車に接触しようと、細い道の上を飛ぶ。
果たして、アイリーンの目に、ある一団が目に飛び込んできた。
が、この一団、どうもおかしい。
馬車が1台、馬上の騎士が5騎、剣を持った鎧姿の兵士が10人ほど、その先にいるのは、2人組の女性。明らかに、あの2人を追っているようだ。
馬にまたがった騎士が、その2人組に追いつく。道を塞いだ後、後ろから10人の兵士が追いつく。2人組は、完全に囲まれた。
それを見たアイリーンは、その集団に向かって降下を開始する……
「見つけたぞ、この王族の生き残りめ!」
馬車から、豪華な服に身を包んだ一人の男が降りてくる。ドレス姿のフランチェスカの前に、短剣を握り締めたエリシュカが立つ。
「オンドラーク公爵殿、まさかあなたが、裏切るとは……」
「何をいうか、小娘。強い方、流れのある方に味方するのは当然のこと。これからは我ら貴族とて、新しい時代を見据えねばならぬ。共和制国家という、新しい国の形をな。」
「だからといって、姫様にまで手をかけようとは……」
「おい、侍女よ。姫をおとなしく引き渡すのだ。今なら、姫の命は保証しようぞ。」
「何を言うか!今は助かっても、どうせ辱めた上で姫を殺すつもりであろう!貴族ならば、やりそうなことだ!」
「それを何百年もの間、王族らもしてきたことではないか。戦さで周辺国を刈り取り、小国の王族らを殺戮し、陵辱してきたではないか!そのヴァルチェッツェ王国の400年の血塗られた歴史の上に、あぐらを描いていた王族どもが、いまさら自らがその運命に晒されて、何をいうか!」
「それは、公爵殿も同じこと!宰相にまで務めた公爵殿とて、同罪であろう!」
「まあいい、抵抗するならば、陛下や王妃らと同様に葬るだけのこと!」
「なんですと……まさか、陛下はもう……」
じりじりと、2人組に迫る兵士達。その一人が、姫の前の侍女に剣を突き立てる。
その時、バンッという渇いた音が、深い森にこだまする。そして青い閃光が、その兵士の剣を貫く。するとまるで破裂したかのように、その兵士の剣は吹き飛ぶ。
「な、何事か!?おい、あれはなんだ!?」
オンドラーク公爵は、突如起きたこの異変に、そばにいた側近に尋ねる。だが、側近にも何が起きたのか分からず、首を横に振る。もちろん、その場にいる誰も見たことのない光。
「今のはね、ビームっていうのよ。」
と、空から声が聞こえる。見上げるオンドラーク公爵とその兵士達。平民風の姿をして、黒い棒にまたがり空に浮かぶ不思議な人物を、彼らは目にする。
「さ、形勢逆転よ。おとなしくしなさい。」
「な、何をいうか!お前は一体、誰だ!?」
「そうね……自己紹介の前に、まずは降りる場所を作らなきゃね。」
そう言ってアイリーンは、銃のダイヤルをひねる。そして、姫達の後方にいる、馬上の騎士らの手前に向かって撃つ。
ズズーンという音とともに、土煙が上がる。地面がまるで、破裂したかのようにえぐれる。その爆発音に驚いた騎士らの馬が突然暴れ出し、騎士を乗せたまま道の向こうへと逃げ去ってしまった……
その騎士達のいた場所に、アイリーンは悠々と降り立つ。魔女スティックを背中に納め、腰のカバンから、エネルギーパックを取り出し、リロードする。
「だ、誰だお前は!?」
「私は、接触人のアイリーン。」
「こ、コンタクター!?なんじゃそれは!?」
「つまりね、この星の人に私達と仲良くしないかって、お誘いをかけにやってきたのよ。」
「なにが仲良くだ!今のはなんだ!?あれが、誰かと親密になろうというときの態度か!?」
「それはこっちのセリフよ!たかだか女2人に、大の男が十数人も寄ってたかって!まったく、恥ずかしくないのかしら!?」
「うるさい!そいつらは大罪人だ!我らは、その大罪人を捕らえるため、こやつらを追っていたのだ!」
すると、短剣を持ったエリシュカが公爵に反論する。
「何を申されるか、オンドラーク公爵殿!共和主義者に同調し、われらを裏切り宮殿に奴らを招き入れて、逃げ出した姫を殺そうとしているだけではないか!」
「専制君主制など、すでに時代の流れから外れた国の姿、それを掲げるそなたらは、大罪人も同じ!」
それを聞いたアイリーンは、反論する。
「何を好き勝手言ってんのよ!私のところじゃ、国王陛下はご健在よ!別に時代から外れた思想だって言えないでしょう!」
「うるさい!さっきから、なんだお前は!お前には関係なかろうが!」
「おおありよ!私はね、弱い者いびりするような連中が大嫌いなのよ!なにが時代の流れよ!古今東西一万光年、力無き者を迫害するような連中は、必ずや報いがあると決まってんのよ!」
「お、おのれ~っ!黙って聞いておれば、この怪しき娘め……」
「言っとくけど、私は魔女よ!あんたみたいな小物がこの私に、勝てるかしら!?」
大言を吐くアイリーン。だがアイリーンはヘッドセットに手を当てて、囁くように喋る。
「……アイリーンより哨戒機、大急ぎで、こっちにきてちょうだい。」
いくら銃を持っていると言っても、多勢に無勢、相手の数が多過ぎる。それに、アイリーンは軍人ではない。威嚇用に銃を持っているが、相手を殺傷するための訓練は受けていない。
だが、ここでひるめば、アイリーンのすぐ後ろにいる2人の命はこの世から消滅してしまうだろう。なんとしてもこの場は、引くわけにはいかない。このギリギリの情勢で、時間稼ぎに徹するアイリーン。
だが思いの外早く、それは現れた。ヒィーンという甲高い機関音を立てて、空から白く四角い機体が舞い降りてきた。それを見た公爵と兵士達が、騒ぎ出す。
「な、なんだあれは!?」
もちろん、アイリーンの後ろにいる2人も騒ぐ。
「な、なんなのですか、あれは!?」
「そこの2人、いいから、あれに乗り込んでちょうだい!」
「の、乗れって、どこに……」
短剣を握ったまま、エリシュカが尋ねる。そこに哨戒機のハッチが開き、エルヴェルトが出てくる。
「お待たせ、アイリーン!何があったんだい!?」
「見りゃあわかるでしょう!そこのおっさんが、このか弱き2人の女を襲ってたのよ!」
「なんだって!?そりゃあなんとも悪趣味な話だなぁ!分かった、じゃああとはこの騎士様に任せて、哨戒機に乗り込め!」
「分かったわ!じゃあ、そこの2人、すぐに乗り込むわよ!」
「えっ!?あ、ちょっと!」
アイリーンは、ためらうフランシェスカとエリシュカの手を握り、哨戒機のハッチに飛び込む。中でカナエが、2人を手招きする。
ところで、エルヴェルトはといえば、どういうわけか鎧を着ている。腰には剣。この男、いつの間にこんなものを手に入れたのか?
「おい、お前達!あの姫を逃せば厄介なことになるぞ!後顧の憂いを断つため、なんとしてもやつらを殺せ!」
オンドラーク公爵の激で、兵士の1人が哨戒機のハッチに向かって飛びかかる。その前に立ちはだかるエルヴェルト。
剣を突き立てて突撃するその兵士の前で、剣を抜くエルヴェルト。その剣で、兵士の突撃を払い退ける。エルヴェルトに阻まれた兵士は、今度はエルヴェルトに向けてその剣を振り下ろす。それを剣で受けるエルヴェルト。
と、その時、哨戒機の中からアイリーンが発砲する。出力を上げた銃の威力で、地面はえぐれ、爆発音が鳴り響く。その音に怯んだ兵士を、エルヴェルトは足で突き飛ばす。そして、哨戒機に飛び乗るエルヴェルト。すぐにハッチが閉じられ、アイリーンは叫ぶ。
「緊急発進!ここを離脱するわよ!」
ヒィーンという甲高い音とともに、哨戒機が浮上する。地上にはあの太った公爵以下、10名ほどの兵士が取り残されるのが見える。
「さて、なんとか振り切ったわ。じゃあ、改めて……」
アイリーンが振り返ると、そこには姫をかばい、短剣を持ってアイリーンらを威嚇する侍女の姿があった。