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#14 伝説の魔女

「……結局、警察を説得できなかったわね。」

「そうですよ!ちゃんと証拠のファイルまで見せてるというのに、相手にもしてくれませんでしたよね!?」

「まあいいわ。こうなったら、私達だけでやるしかないわ!」

「はい、アイリーンさん!」

「でもカナエ、あんたいいの?下手をしたら私達、この星で犯罪者になっちゃうかもしれないわよ!?」

「あの悲劇を繰り返されるくらいなら、その方がマシです!」

「よく言ったわ!じゃあ、始めるとしますか!」


そしてアイリーンは銃を取り、腰のホルダーに収める。そして、哨戒機のハッチに手を伸ばす。


「じゃあエルヴェルト、先に行ってるから!」

「ああ、健闘を祈るよ!」


哨戒機のハッチを開けて、勢いよく飛び出すアイリーン。晴天の空、高度2000メートル上空で舞う、一人の魔女。

地上の時刻は、間もなく10時になる。アイリーンらが入手した計画書によれば、やつらは10時に現れる。


バサラの街の大通りが見えてくる。降下を続けるアイリーンに、中型のクレーンを載せたトラックの姿が見える。そのトラック目掛けて、アイリーンは急降下する。


交差点の手前で、トラックに載せられたクレーンは突然、アームを上げ始める。走るトラックの上、アームは上に張り巡らされた架線に引っかかる。引っ掛けられた架線は、その根元の電柱とビルの表面を引っ張り始める。


バサラの街のビルの多くは、広告を貼り付けるために、パネルやディスプレイが貼られている。

元々ここは家具問屋の集まる場所だったが、そこに家電や電子部品、それに漫画やアニメといった新たな文化が入り込んできた。そのため、元々あった家具問屋のビルに、後付けで表面に広告用のパネル等が貼られた。

そのパネルが、架線に引っ張られて剥がれ始める。

通常の架線なら、まるで細糸のようにちぎれてしまうところだが、架線に沿って鋼鉄のワイヤーが張られており、架線もろとも両端の構造物を引き寄せる。メリメリと音を立てて、パネルやディスプレイが剥がれ始める。

大勢の人々が行き交う街で、そんなものが剥がれ落ちれば、どうなるか?

それこそが、この「計画」最大の狙いであった。


バリバリと音を立てて倒れる電柱、メリメリと剥がれるパネル。それらは、その下を歩く人々や車の頭上に、まさに覆いかぶさろうとしていた。


あわや大惨事かという間一髪のタイミングで、一筋の青い光が横切る。それは火花を散らしながら、架線をワイヤーもろとも焼き切った。バーンという爆発音が、周囲に鳴り響く。

その光は、クレーンを載せたトラックにも向けられる。後輪タイヤに命中し、火花を散らしながら停止するトラック。

そして空から、スティックにまたがったスーツ姿の人物が降りてくる。


「間に合ったようね!」


そう叫ぶアイリーンを、地上にいる人々が注目する。その中の一人が、アイリーンに叫ぶ。


「おい、お前、何をしている!」

「見りゃあ分かるでしょう!ここにいる人達を無差別にパネルの下敷きにしようとした、あのトラックを停めたのよ!」

「な、なんだと!?」

「ほら、早くしないと、運転手が逃げちゃうでしょう!?さっさと仕事しなさいよ!そこの警官!」


それは一昨日、アイリーンに職務質問をした私服警官の一人だった。その警官は、慌ててトラックに取り付く。運転席で気絶していた犯人は、あっけなく取り押さえられる。


「いけない!もう一台、来るんだった!じゃあ、あとお願い!」


警官に後を託したアイリーンは、空中でターンする。南側は防いだが、計画書によれば、時間差で北側の大きな交差点にも同様の車両が突っ込んでくることになっていた。

南側で起きた惨事を見て、人々は反対の北側に逃げようとするだろう。そのタイミングで、北側でも全く同じことを仕掛ける……時間差で大勢を巻き込もうという、なんとも悪辣な計画だ。

その距離、およそ200メートル。アイリーンは全速で、その交差点に向かう。

最高速度は100キロを超えている。だがそこには、すでにアームを上げて、最初の架線へと差し掛かるトラックが見えていた。下には、大勢の人々がいる。


アイリーンは、そのトラックのタイヤを狙う。間一髪、命中し、火花を散らしながら止まるトラック。アイリーンは、トラックの横に着地する。


「あんたの負けよ!降参しなさい!」


アイリーンは、運転席でうずくまる実行犯に向かって叫ぶ。その間、アイリーンは銃のエネルギーパックを交換(リロード)する。その、ほんのわずかな無防備な時間。その時間を、その実行犯は突いてきた。

ドアが開き、犯人が飛び出す。左手には、黒い掌ほどのものを握りしめる。それはバチバチと音を立てて、青い火花を散らしている。

アイリーンのリロード中の銃を右手ではたき落とす犯人。そして、その火花を散らす道具、スタンガンをアイリーンへと向ける。

ダメかと思ったその瞬間、アイリーンは肩を後ろに引っぱられて倒れる。そしてアイリーンの肩を引いた人物が、アイリーンの前に飛び出す。

その人物は、手に持った棒のようなものを使い、スタンガンをはたき落とす。それを返し、今度は犯人の胴体目掛けて振り下ろす。それを食らった犯人は、その場で倒れる。


この間、わずか2、3秒の出来事。アイリーンの前で、その人物は倒れた実行犯に、棒を突きつける。

それは、エルヴェルトだった。どこからか持ち出したバールを持ち、アイリーンのもとに駆けつけた。


「……ちょっとあんた!痛いわよ!もうちょっと優しくできなかったの!?」

「ははは、とっさのことだったからね、ごめんごめん。でもおかげで間に合っただろう?」

「って、あんた、哨戒機はどうしたのよ!?」

「ああ、そこにおいて降りてきた。」


アイリーンが振り返ると、いつのまにか道路の真ん中に、白い哨戒機が降りている。


「な、なんだってこんな無茶なこと……」

「決まってるだろ。アイリーンのことが心配だったからさ。」


ストレートで正直なエルヴェルトの回答に、アイリーンの顔はほんのり赤くなる。


「そ、それよりもあんた、そのバールはどうしたよの!?」

「ああ、これ?格納庫から拝借してきた。」

「い、いつの間に……」

「カナエが持ってきたんだ。僕が騎士だって聞いたから、これ使えば戦えるんじゃないかって。」

「そうですよ!アイリーンさん!やっぱり、役に立ちましたね!」

「って、カナエ!あんた、なんてものを持ち出してるのよ!?」


と、そこに、誰かが叫ぶ。


「ちょ、ちょっと、あなた達!一体何を!」


やってきたのは、いかにも警官という制服姿の男だった。


「ああ、ちょうどいいところに来たわ。この男を、しょっ引いてちょうだい。」

「あ、あの、これはどういう……」

「昨日偶然、この事件の計画を暴いたんだけど、あなた方が動かなかったから、我々が動くことにしたの。」

「えっ!?それは一体、どういうことですか?」

「その話はあと、さっさと捕まえないと、逃げちゃうわよ!」

「りょ、了解!」


アイリーンに言われるがまま、犯人を捕縛する警官。そこには続々と、他の警官の姿も現れた。

警官だけではない。おそらくこの星の住人のとって、信じがたいものがこのバサラの街の上空に現れる。


地響きのような低音を響かせ、雲のようにバサラの空を覆う巨大な物体。航空灯を点滅させながら、それはビルの少し上で止まった。

駆逐艦1610号艦。この犯行による混乱を牽制するためにアイリーンが呼び寄せたこの戦闘艦は、バサラ上空で停止した。


『1610号艦より接触人(コンタクター)!行政命令により、上空に待機!指示を乞う!』

「1610号艦へ!まだ隠し球があるかもしれないから、警戒のため、しばらく上空に待機!」

『了解!1610号艦、待機します!』


突如現れたこの全長350メートルの船体は、バサラの街のあらゆる場所から丸見えである。人々はもちろん、周囲の車も止まり、空を仰ぐ。


こうして、無差別落下事件は、一人のけが人も出さず、未然に防がれた。


それはまた、この街の住人にとって、新たな時代の訪れを告げる事件でもあった。


◇◇◇◇◇


事件の日から、一週間が経った。


アイリーンらの行いは、事態が事態だけに、「正当防衛」ということになった。

そして当然、これをきっかけに、この国の政府との接触が始まる。


「はぁ……」

「どうしました?何、ため息をついているんですか?」

「また今回も、まともな接触ができなかったわ。2度ならず、3度までも……まったくどうなってるのよ、私の任務は。」

「いいじゃないですか。事件も解決して、仕事も早く終えることができて、その上アイリーンさんの名前も広まったんですから。」

「別に有名になろうだなんて、思ってなかったんだけどね。」

「そういえば、あの事件でのアイリーンさんの活躍について、早速アニメ映画化の話が出てるらしいですよ?アイリーンさんに確認が来てますけど、どうします?」

「ああ、もうどうでもいいわ、好きにしてちょうだい。それよりも、エルヴェルトのやつはどこに行ったのよ?」

「さあ……あの方は、神出鬼没ですから。」

「そういえばさ、カナエ、本当にいいの?」

「えっ?何がです?」

「今回の件、あんたも事件解決に向けて貢献したわけだし、それを出せばこの星で就職先くらいすぐに探せるわよ。本当に、離れちゃっていいの?」

「いいですよ。両親もいないこの星に未練があるわけじゃないですし、それよりも私、こうなったら宇宙をもっと見てみたいです!」

「そう……」

「なんと言っても、ここには宇宙最強のアイリーンさんがいますから!こうなったら私、どこまでもついて行きますよ!」

「ちょ、ちょっと!私は宇宙最速!別に強いわけじゃないんだからね!それに私はいつか、交渉官になるつもりよ。いつまでもこんな星巡る生活をするつもりはないんだから。」

「そうなんですか?じゃあ、私もその時は、アイリーンさんの星に住むことにします。地球(アース)760って、魔女がいっぱいいる星なんですよね?楽しみですねぇ。」

「魔女なんてそんなにいないわよ。だいたい魔女と言ったって、空飛んだりものを持ち上げるくらいしかできないから。」

「何をおっしゃってるんですか。アイリーンさんは事件解決してるじゃないですか。正義の魔女、アイリーン!いっそ接触人(コンタクター)やめて、正義の味方でもやりませんか?」

「いやよ、難関の試験に合格して、ようやく接触人(コンタクター)になれたんだから。」

「そうだよね。僕は正義の味方よりも、接触人(コンタクター)アイリーンの方が好きだなぁ。」

「ちょっとエルヴェルト!どこから現れたのよ!」

「なんだよ、人をお化けかなにかのように言わないで欲しいなぁ。」

「急に現れるのがいけないのよ!もうちょっと、分かりやすく現れなさいよ!」


この日、アイリーンは交渉官への引き継ぎを終えて、地球(アース)876と命名されたばかりのこの星を離れることになった。

ところで、あの事件の全貌はまだ解明されていない。だが、この1週間でいくつかのことがわかってきた。

あの事件を引き起こした「主犯」は、カナエと同じ、ユキシロでの事故で亡くなった家族を持つ人物だった。

事故の後、何の補償も行われなかったことに恨みを抱き、それであの事件を計画したのだという。同じ事件の被害者でありながら、それを受け入れて生きてきたカナエとは、正反対の道を歩んだ結果だ。

だが、それだけではあの大掛かりな事件をすべて説明することはできない。共謀者や、資金の出所、それらの解明が今、警察によって進められている。


だが、その結果を聞くことなく、カナエはこの星を離れる。

新たな仲間とともに。

※ あくまでもこの話は、フィクションです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] そういえば毎回政府関係者にまともに接触してないですよね(笑) [気になる点] アイリーン「さぁお前達、行くわよっ!」 エル「フンガー」 カナエ「あらほらさっさー」
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