#13 危機
「ちょっと待ってくださいね~!」
カナエがノートPCを開き、電源を入れる。それを後ろから見るアイリーン。
「……遅いわね、そのノートPCってのは!もっとパパッと動かないの!?」
「そりゃあ、アイリーンさんの持ってるスマホが凄すぎるだけですよ。」
「だってもう電源スイッチ入れて、どれだけ経ってるのよ!まだ動かないの!?」
「いやあ、アイリーンさん。まだ30秒しか経ってませんよ……」
ここは、カナエのアパートの部屋。ここでカナエのノートPCを繋いで、情報収集をしている。
昨夜、カナエとアイリーンは、この国の情報を得るための方法を話し合った。結果、この部屋に戻ってくるのが最善だということになり、再びここにやってきた。
なお、カナエの情報で、バサラの街の近くに広くて古い寺社があり、暗いうちならそこで哨戒機を離着陸させても目立たないことが分かった。そこでアイリーンとカナエはこの寺社で降ろしてもらい、カナエのアパートへとたどり着いた。
「ここの政府に関する情報と、あとは世間の情報……でしたよね?」
「そうね。接触人だから、接触するべき相手の情報は欲しいわ。あと、この星の文化のことも知っておきたいわね。」
「政治のことはともかく、文化のことなら、私に聞けばいいじゃないですかぁ。」
「昨日あんたに聞いたら、パソコンだのモデムだの、おかしな機械のことばかりじゃない!私は食べ物や服飾、言葉、世間の関心ごとを知りたいのよ!」
「ええ……そうでしたね……」
せっかくこの星の住人を一人、連れ帰ったと言うのに、肝心な情報が全く得られなかった。この国の政府の中枢にいる人物の名前さえ知らないという。そんなカナエに苛立ちながら、ともかくアイリーンはそんなカナエを介して情報を得ようとする。
「へぇーっ、セイレーン300Aが出たんだ!クロック耐性が高くて、450MHzまでオーバークロック可能だなんて……」
「ちょっとあんた、何見てんのよ!あんたの趣味に付き合ってる場合じゃないわよ!?」
「何を言ってるんですか!オーバークロックはPCマニア最大の関心事ですよ!?文化なんですよ!」
「いや、私はマニアじゃない人の情報が欲しいの!普通の人のね!そんな情報、いらないから!」
「ふええ……分かりました……」
かちゃかちゃとキーボードを叩くカナエ。掲示板を眺めながら、カナエはある書き込みに手が止まる。
「あれ……これは……」
「どうしたの?」
「いや、こんな書き込みを見つけてしまって……」
「私はここの字は読めないわ。なんて書いてあるの?」
「『明日、バサラに、ユキシロの再来を!』って書いてあるんですよ。」
「なによ、ユキシロって?」
「……3年前ですけど、このトキオの郊外の街のユキシロというところで、ある事故が起きたんです……」
「事故?事故って、何が起きたのよ?」
「老朽化した鉄塔が、倒れてきたんです。それで、その下にいた10人が、犠牲になって……」
「ふうん、そんなことがあったんだ。でも、よくそんな事件のこと、覚えてるわね。そんなの有名な事件だったの?」
「いえ、もうほとんどの人は忘れてると思います。でもその中に、私の両親が……」
涙を浮かべ、しんみりと語るカナエ。さっきまでかちゃかちゃと勢いよくキーボードを叩いていたカナエが、すっかり意気消沈している。触れてはいけない過去に、触れてしまったようだ。
だがアイリーンは、ふとさっきの言葉を思い出す。
「……ちょっと待って、それじゃあ、どう言うこと?バサラでユキシロの再来?どう言う意味なのよ!」
「ユキシロの再来って、まさか……」
「……ちょっと、どうしたのよ!」
「このIDから、書き込み先をハックすれば、もしかして……」
カナエのキータッチが突然速くなる。猛烈な勢いで、何かを探し始めるカナエ。
「書き込み先の特定成功!って、なによこれ、ルーターの認識画面じゃないの……いや、ちょっと待って、これは確かうちの店で売ってたルーターと同じだよね……なぁんだ、デフォルトのパスワード使ってるなんて……元PCショップの店員相手に、たいした自信よねぇ。」
ぶつぶつと意味不明なことを言いながら、カナエはキーボードを叩き続ける。
「あらら、共有フォルダーに入れちゃったわ……このファイル、何やら怪しくね?って、やはりパスワードロックがかかってるのか……ならば、総当たりでパスワード解除を……って、遅いよね、このノートPC!しゃあない、うちの店のデュアルCPUのサーバーに入り込んで……」
「ちょ、ちょっと、カナエ。何をやってるの?」
「ちょっとアイリーンさん!今、忙しいんです!話しかけないでください!」
いきなりカナエに怒鳴られるアイリーン。まるで獲物に襲いかかるヒョウのように、鋭い目でキーボードを叩き続けるカナエ。
「……店長め、私が辞めた後も、このサーバーのパスワードを変えていないなんて……私が侵入しないとでも思ったのかしら?舐めたものね!でも、おかげでこのサーバーが使えるわ……ふっふっふっ、見せてもらおうか、店長自慢の、アルファイン1GHzのデュアルCPUの実力とやらを!!」
カナエは何か、とてつもなくやばいことをしているのではないか?殺気立ちブツクサと呟きながらキーボードを叩き続けるカナエを前に、さすがのアイリーンもドン引きだ。だが、今のカナエを止める勇気は、アイリーンにはない。
そして、パァンという音とともに、エンターキーを叩くカナエ。それから数秒後、カナエは絶叫する。
「キターーーーーッ!パスワード解除、キターーーーーッ!」
そして解凍に成功したファイルを、自身のノートPCにコピーするカナエ。だが再び、ファイルと格闘する。
「案の定、ウィルスが仕込まれてるのね。でも元店員相手にそんなトラップは通用しないわよ!ほれほれ、最新ソフトで解除解除!」
格闘すること10分、ようやくカナエは、何かを得たようだ。
「さて、いよいよファイルを開きますよ……」
カナエが開いたファイルには、地図が書かれていた。碁盤目状の整然とした地図で、中央には大通りと思われるものが描かれている。
「何か文字が書いてあるけど……ねえ、カナエ、なんて書いてあるの?」
だが、カナエは真っ青な顔をして、なかなか応えない。
「ちょっと、カナエ!どうかしたの!?一体、何て書いてあるのよ!」
「あ……アイリーン……さん……」
「ど、どうしたの!?何が書いてあるの!?」
「た、大変ですよ、これ……ば、バサラの街に……」
「ちゃんと話しなさいよ!一体、何が書いてあるって言うのよ!」
カナエが探り出したそのファイルの内容は、バサラの街を狙った驚愕すべき計画であった。