#11 奮起
「ちょ、ちょっとあんた!昨日の!」
「……あ、れ……?もしかして、昨日の魔女さん……」
「こんなところで一体、何やってんのよ!」
アイリーンはそのビルの天辺で旋回し、彼女の横で止まる。顔が真っ青な彼女。目にはクマができている。何かがあったのは、間違いない。アイリーンは尋ねる。
「まさかと思うけどあんた、ここから飛び降りるつもりだったの?」
アイリーンのその問いかけに、ゆっくり頷く彼女。
「なんでよ!なんだってあんたが、ここから飛び降りなきゃいけないのよ!」
「ふええ……そ、それがですね、私、あのお店をクビになったんです……」
「はあ!?なんでよ!」
「実は昨日、魔女さんがノートPCを売ったことが、きっかけといえばきっかけなんですが……」
「どういうことよ!私、全部売ったじゃない、あんたの店にあるあのノートPCとかいう機械を!」
「ええ、売ったことはよかったんです……でもあの一件で、店長が……」
「どうしたの?」
「有能なやつが店員じゃないとダメだと言い出してですね、それで……元々成績の悪かった私を、やめさせることにしたんです……」
これを聞いてアイリーンは後悔する。まさかあの一件で、一人の人物の人生を変えてしまう羽目になろうとは……調子に乗って営業していた自分に、今さらながら腹が立っていた。
「で、でもさ、他の仕事を探せばいいじゃない!それくらいのことで、なんだって死ななきゃいけないのよ!?」
「私、親がいないんです……」
いきなりその場が、深刻な雰囲気に変わる。いや、そもそもここはビルの上の絶壁の一歩手前。そんな場所に立っている時点で、すでに深刻な状況ではあるのだが、この元店員は淡々と自身のことを話し始める。
「3年前に両親が事故で死んでしまい、身寄りのない私はただ一人、このトキオのど真ん中に放り出されちゃったんです。」
「トキオって、もしかしてこの街の名前?」
「は、はい……」
「で、どうしたの?」
「収入がないからとそれまで住んでいた借家を追い出されて、残されたわずかな財産でしばらく食いつなぎ、なんとかあのお店に雇ってもらうことになったんです。がむしゃらに働いたんですが、私は物を売るということが苦手なようで……」
「でしょうね。あんた、何言ってるのか、さっぱり分からなかったもの。」
「ふええ……そうなんです。私、機械が大好きなんですけど、ついついそっちの方に話がいっちゃって……それで私、お客さんからよく訳が分からないと言われることが多くて……」
涙を流しながら語る元店員。それを見てアイリーンは尋ねる。
「ならば余計に、次の職を探さないとダメじゃない。」
「うう……今の仕事を見つけるのに、100件以上回ったんですよ。そこまで苦労して見つけた仕事なのに、次を探すだなんて……」
「だったらもう一度、100件探せばいいじゃない!」
「あの、そんなに時間が、ないんです……」
「……なんで。」
「今月の家賃の支払いが遅れたら私、今住んでるところを追い出されちゃうんです……」
「はあ?どういうこと!?」
聞けば、すでに家賃を滞納気味で、大家から最後通牒を渡されているという。
「……だから私、もう住むところもなくなるんです……せっかく生きる術を見つけられたというのに私、それすら無くして……」
アイリーンは考えた。両親も亡くなり、職も失い、この先を生きる希望も見出せない。そんな彼女に、どうしてやればいいだろうか、と。
そして、アイリーンは動く。
「ちょっと、ごめん!」
アイリーンは突然、この元店員の手を引っ張る。バランスを崩し、ビルの絶壁から身を乗り出す。
魔女ではない彼女は、空など飛べない。重力に逆らうことなく、真っ逆さまに落ちるだけだ。
「ああっ!」
ビルの谷間に吸い込まれる元店員。走馬灯のように、今までの人生が流れる彼女の脳内。
そして、目の前にはアイリーンの顔が見えた。
アイリーンは、元店員の腕を引き寄せ、そして魔女スティックの上に彼女を乗せて、ふわっと地面に降りる。
「どう、ビルの上から落っこちた気分は?」
ぽかんとする元店員。しばらく、何が起こったのか分からない彼女は沈黙を続けるが、やがて口を開く。
「あ、あの……こ、怖かったです。」
「そりゃあそうよね。あんたは空、飛べないんだもん。」
魔女スティックを筒型ケースに入れながら話すアイリーン。
「でも、怖いってことは、まだ生へのこだわりがあるってことよ。つまりあんた、まだこの先も生きたいんでしょう?」
それを聞いて、急にボロボロと涙を流す元店員。
「そ、そりゃあまだ生きたいですよ……だって私、まだ19歳ですよ……人生これからって時に死んじゃうなんて……」
「そう。だったらここで、奮起してみない?」
「えっ!?」
「泥水すすったって、生き残ってやると、心に決めるのよ!その気になれば、どうにでも生き残ることはできるわ!」
「は、はい……でも、私……」
「どうなの!?生きるの、生きないの!どっちよ!」
しばらく考え込む元店員。そして、アイリーンに応える。
「生きます!飛び降りてみて、よく分かりました!やっぱり私、このままじゃ死ねないって!」
「よく言ったわ。じゃあ、決まりね。」
「……何がです?」
「私が、あなたを雇うわ。」
「はい?」
急に妙なことを言い出すアイリーンに、キョトンとする元店員。だが、アイリーンは続ける。
「もうすでに一人雇ってるんだけどね、私。あと1人くらい増えても、どうってことないわ。でも、生きる執念がなきゃ務まらない仕事だから、その一言が欲しかったのよねぇ。」
「あの……なんのことです?」
「そういえば、自己紹介がまだだったわね。私の名は、アイリーン。地球760出身の接触人なのよ!」
「アース……760……?コンタクター……?なんですか、それ?」
「早い話が、宇宙人よ。私、こことは別の星から来たの。」
「えっ……ええーっ!?」
大声で叫ぶ元店員。
「何を驚いてるのよ。じゃあ聞くけど、私のような魔女って、この星にはいるの?」
「いや、いないです。魔女なんて、架空の存在だと……ああ、そうだったんだ、宇宙人ね、だから空、飛べちゃうんだ。」
「何言ってんのよ!宇宙人だから、みんな飛べるわけじゃないわよ!私が特別なの!空飛ぶ魔女がいるのは、私のいた地球760という星だけで、その星の中で私は最速の魔女なのよ!」
「ええっ!?さ、最速って……」
「つまりね、私は宇宙最速の魔女ってことになるのよ。」
「はえ~っ!そんなすごい魔女様だったとは……」
唖然とする元店員に、アイリーンは尋ねる。
「ところで、あんたなんていうのよ!?」
「あ、私の名は、カナエ。イチカワ・カナエと言います。」
「そう、カナエね。」
「あの……ところで私、アイリーンさんの元で何をすれば……」
「そうね、どうしようかしら……私、あんたのことを全然知らないのよね。」
「はあ……」
「じゃあまずは、あんたの住んでるところに連れてってよ!カナエのことを知るついでに、荷物をまとめましょう!」
「は、はい……分かりました……」
アイリーンに促されて、カナエは歩き出す。まさかクビになった翌日に、宇宙人に雇われる羽目になるとは思わなかった彼女は、その新たな雇い主と共に自身の部屋へと向かう。




