表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/50

#11 奮起

「ちょ、ちょっとあんた!昨日の!」

「……あ、れ……?もしかして、昨日の魔女さん……」

「こんなところで一体、何やってんのよ!」


アイリーンはそのビルの天辺で旋回し、彼女の横で止まる。顔が真っ青な彼女。目にはクマができている。何かがあったのは、間違いない。アイリーンは尋ねる。


「まさかと思うけどあんた、ここから飛び降りるつもりだったの?」


アイリーンのその問いかけに、ゆっくり(うなず)く彼女。


「なんでよ!なんだってあんたが、ここから飛び降りなきゃいけないのよ!」

「ふええ……そ、それがですね、私、あのお店をクビになったんです……」

「はあ!?なんでよ!」

「実は昨日、魔女さんがノートPCを売ったことが、きっかけといえばきっかけなんですが……」

「どういうことよ!私、全部売ったじゃない、あんたの店にあるあのノートPCとかいう機械を!」

「ええ、売ったことはよかったんです……でもあの一件で、店長が……」

「どうしたの?」

「有能なやつが店員じゃないとダメだと言い出してですね、それで……元々成績の悪かった私を、やめさせることにしたんです……」


これを聞いてアイリーンは後悔する。まさかあの一件で、一人の人物の人生を変えてしまう羽目になろうとは……調子に乗って営業していた自分に、今さらながら腹が立っていた。


「で、でもさ、他の仕事を探せばいいじゃない!それくらいのことで、なんだって死ななきゃいけないのよ!?」

「私、親がいないんです……」


いきなりその場が、深刻な雰囲気に変わる。いや、そもそもここはビルの上の絶壁の一歩手前。そんな場所に立っている時点で、すでに深刻な状況ではあるのだが、この元店員は淡々と自身のことを話し始める。


「3年前に両親が事故で死んでしまい、身寄りのない私はただ一人、このトキオのど真ん中に放り出されちゃったんです。」

「トキオって、もしかしてこの街の名前?」

「は、はい……」

「で、どうしたの?」

「収入がないからとそれまで住んでいた借家を追い出されて、残されたわずかな財産でしばらく食いつなぎ、なんとかあのお店に雇ってもらうことになったんです。がむしゃらに働いたんですが、私は物を売るということが苦手なようで……」

「でしょうね。あんた、何言ってるのか、さっぱり分からなかったもの。」

「ふええ……そうなんです。私、機械が大好きなんですけど、ついついそっちの方に話がいっちゃって……それで私、お客さんからよく訳が分からないと言われることが多くて……」


涙を流しながら語る元店員。それを見てアイリーンは尋ねる。


「ならば余計に、次の職を探さないとダメじゃない。」

「うう……今の仕事を見つけるのに、100件以上回ったんですよ。そこまで苦労して見つけた仕事なのに、次を探すだなんて……」

「だったらもう一度、100件探せばいいじゃない!」

「あの、そんなに時間が、ないんです……」

「……なんで。」

「今月の家賃の支払いが遅れたら私、今住んでるところを追い出されちゃうんです……」

「はあ?どういうこと!?」


聞けば、すでに家賃を滞納気味で、大家から最後通牒を渡されているという。


「……だから私、もう住むところもなくなるんです……せっかく生きる術を見つけられたというのに私、それすら無くして……」


アイリーンは考えた。両親も亡くなり、職も失い、この先を生きる希望も見出せない。そんな彼女に、どうしてやればいいだろうか、と。

そして、アイリーンは動く。


「ちょっと、ごめん!」


アイリーンは突然、この元店員の手を引っ張る。バランスを崩し、ビルの絶壁から身を乗り出す。

魔女ではない彼女は、空など飛べない。重力に逆らうことなく、真っ逆さまに落ちるだけだ。


「ああっ!」


ビルの谷間に吸い込まれる元店員。走馬灯のように、今までの人生が流れる彼女の脳内。

そして、目の前にはアイリーンの顔が見えた。


アイリーンは、元店員の腕を引き寄せ、そして魔女スティックの上に彼女を乗せて、ふわっと地面に降りる。


「どう、ビルの上から落っこちた気分は?」


ぽかんとする元店員。しばらく、何が起こったのか分からない彼女は沈黙を続けるが、やがて口を開く。


「あ、あの……こ、怖かったです。」

「そりゃあそうよね。あんたは空、飛べないんだもん。」


魔女スティックを筒型ケースに入れながら話すアイリーン。


「でも、怖いってことは、まだ生へのこだわりがあるってことよ。つまりあんた、まだこの先も生きたいんでしょう?」


それを聞いて、急にボロボロと涙を流す元店員。


「そ、そりゃあまだ生きたいですよ……だって私、まだ19歳ですよ……人生これからって時に死んじゃうなんて……」

「そう。だったらここで、奮起してみない?」

「えっ!?」

「泥水すすったって、生き残ってやると、心に決めるのよ!その気になれば、どうにでも生き残ることはできるわ!」

「は、はい……でも、私……」

「どうなの!?生きるの、生きないの!どっちよ!」


しばらく考え込む元店員。そして、アイリーンに応える。


「生きます!飛び降りてみて、よく分かりました!やっぱり私、このままじゃ死ねないって!」

「よく言ったわ。じゃあ、決まりね。」

「……何がです?」

「私が、あなたを雇うわ。」

「はい?」


急に妙なことを言い出すアイリーンに、キョトンとする元店員。だが、アイリーンは続ける。


「もうすでに一人雇ってるんだけどね、私。あと1人くらい増えても、どうってことないわ。でも、生きる執念がなきゃ務まらない仕事だから、その一言が欲しかったのよねぇ。」

「あの……なんのことです?」

「そういえば、自己紹介がまだだったわね。私の名は、アイリーン。地球(アース)760出身の接触人(コンタクター)なのよ!」

「アース……760……?コンタクター……?なんですか、それ?」

「早い話が、宇宙人よ。私、こことは別の星から来たの。」

「えっ……ええーっ!?」


大声で叫ぶ元店員。


「何を驚いてるのよ。じゃあ聞くけど、私のような魔女って、この星にはいるの?」

「いや、いないです。魔女なんて、架空の存在だと……ああ、そうだったんだ、宇宙人ね、だから空、飛べちゃうんだ。」

「何言ってんのよ!宇宙人だから、みんな飛べるわけじゃないわよ!私が特別なの!空飛ぶ魔女がいるのは、私のいた地球(アース)760という星だけで、その星の中で私は最速の魔女なのよ!」

「ええっ!?さ、最速って……」

「つまりね、私は宇宙最速の魔女ってことになるのよ。」

「はえ~っ!そんなすごい魔女様だったとは……」


唖然とする元店員に、アイリーンは尋ねる。


「ところで、あんたなんていうのよ!?」

「あ、私の名は、カナエ。イチカワ・カナエと言います。」

「そう、カナエね。」

「あの……ところで私、アイリーンさんの元で何をすれば……」

「そうね、どうしようかしら……私、あんたのことを全然知らないのよね。」

「はあ……」

「じゃあまずは、あんたの住んでるところに連れてってよ!カナエのことを知るついでに、荷物をまとめましょう!」

「は、はい……分かりました……」


アイリーンに促されて、カナエは歩き出す。まさかクビになった翌日に、宇宙人に雇われる羽目になるとは思わなかった彼女は、その新たな雇い主と共に自身の部屋へと向かう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] アイリーンさん、お人好しですね。 で一つ疑問、…本業の交渉はどうした?! [一言] カナエ「♪空を飛ぶ 魔女が飛ぶ (中略) トキオ、トキオが空をとぶー♪」
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ