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名もなき歌

作者: んが

ある日、ハナレイアパートの前のごみ集積所に間違えて犬のぬいぐるみが捨てられてしまいました。


プロローグ~道の片隅で

「ねえ。気が付いてよ」

 柴犬のぬいぐるみが、ゴミ袋の隙間から顔を出しました。


 木の上からリスがするすると降りてきました。

『なんだ。犬のジョンかと思った』

 リスががっかりしたように、ぬいぐるみをくわえました。

「ジョンじゃなくてごめんよ。でも、見つけてくれてうれしいよ。ボクをここから連れ出してくれないかな」

 柴犬のぬいぐるみは、リスの顔を見つめます。

『僕は、ジョンと遊びたかったんだよ。ジョンは、時々ここに来て僕と遊んでくれるんだ。偽物の犬となんて遊びたくないよ』

 リスは、そういうとぬいぐるみを離しました。

「そう……残念だな。おばあさんが待っているんだ」

 ぬいぐるみは、離された瞬間きゅうん、と鳴きました。


「誰かボクに気づいてくれないかな」

 そう思っていると、ふっと何者かに触られている気配がしました。

 思わずわんわんと声が出ます。

「こんなところにぬいぐるみが捨てられているわ。わんわん言って、まだ電池が残っているのね。本当の柴犬みたい」

 エプロンをつけたおばさんは、ゴミ袋をぬいぐるみの横に置きました。

「おばさん、ボクを拾ってくれるの?」

 ぬいぐるみは話しかけました。

「子供が小さいころ、おもちゃ屋さんに行くといつもこんなものを欲しがったわねえ」

 おばさんは、つぶやきます。

「今なら、タダですよう。おばさんの家へ連れて行ってくださいな」

「子供も大きくなったしねえ」

 おばさんはそっとごみ袋に犬のぬいぐるみを戻すのでした。


「みんなボクに興味を持っても、持って行ってくれない……」

 柴犬のぬいぐるみは、道行く人を眺めました。


 そこへ、男の子が通りかかりました。

 小学生でしょうか。

 Tシャツに半ズボン姿の男の子です。

 両手で杖を使ってぴょんぴょん飛び跳ねるように歩いているのでした。

 けがでしょうか。それとも病気かもしれません。

「あの子、拾ってくれないかな。割りばしさん、ちょっと背中を押してよ」

 そばにいる割りばしに声をかけました。

〈やなこった。何でおれ様がお前さんの背中を押さなくちゃいけないんだよ〉

 割りばしは、ぶっきらぼうに答えました。

「ボクは、間違って捨てられたんだ。おばあさんがお出かけしているときに、間違えて片付けられてしまったんだよ。だから、本当はここにいちゃいけないんだ」

 割りばしは、〈そんなの、おれの知ったことじゃないよ〉と請け合いませんでした。

「おばあさん、きっと心配しているよ」

 柴犬のぬいぐるみは、かくんとうつむきました。

 その様子を見ていた風が、ぬいぐるみの背中を少し強く押します。

 犬のぬいぐるみは、がさり、とゴミ袋の外に押し出されました。

「やった! わんわんわん!」

 押された拍子に犬の動くスイッチが入りました。

 わんわんわんわん鳴きながら、男の子の前をくるくると動き回ります。

「犬?」

 杖の男の子はくるりと顔をぬいぐるみの方へ向けました。

「わんわんわん!」

「ぬいぐるみ?」 

 男の子は、不思議そうに犬のぬいぐるみを見つめています。

「ごみ?」

「そうですよ、そうですよ。ボクは間違えて捨てられえたごみ犬のカズオですよ」

 柴犬のぬいぐるみは、一生懸命話しかけました。

「犬のカズオ? ぬいぐるみなのにおしゃべりするの?」

 男の子は杖を地面に置きました。

 カズオに近づくと、柴犬のぬいぐるみを拾い上げます。

 カタカタと動いている犬のスイッチを探しました。

「どうしておはなしするの? そういう風にプログラムされているのかな」

「ボクの話す声が聞こえるんですね。リスさんに続いてふたりめです」

 わんわんわん、と犬のカズオは頭をカタカタとゆすりました。

「聞こえるよ。僕、犬が欲しかったんだ。しかも君と同じ柴犬。だけど、僕歩くだけで精いっぱいだし。犬を飼ってもお散歩に連れて行ってやれないから、飼うのあきらめていたんだ。ぬいぐるみだったら、ママもきっといいっていうよ。一緒に行こう。僕の名前はね……」

 男の子は自己紹介をしようとしましたが、ぬいぐるみと杖を見比べて黙り込みました。

「行きましょう、行きましょう。紹介してください」

 犬のカズオが、嬉しそうにカタカタとしっぽを振っています。

「ごめんよ。きみとお友達になりたかったけれど、僕は君をもって歩くことさえできなかったよ」

 男の子は、寂しそうにカズオの顔を見つめました。

「背中にリュックサックがありますよ」

 ぬいぐるみのカズオは顔をあげましたが、男の子は静かに首を振りました。

「リュックサックには、学校からのお手紙や水筒や体操着やらなんやらできみが入る隙間はないんだ」

 男の子は、リュックの中身を見せます。

「ボクは後からついていきますよう……」

 カズオは食い下がります。

「そんな事はできっこないよ。きみはぬいぐるみだし、帰り道には横断歩道だってあるんだから」

「そうなんですね……横断歩道って赤や黄色の明かりがちかちかしているうちに通らなければいけないものですよね。ボクはぬいぐるみだからよくわかりませんが、僕にも渡れそうでしょうか」

「人間の僕でも信号が変わらない前にやっと渡り終わるんだ。結構長い歩道なんだよ」

「道路っていうのは車が通るんですよね。ひかれてしまうかも、ですね」

 男の子はうなずきます。

「しかも、きみはぬいぐるみだし。おもちゃが勝手に歩いたらみんなびっくりしてしまうよ」

「あなたは、驚きませんでした」

 犬のぬいぐるみはわんわんわんと男の子の周りを動き回ります。

「驚いたよ! でも、なんとなくこういうのもあるのかなって。よく童話にこういうの出てくるし……」

「やっぱりボクの目に狂いはなかったです」

 ぬいぐるみのカズオは、こっくりとうなずきました。

「ボクは間違えて捨てられたんです。ハナレイアパートに住んでいる老夫婦を知っていますか?」

「ハナレイ?」

 男の子が聞き返します。

「そうです。最近おじいさんが病気で亡くなったんです。突然の事だったので、おばあさんはそれは悲しんだのです」

「おじいさん、急な病気だったんだね」

 男の子のおじいさんも去年突然心臓発作で亡くなったばかりでした。

「あまりの寂しさに寝込み、誰とも話したがらくなったんです。

「そうなんだ」

 男の子は、うーんといって腕を組みました。 

「心配したお嬢さんがおばあさんに僕をプレゼントしたんです。おばあさんは、ぼくを本当にかわいがってくれました」

「それなのにどうして捨てられちゃったの?」

「アクシデントです。お嬢さんが、おばあさんのかわいがりように不安を感じたのが始まりです」

 ぬいぐるみのカズオは、首をかくかくと動かしました。

「そうなんだ。でもさ、おばあさんにプレゼントしたんだから、おばあさんが君をどう扱おうとおばあさんの自由だよね」

「ボクもそう思うんですが……。お嬢さんは本当に心配そうでした。少し話してくれるようになったのはうれしいけど、こんなにぬいぐるみをかわいがるなんて思わなかった。しかも、お父さんの名前まで付けて、本当にお父さんに話しかけるようにカズオさんカズオさんっていうのよ、とヘルパーさんに話しているのをボクは聞いてしまいました」

「そうなんだ」

 男の子はちらっと腕時計を見ました。

「ご飯の時も寝るときもいつもぼくをそばに置いていました。それで、お嬢さんがいくら悲しいからといっても、少し変じゃない? 心配だわ。とボクをちょっと化粧台の後ろに隠したんです。そうしたら……」

「うっかり落ちてしまったんだね」

「そうです。化粧台の横にあるごみ箱に落ちてしまったんです」

 ぬいぐるみのカズオは、ガクッと下を向きました。

「それにしても変だね。おばあさんは、ゴミ袋に入ったきみに気づかなかったのかな」

「おばあさんは腰がよくないんです。お掃除は、週に二回ヘルパーさんがやってくれるのです」

「かわいそうなおばあさん。きっときみの事を探しているよ。一言、ヘルパーさんもおばあさんかおばあさんの娘に君の事を聞いてくれたらよかったのにね」

 足の不自由な男の子は、犬の背中をなでてやります。

「そうですが、お嬢さんもヘルパーさんも忙しい人ですから、ボクの事もうっかり忘れてしまった可能性もあります。ゴミ箱の中にはボクだけじゃなくて他にもうっかり捨てられたメンバーがいますからね。誰も悪くはないんです。

 ぬいぐるみのカズオは、わんわんと鳴きました。

「なんだか、ごめんよ。期待させてしまって……僕のリュックサックに何も入ってなければよかったんだけど……」

 男の子が謝りました。

「ボクはリュックサックの上でも平気ですよ」

「上に置いて落としてしまったら、今度は僕が悲しむよ。ごめんよ。このあと、習字に行かないといけないんだ。きみがいい人にもらわれていくことを祈っているよ。じゃあ、お母さんが心配するから。またね」

 杖を持つと、腕時計をもう一度見ると男の子は去ろうとします。

「待って! 待ってください」

 柴犬のぬいぐるみは、出来る限りの声を出して男の子を呼びました。

「お願いです。僕の電池だけでも替えてもらえませんか?」

「電池?」

「そう。背中の電池がもう少しでなくなりそうなんです。電池がなくなったら、それこそボクはおばあさんのもとに帰れないです」

「それはかわいそうだね。だけど、僕これから習字に行かないといけないんだよ。お母さんに車で送ってもらって行くから、君のところには来られないかもしれない」

 男の子は時計をちらちら見ながら、申し訳なさそうに言いました。

「そうですか……明日でも構いませんよ。僕を壁の上にでも置いてかくしてもらえれば、ゴミとはだれも思わないでしょう」

 ぬいぐるみのカズオは、まっすぐ男の子を見ました。

 

 ががー

 がらがらがら

 ゴミ収集車が音を立てて近づいてきました。

「坊や、ゴミを集めるよ。危ないから離れていなさい。そのぬいぐるみは坊やのかね」

 半袖の作業服を着たおじさんが、ぬいぐるみを指さします。

「いいえ、僕のではありません。でも……」

「じゃあ、袋から落っこちたのかな」

 おじさんは、無造作にぬいぐるみのカズオをつかむと車に投げ入れようとしました。

「待って! 待ってください」

 男の子はおじさんの作業服を思わずつかんでいました。その拍子にバランスを崩してよろけそうになります。

「なんだなんだ。どうしたんだ?」

 運転席のおじさんが、窓から顔を出しました。

「袋からこぼれ落ちたぬいぐるみを捨てようとしたら、この坊やが止めたんだよ」

 作業服のおじさんは、男の子の体を支えながら言いました。

「坊やじゃありません。佐々木太郎と言います。僕のじゃありませんが……本当は僕のぬいぐるみなんです」

 男の子は、思わず口を滑らせてしましました。

「なーんだ。きみのなんだ。お年頃だもんな。悪かったな、坊やなんて言って。ほら、大事に持って帰りな」

 作業服のおじさんは、ぬいぐるみのカズオをぽんぽんと叩くと男の子に渡しました。

「坊や、じゃない、太郎君のものだったよ。じゃあ、おれ達作業中だから、またな。お母さんに捨てられないように大事にするんだぞ」

「……」

「オーライ、オーライ、オッケー」  

 ゴミを集め終わると、収集車は次の場所へ行ってしまいました。

「僕のだって言っちゃったよ」

 男の子は、ぬいぐるみを見つめながらつぶやきました。

「助けてくれてありがとうございました」

 ぬいぐるみのカズオは、嬉しそうにプラスチックのしっぽをカタカタと振りました。

「成り行きだよ、成り行き。でもどうしよう。君を持って帰りたいけど……」

「リュックサックに僕をくくりつけてください。ほら、そこにさっきのおじさんが落としたひもが落ちています」

「ぬいぐるみなのに頭がいいんだね」

 男の子はぬいぐるみの首輪にひもを通すと、リュックサックの肩ベルトにくくりつけました。

「僕、ひもを結ぶの苦手なんだ」

 男の子は、確かめるようにひもをひっぱりました。

 ぬいぐるみはゆらゆらと揺れましたが、ちゃんとぶる下がっていました。

「落ちないようにもう一まき首輪に回してください」

 カズオに言われて、男の子は二重にひもを回しました。

「ああ、こんな時間! お母さんに怒られてしまう」

 男の子は、杖を器用に操りながらかっかっと歩き出しました。


 道行く人が男の子を見てにこにこ笑っています。

 男の子の横を制服を着た女の子が二人通り過ぎました。

「ほんと。おっきいぬいぐるみぶら下げているね」

 男の子は自分の事を言われていると思って耳がカーッと熱くなるのを感じました。

「K高校かな?」

「うちの高校じゃないね。それにしても、大きいよね。あれってテレビのゆるキャラじゃない」

 くすくす笑いながら女子高生が話していたのは、どうやら別の人を指しているとわかり、男の子はほっと胸をなでおろすのでした。

「さ、カズオ。急ごう」

 男の子は、女子高生を追い抜いてかっかと通りを抜けていきました。


太郎とカズオ

 太郎は、急いで家に帰りました。

「お母さんに怒られちゃう」

 リュックサックには、ぬいぐるみのカズオがぷらぷらとぶら下がっています。


「おかえり、ずいぶん遅かったわね。手を洗ってらっしゃい」

 お母さんが、腰に手をあてて太郎を出迎えました。

「急がないと間に合わないから、おやつは車でね」

 お母さんは、そういうと玄関に置いてある習字道具と車のキーを持ってドアをあけました。

「えー」

 不満そうな声を出しましたが、太郎は手を洗ってトイレに入りました。

 ぬいぐるみのカズオは、何もなかったようにおとなしくリュックサックの横に横たわっていました。

「じゃあ、カズオ。僕ちょっと出かけてくるからね。そこで帰ってくるまでおとなしくしているんだよ」

ーなるべく早く帰ってきてくださいね。

 カズオは、そっと太郎に言いました。


「遅れてごめんね、ママ」

 太郎は、座席に体を預けながら後部座席に杖を置きました。

「大丈夫よ。でも、遅刻だから先生にきちんと謝るのよ」

「うん」

 遅れた理由を問い詰められなかったので、太郎はほっとして深く座りなおしました。

「道が混んでるわね。太郎、ちょっと先生に電話しておきなさい」

 お母さんが、バックを指さしました。

 太郎は、手短に習字の先生に遅刻すること、お詫びを伝えて携帯電話を切ります。

「それにしても、今日は珍しく遅かったわね」

 太郎は携帯電話をお母さんのバックにしまいました。

「ちょっとね。いろいろあったんだよ」

 太郎は窓の外を見るふりをして、横を向きました。

「ふうん。何かあったのね。けがはしてないわね」

「そんなんじゃないって」

 太郎が、笑ったのでお母さんも顔が少し緩みました。

「やっと動いたわ」


 太郎はぬいぐるみのカズオの事が気になりました。

 玄関にリュックを置いてきてしまったこと。カズオをひもにつないだまま慌てて出てしまったこと。電池を変えるのを忘れたこと。

(帰ったらすぐにカズオに電池を入れてあげなくちゃ)

 


「こんにちはー。先生、遅れてすみません!」

太郎は怒られる前に先手を打って、椅子に座りました。

「太郎くん、今日はもう直ぐ文化センター祭りがあるから、それに向けてみんなで練習してるの。早速だけど、準備をしてね」

 お母さんが習字道具を机に並べると、外へ出ていく。

 太郎はこぼれないように硯に墨汁を入れると、半紙を下敷きに乗せておもりを静かに置いた。

 太郎は、この時間が好きでした。

「前へ進む、よ」

 書道の先生が、お手本を渡してくれます。

「はねに気を付けてね」

 先生の髪の毛からよいにおいが香ってきました。

「はーい!」

 気を引き締めて、半紙に向かいます。

 太郎は、炭の匂いでたくさんになるこの時間が好きでした。


 いもむしさん

「遅いなあ。太郎君」

 ぬいぐるみのカズオは待ちくたびれてしまいました。

 くたびれて、リュックの横で目を閉じます。

 カズオの頭におばあさんの姿が浮かびました。

 今頃、おばあさんはどうしているかな?

カズオがぼんやりと目の前を見ていると、目の前をいもむしがのそのそと歩いていました。

「あ。いもむしさん」

 思わずカズオがつぶやくと、いもむしは、もっそりと犬のぬいぐるみの方へ顔を向けました。

「なに?」

 いもむしは、機嫌悪そうでした。

「いや。特に用ではないのですが……」

 カズオはしどろもどろになりながら、答えました。

「いもむしさんは、どちらからいらっしゃったのですか?」

「玄関からに決まってるだろ。うちの人が出かけるときにひょいとおじゃましたのさ」

 いもむしは、ちょっと得意そうに胸を張りました。

「ところで、あんた見かけない顔だね」

 いもむしは、ぬいぐるみの顔をしげしげと眺めます。

「僕は犬のぬいぐるみ、カズオって言います。太郎君がゴミ置き場に捨てられていたボクを助けてくれたんです」

 カズオはくうんと鳴きました。

「太郎君は犬を飼いたいと言っていたからね。ぬいぐるみで我慢したのかね」

 いもむしは、小さくふんというとカズオの顔をちらっと見てつぶやきました。

「でも、ぬいぐるみなんてきっとすぐに飽きてしまうに決まっているよ」

 ぬいぐるみのカズオは、きゅうーんと小さく鳴きました。

「すぐに飽きないことを祈っています。でも実は、ボク。本当はおばあさんのぬいぐるみだったんです」

「おばあさん?どこのおばあさん?」

 いもむしは、不思議そうにカズオを見つめました。

「ゴミ置き場の近くにあるハナレイアパートに一人で住んでいるおばあさんです」

「ハナレイアパート? 知らないねえ。そこにいもむしはいたかい?」

 ぬいぐるみが、考え込んでいます。

「いもむしがいたかどうかはわかりませんが、庭に木は植えられていたのでもしかしたらいもむしさんもいたかもしれませんね」

 いもむしは、はーっとため息をつきました。

「植木があればいもむしがいるなんて思われると困るんだよね。これだから虫以外のものとしゃべるのは嫌なんだよ」

 いもむしは、きっとぬいぐるみのカズオをにらみました。

「あたしたちアゲハ蝶はみかんやサンショウの木がお気に入りなのに」

「ごめんなさい。ボク、そこまでいもむしさんの事を知らなくて」

 カズオはぺこぺこ頭を下げました。

「いいけどさ。いもむしがいないアパートなんて離れてよかったじゃないか」

「だけど、ボクはおばあさんにかわいがられていたんです」

「さっきゴミ置き場から太郎君に拾われたって聞こえたけど?」

 いもむしは、じいっとカズオを見続けています。

「ボクはヘルパーさんの手違いで間違ってゴミ箱に入れられてしまったのです」

「手違いって、間違ってあんたみたいな大きなぬいぐるみを捨てるかね」

 いもむしは、偽の目玉にしわを寄せて考え込みました。

「とにかく。そうならば早くおばあさんのもとに帰りなさいよ」

「そういわれましても、ボクひとりでは動けないです」

 カズオはしゅんとうつむきました。

「ええい、イライラするぬいぐるみだねえ」

 いもむしはそういうと、すうっと息を吸うとぼわんと大きくなりました。

「わああ」

 ぬいぐるみのカズオは、大きく後ろにひっくり返ります。いもむしはがぶりとぬいぐるみをくわえると、太郎がくくりつけたひもをかみちぎりました。

 でかでかいもむしは、大きなあくびをひとつしました。

「ほら、これで自由だ。あたしの上にお乗りよ」

 ぬいぐるみのカズオを乗せたいもむしは、大きく背伸びして玄関を開けました。

「ハナレイアパートは、どっちの方だい」

 でかでかいもむしは、大きな声で言いました。

 でかでかいもむしは、ぺたぺたと外へ出ました。



実はね……

 でかでかいもむしは、ぬいぐるみのカズオを背中にのせて町を歩きます。

 おばあさんに連れられたちっちゃな男の子は、いもむしをさして大きな声でおばあちゃんに聞きました。

「見て、おばあちゃん。おっきないもむしがぬいぐるみを乗せて歩いているよ」

「ん? おばあちゃん、目が悪いからよく見えないよ」

 おばあちゃんは、とぼけてみてみぬふりをしました。

「大きな犬に見えるけどねえ。犬の上に犬がのっかっているんだよ」

「何言ってるの。いもむしだよ、いもむし! 僕こんなおっきないもむし見たの初めて。お母さんにも見せたいからおばあちゃん、つかまえて」

「何を言っているんだい。この子は、こんな大きないもむしが世の中にいるはずがないじゃないか。いわゆる、ゆるキャラじゃないのかい」

 おばあちゃんは、そういうと男の子の手をグイっと引っ張って走って行ってしまいました。

「おばあちゃん、ゆるキャラってぬいぐるみの中に人が入ってるんでしょう。ぼく、知ってるよ」

 男の子は引きずられながら、おばあちゃんに言い返しました。

「こんな気持ち悪いもの、おまわりさんに退治してもらわないと!」

 おばあさんと男の子は、すごい勢いで今来た道を引き返していきました。



「おまわりさんって言っていますよ。いもむしさん」

 ぬいぐるみのカズオは心配そうにいもむしに話しかけました。

「おばあちゃんがおまわりさんに話したって、おばあさんのたわごとだって信じてもらえないに決まってるだろ。ハナレイアパートは、どっちの方向なんだい」

 でかでかいもむしは、堂々としていてりっぱだな、とカズオは頼もしく思いました。

「太郎君のリュックサックにぶら下がっていたのでよくわかりませんが……横断歩道はわたりました」

「横断歩道ねえ」

 いもむしはたくさんの足を動かしながら、黄色い角のようなものを出して横断歩道を探しました。

「あ、あった! あれだろ? 横断歩道は」

 いもむしが、角を向けた先には横断歩道がありました。

 でかでかいもむしとカズオが、信号が変わるのを待っていると、後ろの方ががやがやしているのに気づきました。


「見てみて、あんなでっかいいもむしがいるよ」

「あれはいもむしじゃないわ。怪獣よ。怪獣映画でも撮影しているのかしら」

「それにしては、クルーがいないわね」

 カシャカシャと、写真を撮る音があちらこちらでしています。

「これ、テレビに送っちゃおうかな」


 でかでかいもむしは、なんとなくいい気分になって振り向きました。

 にっこり笑ってみます。

「きゃあー。気持ち悪いけど、かわいいかもー」

 シャッター音が鳴り響いています。

 そこへおまわりさんがさっきのおばあさんに連れられてやってきました。

「ほら、あれですよ。あれ。」

 おばあさんは、早く逮捕してくださいな、といっておまわりさんをいもむしの近くまで連れていきました。

「こらこら。こんなところに虫とぬいぐるみがいてはだめじゃないか」

 おまわりさんは、虫が苦手なのでとりあえずピーっと笛を吹いてみました。

「ほら、こっちへ来なさい。早くおうちへ帰らないと、家の人が心配するよ」

 でかでかいもむしは、まったく気にしないでどうぞどうぞお構いなく、と言いました。

「このぬいぐるみを持ち主のおばあさんのところへ連れていったら、私は家に帰ります。お騒がせしてすみません。ちょうどいいからおまわりさん、教えてくださいな。ハナレイアパートって言ったら、どっちの方にありますか?」

 おまわりさんは、いもむしが怪しいものじゃないとわかると、安心しました。

 ちょっと待ちなさいというと、無線機を取り出しました。

「あー。もしもし、山本君。ちょっと調べてほしいのだが、ハナレイアパートがこの付近、あー電信柱の住所わだな……、片倉町96番地と書いてあるぞ。にあるか調べてもらえないか」

 でかでかいもむしの周りにできていた人だかりは、いもむしが人助けじゃなくてぬいぐるみ助けをしているとわかって、少しずつ減っていきました。

 さっきのおばあさんも怪しいいもむしではないと思って安心したのか、孫を隣に立たせて写真を撮っています。

「ハナレイアパートというのは、この横断歩道を渡って次の道を右に行った道路沿いにあるそうだよ」

 おまわりさんは、では、私はこれで署に帰るからぬいぐるみを送り届けたら人目につかないように帰りなさい、といってその場から立ち去りました。

 でかでかいもむしは、お礼を言って信号を渡り始めました。

 信号待ちをしている車から、悲鳴や叫び声が聞こえてきました。

「まただよ」

 いもむしはため息をつくと、大きく息を吸いました。

「私は、ただいまぬいぐるみを飼い主のところまで届けております。怪しいものではありません。怪獣でもありません。ただのいもむしですからそっと見守ってください」

 とにっこり笑って、たくさんの足を振りました。

 シーンと道路は静まり返りました。

 でかでかいもむしとぬいぐるみのカズオは、悠々と横断歩道を渡りました。

 信号待ちの赤い車の中から、顔を出している男の子がいました。

「おーい、でかでかいもむしくーん」

 いもむしは、赤い車の方を見ました。

「もしかしたら、そのぬいぐるみは間違って捨てられた犬のカズオではないかい?」

 いもむしは、そうですよ、と大きくうなずきました。

「太郎君、ごめんよ。やっぱり、おばあさんの事が気になっていもむしさんに相談したら、いもむしさんが外に連れ出してくれたんだよ。勝手に出てきてしまってごめんよ」

 ぬいぐるみのカズオは、そういうとキャンキャン鳴きました。

「大丈夫だよ。一瞬だったけど、僕のカズオでいてくれてありがとう。だけど、おばあさんのところへ戻ったらまた間違えて捨てられるんじゃないよ」

 太郎を乗せた車は、静かにいもむしまで近づきます。

「ほら、帰ったら電池を替えてあげようと思ってコンビニで買って来たんだ」

 太郎は犬のぬいぐるみの電池を替えてあげました。

 お母さんは、額の汗をふきながら「あとでゆっくり話を聞かせてちょうだい」とハンドルを握りました。

 車道の車がでかでかいもむしたちが歩道を渡り切るのを待って一斉に動き出しました。



 エピローグ

 犬のカズオを乗せたでかでかいもむしは、ハナレイアパートにつきました。

 アパートの前には、おばあさんの娘さんが立っていました。

「テレビの臨時ニュースで出ていたのよ。驚いたわ。ぬいぐるみの犬を乗せたいもむしが信号を渡っているんだもの」

 お嬢さんは、腕を組んでいもむしを見回しました。

「それにしても、大きないもむしね」

「まったく。自分のしたことをわかっていないんだな」

 いもむしは、はあっとため息をつくと肉角を出しました。

「このぬいぐるみの犬がそれはそれはおばあさんと離れて、寂しがっていたんだぞ。しかも、間違って捨てられたというじゃないか。責任は感じていないのか」

 黄色い角を出して臭いにおいを出します。

「臭いわ、腐ったレモンみたい。あれは事故よ。捨てたんじゃないもの。お母さんが落ち着くまで少し隠しておいて後でまた渡すつもりだったのよ」

 お嬢さんはそういうと、ぬいぐるみのカズオをつかみました。

「ありがとう。いもむしさん、わざわざここまで連れてきてくれて」

 お嬢さんは、そういうとぬいぐるみをつかんで階段を上ろうとしました。いもむしも後からついていきます。

「どうしてついてくるの?」

「あんたに任せると、また同じことの繰り返しになりそうだからね。ちゃんとおばあさんにカズオを渡すかどうか確かめてから帰らせてもらうよ」

 そういうと、いもむしはニヤリと笑いました。

「お好きなように」

 お嬢さんは、コツコツとパンプスの音をひびかせて階段を上りました。

「お母さん。私よ。ぬいぐるみが見つかったわよ」

 おばあさんは、ベッドに横になっていました。

「え? カズオかい。カズオ、カズオ! どこに行ってたんだい。探したんだよ」

 そういうと、おばあさんはぬいぐるみの犬を抱えておいおいと泣いて喜びました。

「このいもむしが、ぬいぐるみを乗せて連れてきてくれたのよ」

 ベッドのわきに立っているいもむしを見たおばあさんは、ひゃっと声をあげました。

「こんにちは。このカズオが一度は男の子に拾われたんですが、やっぱりおばあさんのところへ帰りたいというので連れてきました。ちゃんと見届けたので帰りたいのですが、おまわりさんに人目につかないように家に戻れと言われたので、ここにいさせてもらいたいと思うのですが……このアパートにみかんやサンショウの木はありますかね」

 おばあさんは、いもむしが礼儀正しいのでほっとして植木鉢を指さしました。

「ここにキンカンの鉢があるから、そこにすんだらどうだい」

 いもむしは、うなずくと小さくなって植木鉢の上まで歩いていきました。

「よし子や。カズオを連れてきてありがとうよ。私はボケちゃいないから安心しておくれ。もう隠したりしっこなしだよ」

 おばあさんは、ニヤリと笑っていもむしをキンカンの葉っぱの上に乗せてあげました。

 




いもむしと一緒に仲良くね。カズオ

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