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成就の真相②

 しばらくすると階段を上がってくる足音がして、『あぁ、刺されるのかもしれない』と漠然と思った。それだけの事をしてしまったのだし、憎まれながら生きているのも辛いから丁度良い。包丁を受け取って自分で腹を切って詫びよう。僕だけの咎で、決して彼女の手を汚してはいけないのだから。


 立ち止まった気配に振り向くと、そこには刃物ではなく手紙を持った絵里さんが立っていた。黙って可愛らしい封筒をこちらに差し出して、責めるでもなく詰るでもなく立っている。

 差し出されて受け取った封筒の宛先は『佐伯君へ』で、差出人は『相沢絵里』となっている。名前の書き方からして、さっきまでの関係は瓦解している事は見て取れるが、訣別の手紙にしては可愛過ぎやしないか。それに、手紙を書くには時間が短かったと思う。さすがに『死ね!』の一言で終わりとは思えない。

 開いて手紙を取り出すと、そこには呼び出しの言葉が綴られていた。


 まだ話したことはありませんが、ずっと佐伯君の事を見ていました。

 この半年間で、好きな気持ちが大きくなってしまいました。

 もし、佐伯君に好きな人がいないのなら、会ってもらえませんか。

 文化祭の打ち上げ後に、校門の前で待っています。

 

「これ、は?」

「なんども書き直しながら頑張って書いて、覚悟を決めて学校まで持って行って、それでも避けられるのが怖くて出せなくて、だけどどうしても捨てられなかった手紙。私だって、入学した頃から好きだったのよ。輝義君の名前を出してしまって迷惑を掛けたくなかったし、名前を出さずに思わせぶりな話をしてしまって輝義君に誤解されるのは絶対に嫌だったから、恋愛に興味が無いように見せていたの」


 そこまで口にして、溢れだした涙を拭って鼻を啜ると、僕の目の前で両膝を付いて胸の前でギュッと手を握りしめた。


「ずっとずっと好きで、でも告白する勇気がなくて、手紙すら渡せなくて、あの日の放課後に神様に縋ってしまったの。だから、この気持ちは作られたものじゃない本物の気持ちなんだよ」

「だったらなんで、クラスの女子に『急にね。一目惚れなの』なんて言ったんだよ。だから僕は……」


 そう、あの言葉が僕の心の揺れを、今の方向に振り切らせて止めた。元から好きだったのなら、願いがかなったと思ったのなら素直に言えばよかったのだ。あの言葉があったからこの関係は間違えなのだと確信したのに、今更なぜ手紙を見せて告白めいた言葉を口にするのだろう。

 ちゃんと言葉にしてくれれば僕だって、僕だって……。


「それは、私も聞いてしまったから。ママが私を身籠った理由を立ち聞きしてしまって、輝義君の気持ちが神様に歪められてしまっていると思ったから。ああ言わなければつじつまの合わない事が起きてしまって、この関係が崩れてしまうと思って怖かったの。輝義君が触れてくれないのは、他に好きな人がいるせいだと思って、輝義君を苦しめているのは解っていたのに、離れたくなかったからずっと聞けないでいて」


 なら、神様は本当に切掛けしか与えていなかったのだろうか。気持ちまでは変えられていなくて、キスだってしているのに両片思いのまますれ違っていたのだろうか。

 振り返って答えを聞きだそうとすると、既に神様は消えかけていた。


「娘の願いはかなった。本当の気持ちを口にして、ようやっと気持ちが結ばれたのだからな。だから子供たちよ。思いやる気持ちが空回りせずともいいように、本音で語らい、常に愛を育むことを怠るではないぞ。娘の母親はそれを怠ったが故に苦悩したのだからな。母娘して同じ過ちをするのは見るに堪えない故、辛い思いをさせてしまった事には謝罪しよう。末永く幸せになるのだぞ」


 神様が消えると同時に、絵里さんの胸元にあった球が弾けた。

 弾けた粒は光となって部屋中に飛び散り、心に温もりを与えてくれた。憂いは何も残っていなくて、ただ目の前の彼女が愛おしくてたまらない。

 それは彼女も同じなのか、潤んだ瞳で見つめてきていて、恥じらいを乗せて言葉を紡ぐ。


「ねえ輝義君。最後まで、してくれる?」

「え? えっと。絵里さんさえよければ」

「私は……。うん、やさしくしてね」

「それじゃ、お風呂に入ろうか。一緒に入る?」

「あの。さすがにそれは恥ずかしいです」

「だよね。なら……」


『ブー、ブー、ブー』


 突然、絵里さんのポケットでスマホが振動し始めた。

 二人してパッと頬を染め合うと、絵里さんは相手を確認して電話に出る。


「もしもし、どうしたの? ……え? なんで迎えに来るの? ……大丈夫だよ、傷付く事なんて何もなかったし。……。あのね、ちゃんと両想いだったの。やっとその事が分って神様は消えちゃったけど、まだ話さないといけない事もあるからもう少しだけ。……うん、分った。ありがとう」


 通話が終わったので内容を教えてもらうと、絵里さんのお母さんが常に心配していた事が窺えた。

 娘を送り出してからは旦那さんにも家事を分担してもらい、出来る限り時間を作っては社の方に出向いていたそうだ。そしてさっき神様から成就したと聞かされ、娘がさぞ傷ついているだろうと急いで電話してきたのだとか。

 関係を持った途端に捨てられると思われていた事に、少なからずショックもあったけれど、当事者二人もそれを疑っていなかったからこその今であり、非難すべき立場にはなかった。

 勿論、呪いが解けたのだから僕の家で同棲する必要も無いわけで、帰って来いと言われるのも致し方ないと思ったけれど、「もうしばらくはこのままで良いと許してくれたの」と、とても嬉しそうに話してくれた。


「そっか。そしたら、まず大掃除を終わらせよう。その後は買い物へ行って、一緒に夕食を作って、いろんな話をしよう。ご両親にいっぱい心配をかけてしまったのならば、ここに呼んで食事をしてもらっても良いだろうし、ちゃんとしたお付き合いをしていこうね、絵里さん」

「そうだね、親に反対されるのは嫌だもんね。ところで、『さん』付け、やめない?」

「絵里」

「うん、輝義」

「「愛してるよ」」


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