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成就の真相①

 小一時間ほど話を続けたけれど、なぜか僕は胸がムカムカする感じを抑えきれずにいた。だからなのか求められて階段の踊り場でしたキスでは、珠の輝きがあまり増さなかった。

 外だから緊張しているかもと誤魔化して買い物を続け、お揃いの食器を買って家に帰ったわけだが、繋いだ手は温かいのに心が冷えて行く感じがしていた。

 絵里さんに買ってきた食器を洗ってもらっている間、僕は風呂掃除をしてしまおうと湯を抜いてスポンジを手に取った。なんだか視線を感じて振り向くと、脱衣所には神様がいて探るような目で僕を見ていた。


「ただキスをしただけでは、愛情は貯まらないんですね」

「そうだ。思い人から受ける、自身に向けられた思いの量に左右される。偽りの思いは含まれない」

「もしかしてこの願いは彼女のものではなく、僕の願いだったんじゃないですか? 彼女の僕への思いは、僕の願いを成就するために作られたもの、なんじゃないでしょうか?」

「それを聞いてどうする? 願いは受理され、成就するまでは真実は解らないのに、お前は逃げるのか? あの娘が猫になるのも構わないと? いや、その方が都合が良いなどと考えているのか?」


 その言葉に心が大きく揺らぎ、目の前が真っ暗になる。真実は成就しないと分らない。僕が願った結果ならば、絵里さんの願い人は他に居ることになるわけで、成就する行為は彼女をレイプすると言う事だ。

 それだけは絶対にしてはいけない。いや、それで彼女から非難されることに耐えられない。僕はなんて卑怯でクズな人間なのだろう。


 揺らいだ心はすぐには戻るわけもなく、寝るまでの間は事ある毎にキスをして、寝るのも一緒の布団にしたにもかかわらず、朝には猫の姿になってしまっていた。目覚めてすぐにキスで戻ったものの、彼女に寂しそうな顔をさせてしまったことで、僕の心は負の方向に傾いてしまった。

 近所に同じ高校に通う生徒はいない。それは学年を通してであって、一緒に家を出て通学しても同じ学校の生徒に見咎められることはほぼ無い。

 電車に乗ればさすがに同じ制服の子を見るが、幸いにして教室に入るまでクラスメイトに会う事はなかった。

 特に言葉を交わす事も無く一緒に教室に入り、それぞれの席に着くと数人の男子が僕の所に近づいてくる。向こうを見れば絵里さんも同じように女子に囲まれていた。


「佐伯って、相沢さんと付き合ってるの? 昨日、一緒にいるのを見た奴がいるんだけど」

「う、うん。いろいろあって、一昨日から付き合うことになったんだ」

「なんでだよ、弱みでも握ったのか? でなけりゃ、お前なんかと付き合う訳ないじゃん。全然つり合ってないだからさ」

「ほんと、そう言うんじゃないから」

「じゃぁ、きっかけは何だよ。どっちから告ったんだよ」

「一昨日、バイト帰りに偶然会ってね。初めて話をしたら、なんだか話が弾んじゃって。でも、そうだよね。いつ愛想を尽かされてもおかしくないよね。気の迷いって事もあるかもだし」


 何とも卑屈な言い回しに、男子達は気が削がれたように離れて行った。もっとも、その視線は相変わらず厳しいもので、痛いくらいに刺さって来た。

 そっと絵里さんの方をうかがえば、足達さんを筆頭に質問攻めにあっている。そして、聞こえてきた会話で昨日からの疑惑が確信に変わった。僕はなんてことをしてしまったのだろう。


「絵里ってさ、今まで好きな人がいるなんて言って無かったじゃん。それが急に彼氏できましたって信じらんないよ」

「そうだよ、いくらカマかけても言わなかったのに。ねぇ、脅かされてるとかじゃないの? 相手が冴えない佐伯じゃ疑いたくなるんだけど」

「そんな事ないよ。輝義君、優しい人だし。急にね、ほら一目惚れってやつ?」


 だから学校ではベタベタせずに過ごしたし、お昼も別々に食べることにしてもらった。「あまり目立ってキスの現場を見られたら大変だから」って理由に、頷いてくれたものの納得はしていない様子だった。

 クラスメイトに見せる僕らの関係は、彼氏彼女と言うよりも幼馴染みたいな距離感。それは彼女が本当に好きな人に後で言い訳が出来るためのもので、その人に割り込まれる隙間をわざと作っていた。

 学校でするキスの場所は屋上の踊り場と決めてあって、神様のご利益なのか未だに見つかった事はない。事前に合図を決めてあって、休み時間に別々に上がっていってはキスをした。


 家では、一緒の布団で寝る以外は後ろ指差される事のない生活を送っていて、ハグやキスはするものの、下着姿を見る事も無ければ胸に触れたことも無い。

 それは、彼女が本当に好きな人に気付けたあとに、その人にしてもらう行為であって、僕なんかが穢して良いものではないのだから。例え呪いのせいで気付くのに時間が掛かろうとも、彼女が呪いなど忘れてちゃんとした生活を送る事ができ、本当の気持ちに早く気付ける様に慈しむだけ。

 だからこそ僕の彼女への思いは純粋に一途で、その思いは日に日に強くなる。その思いの全てをキスに託して、ただただ無償の愛を注ぎ込んだ。だからこそ珠は目に見えて輝きを増し、暮れも押し迫ったこの日まで彼女が猫になる事はなかった。


 神様はそんな僕らを痛ましいモノでも見るように見続け、今もなおこの家に居座っている。何を言うでもなく見守るかのような様子に、僕も困った顔を向ける事しか出来ないでいた。

 絵里さんはと言えば、こんな僕の態度に異を唱える事も先を求める事もせず、ただキスによる愛情の譲渡だけを喜びとしているようだった。それは、気持ちを歪まされているせいで本心から望まれているからではない、と感じられるものでもあった。

 それでも、他に好きな人が見つかった様子も無ければ、僕に対する態度に変化も見られない。神様のそれは、悪魔の所業と言って良いくらいだと思っても仕方がないだろう。


 大晦日のチケットが取れたと母から連絡が有って、両親が帰って来ても良いようにと大掃除をすることになった。もっとも、絵里さんと住む様になってからは頻繁に掃除をしていたので、共用部分については簡単に済んでしまう。

 絵里さんの私物が増えたと言っても大した量ではないので、絵里さんの使う客間の掃除はすぐに終わった。問題だったのは僕の部屋で、親が居ないのを良いことに溜めに溜めた不要物を整理している。

 本当だったら手伝ってもらうのは遠慮したかったけれど、さすがに一人でやっていてはゴミの回収日に間に合わないので、手伝ってもらっていた。


「これは要るもの?」

「うーん。有ったら有ったで使うと思うけど」

「じゃ捨てるね」


 そんな掛け合いを幾度となく繰り返して、一段落したところで休憩がてら飲み物を取りにキッチンへ降りた。彼女好みの少し甘めのカフェオレを作って、ポテチの小袋をもって部屋に戻ると、机の前で絵里さんが俯き加減で立っていた。

 入ってきた僕に気付いて体ごと振り向いた手には、一枚の写真が握られている。

 それは、今年の春に行われた体育際の写真。写真部が写して販売していた応援席での一コマで、その写真だけが唯一、僕と絵里さんが一緒に写っていたのだ。もっとも、ただ一枚に収まったと言うだけで、絵里さんを写したものに僕が写り込んでいただけだった。

 恥ずかしいことにそんな写真の裏には、お互いの名字で相合傘まで書いてある。


「これって……」

「文化祭の時に写真部が販売していたやつだよ。恥ずかしいよね、相合傘なんて。それでも、二人で写っている写真はコレしかなかったから買って、この気持ちが届かないかなって夢を見て、その日のうちに書いたんだ」

「それって、この時から私の事が好きだったって事?」

「言ったじゃないか。自己紹介の時に『花を育てるのが好き』って言った君の笑顔に一目惚れをしたんだよ。それからずっと君だけを見ていた。社で掃除をしているのも知っていたし、花の手入れをしていたのも見ていた。それでも話し掛けられなくて」


 付属中学を持つ高校だからとの理由で、同じ中学からの知り合いは別の所を受けてしまい、まったく知り合いが居ない高校生活のスタートだった。しかもその数日後には独り暮らしになる事もあって、始めて教室に入った時にはウキウキした気持ちは無く、誰とも視線を合わせる事も無く入学式を終えて教室へと戻った。

 お決まりの自己紹介が進むにつれ、持ち上がりの子が多い事も分って更に気持ちが沈む中、隣の学区の中学名が聞こえて視線を向けると、可愛い顔立ちの女の子が自己紹介をしていた。

 緊張した面持ちで進む自己紹介だったけれど、花を育てるのが好きって言った時のはにかんだ笑顔にドキッとした。それからずっと気になっていたけれど、声を掛ける勇気が無いまま日が経って、彼女は友達に囲まれて益々声など掛けられなくなってしまった。

 たまたま聞こえた話しに、悪いと思いつつもストーカー紛いの事をしてしまった。

 彼女は花の世話があるからと誘いを断って学校を出て、とある社に真っ直ぐやって来た。花壇の手入れをして境内の掃除をして出て行く彼女を見送って、社伝の書かれた立札を見れば縁結びとある。

 その日から時間を見つけては社に参拝して、彼女との縁が繋がる様にとお願いし続けたけれど、取れた行動は写真の裏の相合傘だけと、何とも情けない結果だった。


「なんで? じゃぁ、なんで触れてくれないの? なんでキスしかしてくれないの?」

「気付いていたんだ。君の僕への気持ちが作りものだって。この状況は僕が願ったから招いてしまった。事実、神様は僕に憑いているじゃないか。だから、君に触れて良い人は他にいるんだよ。僕じゃ、ないんだ」


 先延ばしにしてしまった問題。

 気持ちが離れてしまうのが怖くて言い出せなくて。結果として、絵里さんをここに引き留めてしまって彼女の時間を奪ってしまった。


「ごめんね。もっと早く言うべきだった。僕はどこまで行っても、君に釣り合う程の人間になれやしないのに」


 絵里さんは下唇を噛んで、悔しそうな顔で涙をこらえていた。

 それは当然の表情で、罵倒したいのをこらえているのだろうが、写真を机に置くと部屋を飛び出して行く。

 階段を駆け下りる足音に、膝から崩れ落ちるように座り込んでしまった。すると、落ちた視線の先に小さな足が有って、ゆっくりと顔をあげて怒りが込み上げてくる。目の前には、神様が笑顔を向けて立っていたのだ。


(なんだよ、その顔は! お前のせいじゃないか。全てお前の……)


 いや、そうではないと解ってはいる。意気地なしで流された結果、絵里さんから向けられる笑顔と温もりを離したくなくて、黙っていた僕に全ての責任がある。


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