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初デート

「輝義君、ちょっと手伝ってくれない」


 暫らくして絵里さんに呼ばれて我に返り、頭を下げてリビングを後にすると、後ろから絵里さんのお母さんの声が追いかけてくる。


「夕飯の用意をするから、二人とも食べて行ってね」

「はい。ご馳走になります」


 部屋に入ると心配そうに「変なこと言われなかった?」と聞いてきたので、「娘をよろしくと、お願いされただけだよ」とだけ笑って答えた。

 初めて入った女の子の部屋は、思っていたほど可愛らしい感じがしなかった。ベッドと机、本棚があるくらいで、本棚の中はマンガが多かった。もっとこう、ぬいぐるみとかが置いてあるイメージだったので、逆に落ち着く事ができた。

 部屋の真ん中には、膨らんだボストンバッグやキャリーバッグがあり、開いた大きめのスーツケースには教科書などが詰めてある。家から通うなら、勉強道具の一切合財を持って行かなければならないし、冬物の服はどうしたって嵩張る。

 さっきの質問を蒸し返されたくないので、荷量の感想を言ってみる。


「ずいぶんな荷物だね。夜逃げみたいだ」

「それ、言い方が酷くない。それより、シャンプーとか持って行っていい?」

「持ってきて。リンスとか無いし、体用はふつうの石鹸だしね。足らないものは買うにしても、持って行けるものがあるなら詰めて」


 下着とかは先に詰めていた様で、手伝えるとこだけ手を貸して荷造りが終わると、クローゼット内の衣装ケースを整理して、空になった衣装ケースも持って行けるように縛っていく。

 リビングに戻ると夕飯の用意ができていて、ずいぶん久しぶりに家庭料理を食べることができた。味付けは薄めで、素材の味がしみ出したブリ大根がとても美味しかったし、それ以上に誰かと囲む食卓は、それだけで嬉しいものなのだと実感した。

 食事が終わるとすぐに車を出してもらう事になった。片付けを申し出たけれど、「後でまとめてするから」と言われてしまえば強くも出られない。


 家に送ってもらうと全ての荷物を客間に運び込み、荷解きを後回しにして抱きしめあって長いキスをした。

 珠は今までにない輝きを発し、それを見てホッとする。心に渦巻くモヤモヤが悪影響を及ぼさなかった事に安堵したのだ。


「この部屋は自由に使っていいからね。明日は足らない物を買いに行こうよ。食器とかさ」

「うん。あの、ご両親にはなんて言うの? 勝手に話を進めちゃったけど、反対とかされないかな」

「そうだね。そろそろ戻っているだろうから、電話してみるよ。でも、この子が一緒にいるからすんなり行きそうな気もするけどね」


 そう、神様なのか分らないけれど、あの女の子はいつの間にか家に来ていた。僕に取り憑いているならば、当然なのかもしれないけどちょっと怖い。

 それでも手招きして電話のそばに来てもらい、覚悟を決めて母の携帯に電話をかけた。


「もしもし、母さん? 父さんいる? 二人に聞いてもらいたい事があるんだけど。……そう。実はね、彼女ができたんだ。……そう、同じクラスの子。……うん。……うん。でね、彼女の家ちょっと事情があって。……そうじゃないんだけど。しばらく家に泊めても良いかな。……ないない。……客間を使ってもらってさ。……うん。……うん、分った。ありがとう。……うん、おやすみ」


 ゆっくり受話器を置いて、固唾をのんで見守る絵里さんに笑顔を向ける。予想通りにスムーズに話が進んだ。


「だいじょぶだって。『息子の事をよろしく』って伝えてくれって言われた。正月に会うのが楽しみだって」

「よかったー。反対されたら、実家で猫のままで過ごすようかと思った」

「だいじょぶ。そうなったら、毎日キスして連れ出してあげるから」


 ホッとしたところでお風呂が沸いたので、順番に入ってそれぞれの部屋に引き上げる。絵里さんは一緒に寝たいと言い張ったけど、寝入ってしまえばキスも出来ないのだからと、納得してもらって布団に入った。


 夢を見た。

 昨晩とは打って変わって真っ白な世界で、まるで光の草原にでもいる様な感じだった。そこには僕と絵里さんしか居なくて、数歩離れて正面に立つ白いワンピース姿の彼女を見つめていると、彼女の手が背中に隠れる。はにかむ彼女は背中のファスナーを降ろし切り、そのままワンピースを足元に落とした。


「まって!」


 ビックリして心臓がドキドキしたまま目が覚めて、部屋から出て行く女の子の後姿を見て脱力する。

 いくら叶えるのが仕事だからって、夢にまで干渉しないでほしいと思うが、毎晩これだと普段の生活もままならない事になりそうだ。


 時計を見れば三時くらい。今行けば、絵里さんはまだ猫にはなっていないかもしれないので、悪いとは思ったけれど様子を見に降りて行った。

 客間を覗くと絵里さんは人の姿のまま寝ていて、首にかかる珠は殆ど光を発していない。「ごめんね」と前もって謝っておいて、その唇にキスを落とすが何故だか輝きは増さない。

 もう一度と思ったところで絵里さんに抱きつかれてしまった。


「お、起しちゃった?」

「来てくれる夢を見ていて、目が覚めたら本当にいてくれて、嬉しかった」


 言い終わった彼女が抱き付く腕に力を込めてきたので、誘われるがままキスをする。深く長く触れ合った唇から、甘い吐息が漏れるのが聞こえて体を離すと、珠の輝きが戻っていた。


「これで朝までだいじょぶだよね。それじゃ、おやすみ」

「一緒に寝ようよ。その方が温かいし」

「そうだね、そうしよう」


 一瞬ためらいはしたものの冷えた体に抗えなくて、少し端に寄ってもらって布団にもぐりこむと、手を繋いで深い眠りについた。その晩はもう夢を見る事はなかった。


 目が覚めると絵里さんは布団にいなかったけれど、布団がまだ温かいので起きて間もないようだった。猫になっていなければいいが、なっていれば布団に留まっているはずだ。

 廊下に出ると、脱衣所から物音が聞こえるので声を掛ける。


「絵里さん、おはよう。まだ大丈夫そう?」

「おはよう、輝義君。まだ大丈夫かな? 髪をとかしているだけだから、開けても大丈夫だよ」

「ごめん、顔だけ洗わせて」


 脱衣所に入ると洗面台の前を開けてくれたので、顔を洗って口をゆすぐ。顔を拭き終ると後ろから抱き付かれて、柔らかい胸の感触にドキドキする。


「お願いして、いい?」

「いっぱい受け取って」


 長く深く唇を合わせてから、一緒に朝食の準備をする。手慣れた感のあるトーストと目玉焼きにコーヒーの朝食を食べながら、昨夜のことを話してみる。寝こみを襲ったなどと誤解を受けたくはないし、今後のこともある。


「実は夢を見せられて目が覚めて。寝込みを襲う様な感じになっちゃったんだけど、寝ている時にキスしたんだよ。そしたら、珠の輝きは変わらなかったんだ。その後にしたキスでは輝きが増したから、お互いに意識がある時じゃないとダメなのかもしれない」

「そっか。なら、輝義君が寝ている時に私がキスしてもダメなんだ。だったら、寝る前にいっぱい貯めてもらわないとだね」

「そうなるよね。さもなければ、夜中に一回起きるかだけど……。平日は厳しいかなぁ、学校もあるし」

「だよね。それより、学校でキスできるところを探さないとだね」

「屋上の踊り場とか、特別教室とか、明日は休み時間とかに見て回らないと」


 学校はどうしたって人目が多くて、キスしているところを目撃されれば、噂が立つどころか親の呼び出しだってされかねない。僕に対しての冷やかしや嫉妬による攻撃なら我慢できるけど、絵里さんが恥ずかしい思いをすることはだけは避けたい。

 良くも悪くも絵里さんは男子からの評判がよくって、あわよくばお付き合いしたいと思っている者も多い。僕みたいな冴えない男とでは、良からぬ噂が出かねない。


 一緒に食器を片付けた後は掃除や洗濯を分担して行い、身支度をして駅前のモールへ買い物に出かける。

 買わなくてはならないのは、ドライヤーと食器類。それでも、初めてのデートなのだからいろいろと回ってみたいと思うのは仕方ないだろう。


「食器は重いから最後にしよう。だから、いろんな店を見て回ろうね」

「食器はお揃いで買う? お茶碗とか箸とかカップとか。うん、ペアカップは譲れないな。ね、いいでしょ」

「そうだね。あれもこれもは難しいけど、食器とかはできるだけ揃えようか」

「まずはドラッグストアだね。乳液とかハンドクリームとか買わないと。あと、ゴムも買う?」

「え! あ、うん。それは僕が買うから、中では別行動にしよう」


 出掛けに薬箱の整理をしていて、使用期限の切れていた物を捨てたので、買い足すものと一緒に買ってしまうことにする。他に買うのは風邪薬に整腸剤、頭痛薬は女性用にした方が良いかもしれない。そして契るのが成就と言う以上は、それの準備もしておかなくてはならない。

 買い終わって外に出ると絵里さんは先に出ていて、僕の持つレジ袋を恥ずかしそうに見ていた。店名の入った透明なレジ袋に薄茶の紙袋に入れられた物が有れば、人目を避ける様な生理用品とか避妊具だと想像がついてしまう。だからこそ実感として、生々しく感じてしまうのかもしれない。


「えっと、目が行っちゃうね。トートに入るから持つよ?」

「あ、うん。お願いします」


 その後は雑貨屋さんやアクセサリーショップを覗いて回り、絵里さんの好みとかを教えてもらいながら、モールを進んで行く。年明けの誕生日に向けて、収穫みたいなものがあったと思う。

 それで少し浮かれていたのかもしれない。少し早いけど混む前にと入ったファーストフード店で、さっそくクラスメイトに会ってしまった。それも、絵里さんがいるグループの子だった。


「い、いらっしゃいませ。ご注文はお決まりでしょうか?」

「ビッグモックのMセットをホットコーヒーで」

「モックバーガーのナゲットセットをホット烏龍茶で」

「以上でよろしいでしょうか? お会計は別で?」

「一緒でいいです」

「でも。うん、ごちそうさまです」


 せっかくの初デートなのだからと、財布を出すのを首を振って止める。そんなやり取りも普段の僕らからは想像できなかったのだろう。商品を用意するかたわらで、店員であるクラスメイトの足達さんが不思議そうな顔で聞いてきた。


「えっと、そう言う関係なんだよね? で、いつから?」

「昨日から付き合うことになったの。今日は初デートだよ」

「ふ~ん。あの絵里ちゃんがねぇ。では、ごゆっくりどうぞ」


 受け取って二階に上がると、穏やかな日差しの入る窓際の席が空いていたので、頷き合ってそこに座る。向かいに座った絵里さんは、恥ずかしそうな表情ながらも嬉しそうな口調で話し始める。


「さっそくバレちゃったね」

「そうだね。明日は朝から嫉妬されそうだよ」

「デートしていたから?」

「僕なんかが女の子と出かけているのもそうだけど、相手が絵里さんだからってのもあるよ。絵里さん、男子の中でも人気だから」

「そうなの? 男の子からどう見られているかなんて、興味が無かったから知らなかった」

「普段どんな話をしているの?」

「音楽とかドラマとか服の話かな? でも、恋バナが多いかも。彼氏がいる子も多いから、惚気話とか聞かされるよ」


 絵里さんはクラスで女子だけのグループに入っていて、その誰もが可愛いので男子の注目を集めていた。特に、さっき話した足達さんが一番人気で、グループの中心でもあるけど、絵里さんも二分するほどの人気を誇っている。いつも笑い声が絶えないので、人気の男子でさえなかなか声を掛けられないでいて、僕なんかは近寄れる気がしないでいた。そんなだから、流行や恋バナをしているのは予想通りだった。

 そんな予想通りな返答なのに、絵里さんは男子の視線に興味が無いなんてことがあるのだろうか。同じグループの足達さんが不思議がるって事は、僕の話なんか出たことが無いのだろうし、もしかすると……。


「輝義君は?」

「え?」

「えじゃなくて、友達とどんな話をするの?」

「えっと、僕はゲームやマンガかな。あとはサッカーの試合が有ればその話。低迷していても地域のチームを応援したいじゃん」

「ガルジャだっけ。なんとか下部リーグに落ちないようだけど、来年は厳しいだろうって真理ちゃんが話してたなぁ」


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