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同棲することに

 食事が終わった後も、お互いを知って貰おうといろいろな話をした。なにせ、お互い好き合っていて付き合うことになったけれど、昨日までは話したことさえなかったのだから、当然と言えば当然の行為だったと思う。

 そして三時ちょっと前、絵里さんが猫になった。

 さらに困ったことに、今回は服ごとでは無かった。あっと言う間にスエットがくしゃりと潰れ、襟元から出て来た白猫の耳には、ピンクのブラが引っかかっている。


「最初がこの状況だったら、お風呂には裸の絵里さんが現れたんだよな」

「フミャー!」

「あ、ごめんごめん。エッチな想像をしたわけじゃないです。ここじゃ明るいから、僕の部屋に行こう」


 ネコ絵里さんを抱きかかえ、スエットと下着もまとめて抱えて部屋に行く。

 ベッドの上に全てを降ろしてカーテンを閉め、電気も点けない薄暗闇で目をつぶってキスをした。

 元に戻った気配にホッとし、衣擦れの音にドキドキしながら声を掛けられるのを待つ。


「もう、だいじょうぶだよ」

「えっと、四時間くらいだよね。どう考えてもまずいよね」

「学校でなったら、二度と通えない」

「とりあえず、絵里さんの家に行こう。ご両親に相談しないと」


 彼女には脱衣所で着替えてもらい、僕は部屋で新しめの服に着替える。

 家を出て、遠回りになるけど駅前のケーキ屋さんに寄って、焼き菓子の詰め合わせを手土産に購入し、彼女の家に着いたのは四時半くらいだった。

 絵里さんはマンションのエントランスでインターホンを押し、聞こえた女性の声に「ただいまー」と言ってロックを外してもらう。これでは、猫のままでは帰れなかっただろう。

 オートロックのマンションって鍵を無くしたら入れないのだと、改めて気付かされた。戸建てだったら、窓を割って入ることだってできるのに。

 三階まで階段で上がると、廊下を歩いた先の玄関扉が開いていて、扉を抑える様に女性が立っているのが見えた。


「ママ、ただいま」

「初めまして、佐伯輝義と言います。絵里さんとはクラスが一緒で……」

「とりあえず入ってちょうだい!」


 挨拶を途中で遮られて、チラっと絵里さんを見れば顔が強張っている。

 追い立てられるようにリビングに通されると、ソファーを勧められて絵里さんと並んで座り、絵里さんのお母さんが怖い顔で正面に座る。


「何を願って、どこまでしたの!」

「ここにいる輝義君の恋人になれて、ずっと一緒にいられますようにってお願いした。したのはキスまで」

「なら、まだ解けていないのね。えっと、佐伯君だっけ。この子が好き?」

「はい、同じクラスになった時から好きです。ですから、お付き合いをさせて頂きたいと思っています」


 すると、絵里さんのお母さんは難しい顔をして目を閉じ、何か考え込んでしまった。

 絵里さんと顔を見合わせて首をかしげていると、玄関の方から女の子が歩いて来るのが目に入る。妹さんかなと思ったけど、顔が似ていないし歳も少しばかり離れていそうだった。

 リビングの入り口まで来て立ち止まったその子に、怖がらせないようにと笑顔を向けて挨拶する。


「こんにちは。おじゃましています」

「「え?」」


 声を掛けた先の女の子は黙って僕を見ていて、声を上げたのは相沢母娘(あいざわおやこ)だった。なにが「え?」なのか分らなかったが、返事がないのでキョロキョロしている絵里さんに聞いてみることにした。


「えっと、妹さん? 人見知りだとかなの?」


 ビックリした顔で振り向いた絵里さんではなく、お母さんの方が固い声で答えてくれた。ただそれは明確な回答ではなく、思い当たると言った感じだった。


「君が憑かれてしまったようね。見えているのは、たぶん社の神様。本当ならバカ娘に取り憑いているはずで、願いが成就されると離れていくわ」

「願いの成就。ずっと一緒にいたいってやつですか?」

「そうね。迷惑でしょ。本当にバカなことをしたもんだわ」

「しょうがないじゃない! 話しかける勇気が欲しかったんだから」


 絵里さんは逆切れしたように母親に抗議するが、まったく取り合ってもらえていない感じだ。お母さんの方には、伝承とかでこうなる事が伝わっていたのだろう。それなら、注意していた事にもうなずける。


「迷惑とかではないですよ。僕も話しかける切掛けが欲しかったですし、恋人にもなってもらえたんですから。でも解けていないってことは、他にも条件があるんですよね。よかったら教えてもらえないかな、その条件を」


 最初の言葉は絵里さんのお母さんへで、最後の言葉は神様かも知れない女の子への問いかけだ。すると絵里さんがビクッと反応して、見る間に顔を染めていく。神様の声を聞いているのかもしれない。

 すると今度は、僕の頭の中に声が響いてくる。


「この娘に愛がたまれば、人のままでいられよう。だが薄れれば、猫の姿になろう。契りを交わすことが願いの成就じゃ」

「もし成就の前に、彼女が他の男子を好きになったとしたら?」

「新たな男と愛をため、契ればよい。成就されるまで、我はそなたのそばに居るがな」


 絵里さんが言いにくそうなので、お母さんの方には僕の方から条件の話をした。彼女も口を挟まなかった事から、聞いた内容に相違はないのだろう。


「じゃ、抱いちゃいなさい。そうすれば君は解放されるし、悪い話ではないでしょう。迷惑料だと思って楽しめばいいし、その後は成る様にしか成らないんだから」


 簡単な事だと言わんばかりの提案に、絵里さんは顔をさらに赤らめたが、僕は納得できずに反論する。結果、絵里さんを青ざめさせてしまったのだが。


「無理です。絵里さんとそう言ったことなんて出来ません」

「好きならいいじゃない。男の子なんだから、そういうのも興味あるでしょ」

「興味はありますが、とにかく無理です」

「じゃぁなに! 娘にこのままでいろって言うの! なにが不満なのよ!」


 絵里さんのお母さんなりに、絵里さんの事を認めているから逆切れ気味なのだろうけど、思いはあっても気持ちが付いて行っていないので、拒否させてもらう。


「不満なのは今までの時間です! こんな事になって付き合い始めましたが、昨日までは話しさえした事が無いんです。お互いが好き合っていましたが、本当にそれだけしかないんです。僕は絵里さんを大事にしたい。その結果として結ばれるのは嬉しいけど、付き合うための手段になんてしたくない!」


 本当に彼女の事を大事にしたい。好きな気持ちも、時間を掛けて育んで行きたい。思っていたのとは違うと、後悔してほしくない。だから、今は無理なのだと解って欲しかった。

 そして二人には伝わったのだろう。絵里さんは赤みが戻り、お母さんの方も少しは冷静さを取り戻したように見える。


「ありがとう、輝義君。そう言ってくれて嬉しいよ。ねぇママ、彼と一緒に住むことを許してくれる? ご両親は北海道に住んでいて、彼は独り暮らししているの。少しでも多く時間を作るためにもお願い、成就するまでで良いから」

「いいわ。社を見れば成就されたかは判るし、その方が早く終わるでしょう」


 家主の僕になんの確認もしないで決まってしまったけれど、一階にある客間を使ってもらえば良いだけだから、認めてもらえるならば僕は構わない。両親へ許可を取らないと正月に揉めるだろうけど、その間だけは家に戻ってもらうとかを後で考えればいいだろう。


「ところで、どれだけ減っているかを知る方法はないですか?」


 学校で猫になってしまわない様にと、黙って事の成り行きを見つめていた女の子に尋ねたところ、少し考えるそぶりをしてから、革紐の付いた小さな赤い珠を差し出してきた。


「この珠が明るい赤なら問題ないが、くすんで暗くなってくると猫になる。が、本当に良いのか? そなたの愛が、目に見えて減るさまも目の当たりにするのだぞ。苦悩するかもしれぬが、耐えられるのか?」


 考えるまでも無くひとつ頷き、受け取った球を絵里さんの首に掛ける。少し明るくなったのを確認し、そのまま軽いキスをすると明るさが増した。

 減っていくのを目の当たりにして挫けないのか、と心配してくれたのだろうが、これで学校にも安心していけると思えば否は無い。あとは、キスをする場所を探さないといけないけれど。

 目の前で娘がキスをするのを目の当たりにしても、たいして感情の変化も無くこちらを見ていた絵里さんのお母さんは、ひとつ息を吐くと厳しい表情のまま口を開く。


「絵里。後で車を出してあげるから、必要な荷物をまとめてきなさい」


 お母さんの一言で、絵里さんは部屋に消えて行った。

 残された僕はなんとも不安で、絵里さんのお母さんから小言をもらうのかと覚悟をしていたら、優しい声で謝られてしまった。


「本当にごめんなさいね。きつく言い含めていたのに、こんな事になってしまって。あの子の父親の話は聞いている?」

「いえ、なにも」

「そう。私、今の旦那とは再婚で、絵里は私の連れ子なのよ。再婚が早かったから懐いてくれたし、寂しい思いはさせていないと思うのだけれど、悔やまれてね。この先はあの子には言っていないのだけど。そうなってしまった理由は、私が願ってしまったから。『好きなあの人の子供が欲しい』と」


 本人さえ知らない事を先に聞かされ、さっきまでの会話の流れから嫌な想像が湧いてくる。それがもし僕らにも当てはまるならば、幸せを掴むことは難しいかもしれない。


「それって、もしかして……」

「私は声しか聞こえなかったけれど、同じような呪いを受けてね。それで振り向いてもらえて結婚もして、絵里も身籠った。そこで成就したのだと思う。あの人は途端に変わってしまって、一緒に住めなくなって別れる事になったのよ。だから、あの子にはきつく言っていたの。でもね、こうなってしまったら戻りようはないのだから、成就した途端に君のあの子への思いが消えてしまっても責めはしない。申し訳ないのだけれど、それまではあの子に夢を見させてあげて欲しいの」


 想像通りの結末に、彼女に向ける気持ちが恋なのか、掛ける気持ちが本当に愛なのか自信がなくなってしまった。

 彼女に与えられるのが夢でしかないならば、こんな悲しい事は無いと思ってしまう。


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