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キスをする関係

 相沢さんは、どこから話そうかとでも言うように数秒ほど上を向いて、言葉を探すように話し始めた。


「宮崎中学の近くに、お社があるのを知ってる?」

「無人だけどいつも綺麗に管理されてる、縁結びの神様を奉ってあるって社だよね。隣の学区だけど、何度か行ったことがあるよ」

「そ、そうなんだ。えっと、あそこの管理って私の家が代々任されているの。高校に上がってからは週三回、私が掃除をしに行っていて。昨日も掃除に行ったんだけど……」

「だけど?」

「えっと、『絵里は願い事をしてはいけない』ってママに言われていたんだけどね。どうしても叶えて欲しい願いがあって。それで昨日、我慢できなくって願い事をしてしまったの。そうしたら急に眠くなって夢を見て、目が覚めたら猫になっていて」


 途中に川が流れているため、社からここまでは人の足で歩いて一時間弱くらい掛かる。猫の足だともっとだと思うけど、よく無事に来られたものだ。野良犬とかに襲われないで良かったとホッとする。

 でもなんで自分の家では無く、僕の内の軒先で倒れていたのだろう。願ったのならば縁結びのはずで、思い人の家にたどり着く前に力尽きたのだろうか。そう考えるととてもモヤモヤして、気持ちを誤魔化すように口を開く。


「えっと、それって呪いの(たぐい)なんじゃないの? 大丈夫?」

「それでね、その……。あのね。定期的にキスをしてもらわないと、また猫になっちゃうって夢で言われていて……」

「あぁ。だから僕がキスしちゃったから、戻れたんだね。ところで、猫の間の記憶って、あるの?」

「――うん。あります」


(それってやばいよね。めちゃくちゃ居た堪れないんだけど。好きな人がいるはずなにの、裸を見せられて、体中触りまくられて、キスまでされちゃって、絶対に許せない程ショックだったろうな)


 取り返しのつかない事をしでかした自覚があるので、自然と顔が下がってしまう。

 片思いの相手に振られるだけなら、残り二年ちょっとをボッチで過ごせば良いだけだけど、変態のレッテルを貼られたら学校にはいられない。せっかく入学できたのだからと、転勤先には両親だけで行ってもらったのに、留置場で面会なんて親に会わせる顔が無い。

 それに彼女を穢してしまったかと思うと、顔が上げられない。


「ごめん。僕なんかがキスしちゃって。猫だったとはいえ、体を触っちゃって。軽蔑しちゃたよね。謝って済むことじゃないけど、許してください。お願いします」

「え? ううん。私を助けてくれたんだもん、軽蔑なんてしないよ。むしろ感謝している? くらいなんだけど……。ところで佐伯君って、好きな子とかいる?」

「な、なんで?」

「定期的にしなくちゃいけないんだよ? キスをいっぱいするんだよ? 好きな子がいるのならそんなの不誠実だし、その子に誤解されちゃうじゃない。そんな事は、私したくないから……」


 言っている事が僕とキスする事を前提としていて、最初にした人以外は認めない呪いでも付与されているのかと心配になる。それでも、僕とする事に嫌悪感みたいなものは見られず、逆に気遣ってもらっているようだ。

 上目使いに見た彼女の、こちらをうかがう様なその表情にドキッとして、「いない」と嘘を言おうとしていたのに本心を口にしていた。


「い、いる。でも片思いで、叶うはずないと思っていて。僕なんかが釣り合う子じゃないのは解っていたんだ。だけど……」

「そっか、いたんだ好きな人。ごめんなさい、話もした事ないのに変なこと聞いちゃって。服、乾いたら出て行くから……」

「まって! 同じクラスなのに半年以上も話しすらしていないけど、始めて見た時から相沢さんの事が好きだったんだ。だから」


(だからなんだって言いたいんだ? もっとキスさせてくれって頼むのか? 彼女にだったら、もっと相応しい人がいるはずだ。僕なんかが思い上がるなんて、大概にしろ!)


 立ち上がりかけて、困った顔が一転して驚きに変わったのが分った。

 明らかに失敗したなって思って、言葉が途切れてしまった。釣り合うはずがないと解っていたのだから、口にするべきでは無かったと後悔して下を向く。


「私を、助けてくれる? 呪いがとけるまでキス、してくれる?」

「え?」


 顔を上げると、真っ直ぐに僕の目を見ている。その表情に侮蔑(ぶべつ)(さげす)みも無く、戸惑いと恥じらいと不安がうかがえる。諦めとか妥協とかでないのなら、期待してもいいのだろうか。


「私の事が好きなら、問題ないよね?」

「でも、相沢さんはそれで良いの? 好きな人とか相応しい人とか、僕なんかじゃなくって、他にもっと……」

「相応しいかそうでないかなんて知らない! 私は佐伯君が好きだから、キスされるのなら佐伯君以外は嫌だったから、佐伯君の家まで来たんだよ。それなのに」


 あふれた涙が頬を伝ってテーブルを濡らし、相沢さんは両手で顔を覆って黙ってしまった。

 泣かせてしまったことよりも、彼女の言葉が僕の思考を混乱させる。相沢さんが僕のことを好きだと言った。偶然では無く、そのために危険を冒してここまで来たと言った。ならば願ったのは僕との縁結びだ。

 ここまで言わせてしまった、自分が情けない。

 椅子から立ち上がると相沢さんの横に移動し、覚悟を決めて体ごと彼女の方に向くように座る。


「あの。こんな不甲斐ない僕でもまだ好きでいてくれるなら、僕の彼女になってください。僕は相沢さんが好きで、君の力になりたい。君を守りたい。だからどうか、お願いします」


 相沢さんはパッと顔を上げ、僕の方を向くが涙が止まらないでいる。それでも、ハッキリと返事をくれた。


「私も佐伯君が大好きです。彼女にしてください。嬉しすぎて、涙が止まらないよ」


 彼女の肩にかかるタオルで、そっと涙を吸わせるように拭いて顔を近づけると、彼女は顔を赤らめながらも目を閉じて唇を少し開いた。

 軽く触れるようなキスをして、背中に手を回してもっと深いキスをしようとして、彼女の胸の柔らかさに慌てて体を離す。


「ふ、服。そろそろ乾いたかな? いつまでもその格好じゃアレだよね。それに、その……。そう! 家に電話したほうが良いんじゃない?」

「う、うん。先に電話借りるね」


 理性が飛びそうだった。このままでは、キスどころでは済まなくなってしまいそうで、落ち着く時間を稼ぐために提案する。相沢さんも危険を感じたのか、慌てて承諾したので電話口に案内してあげた。


「もしもし、ママ? 絵里です。ちょっとあって友達の家にいるの。……そう。詳しい事は帰ってから話すけど、お社ってなにか在るの? ……うん。……あの、実はお願い事しちゃって。……なんで知ってんの? ……え? だけど。うん、連れて行くね。……はい。……はい。少し遅くなるかもだけど。うん、それじゃ」


 両手で受話器を置いてため息を吐いた相沢さんは、僕に疲れた顔を向けてくる。


「帰りが遅いからって、探し回ったみたい。それで、お社の境内で私のバッグが見つかって、願い事をしちゃったことが解っちゃったみたいなの。でね。男の子の家に泊まったんだろうって言いだして、その子を連れてきなさいって」

「そうだよね。いつ猫に戻っちゃうか判んないんだし、一緒に行って挨拶しておくべきだよね。でも、緊張しちゃうよ」

「えっと、一緒に来てくれるの? 無理してない?」


 心配そうな顔でそんな事を言われたけれど、泊めちゃったことは事実だし、これからお付き合いするのだから、挨拶くらいするのは当然だと思っている。だから無理なんてしてはいないし、なんでそう言われたのかピンとこない。

 それに、『娘がどんな男と付き合うことになったのか』は親としては心配だろうし、不安の解消を先延ばしに出来るものでもないだろうから、早めにお邪魔したい。


「なんで? 付き合うことになったんだし、キスとかする関係なんだから、ちゃんと挨拶をしておかないと。夜中に猫になっちゃった時のためにも、朝早くに行く話だってしときたいでしょ」

「い、家にいる時はママにお願いするから、そこまで心配しなくてもいいと思うよ」


 まあ、母親となら。って、さっそく嫉妬めいた感情が湧上って、独占欲が高すぎるかもと自分で呆れる。

 どこまで事情を理解しているのかは判らないけど、直ぐに帰ってこいとか言われなくて良かったと安堵した所で、そう言えば朝ご飯がまだだったと気付いた。いつもは食パンを焼くけど生憎と食べきってしまっているが、冷凍ごはんがあったはずなので卵チャーハンでも作ろうかと思い立った。


「さっきブザー鳴っていたから、着替えてきなよ。かなり遅いけど、チャーハンでも作るから早お昼って感じで食べよう」


 相沢さんが脱衣所に入っていくのを見送って、冷蔵庫から食材を取出してごはんを解凍する。冷蔵庫には碌な食材が残っていないけど、ネギを切ってレタスをちぎり、卵を割って中華鍋を熱していく。


「なんか、本格的なフライパンだね」

「これひとつで、いろいろな料理が作れるから。ちょっと重いけど、中華鍋って便利なんだよ」


 油を馴染ませて卵とごはんを入れ、混ざったらネギを入れて塩コショウをふる。パラパラになってきたら醤油をまわし入れて、レタスを入れて軽く混ぜたら完成。

 お皿に盛ってテーブルに並べる。


(あれ? 相沢さん着替えてないじゃん。ブザーの聞き間違えだった?)


 テーブルに着いたところでスエットのままでいる事に気付き、つい胸元に目が行ってしまったら、その視線を撥ね退けるように胸を反らされる。


「下着は着けてきたよ。服はその、もう少しこのままでいたいなって」

「そ、そっか。じゃぁ、どうぞ。簡単なもので申し訳ないけど」

「温かい食事は嬉しい。まして好きな人の手作りだもん。それじゃ、いただきます。ん! 美味しい。あれ? 私、負けてるかも」


 そんな事はないだろうと思ったけれど、親と住んでいれば料理って案外しないものなのかもしれない。僕はこれでも独り暮らしが長いので不味くは無いと思っているし、謙遜でないなら素直に受け取っておこう。


「独り暮らしが長いから、慣れていると言うか。いや、相沢さんだって必要に迫られればすぐ出来るようになると思うよ」

「あの、絵里でいいよ。それより、ご両親は北海道だよね?」

「そう。飛行機代が馬鹿にならないから行ったきりだけど、正月くらいには帰って来るだろうね。絵里……さんは、どうして知ってるの」

「住所とか、なんで独り暮らしをしているかとか、気になる人の情報は欲しいじゃない。もう少しで誕生日なのも知ってるよ、輝義君」

「絵里さんは年明けすぐだよね。ちゃんと予定は空けとくから」


 突然の展開だったけれど、怖いくらい順調に下の名前で呼び合えるようになったのは、社の神様のお力なのかもしれない。彼女には言っていないけれど、僕も足繁く通って縁結びをお願いしてきたのだから、当然の結果なのかもしれない。

 何度も社で見掛けて、その都度声を掛けようとして出来なくて、勇気をもらいたくてお参りを欠かさなかったのだから。


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