今日から鍛錬だ!其のニ
読んでくださる方がちらほらといらっしゃって感動しています。
外が真っ暗になって、月や星が光を伴って暗闇に浮かび上がってから少しばかり時間が経った頃、飛燕はすでに自分の寝室に居た。寝台の横にある椅子に腰掛けて兵法書を読んでいる。飛燕が夢中になって読書をしていると桂花の声が扉越しに寝室に響いた。
「殿下、皇帝陛下のおなりです。」
「どうぞお入り下さい。」
飛燕が桂花に返事をすると、皇帝である飛燕の父が部屋に入って来た。それと同時に飛燕も寝台から飛ぶように皇帝の元へと駆けた。
「こんばんは、私の可愛い娘よ、私は妻から君が私におねだりをしたい事があるときいて来たんだ。きかせてもらっても?」
「こんばんは、父上。では、単刀直入に言わせていただきます!私が剣稽古をする事を許して下さい!」
飛燕は満面の笑顔で父におねだりをした。あまりにも勢いが良いので皇帝は少し身を引いてしまったが、コホンッと咳払いをして態勢を立て直した。
「いずれ護身術は習わせるつもりでいたんだけど、そんなものではなく本格的に武芸をやりたい、という事かな?」
「そうです!父上!あ!でも、将軍になりたいとか戦に出たいとか言う訳じゃありませんよ!」
「つまり、趣味の範囲という事かな?」
「そうなりますね!流石は父上!良い言葉を見つけて下さいました!」
娘がどうやら本気で剣の修行に励みたい様だと分かった皇帝は、引っかかっていた娘の最初の言葉の意味を確かめる事にした。
「趣味といえど、未だ小さい君には師が必要だとは思わないかい?君は剣の稽古をする事を許して欲しいと言ったけれど。」
飛燕は失敗したと思った。確かに私は未だ幼く、普通なら剣の師が必要だ。しかも前世の事は昨日今日記憶を取り戻した訳で、今まで好奇心のままに剣に触れた事はあるが本格的に飛燕は剣を習った事がない。いくら魂に剣やその他の武芸が染み付いているとはいえ、そんな事は自分以外の人間には分からない事だ。
それにしても鋭い、あいつより穏やかそうに見えて父上はやっぱりあいつに似ているな。
飛燕は頭の中で色々考えたが、良い言い訳が思いつかない。
「えっとお、武官が修練をしているところを何度も見ているし、剣の書も何度か読んでいるから大丈夫かなって、、、」
とっさに口から出た言い訳には口に出した瞬間にさすがにまずいと飛燕は思った。
「武官を何度もねぇ?」
父親に訝しげな目線を向けられている少女は額に汗が浮かんでいた。少女は自分の迂闊さを恨んだ。
「うん、その件を問い詰めるのはつぎの機会にしよう。女官や衛兵に見つからずに後宮を抜け出すなんて、正直関心してしまうよ。」
飛燕は父に褒められてしまった。皇帝はくくくと指を下唇に当てて笑っている。これはどういう事になるのだろう。
「でもね、君に1人で剣を扱う事を許する訳にはいかない。皇妃もそれは許さないだろう。きちんと師はつけさせてもらうよ。」
飛燕の緊張は解け、瞳には明るい光が灯った。
「つまり!許して下さるのですね!」
皇帝は飛燕に頷いて見せた。娘の嬉々とした表情を見て皇帝は女の子がこんなに剣を持つ事を許されて喜ぶなんて、妻の血かなと皇帝は微妙な心持ちになった。
「さあ、用は終わったから寝台に入りなさい。私はお茶を飲むけれど、君の目が冴えてはいけないから飛燕には白湯を準備しよう。今日は二胡を弾く。物語は月のお話だ。」
「父上の二胡を聴くのは久しぶりだから嬉しいです。今度、私にも教えて下さい。」
「二胡の師はもういるだろう?」
「父上に教えて欲しいのです。」
皇帝は娘の頰に手を伸ばし、続いて頭を撫でた。可愛い事を言ってくれる娘である。
「構わないよ。今度教えてあげよう。じゃあ今日の演奏を始めるよ。」
皇帝が嫦娥を演奏し始めた父を見て飛燕は気恥ずかしい思いをしていた。何故あんな事を言ってしまったのだろうか。昔の記憶を思い出した今でも皇帝が父である事に変わりはない。だが以前の自分だったら絶対にあんな事は言わない。隆飛の記憶は遠い過去の思い出の様に頭の中にあり、それでいて自分は飛燕であると言う自覚がある。
じっと見られていたのが気になったのか、皇帝は飛燕に何か顔に付いているかい?と聞いてきた。聞かれた飛燕はいいえ、なんでもないです。と言って二胡の音色を聴きながらゆっくりと夢の中に沈んで言った。
『お前は本当に頭の中まで筋肉で出来ているな。』
なんだと!?
懐かしくて、それでいて失礼な言葉に思わず昔の口調が出てしまった。
『まあ、剣一本でのし上がって来た男だからな。仕方がないか。』
さっきから失礼な事ばっか言いやがって。仕方がないって何だ!
目の前にいる男に、飛燕は見覚えがある。俺の主だ。じゃあ自分は、隆飛か。
『事実だろう。まあお前のそんな所に俺は惚れたんだけどな。』
気持ち悪い事言うな!俺だって頭を使う時くらいあるわ!
『気持ち悪いとは傷つくな、しかしお前が今世で知恵をつけたり楽を嗜んだりと言うのは無理だろうからな。せめて来世では勉強しろよ。』
俺の言葉を無視するな!
これは確か、奴がお忍びで城下に遊びに行く共をした時だった。これにむかついた俺はその勉強とやらをしてやろうと思っていたが結局、戦さだの何だので忙しくて出来なかった。
飛燕が夢の中にいる時、皇帝は二胡を弾き終えて、娘が寝ている事に気がついた。なにやらむにゃむにゃと口を動かしている。
「、、、二度と、、、脳筋、、、いわせね、、、」
皇帝は何の話だと思った。