劉脈図
次の日の朝まで飛燕は眠れなくてずっと前世の事を思い出していた。どうやって死んだのかまでは思い出せないが大体の事は覚えている。そんな事をぐるぐると考えていると女官が飛燕を起こしにやって来た。
トントン
「殿下、失礼いたします。
起きていらしたのですか?お珍しい!」
「ええ、たまにはね、、、」
飛燕は女官の失礼な物言いに対して気怠るそうに応えた。珍しいとはなんだ。しかし、女官は心配そうにこちらを見ている。そんなに私が早起きなのが珍しいのか?
「殿下!どうなされました!目の下が真っ黒にございますよ!顔色もよろしくない様ですが昨晩からはあまり眠れなかったのですか?」
どうやら女官は本気で心配してくれている様だ。検討違いの事を思ってしまい申し訳無い。
「そんなにひどいの?」
飛燕がそう言うと、女官は鏡をこちらに向けてくれた。確かに酷い。目の周りが真っ黒でなんだかやつれている。
女官は今日の公主殿下はどうなされたのかとおもった。いつもは聖上のお話しを聴きながら朝までぐっすり眠り、自分が起こしに来るとすぐに起きてくれる素直な方だ。しかし今日の殿下は徹夜明けの時の官吏である夫の様だ。
「殿下?体調がお悪い様でしたら、今日はゆっくりとお休みなさいませ。皇妃様にはきちんと伝えさせて頂きますので。」
女官は休む様進めてくれたが私にはやらなければ行けないことがある。
「いいえ、大丈夫。でも母上には私の様子は伝えないでくれる?心配をさせたくはないの。」
上目遣いで両手を合わせて女官に頼みこむ。この女官は私を可愛がってくれているのを知っている。
女官は飛燕の上目遣いにうっ、となりながらしょうがないですねと言ってくれた。
「ありがとう!桂花!」
飛燕に感謝を述べられた女官の桂花はやれやれ、と思いながら部屋の外に控えていた女官たちに声を掛けた。
女官たちにあっという間に着替えさせられた飛燕は、男だった昔の記憶がはっきりと蘇ったせいか昨日よりも豪華な衣装と装飾品が窮屈に感じる。その上、顔がやつれていたせいで厚化粧をさせられた。なんだか粉っぽい。
「さあ、準備は終わりました。皇妃様がお待ちですよ。朝餉の準備は出来ております。」
「はーい」
そう返事をして、飛燕は皇妃の元へ向かった。
ギィっ
女官たちが扉を開いた部屋には皇妃と豪華な朝餉が待っていた。
「公主殿下がお入りになります。」
桂花が先に入り、飛燕が到着した事を知らせた。
「おはようございます。母上、お待たせして申し訳ございませんでした。」
飛燕はぺこりと頭を下げた。
「大丈夫ですよ。そんなに待ってはいませんから。」
皇妃はそう優しく言って、飛燕に向かって微笑んだ。母の笑顔見て、俺の嫁にそっくりだなと思った。
飛燕は席について朝餉を食べ始めた。あまり食欲は湧かないが、美しく優しい母を心配させたくない。
「あら、飛燕?今日はお化粧をしているのね?珍しい。」
「え、えーっと!たまには大人っぽくいきたいなって思って!」
「そうなの?可愛いけど、少し白粉を塗りすぎな気がするわよ?」
「そ!そんなことありません!私はもうお腹いっぱいなので失礼いたします!」
そう言い残して飛燕は飛ぶように部屋を出た。残された皇妃は、あの娘からお腹いっぱいなんて言葉は初めてきいたわ、と呟いた。
自室に戻って一息着いた飛燕は、何とか誤魔化せたなと思っていたが、誤魔化せていると思っているのは本人だけだった。
「何とかなったわね」
「いいえ、皇妃様は怪しんでおられましたよ。」
後ろから突然聞こえてきた桂花の声に飛燕はおどろいた。
「びっくりするじゃない!いつからそこにいたの?というか母上がなんだって?」
「ずっとお傍におりました。皇妃様は殿下の挙動を怪しんでおられましたよ。嘘を吐くのが下手な人ですねえ。」
「貴女になにか聞いてきたりした?」
桂花はこの質問にはいいえと答えた。ならばいいだろう。母上は桂花を信用しているから、私の様子を見ておかしいと思えば桂花に必ず私の様子について聞く。
飛燕はほっとしていた。しかしその様子を見た桂花は安心して良いものかと思った。
「あのね、桂花!我が家の系譜を見せて欲しいんだけど!いいかな?」
勢いを付けて言われたので、系譜を要求された方は驚いた。
「良いですが、どうするのですか?」
「我が家の系譜を見て劉史を学び直そうと思って!」
劉史とは劉王朝の歴史である。自分から勉強をしたいと言うのは良いことであるが、勉強が嫌いな公主殿下が自分からそんなことを言い出すなんて、と桂花は思った。
「劉脈図は大事な物ですから、聖上以外の方は書庫から持ち出す事は出来ません。ですから、歴史を学ぶ時書庫に行きますから、その時にしましょう。」
劉脈図とは劉王朝の系譜の事である。この系譜には皇帝家の家系図が示されている。それがどんな悲惨な事実であろうとも。だから劉脈図は皇帝が許した者とその家系図に載っている者しか見ることが許されないのだ。
それにしても、うちの殿下がそんな物に興味を示すなんて珍しいと桂花は思った。飛燕の父である皇帝陛下は愛妻家で後宮には皇妃様以外の妃はおらず、後宮には選りすぐりの美しい女官が沢山いるにも関わらず皇帝が皇妃以外の女性に手を出した事はない。なので飛燕が見たところで何という事もない物だ。それに飛燕の性格を考えれば、例えどんな事が書かれていようとも気にはしないだろう。彼女は幼いながらによく人を見ているし、彼女の他人に対する評価は常に正しい。彼女は自分で見て感じた物を信じぬく事ができるから、自分の両親の事もよくわかっているのだ。
しかし、そんな彼女がどうして劉脈図をみたがるのだろう。劉史を学びたいなんて事が嘘なのは桂花には分かっていた。