役立たずの神様
寂れた神社に、その神様はいた。
――この地に奉られたのは、八百年ほど前だったろうか? その頃の人々は刀や槍を振り回し、人の命より米や水の方が価値があった、そんな時代。それに比べれば、今の世は平和そのもの。
良い世の中になったもんだ……。
神というのは、奉られるだけの存在だ。
別に、何をするわけでもない。
奉られて、それを眺めていれば、一日が終る。
一年が終る。
十年が終った。
百年が過ぎた。
五百年経った……。
……退屈だ、退屈過ぎる。
何もしないとは、これ程辛いものか?
ここに奉られる以前は、私も人として生きていた。
――生きてた頃は、忙しかったなぁ。
それこそ、日々の生活に追われた。
権力を守るため、一族を護るために必死に生きた。
……たまには休みたいと思った。
だってそうだろ?
たまたま、由緒正しい家系の、本家の長男に生まれてしまった(因みに、自分のこと“麿は~”とか言っちゃう身分)ってだけで、何もかも押し付けられるなんて理不尽だ。
私にばかり責任が押し付けられて、権力争いに巻き込まれて、頑張っていたのに、頑張って生きていたのに……。
――最期は暗殺された。それも身に覚えの無い罪をなすりつけられ、謀反人に仕立て上げられたあげく。
順を追うと、まず最初にド田舎に流された。
“流罪”とか“島流し”とか言われてるヤツだ。
私も調子に乗って何人か流したりしたが、まさか自分が流されるハメになるとはなぁ……。
これが“因果応報”ってヤツ?
でも、私以上に調子に乗って酷いこと汚ないこと狡いことしてたヤツ、他にいくらでもいたぜ?
でも、そいつら別に流されたりしてなかったぜ?
世の中、理不尽だよなぁ……。
――流されたての頃は、怒りで屋敷の中を滅茶苦茶に壊して暴れたりしたげど、その内それも飽きた。
元々私って頭脳労働の人だったしぃ、体力無いからぁ、ぜーはーぜーはー息切れしちゃってぇ、疲れちゃった。
仕方無いからしばらくはユックリのんびり休もうか……。と思った矢先に――毒殺された。
もう何なんだよ!?
続・怒りリターンズだよ!
肉体が無くなったから、疲れることも無い。
怒りに怒った。
怒り狂った。
私が怒ったからか、たまたま偶然なのかは分からないが、私が流されたド田舎に台風が来た。
「台風なんて、毎年来てるじゃん」
と、思うだろ?
その年の台風は、違ったんだよなぁ。
連続で二桁、しかも超デカイヤツ。
都の被害も相当だったみたい。
流行り病とかのダブルパンチでかなりの人数が死んだみたいだし。
ざまぁ~。
さすがに笑ったよ、大笑いしたさ!
大笑いして、スッキリしたので
(さて、成仏すっか?)
と、あの世へ行く準備してたら(知らないだろうが、あの世へ行くにも準備は要るのさ。誰だって、地獄には堕ちたく無いだろ?)私が流された屋敷が改築されて、いつの間にか神社が出来ていた。
建立したのは、私に冤罪を擦り付け、島流しにした挙げ句に毒殺まで咬ましてくれた張本人。
さすがに罪悪感に苛まれたんだろうね。
そいつの屋敷も吹き飛んで、一族郎党が随分死んだんだって。
知らねぇよ! そんなモン。
だけど神社が建立されちまった。
私は、勝手に神様に祭り上げられたのだ。
つまり、信仰の対象にされちまった。
そうなると、どうなるかって?
困った事になるのだ。
神様は成仏出来ない。
むしろ、成仏させる側だ。だけど、私にそんな力は無い。
社員として会社に面倒みてもらおうとしてたのに、実力も無いのに社長にされた感じ?
神様にもランクがあって、信仰の大小によってその力は天と地ほども違う。
それこそ、仏様なんてなぁもう雲の上のトップスター。私はしがない路上で歌ってる素人くらいの差がある。
ファンが増えればメジャーデビューも夢では無いが、あいにく神社の場所は私の元屋敷。島流しの、つまり刑罰に選ばれるような辺鄙なド田舎。
神社を建立した本人も病に倒れ、結局その一族は没落して滅亡してしまった。そうなると、この神社の存在を知る者は都にはいなくなる。
この神社を信仰するのは、周りを山で囲まれ外界と隔絶したこのド田舎の村人しかいない。
どう頑張っても、メジャーになんか成れっこない。
……………………。
――んで、現在。
特に何もなく年月だけが過ぎた。
神社はあちこちボロボロ。
この限界集落に、マイナーな神社を修理する予算なんて無い。
この神社が完全に朽ちて無くなるか、忘れられるかすれば、私も念願の成仏が出来るかもしれない。
だが、こうしたド田舎に限って伝統とかしきたりとかを大事にする。
年一回のショボい祭りを決してやめてはくれない。
だが、超高齢化社会のこの村では、その祭りも後何回かで終わるだろう。
今日もまた村人が来た。
いつもの老人だ。
この老人は、子供の頃から知っている。
いや、子供の頃処か先祖代々顔見知りだ。
神社が出来た時からこの村に住み続けている最後の一族の末裔だ。
この一族は代々、たまにお供え物を置いてくれたり、神主も居ないこの神社の掃除なんかをしてくれる、有り難い一族だ。
私は、老人の話を聞いてあげることしか出来ない。
老人にご利益を与えたくても、そんな力は私には無い。
老人は、いつも独りで神社に来た。
老人は、ずっと独身だった。
結婚したのは随分歳をとってからだ。
いつだったか、ここに来て妻が死んだと静かに泣いていた。
私は、老人の妻を見たことは無かった。
……子供は出来なかったのだろうか?
この老人が死んだら、神としての私の役割も終りな気がする。
きっと、ただ一人の信仰で私は神としての存在を保っているのだろう。
今日も老人の話を聞こう。
私には、聞くことしか出来ないのだから。
「おじいちゃ~ん!」
元気な幼い女の子と、さらに幼い男の子が走ってきた。
子供を見たのは、老人がまだ幼かった頃以来だ。
この子達は、あの時見た子供に似ている。
老人は、持っていたお供え物の饅頭のひとつを、ふたつに割って子供達に渡す。
嬉しそうな老人と子供。
この老人の、こんな笑顔を見るのは始めてかもしれない。
「喧嘩別れで都会に家出して長い間音信不通だった不良息子が、家族をつれて帰って来ました」
老人が、いつものように私に語りだす。
「あのバカ息子“やっぱり、田舎が良い”なんて言いやがって……」
老人が静かに泣いていた。
老人の涙を見るのは二度目だったが、一度目の涙とはまるで違う涙だった。
老人は、自分の孫を撫でながら、一緒に拝むように促す。
「いつも見守ってくれて、有り難うございます」
「ありがとー、ごじゃいましゅ」
私には、人の話を聞くことしか出来ない。
役立たずの神様だ。
だが、私の神様としての役割は、まだ暫くは終わりそうに無い。