きまぐれな風
昔に書いたお話なんで、時代にあうかわかりませんが、20年も前の当時は目指せSF恋愛小説。
いつものようにあたしは、巡回航宙艇で太陽圏内宙航路を巡回していた。
近頃、太陽圏を中心に凶悪な(?)宇宙海賊が、宇宙キャラバン隊を襲うという事件が相次いでいるからだ。言い忘れたけど、これでもあたしは、広域宇宙警察機構太陽圏支部所属の優秀な捜査官なの。あたし、ファラウェイ・カモミールと相棒のアラインは、ここ太陽圏における難事件をほとんど二人で解決しているってわけ。
っていうのは、聞こえがいいんだけど、ここ太陽圏支部(支部といっているけど、実際は駐在所規模の大きさである)の捜査官はあたしとアラインしかいない。いくら、人類発祥の地とはいえ、今や太陽圏は銀河の外れの辺境地。凶悪な事件など、ほとんどない。太陽圏は観光エリアではあるから、地球巡礼のツアー客のトラブルとか、個人シャトルの故障事故とか、ケチな宇宙海賊とも名乗れないような輩の襲撃事件とかはあるけど、刺激がない。
今回の事件だって、地球巡礼ツアー目当ての広域宇宙行商人の無人コンテナ船が襲われただけのことなんだ。ただ、つまんないから、想像だけは大きくしてみたの。
別に嘘をついたわけじゃないの。本当に、ほんの半年前までは、あたしたちはこれでも本部基地のエリート捜査官だったのだから。
ちょっとしたドジを踏んで、ここに島流しになったの。
ドジっていっても、犯人を取り逃がしたとかってわけじゃなくて、人口五億程度の辺境惑星を一つ吹き飛ばしただけなんだけど。それだって、住民はあらかじめ避難させておいたので、人的被害は全くなかったのにさ。ほんのちょっとした間違いってものよ。そうでしょう。なのに、局長ときたら、頭から湯気を出すくらいに怒りまくって、あたしと連帯責任とばかりに保護者兼相棒のアラインまで、こんなヘキ地にとばしてくれたのだ。
ここにきて驚いたことは、アラインの環境適応度が、実に百パーセントを超えるっていう事実。わずか半年で、すっかりここに馴染んじゃって、今日も休暇を取って、地球の史跡巡りをしている。誘われたけど、一回行っただけで飽きたあたしは、体よく断った。
こうして一人で宇宙空間にいると、あたしはいつも思いだす。あたしが宇宙キャラバン隊の一員として、銀河中を巡っていたときのことだ。無精髭を生やした自由商人の父さんは、いつもあたしを抱き上げて、頬ずりしてくれたっけ。優しかった父さんの身体は、今も宇宙を巡っているのだろうか、それとも、どこかの星の重力圏に引かれて、燃えつきてしまったのだろうか。
ちょっと、感傷気味になったあたしは、クスンと鼻をすすり上げた。本当のところ、あたしはアラインと出会うまで、自分がどこで生まれたのか、どこの惑星の出身なのかさえも知らなかった。物心ついたときには、オンボロの無人貨物中央司令船《自由の風》で、アラインの父親と星々を巡っていたからだ。あたしは、彼を実の父さんと信じてたから、何の疑問も抱かずにずっと宇宙で暮してきた。
「ファラは我が《自由の風》のマスコットだよ」
そう言って、少し無精髭が生えた頬であたしに頬ずりをしてくれた父さんは、もういない。彼がエネルギー転換炉の事故で死んだのは、アラインと出会う一年前のことだった。
「宇宙で死ねるなら本望だよ」
航宙士たちと冗談交じりにいつも話していたことが現実になって、あたしは一人ぼっちになった。宇宙キャラバン隊《自由の風》の乗組員たちは船主の父さんが亡くなったために、それぞれの新しい道を歩き出した。
そのときのあたしは、まだ十三才、独り立ちするには早過ぎる年だった。父さんの助手だったリシャールさんが、あちらこちらに連絡をしまくった結果、成人した彼の息子がいるとわかって、アラインのところにあたしを連れて行ってくれた。リシャールさんたちも、あたしと父さんは、実の親子だと思っていたらしい。自分自身、父さんの実の息子に会うまでは、そう信じていたもの。
お節介なリシャールさんが帰った後、アラインはあたしをジッと見つめた。父さんとよく似た黒い瞳で見つめられたあたしは、初めて会った兄さんという存在に戸惑っていた。父さんから、一度も息子がいるなどと聞いたことがなかったからだ。
「リシャールさんに連絡をもらってから、君のことを調べさせてもらった」
少しずれ落ちた金ブチの眼鏡を直しながら、アラインは家庭用端末のコンソールを動かした。顔にかかった黒髪を無造作に撥ね除けながら、彼の手はコンソールの上を忙しなく動いていく。程なくして、あたしの顔がディスプレイに写し出された。彼の手が止まり、その無表情の顔を再び、あたしの方へと向けた。無表情な顔と冷たすぎる視線。とても、居心地が悪かった。
「ファラウェイ・カモミール。年齢十四才。六年前にアレイ・カモミールの養女として登録される。それ以前の経歴については不明」
無機質な声が室内に流れた。あたしは兄と思っていた人の顔をマジマジと見た。確かにあたしと彼は似てない。それは、彼もあたしも父さん似ではないからだ。アラインは父さんと同じ黒髪でも、その顔だちは優しい女の人のようにも見えた。たぶん、母親似なのだろう。あたしも母親似だ。異母兄妹だから、仕方がないことなのかなと、最初に見たときに単純にそう思ったのに………
「ファラは母さん似なんだよ。銀色の髪の美しい女だった。ファラも大人になったら、母さんのようなトビキリの美人になる。父さんが保証するよ」
あたしが母さんの話しをせがむと、父さんは目を細めて、娘の銀の髪を優しく撫でてくれた。父さんの大きな温かい手が、あたしはこの上もなく好きだった。
リシャールさんから聞いた話では、父さんとアラインの母親は十年以上も前に離婚したということだった。彼は母親に引き取られ、その間一度も父さんとは会っていない。彼の母親が嫌がったからだ。
その母親も三年前に亡くなり、二十七才の彼は、独身で一人暮らしだと教えてもらった。仕事は何かのセールスをしているみたいで、留守であることが多く、リシャールさんが彼と連絡を取るのに、実に十ヵ月もかかっている。
「父が亡くなった以上、その非保護者だった君を面倒見る義務が私にはある。血の繋がりはないが、君が独り立ちできる年齢までは面倒見よう。君を立派に成人させることが父から与えられた私の義務だ」
コンソールを叩いて、ディスプレイの中のあたしを消すとアラインは、抑揚のない声で目の前のあたしにそう告げた。
「君がここに住む以上、共同生活者として忠告しておく。私には干渉しないことだ。それが最低限の君の義務だ。私はセールスの仕事で何ヵ月か帰らないこともある。その間の君の世話は、ローズマリーに頼んでいく。ローズマリーは古くからうちに来てくれているハウスキーパーだ。困ったことがあれば彼女に聞くといい。それから、もう一つ、素行、学業成績に関しても私に扶養される以上は、それなりの結果を示して欲しい。これも君の義務だ。養女とはいえカモミール姓を名乗る以上、恥かしくない行動をとることは君の義務でもある」
言いたいことだけ言うと、彼はあたしを小さな部屋に押し込んだ。室内は女の子の部屋らしく整えてある。
「部屋はローズマリーが準備してくれた。学校の件も彼女に頼んである。君は君の義務を確実に果たすように」
義務、義務、義務。いい加減、この言葉にはうんざり。厳格な保護者が出て行くと、あたしはスーツケースを床に置いて、疲れきったようにベッドに寝転んだ。
それにしても、あたしは父さんの子供でなかった。その事実をどう受け止めればいいのだろうか? 父さんが死んだときにたっぷりと流した涙のせいで、哀しみの感情が麻痺していた。
一年経っても、それは変わってない。ただ、今のあたしでもわかることが一つある。それは、相変わらず、あたしが一人ぼっちであるという事実だけだった。
義務で扶養されるなら、あたしはこの家を出た方がいいのかもしれない。とはいえ、何もできない十四才のあたしでは路頭に迷うことは目に見えている。とりあえず、あたしはアラインの家の居候にならざるを得なかった。
ローズマリーは優しい初老のおばさんで、義務の塊りの家でそれだけがあたしの救いだった。ただ、女の子はこうあるべきだと言うポリシーを持った人で、少々窮屈ではあったけど。ただ、困ったのは、宇宙暮らしで、一度も学校に行ったことのないあたしのためにと見つけてきたのが、上流家庭のお嬢様が通うハイソサエティな女子校だということだ。その中で、しっかりとあたしは浮き上がっていた。
「アライン様のお母様のお出になられた学校ですのよ。ファラウェイお嬢ちゃまをどこに出してもおかしくない素敵なレディにしなれれば、私がアライン様に叱られます」
あたしが学校を代わりたいと頼んだとき、いたって真面目な顔で彼女はそう答えた。
反対に、カモミール家は地球の古い家柄らしくて、あたしはそれなりの礼儀作法を身につけるべきだと諭された。面倒見が良くて、気の優しいおばさんだけど、ちょっと時代錯誤がはなはだしいのがタマにキズなのよね。
アラインはあたしが来て、一週間もしない内に急な仕事の連絡が入り、どこかの惑星へでかけて行った。一体、何のセールス何だろうか?詮索するなと言われても、気になるのが人情と言うものよね。さりげなく、ローズマリーに尋ねたけど、彼女も実際のところ、主人の仕事については詳しく聞かされていないらしく、
「ファラウェイお嬢ちゃま、レディーは殿方のなさることには、関与なさらないということがたしなみの一つですよ」
と、小言を聞かされる羽目になった。
とにかく、父さんが死んでから一年があっという間に過ぎて、あたしの生活は百八十度も大きく変換してしまったというのに、未だに一人だけその波に乗切れないでいたのだ。
-あたしはどこで生まれたのだろうか? あたしの本当の両親はどうしているのだろうか?なぜ、あたしは父さんに引き取られたのだろうか? あたしは一体何者なのだろうか?
そんな想いが、あの頃わけもなく膨らんでいた。あたしが父さんの実の娘でないと知ったとき、自分の中で何かがパチンと弾け飛んだような気がしたのだ。
弾けた殻の中から、重苦しい何かが飛び出してきて、あたしの胸を塞ぎ込ませる。それは胸の中に鉛の重りみたいに沈み込んで、あたしは消化不良を起こしかけている。遠くで誰かがあたしを呼んでいるような気もしている。
その呼びかけに答えなければいけないのだろうか?
でも、答えてしまったら、自分が自分でなくなるとあたしの中で誰かがそう叫んでいる。
そんなわけのわからない想いを抱えている内に、更に二ヵ月が過ぎて行った。事件は、アラインがセールスの仕事から戻って二日目の夜に起きた。
鋭い悲鳴であたしは飛び起きた。自分の目から、涙が後から後からこぼれ落ちる。涙は父さんが死んだときに出尽くしたはずだった。まだ、こんなに涙が出るなんて信じられない。恐怖が全身を貫いている。あたしは小さい子供に戻ったみたいに、ベッドの上にうずくまった。
「バタン!」
大きな音がして、アラインが飛び込んできた。顔を上げたあたしの目に銀色に鈍く光る物が写った。彼のその手に握られていたのは、細胞破壊銃だった。その銃を見た瞬間、あたしの身体に電撃が走り、ヒクヒクと自分の身体を引き攣らせた。
「どうしたんだ? 何があった?」
近付く男の影に、あたしは一層身体を引き攣らせる。彼の姿が、別な男とだぶって見えた。
「止めて! 来ないで! おじちゃん、ファラは何にもしてないの。ファラを殺さないで!ファラは何にも見てないの!」
そう、思い出した。あのとき、父さんはあたしを殺そうとしていた。
黒地に銀のラインの入った広域宇宙警察機構の制服を着た父さんは、確かにあたしに細胞破壊銃を向けた。螺旋状に幾つかの光線が絡みあってスパークを放ちながら、尖った錐のように人の身体に閃光が突き刺さる。
一瞬にして、それは人間のパーツを蒸発させた。
ドーナツみたいに、身体に大きな穴をあけた幾つもの死体は、見事なくらいに一滴の血も流していない。あたしの周りには、そういう死体が山積みになっていた。
なぜ、あたしはそこにいたのだろうか? 頭の芯の部分に強烈な痛みを感じて、あたしはベッドから床に転げ落ちた。
「ファラ!」
アラインと父さんの顔が、重なって見える。似てないと思っていたけど、やっぱり、彼は父さんの息子なんだ。あのときの冷徹な捜査官だった父さんに、そっくりだ。
「父さん」
彼の中にいる父親に、あたしは話しかけた。
「父さん、ファラはいつもいい子にしてたよ。だから、殺さないで」
彼にしがみついて、そうつぶやくと、あたしはゆっくりと自分の意識を閉ざした。
「………これが真実だ。君の父上は、事件の元凶であるファラウェイを殺すことはできなかった。彼女が、自分の父親にただ利用されただけだと悟ったからだ。彼女の罪は、記憶を封印することで不問にされた。もっとも、彼女の能力がいずれ、広域宇宙警察機構の役に立つという見込もあったのだ。混血とはいえ、彼女は惑星リラの住人の血を引く唯一の生き残りだ。封印された記憶の解けた今、彼女の身柄は本部で引き取ることにする」
「分かりました」
誰と話しているのだろう? アラインの声が、妙に低くくぐもった声に聞こえた。ディスプレイには、広域宇宙警察機構の制服を着た初老の男が写っていた。セールスをしている彼と警察がどう関係があるのかわからない。
夢だったのだろうか? 気づいたのは、自分の部屋だった。
彼がいたのは、自分の部屋だ。本来なら見ることも聞くこともできない映像と会話である。それから、彼の部屋が透き通って見えた。クローゼットの中に、黒地に銀のラインの入った服がある。ディスクの中には、捜査官であることを示すI・Dカードと細胞破壊銃が入っていた。
ああ、そうかとあたしは思い当った。捜査官の中には極秘捜査専門の者がいると聞いたことがある。彼らは家族にすら、自分の仕事が何なのかさえ伝えないという。アラインがセールスの仕事をしているというには、建前上で、実際は彼は広域宇宙警察機構の極秘捜査専門の捜査官だったのだ。
あたしは無意識の内に、アラインの部屋に自分の意識だけを飛ばせていた。何もかもが、目の前に出来事のように感じられた。どうしてあたしがこんなことができるのだろうか? 不安で胸を押し潰されそうだった。
「ファラウェイ!」
アラインの怒鳴り声であたしは我に返った。部屋の中では、様々なものが空中ダンスを楽しんでいた。自身さえも部屋の中央に浮かんでいたのである。恐怖と不安に苛まされたあたしのせいで、室内の混乱に一層の拍車がかかった。空中ダンスどころではなく、全ての物が気違いみたいに空中を全速力で走り出したのだ。
「ファラウェイ、止めるんだ!」
入口から、アラインが怒鳴った。その声はあたしに父さんを思い出させた。
「父さん、なぜ死んじゃったの? ファラはまた一人ぼっちだよ。」
あたしは、空中に浮かんだままで膝を抱え込んだ。
父さんの思い出は一杯ある。ずっと、あたしを大切に育ててくれた。恐い夢を見ると、父さんはあたしをその温もりで包んでくれた。《自由の風》の皆はあたしに優しかった。あの頃に戻りたい。父さんと皆と一緒に宇宙にいたあの頃に戻りたい。
「これはどういうわけだ?」
父さんの声が聞こえた。あたしは抱え込んだ膝をはずした。顔を上げると目の前に父さんがいた。実際には、それはアラインだったのだが、彼と父さんがシンクロしたように見えたのだ。
「ファラ、泣くのはお止め。君が泣くと皆が哀しくなるよ」
「父さん!」
あたしは父さん(実際にはアライン)の腕の中に飛び込んだ。懐かしい温もりに包まれたあたしの心は、和やかさを取り戻して行く。それにつれて、室内を飛回ってた物が、唐突に落ち始めた。
「父さん、あたし恐い夢を見たよ」
「もう大丈夫だ。父さんがついてる」
「うん」
あたしは父さんの腕の中でホッとしていた。いつのまにか小さい子供になったあたしの頭を、父さんが優しく撫でてくれる。温もりが心地好くて、あたしは大きな欠伸をした。
「ファラ、父さんがついていて上げるから、ゆっくりとお休み」
「うん」
父さんはあたしを抱き上げると、ベッドに降ろした。父さんの手をきつく握り締めて、あたしは久々にぐっすりと眠りについた。父さんが死んでからは、久しぶりの熟睡だった。あれ? 何か変? まあ、いいか。とにかくあたしは眠いんだ。
「父さん、もうどこにも行かないで」
あたしは父さんの手を確認しながら、そうつぶやいた。
夢の中で、あたしの忘れていた記憶が蘇ってきた。
あたしの悲劇のそもそもの発端は、惑星リラにあった。この星に生物がいると分かったとき、人々は少なからず驚いた。
カペラ恒星系の第八番惑星であるリラは、表面を硬い氷の覆われた極寒の星だった。最初に資源探査に降りた探検隊は、彼らの眩惑に騙されて、何の価値もない星であると報告している。
リラ人が注目されたのは、彼らの持つ特殊能力にある。彼らは人の潜在意識を自由に操ることができるのだ。発見されてから二百年もの間、銀河系惑星同盟政府を騙し続けてひっそりと暮らすことができたのも、その能力のお陰だった。彼らは外界の人間との接触を極端に嫌う人種だったのだ。
彼らとの交流は偶然もたらされた。惑星リラ近辺で大型観光クルーザーの遭難事故が起きたのだ。彼らはその悲惨な事故を見過ごしにできるほど冷酷ではなかった。クルーザーの乗員乗客は、一人残らず命を救われた。
彼らの存在を知って困ったのは、銀河系惑星同盟政府である。特殊能力を持った彼らの存在はやがて、銀河系に混乱をもたらすと予想された。惑星リラは、広域宇宙警察機構の厳しい監視下に置かれた。
元々、他との関わりを嫌っていた惑星リラの住人はその状況に甘んじた。そうした厳しい監視下にあったにも関わらず、惑星リラの住人が他惑星へ拉致される事件が相次いだ。更に、不幸なことに彼らは環境不適合種であった。公式記録では惑星リラを離れて、一年以上長生きした者はいない。邪な考えで彼らを拉致した者たちは、すぐに失望した。それでも、邪な考えを持つ人間というものは懲りないもので、リラの住人の拉致事件は相次いだのである。
今から十五年前、惑星リラは原因不明の大爆発を起こし、住人は星と共に運命を共にしたはずだった。
だが、一人だけ生き残った。
それがあたしの母親だった。母様はある犯罪組織に拉致され、そこのボスの子供を産まされた。それがあたしである。母様は惑星リラの環境を模した実験室の中で十年生きた。たぶん、母様は環境適応力が強かったのだ。それでも、あたし以外の子供は産まれなかった。あたしは惑星リラの住人と地球人との間の初めてで唯一の混血児なのだ。
あたしは小さな赤色矮星系の惑星セージで育てられた。そこが、自分の遺伝学上の父親の宇宙海賊組織の本拠地だったのだ。
今となっては、あたしを利用してあの男が最終的に何を企んでいたのか分からない。惑星セージ事件についての詳細は、銀河系警察の奥深くに特秘事項で厳重に封印されているし、あたしのその頃の記憶は、曖昧ではっきりしていない。
アラインに引き取られたばかりのときのあたしは、不安定な精神状態で、封じられた記憶を夢として幾日も見続けた。
「ファラ、かわいそうな私の子。私たちの故郷は滅び去り、仲間は皆、惑星リラと運命を共にしたのに私だけが生き残ってしまった。そのために酷い宿命を背負ったあなたが生まれてしまった」
夢の中で、きれいな銀の髪の女の人が泣いていた。その人は自分の白い細い手で、あたしの首を締めようとした。あたしと同じ灰青色の瞳からあふれた涙が、顔にポロポロとこぼれ落ちる。
「できない。できるわけがないわ。ファラ、あなたは生まれてはいけない子。でも、わたしにはあなたを殺せない。かわいそうなファラ。母様はもう長く生きられないの。惑星リラを離れて、わたしはこれ以上の長生きはできないの」
その人は小さい娘を抱き締めて、またあふれ出る涙をあたしの顔へとこぼした。
それから、夢の場面が変わった。ガラスのケースの中に閉じ込められた小さい頃のあたしがいた。いろいろな管が自分の身体に取り付けられている。
「こいつはリラの生き残りの子だ。こいつの身体を調べれば、あの不思議な力の何かが解明できるだろう」
白い服の男たちが忙しなく動き、コンピューターからは、さまざまなデータが弾き出されていく。
「止めて、お願い。ファラはあなたの子よ。子供にこんな酷いことをしないで」
「邪魔だ、退け!」
男が女を突き飛ばした。あたしの中に、怒りがこみ上げてくる。怒りに呼応するように、身体中にみなぎった力があふれだした。閉じ込められていたガラスケースが、粉々に弾け飛び、室内の男たちの目に、驚愕の色が浮かんでいる。
「ファラ、止めて、あなたは感情のままに生きてはいけない」
あたしはその女に抱き竦められた。男が冷やかにあたしを見下している。何日も似たような夢を見ている内に、彼らがあたしの実の両親だと気づいた。
「化け物の子はお前以上に化け物だ。これは先が楽しみだな」
男の乾いた笑い声が室内に響き渡った。あたしは、残虐なこの男の血を引いている。破壊を楽しむこの男の血が、小さいあたしを破壊神として目覚めさせたのだ。幼いあたしには、何が善で、何が悪かなどわかるはずもなく、むりやり引き離された母親に会いたくて、男に命じられるままに動いた。
最初の夢から、どのくらい経ったのだろう。あたしは父親である男の命ずるままに、たくさんのコロニーやシャトルなどを破壊した。あたしがその気になれば、恒星系を丸ごと消し去ることさえできた。たくさんの人たちがあたしを恐れた。
父親の破滅のときは、あっさりと訪れた。
彼の宇宙海賊組織の内偵を続けてきた広域宇宙警察機構の捜査官たちが、アジトに踏込んだのだ。あたしにひざまずいてきたたくさんの人間が、呆気なく殺されていった。
本来の子供らしさを取り戻したあたしは、小さくなって怯えるしかなかった。あたしを助けようと、実験室から飛出した母親が、目の前で見る見る内に衰弱していく。あたしにはなす術が、なかった。
「カモミールさん、お願いします。この子に正しい生き方を教えて上げて下さい。この子は惑星リラの血を引くただ一人の子。この子の力は、これまでの記憶と共に私の最後の力で封印しました。この子が再び力を手にするまでこの子を正しい方向に導いて下さい。この子が私のような愚かな道を歩まぬように、お願いします」
それが当時のわたしに唯一優しかった母親の最後の言葉だった。
「父さん」
目が覚めたあたしは、まず一番に父さんを捜した。自分の手がしっかりと握っていたのは、アラインの手だった。彼の手は父さんと同じで、大きくて温かかった。
「アライン?」
あたしの問いかけに目を閉じていたアラインは、眠そうに身体を動かした。ずっとこうして、一晩中あたしのそばにいてくれたんだ。義務でない彼の心が手を通じて、自分の中に流れ込んできた。
そこであたしは、やっと気づいた。彼もずっと一人ぼっちだったということにだ。
父さんが彼の母親と離婚したとき、彼は十六才だった。
母親はプライドの高い人で、死ぬまで息子と別れた夫が会うことを許さなかった。アラインが父さんと同じ広域宇宙警察機構の捜査官になったのは、父さんに会いたかったからなのだ。なのに、父さんはあたしのために捜査官を辞めて、自由商人として星々の海を渡っていた。
人間って哀しいね。父さんがあたしを引き取ったのは、会えない息子の身代わりに育てようとしたからだ。自分が育てられない息子の代わりに、あたしを目一杯可愛がってくれた。あたしは、アラインが受けるべき愛情を横取りしたんだ。
「ごめんね、アライン。あたし、ずっとアラインのそばにいる。必ず、アラインの役に立つからね」
あたしは大人になろう。あたしの力が役に立つというのなら、広域宇宙警察機構の捜査官として、彼の相棒になろう。そして、彼の危機には必ず助けてあげる。
「ねえ、アライン、あたしの母親は、あたしの父親があんなヤクザなロクでもない男でも命を賭けて尽くしたのは、たった一人の男と認めたからだよ。惑星リラの住人は生涯一人の相手を認めたら、ずっとその人に従うんだ。あたしのたった一人の男は、たぶんあんたなんだ」
あたしは、まだ、眠っているアラインに、そう声をかけた。
「ファラ!」
アラインの狼狽えた声が室内に響いた。あたしは目を擦りながら、彼にニッコリと微笑んだ。彼が狼狽している。当たり前のことだ。あたしは彼の釣り合うために大人になったんだもの。あたしは、愛しい彼の唇にお早ようのキスをした。
「き、君は一体………」
アラインの言葉は、後が続かなかった。あたしが彼の唇を塞いだからだ。彼の顔が、一瞬にして真っ赤になった。年の割には、アラインて純な奴なんだ。彼から離れたあたしは、笑いをかみころした。
あれから、三年も経った。
結局のところ、あたしは、アラインのお荷物になっていた。あたしは、明日で十八才になる。彼と結婚するための法律上の問題点は、これでクリアされるのだが、当の本人の気持ちが今一つ煮えきらない。いい加減、観念すればいいのに。いまでも、あいつはあたしの保護者気分でいるんだ。
昔の作品なので、自分の願望一直線の自己中小説です。