追い掛けっこ
幼少時代はそんなに目立たなかった性別の差は、十代後半になればハッキリと分かれてしまう。
そんな幼少時代にすら勝てなかったのに、今更、勝とうだなんて良く思えたものだ。
学生から一歩飛び出て新社会人になった私は、何故か真新しいハイヒールで人気のない裏道を走っていた。
何でこんなことしてるんだっけ。
酸欠の頭で考えてみても、上手くまとめことが出来ない。
高さのある踵が痛くて、バランスを崩す。
そこら辺に転がっていたビールケース達の間に、思い切り体を打ち付けた。
痛い痛い、何してるんだ、本当に。
足を見れば捻ってはいないものの、ハイヒールが根元からボッキリ、折れていた。
マジかよ、ゼーハーと息も切れ切れに呟く。
マジだよとでも言うように残ったのは、プラプラと高めの踵が揺れるハイヒールが一足。
追い掛けて、捕まえて、新しいのを買ってもらえばいいや。
高かったのに、なんて言葉は飲み込む。
こちらも新しく買った鞄にハイヒールを突っ込んで、勢い良く立ち上がる。
ストッキングが伝線しているが、こちらも新しく買ってもらおう。
ぺたり、コンクリートのひんやりとした感触が足に伝わるのを感じ、しっかりと鞄を肩に引っ掛ける。
よーいドン、思い切りコンクリートを蹴り上げた。
ダンッ、そんな音を裏道に響かせて、私は既に見えなくなった背中を追い掛ける。
高校時代、体育なんて面倒だからとサボっていたせいか、予想外に体力が落ちていた。
あぁ、歳は取りたくないなぁ。
昔はもっと軽かった体。
それなりに兄と並べたはずだった。
いつから置いて行かれるようになって、その背中を見つめて泣いたのか。
楽しそうに走り出す兄を引き止めるために、私は泣いていた悪い子。
はぁはぁ、息が切れていた。
ゼーゼー、変な呼吸音。
ヒュッ、喉が締まる。
どくどく、心臓がやけに早く動く。
薄暗い、仄暗い、人気のない、埃っぽい裏道に響くのは、私の切れ切れの息と足音。
そうして聞こえた咳き込む音に顔を上げて、その先に見つけた見慣れた背中。
広い大きな背中は、いつからそんな風に育ったのか。
べたん、べちん、不格好な足音が響いて、背中の持ち主は走りながらこちらを振り向く。
揺れる黒髪な隙間から見えた黒目が、眩しそうに細められた瞬間、私は強く強く地面を、コンクリートを蹴り上げて手を伸ばした。
「ぐへっ」
「ぶふっ」
蛙が潰れたみたいな声と、豚の鳴き声みたいな声。
私が追い掛けていた背中を持つ兄は、体を捻った体勢で尻餅を付き、私はその上に馬乗り。
ゲホゴホ、二人揃って噎せながら視線を交わらせた。
私の肩に引っ掛かっていた鞄がずり落ちて、中から壊れてしまったハイヒールが落ちてくる。
ハイヒール、あと、ストッキング。
酸欠の頭のまま、兄の服を掴んだまま、ゼーハーと言葉を紡ぐ。
「ハイ、ヒール……ストッ、キング……っ、はぁ、買って、よね……げほっ」
えほっごほっ、口の端から流れた唾液を、兄の服で拭えば、あぁ、はいはい、と諦めたような声が降って来る。
これ、明日筋肉痛だわ。