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2016年/短編まとめ

追い掛けっこ

作者: 文崎 美生

幼少時代はそんなに目立たなかった性別の差は、十代後半になればハッキリと分かれてしまう。

そんな幼少時代にすら勝てなかったのに、今更、勝とうだなんて良く思えたものだ。


学生から一歩飛び出て新社会人になった私は、何故か真新しいハイヒールで人気のない裏道を走っていた。

何でこんなことしてるんだっけ。

酸欠の頭で考えてみても、上手くまとめことが出来ない。


高さのある踵が痛くて、バランスを崩す。

そこら辺に転がっていたビールケース達の間に、思い切り体を打ち付けた。

痛い痛い、何してるんだ、本当に。

足を見れば捻ってはいないものの、ハイヒールが根元からボッキリ、折れていた。


マジかよ、ゼーハーと息も切れ切れに呟く。

マジだよとでも言うように残ったのは、プラプラと高めの踵が揺れるハイヒールが一足。

追い掛けて、捕まえて、新しいのを買ってもらえばいいや。

高かったのに、なんて言葉は飲み込む。


こちらも新しく買った鞄にハイヒールを突っ込んで、勢い良く立ち上がる。

ストッキングが伝線しているが、こちらも新しく買ってもらおう。

ぺたり、コンクリートのひんやりとした感触が足に伝わるのを感じ、しっかりと鞄を肩に引っ掛ける。


よーいドン、思い切りコンクリートを蹴り上げた。

ダンッ、そんな音を裏道に響かせて、私は既に見えなくなった背中を追い掛ける。

高校時代、体育なんて面倒だからとサボっていたせいか、予想外に体力が落ちていた。

あぁ、歳は取りたくないなぁ。


昔はもっと軽かった体。

それなりに兄と並べたはずだった。

いつから置いて行かれるようになって、その背中を見つめて泣いたのか。

楽しそうに走り出す兄を引き止めるために、私は泣いていた悪い子。


はぁはぁ、息が切れていた。

ゼーゼー、変な呼吸音。

ヒュッ、喉が締まる。

どくどく、心臓がやけに早く動く。


薄暗い、仄暗い、人気のない、埃っぽい裏道に響くのは、私の切れ切れの息と足音。

そうして聞こえた咳き込む音に顔を上げて、その先に見つけた見慣れた背中。

広い大きな背中は、いつからそんな風に育ったのか。


べたん、べちん、不格好な足音が響いて、背中の持ち主は走りながらこちらを振り向く。

揺れる黒髪な隙間から見えた黒目が、眩しそうに細められた瞬間、私は強く強く地面を、コンクリートを蹴り上げて手を伸ばした。


「ぐへっ」


「ぶふっ」


蛙が潰れたみたいな声と、豚の鳴き声みたいな声。

私が追い掛けていた背中を持つ兄は、体を捻った体勢で尻餅を付き、私はその上に馬乗り。

ゲホゴホ、二人揃って噎せながら視線を交わらせた。


私の肩に引っ掛かっていた鞄がずり落ちて、中から壊れてしまったハイヒールが落ちてくる。

ハイヒール、あと、ストッキング。

酸欠の頭のまま、兄の服を掴んだまま、ゼーハーと言葉を紡ぐ。


「ハイ、ヒール……ストッ、キング……っ、はぁ、買って、よね……げほっ」


えほっごほっ、口の端から流れた唾液を、兄の服で拭えば、あぁ、はいはい、と諦めたような声が降って来る。

これ、明日筋肉痛だわ。

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