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購買部のお姉さん  作者: 石田空
本編
8/40

5月 7

 青い空に白い花火が音を立てて花を咲かせ、入場門からはどこかで聞いた事のある入場行進曲が響いていた。

 最初に学年とクラスの書いたプラカードを持った女子生徒(当然体操服姿だ)が歩き、その後ろを生徒が行進していく。一番最後に腕を自衛隊の人みたいにポーズを取った応援団姿の子達が歩き、チアガール姿の女の子達もそれに続く。

 随分とまあ、すごいのね。

 私は団扇で扇ぎながらそれを呆然と見る。『えこうろ』の中で書かれていた体育祭のエピソードでも、やけに気合の入った体育祭風景が描かれていたけど、てっきりあれは乙女ゲームだからと思ってたけど、まさかこれが本当にそういう行事だからとは思ってなかったな。

 そう思っていたら一年生が通過して行った。一年生の中にちょうど瓜田君もポーズを取って歩いて行く。この日差しの中白手袋に長ランは暑そうだなあ。後でまたスポーツドリンク買いに来たら、奮発してあげようか。なんて、他の子達もいるんだからあの子だけおごるのも駄目よね。

 そう思っていたら、今度は二年生が歩いて行く。

 鏑木君は体操服姿で勇ましく、三ケ島君はこの日差しの下でも涼しげに歩いている。王子様って言うのは体感温度を調整できるものなのかしら、なんて勝手に思ってしまう。

 しかし不破君はいないなあと思っていたら、放送席の方であれこれやっているから、選手宣誓まではあれこれ打ち合わせなのかもしれない。


「すみませーん、インスタントカメラありますかー?」

「はあい」


 時折保護者の方にインスタントカメラや飲み物を売りつつ、私は入場行進を眺めている中。

 二年生の応援団がポーズを取って歩いて行くのが見えた。

 流れるような黒い髪、日差しの中でも曇りのない真っ白な肌が通り過ぎて行った。


「え……?」


 私は思わず通り過ぎて行った子を二度見してしまった。

 長ランの裾をひらひらとなびかせて歩いて行く集団の中で、ひと際目を引く女の子を見てしまったのだ。

 大和撫子って言う言葉を形にしたらちょうどああなるだろうなと言うような、典型的な日本人の女の子。その子が長ラン着て白手袋をつけていたら、大和撫子の奥ゆかしさに凛々しさがプラスされてより一層人目を引いてしまうのだ。

 そりゃ購買部だし、購買部の周囲数メートル位しか詳しくないけど(掃除業者じゃあるまいし、そんなに外部の人間が学校をうろうろしてちゃ駄目でしょう)、あの子は今までうちに買い物に来た子の中では見かけなかったということだけはよくわかった。あんな目立つ子、うちに来たらひと目で覚えちゃうもの。

 私は呆然とその子を見ている間に、ちょうど生徒全員が位置についた。

 校長先生の挨拶やら、来賓客の挨拶やらが済んだ後、生徒会長の女の子が出て来て、選手宣誓を行う。ああ、そういえば不破君は生徒会の子だけれど、副会長だったわねと今更思う。


「宣誓! 私達幸塚高校全生徒、ねだるな勝ち取れの精神の元、全身全霊を持って体育祭に挑む事を、誓います!」


 勝気そうな女の子の力強い言葉の後は、拍手喝采と相成った。

 って、んー? 私はその言葉を聞いて思わず目が点になる。普通だったらここで正々堂々という言葉を使う所だと思っていたけれど、その言葉を使わないんだ。替わりに使ったのは、なんとも少年マンガじみた言葉。

 この言葉の後、生徒達は一斉に解散した。残ったのは第一種目に参加する生徒達のみ。

 しかしこの瞬間、校庭の空気が変わったような気がした。なんというか、例えるならテスト前の痛い程ヒリヒリした感覚。プレッシャー、っていう奴だろうか。

 ええっと……これ体育祭よね? どうしてこんなに殺気立ってるの? 私は呆然とした目で目の前の光景を見送った。

 第一種目は、確か生徒会の子が「よかったらどうぞ」と配りに来てくれたパンフレットに書いてある。

 第一種目は確か……棒倒し。

 いきなり感じたプレッシャーもつかの間、ドンドンドンと力強い太鼓の音が響く。応援団が早速応援を始めたのだ。


『第一種目、棒倒し、はじめ!!』


 私が驚いたのもつかの間、目の前でこれは戦国時代の合戦か何かじゃないかと錯覚しそうな、凄まじい棒倒しが開始された。

 ……どういうことなの?

 私は、ただただ呆然とそれを見守っていたら。


「すみません、お茶ありませんか?」

「はーい……あら、先生?」

「どうも」


 生徒たちが皆気合の入った姿の中、ただひとりいつもと変わらない背広姿(さすがに暑いせいか、上着は着ずにワイシャツにネクタイではあったけど)の名東先生だった。

 私がペットボトルのお茶を差し出すと、「どうも」と言いながらお金を払ってくれた。


「あの、これすごいですね」

「ああ、初めてですよね、うちの学校の体育祭を見るのは」

「ええ……こんな体育祭は初めて見ました」


 私の高校時代も、こんなに棒倒しだけで殺気立ってかしらと思い返してみたものの、やっぱりここまで凄まじくはなかったような気がする。

 すると名東先生は「ははは」と軽く笑ってから教えてくれた。


「うちの学校の校風ですかねえ。色々と賛否両論なんですか」

「はあ? そう言えば、生徒会長の子がすごいこと言ってましたね、『ねだるな勝ち取れ』って」

「ええ。勝負事になったら、勝った方に恩賞が色々与えられますからね。例えば体育祭では紅白戦ですが、同時にクラス対抗でもあります。優勝したクラスには、賞金が出るんですよ」

「え……賞金ですか?」


 思わず私はヒクリ、と口元を歪める。高校生が賞金目当てで殺気立つなんて発想は、全く持って出てこなかったのだ。それに名東先生は笑う。


「それが普通の反応だと思いますよ。勉強だけしていればいい、部活だけしていればいいっていうだけでは、競争社会を生き残れないっていうのがうちの学校の考えですから」

「随分とこう……弱肉強食なんですね……?」

「もちろん普通の生徒だっていますし、得意分野を生かせるようにとかも色々考えてはいるんですがね」

「はあ……」


 なんとも凄まじいな。

 殺気だった生徒に、ドンドンドンと叩かれる太鼓。まさしく、戦国時代の合戦風景にしばし呆然としつつ、ふと白組の方に目を注ぐ。

 さっき見た綺麗な女の子は、拳と拳を振りながら、汗をきらめかせて応援しているのが見えた。

 んー……? 私は何故かその子が気になって仕方がなかった。

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