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購買部のお姉さん  作者: 石田空
後日談・設定メモ

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39/40

内出さんは一歩踏み出したい

高嶺の花にだって、恋しちゃうのは仕方がないんです。


 元々学校が近所で、部活が楽しそうで、開けている感じがして、何となく素敵だなと思っていた。でも、偏差値が私の学力だとあまりにギリギリ過ぎて、入れるなんて思ってなかった。学校の評判も上々だったから、私立だけれどお父さんもお母さんも行かせてくれると言うから、私は喜んで幸塚高校に進学を決めて……びっくりしてしまった。

 すごい強そうな女子の先輩が生徒会に入っていたり、すごい美人な子が同じ学校にいたり、部活ですごい活躍している人や、学校の外の展覧会で活躍している人がいて、私とは違うんだなあと思ってしまった。劣等感やコンプレックスってものはあんまり持たなかったなあ。あまりにすご過ぎる場合って、案外自分とは違う人なんだなあと思ってしまうから、あんまり劣等感って持たないもの。

 何か部活に入ってみようかなと思って、結局は料理部に入ることにした。部費を稼ぐために、外のコンテストに参加するって言うのにはちょっと驚いたけれど、皆でレシピを考えるのはすごく楽しかった。

 そんなある日。その日はクレームブリュレをつくろうと生クリームを温めている時だった。窓の外からカリカリという音を立てていることに気付き、窓の外を見てみる。細っこい黒猫が「にー」と鳴いていることに気が付いた。


「あれ、猫……?」

「ああ……この子学校に住み着いてるんだよ」


 見てみたらお腹はでっぷりしていて太ましい。どうも猫は妊婦さんらしい。


「もしかして……この子お腹空いてるのかなあ?」

「あー……やめときなよ、瑠奈ちゃん。あの子、しょっちゅう購買部からご飯たかってるんだから」

「そうなんだ……」


 猫にご飯をやっていいのは、最後まで責任取れる人間だけ。そもそも猫に生クリームは身体に悪いもんね。ごめんね……。

 私は心の中でそっと謝って、窓を開けなかった。しばらくしたら猫は諦めたらしく、しゅんと尻尾を落として去って行ったのが切なかった。ご、ごめんね……。本当は猫は好きだけど、うちにも猫がいるもの……猫って嫉妬深いから、他の猫の毛をつけて帰っただけで拗ねてしばらく寄ってこなかったりするもんな……。

 そう思いつつも、「ほら、集中集中!」という部長の声に我に返り、温まった生クリームと卵液を混ぜ始めた。バニラビーンズの匂いがプン、と広がって、本当に甘くて幸せな気持ちになってきた。


****


 クレームブリュレは出来上がったのは三つ。

 ひよつは部の皆と一緒に家庭科室で食べた。残りふたつはタッパに入れてお持ち帰り。アルミカップに入れて、しっかりと表面に飴がけを施したクレームブリュレは、スプーンで飴を割って食べると、何とも言えずに幸せな気持ちになるのだ。家に帰って、お母さんにあげよう。そう思って、私は中庭を突っ切って帰ろうとした時。


「にー」


 また猫の鳴き声が聞こえたのに気が付いた。ああ、そういえば住んでるんだっていってたもんね。今は、猫にあげられるものってないなあ……。クレームブリュレは、さすがにお腹に悪い。そう思ってしゅんとしていたけれど。


「ふう。おいで」


 低いけれど優しい声でそう呼ぶ声を拾って、思わずびくりとしてしまった。思わずベンチに隠れて様子を伺ってしまう。って、私、不審者みたい……。でも、本当に近付くのが恐れ多過ぎて……、私なんかが近付いちゃ、駄目で……。そこであの真っ黒な猫を抱きかかえていたのは、日本人ではまず見ない、色素の抜けたような金色の髪の、エメラルドみたいな碧色の目の男子。隣のクラスの三ケ島君が猫と戯れていたのだ。同じクラスの子達は気さくに「ミシェル」とか愛称で呼んでるみたいだけど、無理無理無理無理。恐れ多過ぎる。私は三ケ島君がふうと命名された猫にミルクをあげているのを見て、そのまま何事もなく立ち去ろうとしたけれど。

 ぐしゃ。足元にゴミ箱からこぼれ落ちたペットボトルが落ちていたのだ。そのベコンと言う音で、猫は途端に「にっ」と鳴いて、三ケ島君はベンチの後ろにいる私に気付いてしまった。不思議そうに髪を揺らしながらこっちを見ているのに、観念して私はすごすごと出て来てしまった。

 き、気まずい……授業だって一緒じゃないし、私は有名人だから知ってるけど、向こうは全然私のこと知らないはずだから、これじゃあ私はただのストーカーだよ……。ぐるぐるしたまま、私は思わず「ごっ、ごめんなさい!!」と素っ頓狂なことを言って一礼してしまった。三ケ島君は眠そうな顔でますますわからない、という風にこちらを見た。


「何で?」

「べ、別に、隠れてこそこそしてた訳じゃないんです! た、ただ、その猫、さっき部活中にお腹空かせてたのにご飯あげられなかったから、申し訳なかったなと、そればっかりで……」

「ああー……」


 三ケ島君は何に納得したのかはわからないけれど、猫を抱き上げると、ひょいと私に抱かせてくれた。


「はい」

「……へ?」

「ごめん、ふう……あー、俺が勝手に呼んでるだけ……独占して。猫と遊びたかったんだろ?」

「へ?」

「違うのか?」


 みっ、三ケ島君は、もしかして天然……なのかな? 私が途方に暮れている間に、猫のふうちゃんは「にー」と抗議するように鳴いた。ミルクが、飲みたいらしい。


「あっ……! ごめんね、食事を邪魔したかった訳じゃないの」

「ごめん」

「みっ、三ケ島君は全然悪くないよ」


 私はダラダラと汗をかきながら、ぶんぶんと手を振る。三ケ島君はただただ私を不思議そうに見た。


「部活って、何してたんだ?」

「料理部。多分今日つくったお菓子の匂いに誘われてたんじゃないかなあ……」

「え、何?」

「クレームブリュレ。あ、プリンのフランス版の……」

「知ってる。おばあちゃんが遊びに行ったらつくってくれるから」

「そ、そうなんだ、ね……あはは……」


 ふうちゃんがピチャピチャと紙皿のミルクを飲んでいるのを眺めながら、私はだらだらと三ケ島君と話をしていた。

 三ケ島君は王子様みたいな人だと思っていたけれど、思っているよりもずっと話しやすい人だった。でも……。不審人物でごめんなさい。私のこと知らないのに。自己紹介ってどんな時にすればいいんだっけ、全然接点ないのにするものなんだっけ。一学期にするような事が、今はどんなタイミングですればいいのかすら、頭から抜け落ちて上手くしゃべれない。ただ、私は舞い上がり過ぎて、頭と口がバラバラになったようで、思考と口調が全然結び付いてはくれなかった。


「そ、それじゃあ、私は、もうそろそろ帰ります……から!」

「うん、じゃあまた明日。内出」

「ま、また明日……三ケ島君……え?」


 な、何で、私の苗字知ってるの。私は頭が沸騰してどもって、何も言葉が出て来られずにいると、三ケ島君はちょい、と指を差した。私のエプロンを入れている布袋が、鞄からはみ出ている。布袋にはしっかりと私のフルネームが入っていた。あ、ああ……何だ、そうだよね。うん。これからは全然、接点もないんだし……。


「ふうはいつでも触っていいから。うちだと猫は飼えないし」

「そ、そうなんだ、ね。さようなら!」


 家に帰ったら、ふうちゃんの近くにいたせいなのか、うちの飼い猫のユキちゃんにふんふんと匂いを嗅がれた挙句に丸一日無視されてしまったり、クレームブリュレを持っていたのに、そういえば三ケ島君にあげられなかったなと思ったり。でもあれだけ格好よかったら、きっと手作りなお菓子もいっぱいもらってるだろうな、あげた子だって一生懸命つくっただろうに、ただあげたいからという理由であげたら失礼だよねと考えたら、妙に寂しくなってしまったり。お母さんと一緒に食べたクレームブリュレは美味しくできていたはずなのに、妙にしょっぱく感じてしまったり。

 ひと目惚れなんて言うのは、少女マンガの出来事だって思ってた。一度しゃべっただけで気になるこれは、何と例えればいいんだろう。スプーンでクレームブリュレをすくうたび、飴の焦げが妙に喉に突き刺さるような気がした。

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