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購買部のお姉さん  作者: 石田空
本編

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32/40

7月 9

 私の問いかけに内出さんはプルプルと震えて俯いてしまった。いじめるつもりはないんだけどな。でも、これ以上話が大きくならない内に終わらせないと、いろんな意味でまずい。

 普段だったら「話したくないなら話さなくってもいいのよ」と言っちゃうところだけど、今の私はそれを口にすることはなく、ただ内出さんの次の言葉を待っていた。


「わ……たし……悪いことしたって、疑われてるんですか?」

「私はしてないと思うけどね。ただ、あなた以外の人があなたの替わりに疑われちゃってるってところかな」

「あ……」


 きっと。疑われているのが生徒会長さんだって知ったら、内出さんますます脅えてしまいそうな気がする。気が弱い子って言うのは、ポジションが高い人も派手で目立つ人にも近付きたくない、関わり合いたくないってついつい思ってしまうものだと思うんだ。モブに甘んじたいっていう、そういうの。

 ナンバーワンよりオンリーワンとは女子には多い感情だけど、それが原因でナンバーワンの人を怒らせたくないっていうのは、やっぱりあるんだよね。無責任かもしれないけれど。

 内出さんの場合も、誰かを怒らせたり困らせたりはしたくなかったんじゃないかなあ……。


「……あの、購買部さんは」

「うん」

「別に私の言ったこと……」

「話さない話さない。ただひとりで悶々とする前に話を聞いた方がいいんじゃないかって思っただけだし」

「……うう」


 内出さんはプルプルと震えながら、ゆっくりと口を開いた。


「……元々、うちのクラスはぱっとしなくって。体育祭も文化祭もテストだって全然……ぱっと……」

「うん」

「だけど……私はクラスでちょっと成績いいから……もしかしたら期末くらいはいけるんじゃないかって、ものすごい言われて……」

「うん」

「……どこで勉強してても、怖かったんです。もし成績悪かったらがっかりされてしまうって」

「うん」

「……それで、昨日……。胃が痛くってテスト中に気持ち悪くなっちゃって……」

「トイレが何故か次々閉まってたのは?」

「あ……それも知ってましたか? いっぱい……いっぱい戻しちゃったんです。だから……においがするから、においが消えるまでプレートつけさせてもらったんです」

「あー……じゃあ、トイレに落ちてたらしい紙は?」

「トイレに落ちてたんですか? 私、プレッシャーに耐えきれなくって、ずっとトイレで勉強してたんです……職員トイレは一番人がいないから、楽で……」


 話を聞けば聞く程、何だかものすごく申し訳なくなってくる。

 小学生って言うのは、自分が一番すごいって言うのがずっとある。でも中学校、高校になったら、実は自分は全然偉くない、ごくごく普通だって思い知らされてしまうんだ。だから今度は逆に地味で目立たず、楽しく生きる方法を模索し始める。

 この頃になったら、目立つっていうのはイコールものすっごいあちこちからプレッシャーかけられることだって思い知ってしまうから。それはちっとも楽しくないって知ってしまう。だから頭のいい話は全部頭のいい人に、運動神経いい人用の話は全部運動神経いい人に、面倒くさいことは全部目立つ人に押し付けてしまうんだよね。

 内出さんの場合も、本当にただ運が悪かったんだ。

 この子なんにも悪くないのに、勝手に周りが大騒ぎにしてしまっているなんてと、私はゆっくり口開く。


「……悪くないって思ってるんだったら、堂々としててもいいと思うのよ。いろんなこと言ってくる人だっているけどね」

「え……」


 内出さんは今にも泣き出しそうなくらい、目を潤ませつつ私を見上げる。うん、いじめたい訳じゃないし、泣かせようと思っている訳でもないのよ。ふいに私がしゃべるよりも前にトンッと言う音が響く。さんざんレジを引っ掻き回した黒い悪魔がカウンターに乗ったのだ。

 って、何でこの子はいっつも話を引っ張り回すかなあ!?

 私が首根っこを掴んで追い出そうとする前に、黒い悪魔はペロン、と内出さんの頬を舐めた。って、ええー……。私は思わず呆気に取られたような顔をし、内出さんも反応に困った顔で黒い悪魔を眺めていた。


「あ、あの……この子……」

「ああー……!! もう、ごめんね。この子ってば、中庭に住み着いてる奴なんだけどね、いっつも身勝手でレジ漁るし、さっきみたいにお金持って行っちゃったり釣り銭飛ばしたりもするし、からかってくるのよねえ……。まあ、猫だからかもしれないけどね。あなたも多分、もうちょっとだけ図太くなっても大丈夫だと思うのよ」

「ええっと……」

「ニー」


 ふてぶてしい顔で鳴く黒い悪魔はぐりぐりと内出さんに懐くのに、私は思わず「調子に乗らないの……!」と言いながらぺチンとはたく。

 調子に乗り過ぎだ、この猫は本当に本当に。内出さんは心底困ったような顔をしたものの、少しだけ笑う。笑った顔はちょっと可愛い。

 やっぱりそういう顔してた方が女の子は幸せだと思うのよね。って考えると、私ってば下世話なおばさんみたいよねって思ってしまうけど。


「……疑いをかけられている子は、自分はやっていないからって堂々としている。多分話が大きくなってもその姿勢は崩さないと思うわ。あなたも、何も悪いことしてないなら、その態度、崩したら駄目よ?」


****


 既に廊下は帰宅する生徒さんと図書館で勉強するために購買部に食事を買いに来る人たちで満員だ。それを私は何とかさばいていた。

 一応内出さんとの話は決着がついたけれど。あの子本当に大丈夫かしら。変に気が病んでないといいんだけれど……と思っていたけれど、意外なところからフォロー要員が出てきたんだから、彼女は大丈夫だろう。

 黒い悪魔(まあ三ヶ島君は「ふー」と呼んでいるみたいだけれど)に餌をやりに探しに来ていた三ヶ島君は、半泣き状態の内出さんを見つけたのだ。

 どう見ても王子様に「どうしたの?」と言われてしまったら、どう見ても気が弱くってノミの心臓の内出さんからしてみたらたまったものじゃないだろう。あの子はパニックを起こして逃げてしまった。

 取り残された三ヶ島君は本当にわからないという顔で、黒い悪魔を抱き上げて牛乳を買うと立ち去ってしまったけれど。

 見ていた私は思わず半笑いになりつつ、どうしたもんかと思いつつ。

 一応三ヶ島君には「あの子、ちょっと困っているみたいだから見てあげてね?」とは言っておいたけれど、三ヶ島君、まさか本当に「見てるだけ」とはしないでしょうね。いや、しないか。いまいち掴み所のない子だけれど、頭がものすごくいい子だっていうことは話していても分かるから。


「すみません、おにぎりシャケはありますか?」

「シャケですか……ちょっと待って下さい……あら、先生?」

「どうも」


 いつもおにぎりを買いに来ていたけれど、このところはいっぱいいっぱいが過ぎて買いに来ていなかったのに。

 名東先生がのんびりと笑うのに、私は思わずペコリと頭を下げてから、シャケおにぎりを探した。本当におにぎりの売り上げはよろしくないもんだから、名東先生の欲しいおにぎりなんてすぐに見つかってしまう。


「はい」

「あー、ありがとうございます」

「いえ、200円です」


 ガサガサと名東先生が財布を探っている中、私は内出さんのことを思う。

 名東先生に伝えるのが一番問題がないような気がするけれど、どう伝えたら全員冤罪だって話になるだろう。教師の中には胸糞悪い人だっているみたいだけれど、名東先生は違うし。

 私がちょっと考え込んでしまったのに、ふと名東先生がじぃっと顔を見ているのに気がついた。カウンター越しとは言えどもなかなか近い距離間だ。


「どうかなさいましたか?」

「いえ……ちょっと考え事です。先日の……犯人分かりましたか?」

「いえ。一応話は聞いていますけどね。少なくとも、彼女ではないと思います」


 廊下で未だに生徒さんが「先生さよならー」と挨拶して去っていく中、迂闊に固有名詞を言えなくて、自然と暗号みたいになってしまう。まるでツーカーの仲ねなんて冗談が飛んだけれど、本当に冗談だからそっとなかったことにした。

 私は名東先生が「明日も遅刻するなよ」と生徒を見送っているのを眺めつつ、小さく小さく言った。


「私は……犯人っていないと思うんですよ。状況証拠がいろいろバラバラに見つかってしまっただけで、偶然が偶然を呼んで、勝手に犯人が出来上がってしまっただけの」

「ん……?」


 名東先生はピクンと眉を持ち上げる。それに私は笑った。今は廊下の生徒さんは引いている。図書館組は今日はもう既にコンビニで買っていたか少ないのか、この数日よりも売り上げはそこまで伸びていない。


「……この学校の子たちはいい子たちですから。そりゃ放っておいたら淘汰されちゃいそうな子もいますけど、放っておかれないから大丈夫じゃないかなと」


 矢島君は地味だけれど根性があった。そんな矢島君だから芙美さんは好きになったんだろうしね。

 あっけらかんとした生徒会長さんの冤罪を、不破君は本気で怒っていた。冤罪を冤罪のままにはしておかない。

 おどおどしている内出さんはひとりで抱え込み過ぎるけれど、今は三ヶ島君が見ていてくれている。多分、下手なことにはならないはず。

 学校の子たち全員を知っているとは言えないし、外部業者が何ここの教師に偉そうなこと言ってるんだっていう話だけれど。話をしたんだったら、ちょっとはそこに説得力があるといいなと、そう思ってしまう。

 私の言葉をじっと聞いていた名東先生は、しばらく無表情で耳を傾けてくれた後、顎をしゃくった。


「……つまり、山城さんは犯人……らしい人を知ってるんですか?」

「あくまで私は「見ていた」だけ、なんですけれどね」

「あー……」


 私の言葉にガシガシと名東先生は頭をかきむしると、困ったように笑った。


「カンニングはなかったと、そうおっしゃってくださいますか?」

「そりゃありませんでしたもん。大丈夫ですよ」

「……大人が勝手に騒いだって話ですか。これは」

「皆、運と間が悪かった、それだけだと思います」

「ありがとうございます……。ちょっと戦わないといけませんね」


 そう言って笑う名東先生を見ていたら、私は自然と釣り銭皿に自分の財布のお金を入れていた。

 このところ散財付いてるなと思うけれど、これで勝手に騒ぎになっていたことが解決するなら安いもんだと思うし。外部業者だからと一線引いてしか物を見られない私でも手伝いができたというのが、やっぱり嬉しいから。

 ひょいと取り出したのは、名東先生がよく買うペットボトルの烏龍茶。


「元気、出してくださいね。全部何とかなったら、また飲みに行きましょう」


 ……随分と大胆なことを言ったのに気付いたのは、もうちょっと経ってからだった。

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