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購買部のお姉さん  作者: 石田空
本編

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26/40

7月 3

「すみませーん、シャーペンと消しゴムとシャー芯下さい!」


 朝から蝉時雨がけたたましい中、滑り込むようにやってきた瓜田君の発言に、私は思わずずっこけそうになってしまった。


「……今日大変なのに、まさか今日も忘れ物してきたの?」

「えへへへへ……」


 瓜田君が視線を全く合わせない所からして図星らしい。私は思わず溜息をつきながらシャーペンと消しゴム、シャー芯を取り出し、おまけに業者の試供品のメモを取り付ける。


「今日みたいに大事な日に慌てて買い物に来て……テスト大丈夫?」

「頑張って徹夜で丸暗記してました! ……それで寝坊しました」

「駄目じゃない……うん。おまけもあげちゃうから、せっかく覚えたもの忘れてないか、ちゃんと確認してきなさいね」

「はあい、ありがとうー」

「あんまりここに頼っちゃ駄目だからね」

「はーい」


 瓜田君が元気に駆けて行くのと、予鈴が鳴り響いたのはちょうどだった。私は「ふう」と息を吐きながら、額に沸き上がってくる玉のような汗を拭った。

 廊下の窓からの日差しもいよいよぎらついてきた。扇風機でかき回してもかき回してもぬるい風ばかりが吹く中、校内は通る生徒のいなくなった廊下まで伝わるような、程よい緊張感を孕んでいた。

 今日から期末試験なのだ。

 前にも聞いた通り、研修先や修学旅行先がかかっている訳だから、当然のように皆必死になっているのが物を売っていてもわかる。今日のお客さんは今の所は瓜田君だけだけれど、昨日までは赤ペンや赤いシート、ルーズリーフや消しゴムが通常授業中よりもポンポンと売れていくのに、私は「すごいわね」としか言えなかった。

 私がうだうだ考えている間にも季節って過ぎ去るのねと思わずにはいられない。

 名東先生に名前を覚えてもらっていた、あまつさえ車で自転車屋や会社にまで送ってもらえた。そう思って浮かれているけれど、だからと言って何もないしなあと思いつつ、人生にはときめきって必要なのよ、だから乙女ゲームってものがこの世にあるんだからと考え直す。

 今日はいつも以上に物が売れないだろうなあと覚悟しておく。

 だって、テスト中だから部活も休み。テストギリギリまで活動していた生徒会だってさすがにテスト直前になったら購買部に顔を出さなくなったのだから、そろそろ試験勉強の詰めに入っているんだろうと思う。

 それでもまあ、私も仕事だからこうやって購買部を開けてないと駄目だし、テスト期間中は食べ物は必要最低限以外は発注せず、図書館に残って勉強する子たちの分だけ確保しておけばいい訳だけれど。

 くわり……とあくびを噛みしめていると、今は試験中だと言うのに足音がするのに気が付いた。まあ、試験中に緊張してトイレに行くのはあるし、その場合はカンニング対策で先生が速攻で解答用紙を回収するものねえ。そう思って出て行く生徒を見て、私は思わず首を傾げてしまった。

 あの子はあまり購買部には来ない子だ。それでも何となく顔を覚えているのは私の職業病と、単純に購買部を通り過ぎないとその子も教室に行けないらしいから、すれ違いを続けた結果だ。

 前に失礼ながら「本当に普通で特徴がないのが特徴」と矢島君を称した事があるけれど、矢島君は特徴がなくても顔の造形が可もなく不可もなくだったから、余計に特徴がなかったのだけれど(……我ながら失礼極まりないわね、この言い草は)。

 今通り過ぎている子もまた、見事に特徴のない子だった。唯一特徴らしい特徴を上げるとすれば、もう既にこれだけ暑くなっていれば汗もになっても仕方がないと言うのにカーディガンで真っ白なセーラー服を隠してしまっていると言うことくらい。でも最近は過剰に日焼けを気にする子も多いもんだから、これを特徴とは言いづらいんだけれど。

 その子が通り過ぎていくのを見て、私はますます「んー?」と首を捻ってしまった。

 購買部は位置としては二年生の並びの教室の階の一番端に存在する。校舎の形はちょうどアルファベットのLの字で、縦線の部分が二年生、横線の部分が職員室、縦線と横線の交わっている場所が購買部だ。ちなみに三年生は二年生の階の上に存在し、一年生の教室は職員室の上だと言う(このことは瓜田君や芙美さんとの世間話で知った話だ)。

 で、問題はその子は学年までは知らないけれど、普段から二年生三年生の教室の方に向かっている訳だから、当然二・三年生になるはずなんだけれど、どうして一年生の教室の方に向かうのかっていう話。保健室は体育館の方にあるから一階まで降りて体育館の方に向かった方が早いし、トイレだって学年の階ごとにあるんだから、わざわざ多学年の方に向かわなくってもいいのだ。

 まさかなあ……。私は思わず嫌な予感を感じた。

 前に働いていた女子高では、時々あったしその現場に遭遇していたりするのだ……カンニングの現場に。

 黙っていることに罪悪感は感じたけれど、女子高の先生達はいつも学校の名前ばかりを気にしていて、生徒がカンニングしたとしたら頭ごなしに生徒を怒るだけで生徒を反省させようとしないと思ったのもあるし、何よりも女子高の子達は圧迫されているのが原因のせいか、少しどころじゃなく歪んでいたから。

 でも幸塚高校の子達は前の女子高よりも相当いい空気を吸っているせいで、生徒の子たちからも歪んだものは感じられない。どうしよう。私はその子が去っていくのを見つつ考える。

 ……もしかしたら、学年のトイレが壊れていたから、わざわざ一年生の教室に向かっただけかもしれないし。そもそも答案は普通だったらトイレに立った時点で先生が回収してしまうから、カンニングなんてできないもの。そんなことはないわよね?

 私はそっと見て見ぬふりをすることにした。

 でも、この時私は気付かなかった。

 偶然見かけた事が原因で、この学校の一学期最大の事件に巻き込まれてしまうということを。

 ……あの、私。本当に外部業者の人間なんですけれど、私なんかを巻き込んじゃって本当にいいんですか? 責任取れないことはやっぱり責任取れないから言えませんよ?


****


 試験が終わって、生徒達が一斉に帰宅準備で廊下は混雑してくる。図書館で勉強する子達はうちでパンやおにぎり、ペットボトルのドリンクを買いに来て(案の定と言うべきか、相変わらずおにぎりは不人気だ)、それを私はやり取りしている。

 一瞬だけ混雑したものの、すぐに客は引いて行った。

 さて、精算が終わったら明日の分の発注を済ませてしまおうか。そう思って電卓と在庫票を取り出して、精算に取りかかろうとした時。

 ふいにざわっとした気配を感じて気配の方に視線を向ける。ちょうど職員室の方だ。そりゃ今日の分の試験の答案は今日中に見てしまうだろうけれど、何か問題でもあったのかしらん。私は首を捻っていると、放送が鳴り響き出した。


『事務の真田さん、事務の真田さんがいらっしゃっいましたら、至急職員室までお戻り下さい』


 放送部の子たちの滑らかな声ではなく、本当に緊急だということをアピールするような、教師の声。

 生徒が学校からいなくなるギリギリまで残っていると、放送の時の隠語も何となく分かるようになる。これは前の女子高の時もそうだったし、大学時代スーパーで放送で隠語を使ってやり取りすることだってあったからだ。

 で、学校にも確かに事務員さんや用務員さんはいるけれど、私が見ている限り事務の真田さんが呼ばれている時は教師が職員室に戻る姿をよく見かける。どうも緊急職員会議をする場合、それも生徒に聞かれたらまずい事を会議する場合にこの隠語を使うらしいということに気が付いた。

 私が見ている限り、テスト期間中でそんなことがあったのは初めてじゃないかな。まだこの学校に来て数ヶ月だし、中間試験中にも購買部にいたけれど、前の時はこんなことなかった。ただ6月に警報が出るか否かの時や、地元で変質者が出た時なんかはこんな隠語を使って緊急職員会議をしていたような気がする。

 まさか……と思うのは、さっきの女の子のカンニング疑惑。でもな……確かにこの学校で研修旅行や修学旅行がかかっていて皆躍起になっているのはわかるけれど、わざわざカンニングをするかしらん? 少なくとも、この学校は風通しが相当いい類だと思うから、わざわざそんなことをするとは思えないけれど、でもあの女の子がカンニング以外でどうしてテスト中に出て行ったのかの説明がつかない。

 大丈夫なのかしらんと、精算をしつつも落ち着かず、一度目の計算が合わずに焦って二度目の計算でようやく合った時、思わず私はぜい……と息を吐いてしまっていた。

 感情移入し過ぎだな。この学校の子たちに、肩入れし過ぎ。

 そうは思っても、可愛いんだもの。完全にRPGに登場するショップ店員みたいな扱いしかされなかった女子高時代と違って、この学校の子たちは普通に可愛いし、放っておけないんだもの。私、別にお人よしでも面倒見がいい訳でもないのに……。

 そわそわしつつも、発注票を広げて明日の分の発注を書いて金庫にしまい込んだところで、厳しい顔をしている名東先生が通り過ぎていくのが見えた。普段だったら挨拶くらいするし、この間のデート(……ではないか、先生にとっては。私も舞い上がり過ぎだと思うし)の後だったらちょっとは上擦った声になりそうなのに、声をかけづらい程度には、ピリピリとした空気を纏っている。

 普段から生徒のことを考えている名東先生が怒ってるってことは、まさかと思うけど本当に? 思わずヒヤリとしたものが背中を伝っていくのを感じてしまった。昼下がりなのだから、まだまだ暑いはずなのに涼しく感じるって、よっぽどのことだ。私はハラハラとしながら去って行った名東先生を見送っていた。向かった先は二年生教室。

 ……さっき見た女の子。あの子なんだろうか。それともまた全然違う子なんだろうか。可哀想なことにならないで欲しい。なんて、きっと前の職場だったら全然思わなかったことを思っているもんだから、私は本気でこの学校の子達に絆され抜いている。

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