表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
購買部のお姉さん  作者: 石田空
本編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

24/40

7月 1

 中古の黄ばんだ扇風機がからころと言う音を立てて羽を回す。中古は問題があるから新製品に買い換えなさいとは一時期ニュースで言っていた話だけれど、会社の備品の場合は誰がどう都合をつけてくれるんだろうと思わず首を捻ってしまう。

 7月に入った途端に梅雨が一気に消え失せ、蝉の大合唱が体感温度を上げてくれる頃となった。私は扇風機の音を聞きつつ、店先につけた風鈴が時折涼を感じる音で鳴いてくれるのを耳にしながら、紙が飛ばないように重石をしつつお金の計算をして、帳簿を書き込んでいた。

 今日から期末試験であり、午前中で授業は終わってしまう。でも委員会生徒は残っているらしいから、やっぱり購買部はどんなに暇でも通常営業って寸法だ。正直忙しい時より暇な時の方が罪悪感がひどい。忙しい時は忙しい忙しい給料上がればいいのにって言う苛立ちが勝つけれど、暇な時は何か仕事を探してみても基本的に購買部から出られない訳だからやることが見あたらないのだ。

 だからこうして帳簿付けが終わった後はうーんと伸びをして、スマホをいじる暇ができてしまう訳で。

『えこうろ』の新作が出るって言っていたけれど、その新作情報はこの数日は止まってしまっていた。WIKIにだってコメント欄で「新着情報は?」と言う書き込みが大量に来てもそれに答えられる人がいない訳で。

 私は「んー……」と唸り声を上げつつ、ひとまず見ていたWIKIから離れて他のサイトを読みはじめた。

 ここは現実だもの。最初は焦ってしまったけれど、乙女ゲームの中に人が紛れ込んでしまうなんていうことはありえない。誰かがこの学校の濃すぎる人たちをモデルに乙女ゲームをつくったって考えた方が早いしわかりやすい。でもあれだけ突っ込んだ内容なのに、モデルになっている子たちはオッケー出したのかしら? それにそもそも許可を取ったのかしら?

 考えても疑問しか出てこないんだけれど、今現在公式サイトの情報が全く掲載されないのは、私の推測の肯定に取れてしまう。

 私がうだうだ考えている間に、チャイムが鳴った。

 今日はさすがにおにぎりもパンもあんまり売れないだろうと、あんまり発注していない。それでもそろそろ誰かが買いに来る頃だろうと思ってスマホのネットを落として待っていると、こちらに真っ直ぐに誰かが歩いてくることに気がついた。


「すみません! パンって今日は売ってますか?」


 威勢のいい、芙美さんとは系統の違う凛とした声に、私は思わずパチンパチンと瞬きをした。ついこの間、黒い悪魔に連れて行かれてお見かけした生徒会長の女の子だ。白いセーラー服だと制服が透けるせいか、それとも教室の冷房がキツすぎるのか、初夏とは言えども真っ黒のカーディガンをぴっちりと着ている様に、私は思わず見とれてしまったけれど、我に返ってカウンターにパンを少し並べてみる。


「今日はあんまり来ないだろうと思って菓子パンばっかりだよー。クロワッサンにメロンパン」

「チョコデニッシュは……」

「さすがに夏場で溶けるものは発注してないなあ」

「えー……」


 オーバーリアクションだけれど、それすらもそういうスタイルに思えてしまうっていうのは、一体どんな子なんだろう、彼女は。私は思わず目をしぱしぱとさせて彼女を見つめる。勝ち気そうって印象をそのままにした、ボブカットの女の子だ。

 私はクスクス笑いながら、おにぎりもひょいと並べてみる。


「おにぎりもあるけど?」

「口に海苔つきますし」


 そう言ってピシャンと断る様が尚のこと可愛らしく見えた。それにしても。黒い悪魔はどうして私に彼女と不破君の仲人を頼もうとしてきたんだろう? 考えてもよくわからなかった。

 彼女は並べたわずかな菓子パンを「うーんうーん……」と優柔不断に迷った後、「これがいいです!」と言いながらメロンパンを取り出した。うん、この中だったら一番腹持ちするんじゃないかな。私は「150円でーす」と言って小銭をもらいつつ、首を捻った。


「そういえば今日はテスト期間中じゃなかったっけ? 午前中までだって聞いたけれど」

「いや、そうなんですけどね。委員会は基本的にそういうのあんまり関係ないですから」

「そうなんだ?」

「はい、今のうちにしっかりと準備しておかないと、文化祭の時に間に合いませんから! あ、私これでも生徒会長なんですよ!」

「そっかそっか。うん、いつかの体育祭の時に選手宣誓していた子だね?」

「見てたんですか!?」

「そりゃまあ……購買部も出張店舗出してたし」

「うわー、あれ見られてたんですかー」


 彼女が恥ずかしそうに頭をホリホリと引っかくのに、私は「何だか新鮮な反応だぞ」と思わず目を細めてしまう。だって芙美さんはいつだって大和撫子な物腰を変えなかったのに対して、生徒会長さんのリアクションはいちいちオーバーなんだから。


「うん、格好よかったよ。最初は驚いたけどね」

「あーいやあ。いっつもうちの学校の選手宣誓あれなんですよー。キリスト教の教えがどうって」

「うん、この学校の先生が教えてくれたよ」

「マジですか」


 彼女はきらきらと笑うと、ふいに天井を見上げる。もうそろそろチャイムが鳴っちゃうだろうし、生徒会の仕事がいくら公欠扱いになるからと言っても、試験は別だろう。


「もうそろそろチャイムが鳴っちゃうよ。午後から生徒会の仕事があるんだろうけど、試験は落としたらまずいよね?」

「あー、そうですね! それじゃあパンありがとうございます!」


 彼女はそう言いながら陽気に去っていった。あれだけ面白い反応をしているにも関わらず、彼女の第一印象の凛とした雰囲気は全く消えないのだから、不思議な子ねえと私は思ってしまう。それにしても。不破君は彼女をものすっごく優しい目で見ていたけれど、そもそも彼女は不破君に好かれているってこと気付いているのかしら? それとも不破君の片思い?

 私は「んー……」と唸っていて、ふと『えこうろ』の設定を思い出す。色々違う部分は存在するけれど、人間関係の細かい部分は一緒のはずだけれど、どうなのかしら。


****


「衛弥君ですか? そうですね……昔っからさばさばしている子に片思いしてる子でしたね」


 テスト期間中だから、当然何の用事もない生徒はすぐに家に帰って勉強するものなんだけれど、家にいるとついつい遊んでしまうような子は教室に残って勉強をしているし、図書館に行って勉強するような子だっている。芙美さんは図書館で勉強する前に、こうして購買部でパンやお茶を買っているという訳だった。当然ながら図書館は飲食禁止なのだから、妥当な判断と言えば妥当な判断。

『えこうろ』も一体どうやって調べたのか、芙美さんと不破君の関係性もそのままだった。

 ふたりは確か幼馴染同士だったと思ったから適当に話を振ってみたらあっさりと「よく知ってましたね」と言われてしまったのには、思わず閉口してしまった。一体本当に、『えこうろ』のゲーム開発した人たちは何を考えているというのか。

 でも不破君の好みがさばさば系っていうのには妙に納得した。芙美さんといい生徒会長の子といい、あんまり女子特有のねちっこさを感じさせない子たちだ。それこそ女友達といるよりも男友達と一緒にいた方が楽というタイプの。


「なるほどねえ……」

「でもどうしたんですか? いきなりそんな事言って。もしかして、お姉さん衛弥君のこと……」

「さ、すがに年が離れている子はちょっと……!」

「はい? 衛弥君のファンなのかなと思ったんでしたけど、違いましたか? 衛弥君って昔から年上の人にやたら可愛がられることが多かったんで、てっきりお姉さんもそうなのかなと」

「あ……はは……そうなんだ……」


 そうか、普通の子って言うのは年が離れているとそもそも恋するっていう反応はしないもんなんだ。そうか、そうだよね……私だって恋愛対象年齢はどんなに誤差があっても5歳前後だと思ってるもの……。勢いよく突っ伏してしまいそうになるのを必死で堪えて、私は芙美さんを見た。相変わらず芙美さんは芙美さんで矢島君とゆるゆるとした関係を続けているみたいだ。それでも芙美さんがはにかんだ笑顔を浮かべるようなことが増えたのを見ていたら、ああいい恋をしているのねと思ってしまうのだから、余計なお世話だったんじゃって思ったことでもしてみる価値はあるんだねと思ってしまう。

 ふいに視線を感じて廊下を見ると、ちらちらとこちらに視線を送ってくる矢島君の姿だ。


「あ、迎えに来てるよ?」

「え……あ」


 途端に頬をぽっぽと赤らめるものだから、本当にくぅーっと唸ってしまうというものだ。矢島君が羨ましい。何たってこの顔をさせているのは彼なんだから。矢島君は自覚あるのかしら。自分がやったことは相当のことなんだぞって。

 芙美さんは顔を赤らめたまま、「そ、それじゃあ私はもう行きますね」と頭を下げると、矢島君と一緒に図書館の方へと向かっていこうとする。私がヒラヒラと手を振ると、「あ、お姉さん」と芙美さんがこちらを振り返る。

 ヒロインってこういうことなのかと、スローモーションで長い黒い髪が振り返りざまに揺れるのを眺めつつ私が首を傾げると、芙美さんは内緒話をするような顔で囁いた。


「私はお姉さんの味方ですよ。私のことだって話を聞いてくれましたもの。恋の話がありましたら教えてください」

「あ……はは、そう言うの、私には全然ないよ」


 思わず首をぶんぶんと振ってしまったけれど、芙美さんは「そんなことないのにな……」と言い残しながら、今度こそ矢島君の方へと向かって、図書館に行ってしまった。

 うん、ないわ。そんな話。

 だって私、そもそも皆に名前すら教えてないもの。名前を覚えてない人との恋ってなかなか成就しないと思うんだよね。乙女ゲームは数知れずやってる癖して実体験が恐ろしい位に乏しい私は、そう自虐するしかできないでいた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ