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購買部のお姉さん  作者: 石田空
本編
2/40

5月 1

 ここかあ……。

 アパートから自転車を漕いで20分。

 今までは駅まで反対方向に走るから、住んでいるのにこの辺りの学区に足を踏み入れたことなんてなかった。スーパーやコンビニだって駅方向にあるから、やっぱり進んでここまで来ようなんて思わない。

 私は教員・用務員出入り口から自転車を降りて入って行った。

 前の学校は大き過ぎて、とてもじゃないけど学校の全体を把握なんてできなかったけど(校舎が何棟も並んでいる学校なんていうのは、やっぱり少ないみたい)、ここは白くて程よく黄ばんでいる校舎が一棟建っているだけだった。

 私はそのまま教えられた通り、事務室へと向かう。

 ドアをコンコンと叩く。


「はい、どうぞー」

「失礼しまーす。私、世良商店から来ました、山城です。本日から引継ぎで私が担当となりました。どうぞよろしくお願いします」

「はい、ご苦労様です」


 そのまま事務室で軽く挨拶をしてから、購買部へと向かう。

 所詮私はしがない外部の人間。もちろん歓迎会なんていうものはない。教師だったら校長先生や他の先生方にも挨拶するんだろうけど、私達が普段お世話になるのは事務員さん達だけだから、事務員さんにさえ顔を覚えてもらえたらいい。

 なあんてしがないことを考えていたら、ようやく購買部が見えてきた。

 前に比べるとカウンターも小さく、売り物は奥に積まれている。


「へえ……」


 ざっと前にもらってきた引継ぎの在庫表と照らし合わせながら、自分で扱いやすいように商品の場所をいじっていく。

 前は女子校のせいなのか、はたまた巨大な食堂があったせいなのか、食べ物なんて扱ったことはなかったけど、ここは結構充実している。アイスクリームとかまで売ってるんだ……。

 確か昼前になったらパンも届くって聞いたけど、思ってるより多い量だったなあ。これ、本当に売り切れるのかしら?

 ひと通り確認が終わったので、ようやく私は作業着に腕を通した。

 すすけた青いエプロンは、他で働いている子に「おばさんみたい」って笑われちゃったけど、これが私の戦闘服なんだから仕方がない。

 ここは小姑みたいな人がいない分、気を引き締めて頑張らないとね。

 なあんて思っていた時だった。


「おっばちゃーん、文房具一式ちょうだーい!」


 思わずピキッとこめかみが引きつる。

 おばさんって……そりゃ高校生より10歳は年上だけど、まだぎりぎりひと回りは……一年生はいくのか。

 私は引きつる頬を抑えながら振り返った。

 ……あれ?

 声をかけてきた生徒をまじまじと見た。

 声をかけてきた生徒もまた、私を不思議そうな顔で見る。


「あれー? いつものおばちゃんじゃなーい」

「……いつもの人は異動になったから。今日から、私が購買部だよ」


 小柄な男の子は丸い目をくるくる動かしながら私をつぶさに観察していく。

 なっ……何?


「うーん、それならおばちゃんは失礼だよね。ごめんなさーい。お姉さん、文房具一式ちょうだい!」


 そう言って手を広げた。

 ……何だか、小動物みたいな子だなあ。

 私はそう思いつつ、奥からシャーペンとルーズリーフを取る。


「シャーペンとルーズリーフで大丈夫?」

「うん! オレ、今日筆記用具一式全部家に忘れてきてさあ……」

「随分な忘れ物だね……」

「えへへ、よく言われる。何円?」

「ええっと、これで450円」

「はーい」


 そう言いながら男の子はジャラジャラとポケットから小銭を出す。10円玉混じりでかっきり450円。


「それじゃあお姉さんありがとうー」

「あーうん。前見て走ってねえー」

「はーい!」


 そう言って手を振って廊下を走って行った。

 ……びっくりした。 私は呆然と走って行った男の子を見送りつつ、ポケットに突っ込んでいたスマートフォンを取り出す。

 昨日ダウンロードしたばかりの『えこうろ』。

 本当に面白くって、早速全5人の攻略対象の内3人を落としてしまった。

 あれの攻略対象の瓜田和宏君に、さっきの男の子はそっくりだったのだ。

 元気いっぱいだけどやたらとうっかりしていて、そのたびに主人公が彼をフォローしつつ、前向きな言動に癒されていくって言うストーリーだったけど、さっきの口調もそっくりだった。

 思えば、あのゲームの舞台も幸塚高校って名前だったけど、まさかねえ……。


「……まあ、幸先はいいのかな」


 そう思いながら、スマートフォンを見た。

 攻略特典その1の時計は、『えこうろ』のゲーム内背景だった。

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