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購買部のお姉さん  作者: 石田空
本編
19/40

6月 7


 言ってしまった私が言うのも難だけど、随分と偉そうなことを言ったものよねえ。矢島君困ってないかしら。私はええかっこしいな調子で言ってのけた後、内心ビクビクしながら様子を窺った。だってしょうがないじゃない。どちらの事情も知っているのにこれ以上すれ違ってたままじゃ、どちらも可哀想だし……。

 内心の私の言い訳がましい理屈はさておいて、矢島君はすっと口を開いた。


「俺は」

「……うん」

「こんな中途半端なのでも、言っていいんすか?」

「……はあ」


 まだ躊躇ってたか。でもあとひと押しだ。言っちゃえ。私はまたも好き勝手言うべく口を開いた。そういえば、多分教師は恋愛相談までは忙し過ぎて受け持ってはいないんだろうなと。だから外部の人間の方がかえって無責任に色々言えるのかもしれない。


「さっきも言ったと思うけどさ。あの子、三田さん。人気あるし、失恋を忘れさせちゃうっていうような人に会えたら、多分君は思い出のひとつになっちゃうし、もう言えるタイミングなくなっちゃうよ。今しかないんじゃない? さっきの鏑木君と一緒だったの、嫌だったんでしょ?」

「……はい」

「勢いって割と重要だよ。勢いがあったら割とスムーズに事が運ぶこと多いんだしさ。言っちゃいなよ」

「……それ、じゃあ」


 じれてじれて、ようやく矢島君は私に「話、ありがとうございます……!」と頭を下げると、横殴りの雨が尚も続いている空の下へと走り出していた。

 うわあ、本当にむずむずする。私は思わず腕をさする。別に青臭いと思った鳥肌ではなくて、本当に寒いからポツポツと立ってしまったそれだ。

 私の高校時代、友達との人間関係難しいとか、大学受験とか、目先のことばかりに気を取られて、恋をしている余裕なんて全然なかった。というより人の恋バナでお腹いっぱいで、自分がする立場になるとかなんて考えたこともなかったな。

 うっかりと乙女ゲームのヒロイン並にオプション満載で育っちゃったがために、肝心の一番好きな人から距離置かれてしまった芙美さんも、高嶺の花が過ぎて近寄れなかった矢島君も、そんなに悪くないと思うのよね……。

 さて、私もそろそろ帰らないとね。あー……明日朝から会社に向かわないと駄目なのに、これ明日までに止むのかね。そう思いながら、私も今度こそ雨の中果敢に帰宅する事に決めた。


****


 雨風で綺麗に洗濯されてしまった空は本当に澄んでいて、透き通った青にわずかな筋雲の白だけを残していた。私はその空を眺めながら、うんうんと頷きつつ、台風のおかげで泥だらけになってしまった自転車を雑巾で拭く。駐輪場に留めておいたにも関わらず、横殴りの雨で泥んこの自転車は、見事に雑巾を真っ黒に染め上げてくれた。

 会社に着いて、全くなかった売上報告の帳簿だけを上司に提出すると、また自転車を漕いで学校へと向かう。今日は普通に学校があるもんだから、既に体育会系の部活の掛け声が校庭いっぱいに広がっているのが、昨日台風があったとは思えない風景で少しだけ微笑ましい。店につくと釣り銭の準備をして営業開始とする。

 と、こちらに影が落ちるのに気が付いて顔を上げると名東先生だった。


「ああ、おはようございます」

「おはようございます。あー、おにぎりまだですよね?」

「あー、業者が来るのは二限目と三限目の間ですねー。昨日の分はさすがにお売りできませんし」

「あー、残念です」

「ごめんなさいね、私も上から怒られてしまいますし」


 名東先生はうちによくおにぎりを買いにやってくる。それを見て私は少なからず安心している自分に気付く。お弁当をつくる相手もいなければ、外食するよう言ってくる相手もいないんだなと。

 いくら『えこうろ』に酷似してるからって、既にゲームの例外みたいなことが起こってるんだから、ゲーム本編と違って名東先生もご結婚されていてもおかしくはないのだけど、今のところはそんな相手はいないみたい。

 なあんて私が勝手に安心している中、ふいに名東先生は「あー……」と声を上げる。


「はい?」

「あー、昨日はありがとうございます」

「え、私なにかしましたっけ?」

「いえ、うちの生徒たち、なにか揉めてたみたいなんで。間に入ろうとしたら、先に間に入ってくれましたでしょう?」

「あー……」


 それに思わずヒヤリとしてしまう。

 あの子たち怒られないといいんだけど。だって別に誰も怪我してないんだもの。喧嘩って言う程おおげさなことになんてしたくなかった。私があからさまにビクつきはじめたせいか、名東先生はどこまでも和やかな色を顔に浮かべていた。


「別にうちの生徒たちをまた呼び出して注意なんてしませんよ」

「あー……私が余計なことを言ったためにあの子たち怒られるんじゃと少しだけビクビクしました……私も高校時代はそれなりに教師に怒られてましたし……」


 思わずボロッと出た本音に、名東先生はますます笑みを深めるのに、自然と私は縮こまってしまった。

 教師っていう仕事は大変だな、本当に高校生と向き合わないといけないし、私みたいに口から出まかせ言うのとは違うんだろうし。

 名東先生は穏やかに私の言葉を拾う。


「いや、さすがに生徒の惚れた腫れたに口出すような教師は、なかなかいないと思いますよ?」

「あ……あれ、知ってらしたんです? もしかして」


 あれだけ揉めていても、痴情のもつれなんてわかりにくいような気がする。

 傍から見たら確かに芙美さんと鏑木君は付き合っているように見えるかもしれないけれど、ふたりの間には友情以外何もないっていうのは、しゃべってみればわかるはずだ。悪い言い方をしてしまえば、矢島君がふたりにちょっかい出して殴られかけたって見えかねないけれど、実際は矢島君があまりにはっきりしない態度を取るので、話を聞いていた鏑木君がキレたって言うのが正しいような気がする。

 私が勝手にグルグルしている中、名東先生は「青春してますよねえ」とポツンと漏らすのに、思わず目を瞬かせた。

 それは私も話を聞いていて「ああ、青春だ」と思ったのと全く同じ反応だ。


「名東先生、本当にどこまで知ってらしたんです?」

「いや、惚れた腫れたで簡単に落ち込んだり悩んだりできるのは十代の特権だと思いますから。私情で仕事に穴を開けるなんてできませんし、休むのなんてもっての他ですから、自然と優先順位は低くなるじゃないですか」

「まあ……そうなりますよね」


 廊下はまだ生徒の数もまばらだけれど、もうちょっとしたらまた忘れ物した子が買い物に来るかもしれないし、ルーズリーフが切れたことに気付いた子が書い足しに来るかもしれない。

 名東先生は緩やかに笑いつつ言葉を続ける。


「いつも生徒がそれで悩んだり落ち込んだり、はたまた付き合いはじめて幸せな色を浮かべているのはいつも見ていますよ。それが羨ましく思えたりもしますね、やっぱり」

「あー……そうですよね」


 傍から見てたら案外シンプルなことだけれど、大人であったら案外すぐに諦めてしまうのだ。わざわざ傷付く理由がないから。

 でも高校生は諦めたりしないしできないんだよね。だからこじれてしまうし、腹をくくったら突貫してしまう。それができないのが、年取るってことだ。保身に走ってしまうんだよね、どうしても。


「若いってすごいですよね」

「だからこの仕事を面白いって思うんですよ、自分は」


 それはわかるなと私も思う。前の女子校がギスギスしていて正直怖かった記憶しかないけど、幸塚の子たちは本当に可愛いし一生懸命なんだから、ついついお節介してしまうもの。多分名東先生が教師続けているのもそういう事じゃないかな。

 なあんて思っている間に、こちらに女の子が寄って来た。


「すみませーん、マジックペンありますか?」

「いらっしゃい。あー、ちょっと待ってね」


 私がパタパタと在庫を確認しに奥に入るのと同時に、ひらりと手が振られることに気付く。


「それじゃあお仕事頑張りましょう」

「あ、ありがとうございます」


 ぼんやりとそれを見てしまった。

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