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購買部のお姉さん  作者: 石田空
本編
14/40

6月 2

 昼間になってから、いよいよ雨足がひどくなってきた。廊下はびちゃびちゃと湿って来て、傘コーナーからビニール傘が飛ぶように売れていく。

 この一週間はずっと雨だって言っているし、こりゃ傘の量もうちょっと追加で発注かけておいた方がいいかもしれない。私は在庫表と売り上げを見比べながら書き込んでいる中、廊下をぴちゃぴちゃと言う足音を立てながら走って行く姿が見えた。

 芙美さん、みたいだ。髪の毛が濡れて丸い頭のラインが分かる位にまで張り付いているし、白が基調の制服も雨のせいで張り付いてしまっている。上からベストを着ているから透ける、みたいなことはないけれど、腕の辺りは腕の肌色が剥き出しだ。


「すみません! タオル売ってますか!?」

「えっ……はあい、ちょっと待ってね」

「すみません……商品……」


 外を見てみたら、どうも本校舎からプレハブ校舎の方までは渡り廊下がないから、走って帰って来たみたいだ。見ている限りだと、移動授業の内選択科目はプレハブ校舎でやっているみたい。

 芙美さんの手には折れてしまっている傘があるから、どうも校舎のビル風……でいいのかな……それで傘を潰してしまったみたい。

 私は慌てて「プール用のバスタオルとハンドタオルどっちがいい?」と奥から大きなタオルと小さなタオルを持ってくると、彼女はほんの少しだけ唇を青ざめさせつつ答える。


「……すみません、バスタオルでお願いします」

「はあい、600円だけど、出せる?」

「はい……」


 高校生には割と600円って高いと思うけど大丈夫かしらん……。この学校の学食の相場はどの位なのかしらんと思っているところで、芙美さんは「あっ、あれ……?」と財布を濡れた手で漁りながら、焦った声を漏らす。


「どうかした?」

「お金……10円足りなくって……」

「あらあ、財布の中身そこに出して?」

「はい……」


 支払用の受け皿には500円玉が1枚、50円玉1枚に10円玉が4枚。見事に10円足りないのだった。芙美さんが申し訳なさそうに歯をカチカチ鳴らしているのを見て、私は思わずそっと溜息をついた。10円を私は自分の財布から出すと、そっと売上の中に入れる。


「それじゃあ、10円まけとくわね。今回だけよ?」

「えっと……ごめんなさい」

「いやいや、こんな寒がってる子からお金足りないからって売れない程うちはお役所仕事はしてないつもりよ。気にしないで」


 実際、基本的に中高生をターゲットにしているうちの商売なんだから、芙美さんに限らずこういうお客さんは時々来る。もちろん全員まけてあげるなんて優しすぎるような事はしないけど、全員「お金が足りないから売れません」なんて突きかえすような真似はしてないわね。信頼が物を言うのが小売業者だし。

 私の言葉に芙美さんは心底申し訳なさそうな顔をした後、「ありがとうございます……」と答えてくれた。

 うんうん、高校生可愛いな。何より女の子が素直って言うのはやっぱり可愛い。私がそう密かに堪能していたところで、やっぱり視線がこちらに向いていることに気が付く。

 あの男の子……私が思わず視線を向ける先には、芙美さんを気にしている……と言うより、芙美さんが気にしているあの没個性的な子だった。あの子は傘が無事だったらしく、濡れている傘で廊下に滴を落としつつ、わざとらしく歩みを遅めて、じっと芙美さんを気にしているようだった。


「それじゃあ、また、おこづかい入りましたら、必ずなにか買います……!」

「いや別に大丈夫よ。常連さんになってくれたらそりゃあうちも儲かるんだけどねえ」


 うちの店は薄利多売がモットウだから、中高生のお客さんがたくさん来てくれることが物を言う訳だし。私に頭を下げて去っていく芙美さんを見送っていたら、ぴちゃんぴちゃんと言う足音がこちらに近付いてくるのが見えた。あの没個性的な子だ。


「すみません」

「はい、いらっしゃい」


 私がいつも通り挨拶をしつつ、じっくりと見てみる。

 顔は普通だけれど、眉を顰める顔は高校生らしいなと思った。二十歳を超えちゃったら妥協の連続なんだけれど、それを高校生に求めるのって違うから。悩み皺は高校生の特権だ。

 何を言い出すんだろうと思ったら、ちらちらとペットボトルを見ている事に気付く。うちも一応外に出している冷蔵庫でペットボトルの飲み物を売っているけれど、やっぱり飲み物は自販機で買う方がやりやすいのか、こちらの売り上げはあまりよろしくない。


「あの……温かい飲み物って売ってませんか?」

「はい?」


 私は思わず目を瞬かせる。どう考えたって、それこの子が飲みたいものじゃないでしょ。だって今、6月だし。私は在庫のダンボールを見る。


「今はシーズンじゃないから、温かいペットボトルは売ってないけど、冷やしてない奴ならあるけど、それじゃあ駄目かな?」

「あ……冷たい奴でなければ別に……」

「ちょっと待ってね」


 私はペットボトルのお茶を取りに行きつつ、自分の中でこの子の評価の訂正をしていた。

 この年で下心でもない限り、同い年の女子に優しくするなんて無理よ。だとしたらやっぱりこの子は……。そう考えると何だかむずむずしてしまう。だって両片思いなんて、やっぱりむずむずしちゃうでしょう?

 でも……だとしたら一体何が問題あるんだろう? この子たち。一本取り出して「それじゃあ120円ね」と言いながら、やっぱり首を捻ってしまった。

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