5月 10
午後の部もまた、激しいものだった。
紅白対抗リレーは参加選手全員陸上部出身じゃないかっていうくらいの速度だったし、大玉転がしも私の知っている大玉転がしとは何かが違う。なんであんなに速いし怖いし物々しいの。売店に買いに来るお客さんをさばきつつ、私は時折呆然とした目でそれを見ていた。
日の高さもそろそろピークのせいか、いよいよドリンク類を売るのが難しくなってきた。冷えるのが全然追いつかないけど、よく売れちゃうのだ。
途中のフォークダンスは牧歌的で、こちらはなんだか微笑ましいものを見る目で見てしまった。
と、私は乙女ゲームのヒロインによく似ている子が踊っているのが見えた。この子があからさまにそわそわとしているのが、やっぱり目を引く。
でも同時に不思議ねえとも思ってしまった。あれだけ綺麗だったら悪い言い方をしてしまえばよりどりみどりだと思うのに、一体なにが駄目なんだろう?
鏑木君は彼女のことを気にしているみたいだし(でも扱いは雑だったから、完全に兄妹って感覚なのかもしれないわね)、一応『えこうろ』の攻略対象達は全員出揃っているのよね。その子たちだったら、きっと彼女の失恋を癒せると思うんだけど、それじゃあ駄目なのかな……。
外部業者が一体どれだけ出張ればいいのかしらんと思いつつ、彼女のフォークダンスを眺めている時、ひとりだけあからさまに彼女の反応がおかしい相手がいることに気が付いた。
彼女が全体的に漂わせているのは凛とした雰囲気だけれど、それがそわそわしているその瞬間だけは明らかに消え失せたのである。
誰? 思わず凝視してしまう。けど……。
「え……?」
私は思わずぽろりと零してしまった。それは攻略対象誰でもないように、私には見えるのだ。いやいや、『えこうろ』に追加シナリオがあるなら私まだダウンロードしてないから知らないけれど、でもこの子は一体誰よ? そもそも。
真っ黒な髪は長くもなければ短くもない、スポーツ刈り。肌は焼けてはいないけれど白くもない、日本人だとありふれた肌の色。身長は平均より低くはないけれど高くもない、普通。
日本人が思う日本人をそのまま絵にしたら大体この子になるっていうくらい、特徴を拾おうとしてもその特徴らしい特徴が見つからないという没個性的な男の子だったのだ。
流れるフォークソングの名前は忘れた。ただ牧歌的な音楽が流れ、皆踊っているけれど、私はあのヒロイン似の子と男の子が明らかに手を合わせていないことに気付いてしまった。そわそわとしていた女の子は見る見るしぼんでいくのが見えるし、男の子の方は……こっちからだったらあんまり顔色とかわからないな。憮然とした態度を取っているように、見えるのかな。
……ちょっと待ってちょっと待って、ええっと……。女の子がしぼんでいくのを見ながら、なんかデジャブを感じていた。やっぱり乙女ゲームのヒロインは可愛いもの。やっぱりそういう子がしぼんでしまうのを見るのはやっぱりよくない。すごくよくない。でもこの状況どこかで……。
「すみませーん、スポドリ下さーい」
「へあっ!? あ、はーい……」
途中でフォークダンスに参加してない(委員会の腕章をしているから、そのせいみたいね)子が声をかけてきたので、私は慌てて冷えている奴をどうにか冷蔵庫をまさぐって探すと、それをあげた。
「ありがとうございまーす」
その子を見送っていて、ずっと小骨が引っかかったような感じになっていた原因に気が付いた。
そうだ、見たことあるも何も、ほんっとうに最初の部分だから途中からショートカットで飛ばしてたんだ。
さっきの男の子の態度と女の子のしょぼくれた態度。
元々『えこうろ』はヒロインの失恋からはじまるのだ。あのふたりの態度から見て、どう考えても女の子の方が立場が低い。あの子か、ヒロインを振ったのは。
……そこまで考えて、私は思わずはっとした。
だから、ゲームに対して感情移入し過ぎ。状況が似通ってるからって、なにゲームに全部当てはめてるのよ。でも……。
外部業者ではあっても、一応大人、だし(年齢的には、って言葉が付け加わるとは言えども)。何よりも女の子が悲しそうにしているのをどうにかしたいっていうのに、理由っていうのはいらないと思うの。
どうにかしよう。どうすればどうにかできるのか全然思いつかないけれど、何事も勢いが大事って思うし、うん。フォークダンスの牧歌的な曲が終わったと思ったら、さっきまでの平和な雰囲気から一転、戦国時代にタイムスリップしたような異様な雰囲気に戻ってしまう。
ドンドンドン、と、太鼓が何度も叩かれる中行われるのは騎馬戦で、白も赤もびっくりするほど激しい激戦で、鉢巻きを取られるのよりも騎馬を崩されてリタイアの方が圧倒的に多い戦いに、私は唖然としてしまっていた。
あの地味めな男の子を、ヒロインの女の子は見つめながら、彼女は必死に応援合戦を続けている。
……本当、分かりやすいなあ。そう思いながら男の子が騎馬を崩されてリタイアしていくのを眺めながら、私は思わず笑ってしまった。