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購買部のお姉さん  作者: 石田空
本編
1/40

冴えないプロローグ

 はあ。

 音にする訳でもなく、声に出す訳でもなく、私は誰にも見つからないように、そっと溜息をついた。

 もうそろそろ下校時刻もピークだから、戸締まりしないとな。そう思っていた矢先に、パートの今森さんがじろりと私を睨む。


「今日のゴミ当番、山城さん?」

「……はい、そうです」


 顔は笑顔だけれど、表情の端々で私を小馬鹿にしているような棘を見つけてしまい、見なかった事にする。

 ここで働いて三年程になるけれど、未だにこの人には慣れない。


「駄目じゃないの、もうちょっと詰めないと。このゴミ袋もったいないからもっと詰めてから捨ててちょうだい」

「はあ……すみません」


 そう言いながら今森さんは、私がくくったゴミ袋の口を開くと、足を突っ込んでぎゅっぎゅぎゅっぎゅと踏み固め始めた。それを私は小さくなって見ている。

 それを他のパートさん達が腫れ物に触るかのようにこちらを見た。

 ……はあ。

 本当にどっちがパートで、どっちが正社員かなんて分かんないや。


「あなた、家の手伝いとかした事ないの?」

「……ありますけど」

「あらぁ、じゃああなたの親御さんの教え方が悪かったのかしら。こんなにだらしない経済感覚じゃあどこにもお嫁になんて行けないわね」

「……はあ、すみません」


 すっかり踏み固められてスペースの空いたゴミ袋に、残りのゴミを詰めて行く。それを今森さんは満足そうに眺めた。


「ほら、これでゴミが全部入ったじゃない。ちゃんと捨ててちょうだいね」

「……ありがとうございます。それではそろそろ閉めますので、パートの皆さんお疲れ様です」

「はい、お疲れ様です」


 私は情けなくなりながら、パートさん達からタイムカードを受け取り、それに判子を押していく。

 ゴミ、また捨ててこないとなあ。今森さんが詰め込んだおかげで底が抜けそうにずっしりと重い。また二重にしてゴミ捨てないといけないかもしれない。

 そう思いながら。


****


 うちの会社は私立学校の購買部を経営している。契約している学校に売店員を派遣して、うちの会社が仕入れたものを売っているのだ。基本的に正社員がひとりで、大きい学校だったらそれに加えてパートさんが数人加わる訳だけど……。

 私が派遣された女子校は、三年働いて未だに好きにはなれなかった。

 パートさんはほとんどはいい人なんだけれど、うちの女子校に派遣されているパートさんはよくも悪くも昔から勝手を知っている人だから、ものすごくアクが強い。いくら社員とは言っても私のことを舐めてかかって、なかなか言うことを聞いてくれない。

 さっきもしゃべった今森さんなんかは、私と入社時期が三ヵ月程しか離れていないにも関わらず、すっかりパートさん達を牛耳ってしまい、事あるごとに私をなじってくる。

 確かに私も抜けているとは思うけど……でも、あの人が言う程抜けているのかな? あまりにあの人とやっていける自信がなくって、上司にこっそり私を他に異動させてくれとも言ったけど、「前にパートさんとトラブルになって大変なことになった事があるから、新しい人が来るまで我慢してくれ」と、異動の件は延ばし延ばしになっている。


「はあ……」


 やっと人がいなくなった購買部で、私は今日の売上をパソコンに入力していた。今日の売上を会社に届けたら、今日は寄り道せず真っ直ぐ家に帰ろう……。

 そう思っていたら。


「お疲れー」

「あ、お疲れ様です」


 私は慌てて椅子から立ち上がって礼をする。

 上司だった。


「今日も盛大にやられたかい?」

「はは……私、まだまだ教えられてばっかりで……」

「まあ悪い人じゃないんだけどねえ……強引だからあの人は」

「はは……」


 私のことはさておき、親の悪口まで言うのが強引なのかしらと悪いこと思うけど、それは今は流しておく。


「前に言っていた異動だけど、ようやく空きのできたところに行って欲しいんだけどいいかな?」

「え……」


 待ちに待った異動……?

 私は思わず目をきらきらさせる。


「そこまで喜ばなくても」

「いえ……すみません」

「場所なんだけど、幸塚高校。あそこはここより小さい学校だからひとりになるんだけど……大丈夫かい?」

「大丈夫です! 行きます! 行かせて下さい!」

「そうか……じゃあ会社に戻ってきたら、手続きするから来てね」

「はい、ありがとうございます!」


 私は頭を大きく下げた。

 上司が店購買部のレシート束を回収して先に立ち去って行くのを見ながら、私は大きくガッツポーズを取った。

 よっし! ようやく異動決まった!

 こんな陰険な職場とはおさらばよー!

 そう思いながら。


****


 引継ぎの資料(とは言っても単なる在庫表だけれど)をもらってから、私は本当に真っ直ぐ家に帰った。

 はあ、本当に異動が決まってよかった。

 あんなにパートさんの事でごりごり神経すり減らす位なら、新しい職場探そうかなって思っていたところだもの。

 女の園って本当に怖い。

 パートさんももちろんだけれど、買い物に来る女の子達も本当に怖い。男の人がいると遠慮ってものを知るけど、あっぴろげに「○○死ねー」「○○死ねばいいのに」って、平気で人の悪口言いながら歩いているし、ガラス戸とんとん叩いて「これ」って、商品名も言わずに命令口調で買い物するし。挨拶しろとは言わないけど、せめて「消しゴム下さい」とかくらい言えないのかしらねえ。

 そんな事を思っていたら、すぐに家に着いた。

 次の学校はうちのアパートから近いのもいいなあ。前の学校は電車を乗り継がないと行けない場所だけれど、ここからだったら自転車でも行けるし。ストレスも少しは減るといいな。


「さあて……」


 家に入って鞄を隅に捨てると、私はいそいそとパソコンを立ち上げた。

 検索サイトでぽちぽちと【乙女ゲーム】で検索をかける。

 今日の乙女ゲームのおすすめは何かなあ。

 女の園で働いていると、出会いなんてない。上司は私のお父さんと同い年だし、教師とのラブロマンスを期待したこともあったけれど、購買部に来る先生来る先生は皆年寄りばかりだった。聞いた話だと、女子校って配慮のせいで、わざと男性教師は年寄りしか採用しないらしい。何だそりゃ。

 となったら、どうしても潤いが欲しくなって、暇さえあれば携帯でポチポチと乙女ゲームをしてしまう訳で。最近だったら面白そうな奴はとりあえず落としてみようって言う辺り、私も相当に飢えてるけど。

 と、最近妙に引っかかる言葉を見つけた。


『えこうろようやく落としました!

 もう300円って思えない位萌える! 癒し!』

  『これ1本だけで300円って……すごい癒された』

 『スマホゲーって思えなかった。ハマる』


 やたらと『えこうろ』って言葉が引っかかるけど……。

 その『えこうろ』が何なのかが分からなかった。とりあえずそこまで口コミが広がってるならやってみたいけど……。

 何度も検索ワードを変えて、ようやく1つのサイトを発見した。

 スマートフォンのアプリを有料で落とせるサイトに、『Une ecole heureuse』ってゲームのアプリを宣伝しているページだ。

 何これ。何語? 『Une ecole heureuse(ユヌ エコール ウローズ)』……ああ、フランス語だったんだ。だから略して『えこうろ』なんだ。他に略せそうな所ないもんねえ。

 説明文を読んでみると、ちょっと最近のスマホゲームとは違う雰囲気がする。


『一世一代の告白をして、見事に玉砕してしまった『あなた』。

 そんな『あなた』を癒してくれるのは、学園の王子様、仲のいい男友達、少し距離を置いていた幼馴染に、可愛い後輩、担任の先生。

 『あなた』は誰と、次の恋を始めますか――?』


 初恋から始まる乙女ゲームなんていうのはよくあるパターンだけど、失恋からはじまるっていうのは斬新だなあ。

 しかも、ユーザーコメントもなかなか好評だし……。


「まあ、次の職場へと景気づけに」


 そう思って、私は携帯をパソコンに繋げると、ダウンロードを開始した──。

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