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銀のユリに誓う(改稿前)  作者: 葵生りん
1章 野に咲く花
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プロローグ2



 声も、纏う香りも、反応も、なにもかもが新鮮だな――と、思った途端。


「坊ちゃんがいきなり口説くから、サラちゃんびっくりしてるじゃないですか」


 チキンの香草焼きとレタスを挟んだボリュームあるサンドイッチを4つ手早く拵えてきた料理長がにやにやしながら冷やかすので、思わずむくれる。


「口説いてない」

「自覚がないならなおさらたちが悪いです。自重なさってください」


 サラに誤解を与えたくなくて、軽くエドを睨みつける。だがエドは先ほどの畏まらなくていいという命を忠実に遂行し、すずやかにそれを受け流して笑っている。その当然と言わんばかりの態度に、軽々しく髪に触れた軽率さがうしろめたくなる。


「……そうかなぁ?」

「そうですよ。坊ちゃんにその距離で好きとか言われたら、年頃の女の子の大抵はどうしたらいいのか困りますよ。それに、サラちゃんは特に純真なんですから」

「それは匂いの話だけど、それでも?」


 ちらりと見たサラは確かに緊張と困惑に溢れていて、罪悪感が言い訳を口に上らせる。


「坊ちゃんの笑顔は状況なんか忘れる破壊力がありますからねぇ」

「破壊力ってなんだ?」

「あはははは、だってほとんど大砲ですからね!」


 ふてくされると、遠慮なく朗らかに笑うエドにつられてサラの表情が少し和らいだ。途端、唐突にお腹の虫が目の前のサンドイッチを催促し、サラはついにくすくすと笑い声を漏らした。


「ふ……ふふふ……どうぞ、私はお気になさらず、召し上がってください」


 促され、気持ちは非常に複雑だが、こうも腹の虫がぐうぐうと鳴いていてはどういいわけしたところで格好がつかない。ひとまず腹の虫を黙らせるために身に付いた躾に従ってきちんと姿勢を正し食前の祈りと挨拶も済ませてから一口齧り付く。レモングラスの香りと胡椒ペッパーの効いたあたたかいチキンと、しゃきっとしたレタスの歯ごたえが、引き攣れていた胃腸を刺激して、一口食べたらあとは止まらずに猛然と食べ進める。


「やっぱりエドの作ったご飯が一番おいしい」


 二個目を手に取りつつ、心からの感想を述べる。

 最近では社交会の後は毎回この調子というのも理由のひとつだろうが、さすがは離乳食から世話になっている料理長だ。提供までの早さと心を読んだようなメニューは、周到な準備と経験の賜物といえるだろう。


「ありがとうございます」


 気持ちのいい食べっぷりを嬉しそうに眺めていたエドは、二個目を食べ終わる絶妙なタイミングでミントの葉を一片浮かべたグラスの水を苦笑いで差し出した。


「しかしね、坊ちゃん。もう子供じゃないんですから、こんな薄暗い厨房の隅っこで食事するのはやめて、食堂かせめてお部屋でお召し上がりください」


 3つめのサンドイッチの最後の一口を頬張るといささか不機嫌に眉を寄せ、グラスを受け取る。


「ひとりで食べるのは人の顔色を伺いながら食べるのと同じくらい味気ないから嫌だ。こうやって気心の知れた家族や友人と他愛のない話をしていれば何倍もおいしいと、サラはそう思わない?」


 グラスを一気に煽り、名残惜しく4つめを手に取りながらサラに話を振る。

 父は昔から執務室で食事を取ることが殆どで、滅多に食堂に来ない。母は亡くしているし、兄弟も遠方にいる。

 だからちゃんと食事時に食卓についたとしても、いつもひとりだ。


 問われたものの、それは料理長が家族や友人という意味なのだろうかとサラは首を捻っていた。その間に4つめもぺろりと食べ終え、爽やかな笑顔でごちそうさまと声をかける。


「坊ちゃんはこういう人なんだよ」


 エドはくすぐったそうにそう言って笑い、早くも空になった皿の片づけにかかる。眠気と戦いながら机に肘をついて、後かたづけをしている初老の料理長の後ろ姿を眺めた。

 私の身長があの腰よりも低い頃には足下をちょろちょろとしていただが、今ではもう身長は悠に越え、仕事中に傍に寄ると邪魔そうだからさすがに躊躇われる。

 針でつつかれるような痛みについと目をそらし、代わりにちらと覗きみたサラは心細そうな表情を浮かべてエドの背中を見ている。

 なにか話をしていた方が気楽だろうかとぼんやりと思って、とりとめのないことを一方的に喋った。


「母は自分の命と引き替えに私を産み落とした。だから私の記憶にある限り、近くにいて世話をしてくれたのは忙しい父ではなく、エドやユマたちだったし。遊び相手は年の離れた兄達よりティナだった。……だから、彼らは私の家族なんだ」


 おぼろげな記憶の断片――最後にそんなことを話したら、サラが少しだけ心から笑ってくれたような気がした。営業用ではない素直な笑顔は、もしかするとただの夢だったかもしれないと思うほど、花も恥入るようなかわいらしさで――つくづく、記憶が曖昧なのが惜しまれる。




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