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「今までは、お父さんとお母さんだけでお墓参りしてたけど。今度桃も一緒に行ってみる?トラウマになってるかもしれないから、成人するまでは誘うのやめようとしていたんだけど…。」
「行くよ。今まで行けなかったお詫びと、有難うって伝えに行かなくちゃね。」
「もっと早く、遠慮しないで桃の気持ちを聞いてあげれば良かったね。」
彩子は、そっと桃華の手をぎゅっと握った。
「お母さん…。薫君…覚えている?」
彩子は、視線を宙に彷徨わせる。
「相良薫。私と仲良かった子だよ。」
「ああ、あのちっちゃいナイトね。」
ふと、微笑む。
桃華の傍にピッタリとくっつく様子を見て彩子は心の中でちっちゃいナイト君と呼んでいた。
「ナイトって…。」
「桃の初めての親友だったから、数回しか会っていないけれど、よーく覚えているわ。家に遊びに来ていたときね、桃がトイレに行ってる間に『娘さんを下さい。』って。一体どこで覚えたのかしらね。」
「ええ!!そんな事あったの?」
桃華の顔がみるみる赤くなる。
「それで、お母さん?まさか『喜んで』なんて言ってないでしょうね?」
「あははは。言えば良かったかしら?そうね『桃にはプロポーズしたの?』って聞いたら『これからです。』ってちっちゃいホッペ真っ赤にしてたわ。お母さんは『桃がいいよって言ったら、もう一度いらっしゃい。』って答えたわよ。」
「そうなんだ…今どうしているか知ってる?今日、高校で『薫』って名前の男の子がいて、思い出したんだ。」
「おばあちゃんのお墓、鬼封村にあるじゃない?数年前に、ちっちゃいナイト君の事が気になってね。相良さんの家に行ったら、どうやら離婚したらしいのよ。」
「ええ!」
「旦那さんはそのまま鬼封に居たんだけど、奥さんが薫君連れて出て行ったみたいでね。気の毒でそれ以上薫君がどうなったかは聞けなかったわ。」
桃華は、可愛らしい薫が辛い目に合っていたと知って胸が痛んだ。
もっと早くに知っていれば…
いや、あの頃の自分は余裕が無かった。
祖母の事でいっぱいいっぱいで、悲しみを乗り越える為に慣れない家の中で、教わった技に磨きをかけていた。毎日毎日。
彩子は、その様子を見て言えなかったのだろう。
その夜。
今日の出来事を思い返していた。高校に行ってから、ずっとグレンの岩が熱い気がする。
彩子と鬼封時代を思い返していたら、グレンの事も僅かながらに思い出して来た。
ぶっきらぼうで、古臭い言葉を使っていて…邪悪な心を持つ紅蓮華。
―――-でも、私は大好きだった。もう一度鬼封に行って邪気を取り除いてあげようかな。
岩を取り出し、しげしげと眺める。
「グレン…私を守ってくれたんだね。『アレ』何だったんだろう。」
あの大杉薫にとり憑いた怨霊。
思い出すだけで、プツプツと鳥肌が立つ。
「『アレ』から少しづつ糸を紡いでみますか。グレン、私を守ってくれる?」
桃華の言葉に呼応するように、岩の欠片は少し明滅したような気がした。