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「桃華ちゃん、大きくなったら僕のお嫁さんになってくれる?」


とある土曜日の昼下がり、授業が早く終わった日だった。

いつもの青々とした葉が茂る桜の木の下で寝っ転がっていた。


「え?」


薫は、顔を真っ赤に染めていた。

きっと死ぬほど恥ずかしいのだろう。


「僕身体弱いけど、桃華ちゃんの事守りたい。」


そして、泣きそうな顔をする。


「お母さんが、もう桃華ちゃんと遊んじゃダメだって。でも、僕は一緒にいたいんだ。」


桃華はいつかこの日が来る事を知っていた。

薫の母親が地元の人と仲良くなって噂でも聞いたのだろう。

鬼封岩の事、桃華の【胡散臭い能力】の事。

薫の家に行くたびに、薫の母親の心に邪悪な芽が育っていくのを見てきた。

糸を紡ぐ仕草をした時には、恐怖が見えた。

仕方なく、薫の家に行く事を諦めたのだ。


「誰が何と言おうと、僕は桃華ちゃんが好き。鬼なんてやっつけてやるから!」


桃華は、ズキっと心が痛んだ。

違う…グレンは皆が言うほど邪悪なんかじゃない。

こんなに奇麗な金色の心を、本当は持っているんだから。

薫の事は大好きだけれど、グレンに対する気持ちとはなんか違う。

グレンに対する気持ちってなんだろう??

頭の中でグルグルと考えが巡る。


「ね、桃華ちゃん。いいでしょ?僕のお嫁さん!」

「薫君・・・ごめんね!」


桃華は走って家まで帰った。

この時の桃華は、後々その想いが黒く染まる事を知らない。




「こら、ただいまは?」

「ただいま!おばあちゃん。」


そのまま、紅蓮華の岩へ走って行った。

「う・・・ぁあ・・・・。」

何故だか涙が止まらない。大好きなグレンを否定された…。


「グレン…グレン…」


その気持ちは・・・幼いけれど恋に似た気持ち。

少しだけ気がついてしまった。恋なのかもしれないと。

 優しく語る本当は心が綺麗な紅蓮華。今まで、冷たい事は言われても傷つくような事は一つも言わなかった。


薫君はまっすぐで、本当にイイこで…彼を好きになれれば良かったのに。

でも、「鬼なんてやっつけてやるから」って言葉で、仲良くなるのは無理だと思った。

きっと薫君のお母さんは彼に、グレンの悪口を言っているんだ。大好きなグレンの…。

邪悪の靄が、まだ立ち込めているのに構わず、岩をギュっと抱きしめた。


「グレン…会いたいよ。姿を見せてよ。」

――…

グレンは、何も言ってくれない。

ただ、大量の邪悪な靄が桃華を包み込む。


「ももかぁーーーー」


祖母の絶叫が辺りに響いた。そして、桃華の元に飛び込んだ。

桃華は、ビクっと起き上った。


「お…ばあちゃん?私は平気だよ?」

桃華は、一年前から紅蓮華の邪気に接していただけに、耐性のようなものが出来ていたが、触れることすらしなかった祖母にはかなりの毒だった。


「ひぃい・・・。」


長年の紅蓮華の怨念が直に突き刺さる。

祖母の様子に、桃華は少しでも邪気を吸いこもうと糸を紡ぎ始める。

祖母は、桃華の腕を掴み引っ張り出そうとしている。

紡いでいた糸が、ホロホロと零れていく。


「おばあちゃん、離して!」


祖母の眼は徐々に狂気を帯びてきた。

その時、無意識に心に溜めていた金色の糸を吐きだし、指に絡めて祖母に糸を付けた後、禁忌を破り操った。

白い糸と違い、金色の糸はしっかりと祖母に絡みつき少しの力で祖母の足を動かし家へと向かわせた。

そして、もう一度そっと岩を抱きしめた後、祖母の元へ走った。

玄関に倒れた祖母を、さらに操り布団に寝かせる。そして、糸を奇麗に巻き上げた。


「おばあちゃん?大丈夫??」

「…桃華…無事だったんだね?」

「うん。私は大丈夫だよ?」

「良かった。あんたの技…おばあちゃんよりも凄いよ。」


にっこりと微笑んだ後、静かに眠りについた。


祖母の眼は二度と開くことはなかった。

それから桃華は、普段滅多に触らない携帯で両親を呼んだ。


薫と会うこともなく、両親の元へ行く事が決まった。

両親に、本当の事を言えないまま…。


まだ、邪気に燻っている紅蓮華とも別れが来た。

長年護り続けてきた伝統が一つ消える。

周囲には、それだけのこと。

だけど桃華にとっては、紅蓮華は…初恋の人になっていた。

幼いとはいえ、立派な恋心。

お別れを言いたいのに、紅蓮華は何も言ってくれない。


「グレンのばかー!」

叫んだ時だった。

岩が一瞬揺れ、欠片が桃華の前に落ちた。

――ソレを俺の代わりに持っておけ。捨てても構わん。

祖母が倒れた日から、漸く聞けた一言。

桃華は大事に岩の欠片を持った。

欠片といえども邪気はしっかり残っている。そのまま、糸を紡ぐ。やはり金の糸が採れた。

「ね、グレン。グレンって本当は心が優しいのよね?」

――…


「桃華!そろそろ行くわよ?」

母親の声に追い立てられ、父親の運転する車に乗り込んだ。

桃華は、大好きな自然が残る鬼封村を後にした。


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