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七歳になった現在。
金色の糸は、かなりの量になり、美しくキラキラと輝いて手にしっくりと馴染んだ。
そして、邪悪が薄れるにつれ、岩の鬼も少しずつ桃華と話をする事を許した。
――お前は、俺と話すのが怖くないのか?
「怖くないよ。鬼さんよりも、学校の先生のが怖い。」
――俺の姿を見たら、きっとお前は泣いて逃げ出すだろう。
「泣かないもん!」
――どうだろうな…
「ねぇ、鬼さん。鬼さんの名前は何ていうの?」
――俺の名は・・・紅蓮華
「グレンゲ?どういう意味?」
――お前には、まだ難しい。大きくなれば然るべき方法で意味が分かるだろう。
「グレンゲ…ゲって言いにくいからグレンでもいい?」
――…好きにしろ。
「ねぇ、グレンは昔からいるんでしょ?おばあちゃんとお話した事ある?」
――ある。『そのまま封じられておれ』と念じられたよ。フフフ。
桃華は悲しくなった。
長い時間、グレンはずっと同じ場所にいるのだ。
こんなに美しい自然を見る事が出来ないなんて…。
「グレン。どんな悪い事して封じられちゃったの?」
幼さ故に無邪気に尋ねた。
――もう疲れた。去れ。
冷たく拒絶された。
ホっとため息を付いて、何時ものように邪悪な靄を手繰りよせて糸を紡ぎ出す。
靄は確実に減っている。と同時に、祠も止めを刺すかのように邪悪の靄を吸い続けてる。
桃華は祠にも話しかけたが、祠は答える事は無かった。
ある日の事だった。
桃華の両親が住んでいる、舞里市の小学校から、男の子が転校してきた。
身体が弱く、空気の良い鬼封村に引っ越して来たのだ。
透き通るような肌に、サクランボのような唇。
女の子のように奇麗に整った顔。
当然、野に山に駆け回って真黒になっている子供達にとって、異質な存在だった。
相良 薫名前も女みてーとからかわれる羽目になる。
授業が終わって、教室に桃華と薫が残された。
桃華は独りになりたくて、急いでノートをランドセルに積みめ込んだ。
でも、基本的に心の優しい桃華は、泣きそうな顔の薫を置いていく事が出来なかった。
それに…彼は、邪悪な心が無かった。
「ね、キレーな所行く?」
「キレーな所?」
「そう。私の大好きなとこ。」
桃華が連れて行った所は、川べりから少し離れた野原。
緑の草花が風に吹かれ、まるで海原のようにうねっていた。
その中に、一本の大きな桜の木がある。
川べりの桜も素晴らしいけど、一番長生きなこの木が桃華のお気に入りだ。
薫には言えないけれど、この桜の木が歌う歌はとても素晴らしく、いつも泣きそうになる。
「もうすぐ、花びら散っちゃうけど、間に合って良かったね。」
少し緑が増え始めた桜は、それでも奇麗だった。
そう・・・血を吸ったようなうっすらとピンクの桜。
「本当だ。凄い奇麗だね。」
息を切らしながら、嬉しそうに見上げる。
自分が奇麗だと思う景色を賛同してくれる。そんな些細な事が、とても嬉しかった。
もっともっと色んな所を見せてあげたい。
「桃華ちゃん。ありがとう。」
桃華は、初めて友達が出来た。
もちろん、桃華は紅蓮華に報告した。
――もう、俺に話しかけるな。
「どうして?グレンに紹介したい!薫君っていってね…。」
――薫…とやらに、嫌われるぞ。俺は鬼なのだから。
「鬼っていうから鬼なんだよ。グレンはグレンなの!」
桃華は混乱しながら、叫ぶ。
ふっと微笑む気配がする。
―そなたは、良き童なのだな。俺の子も…そのように育ったのだろうか。
「グレンにも子供がいるの!?」
―…一度も会うこと叶わなかったが…。
「どうして?」
―もう遅い。帰れ。
悲しい想いが、桃華の胸を刺す。どうして紅蓮華は、子供に会えなかったのだろう?幼い桃華には、難しい疑問だった。
薫と友達になってから、桃華は日ごとに子供らしさを取り戻していった。
薫は、病弱だから駆け回る事は出来ないが、景色のいい所まで行って静かに話をしたり、薫の家で品の良いお母さんの手作りケーキを食べたり…。
そして、能力を磨くための時間が夜遅くになってしまったが、きちんとこなした為、祖母は何も言わなかった。
祖母が寝静まった後の恒例の儀式となった、紅蓮華との会話もどんなに遅くなろうとも桃華は欠かさなかった。