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川沿いを、血を吸ったかのようにうっすらとピンクを帯びた桜が咲き誇っている。

そよそよとした風が、花びらをゆっくりと散らす。

春が来た喜びに草花が青々と生い茂り、虫達もその恩恵に与っている。

周囲には、ぽつりぽつりと家が建っているが、人気が余り無い。

この自然に囲まれた【鬼封おふう村】に、澄田すみだ 桃華ももかという一人の少女がいた。


桃華は、子供が全部で五人という小さな地元の鬼封小学校に通っている。

その中で一番年下の六歳だった。

五人しかいないのに、桃華はいつも一人ぼっちだった。

他の子達は、先生がいる時は仲良さそうに見せるけれど、学校が終わると四人だけでさーっと遊びに行ってしまう。

独りでいる方が好きだったから、正直辛いと感じたことはない。


村人が少ない鬼封村の一番僻地に、桃華の家はあった。

そして、村の名前の由来である【鬼を封じた岩】が庭にある。


その岩の横には、鬼を封じたと言われる『岸嶋きしじま 新丈しんのじょう』の小さな祠があった。鬼と死闘を繰り広げた後、封じることに成功したが、鬼の凄まじい怨念の為亡くなったのだという。

澄田家は蜘蛛の妖魔を先祖に持ち、代々岩と祠を護るように、当時―鬼を封じた年―の天皇から勅令が出たのだ。それから、澄田家の【特殊な力】を持つ者が、村に残り護ってきた。

その能力に関係しているからなのか桃華から、得体の知れない何かを感じる村人であった。

桃華の近くに行くと、何かを見透かされた気がする。汚れの無い瞳で見つめられると、自分の心の奥にある邪悪な心まで覗かれているような…。

そして、時折指をダンスのようにユラユラヒラヒラと動かす。

代々能力者が受け継がれていく澄田家の事を、昔の村人は有難がったが、今は鬼とか霊とか言っている時代ではない。

不思議な存在である桃華を疎んじる村人は多い。


「ただいまー、おばあちゃん。」

「おかえりなさい。桃華。」

澄田の家には、祖母と…澄田家最後の子孫である桃華の二人が住んでいる。

本来ならば澄田の長である父親は、【特殊な力】は無く、母親と都会に移り住んでしまった。桃華も連れて行こうとしたが、祖母の反対と…桃華自身が残ると泣き喚いたため断念したのだ。

この美しい自然から離れるのが嫌だった。

美しい川のせせらぎ、楽しそうに踊る風や花びらの舞い。自然だけは桃華を裏切らない。

桃華の能力は自然の声を聞いたり、虫や動物達と会話したり、岩と話をしたりすることが出来たのだ。

そして今祖母から訓練を受けているのは、人や動物に巣食う邪悪・恐怖・妬み・憎悪・それらを糸のように紡ぎだし、自らの中に取り込み消化する方法。

消化した後さらに自らの中より糸を紡ぎだして解放する方法。

その糸を使って、色々な物を操ったり攻撃を仕掛ける事。


邪悪なモノを取り込む時、桃華は押し潰されそうになる。


動物や虫は純粋だ。死にかけて、恐怖に打ち震えている場合が多い。

寿命が近づいていたり、怪我で動けなくなった時に、練習する。


――シニタクナイ――

桃華が恐怖を取り込み、解放すると…

――アリガトウ――

と感謝の気持ちで、天へ昇っていく。

しかし、人間は複雑で幼い桃華が受け止めるのは大変なのだ。

――シネ、アノヤロウ。コロス、コロス、コロス…――


消化する時は、鬼封の美しい自然を想像する。

糸を誘いゆっくりと憎悪を蒸発させるように促す。黒く淀んで粘ついていた糸が白いキラキラと輝く糸へ変貌する。

その糸を使って、色々な物を操る事が出来るのだが、桃華はまだ小さな蜘蛛でしか試したことが無かった。


お前はまだ大きな動物や人を操る段階では無い。


と厳しく祖母に言われているので、糸を大事にその身に蓄積していくだけに留めている。操るという事は、『操るものの意志を無視して支配する』事。


実践で、祖母は鏡の前に桃華を立たせて操ってみせた。

祖母はまるで手を扇子のように美しく舞わせた。

ユラリユラユラ…ヒラリヒラヒラ…

 糸は意思を持ったかのように、まっすぐに桃華へ向かい、マリオネットのように操られる。

「私は、澄田桃華よ。よろしくね!おばあちゃん、大好きよ!」

くるっと一回りしてにっこりと笑う天使のような少女。

スキップして、小首をかしげて、大声で笑う。

桃華は、必死に抵抗した。

違う!私はそんな顔しない。

そんなに、ウキウキ跳ねまわったりなんかしない。

「桃華。良く分かったかい?操る時は、今の気持ちを忘れずにいることだ。」

「は…はい。」

その日以来、練習で蜘蛛を操る時は、心の中で感謝をするようにした。

桃華は、祖母の言いつけを良く守り、使われる事が無いであろう能力を日々磨いていった。しかし唯一つ、桃華は祖母の言いつけを破っている事がある。


邪悪な心を消化する方法を初めて学んだ五歳の夜だった。

祖母は、早い時間に床に就く。

こっそり抜け出して向かった先は、鬼が封じられた岩。

もう何百年と経っているにも関わらず、邪悪な靄が取り巻いている。

桃華が近付くと、恐れるようにザザっと引く。

隣にある祠は、静かにゆっくりと靄を吸収しているが、それだけじゃ到底靄は無くならない。

心の中で岩の中にいるであろう鬼にそっと呼びかける。


「こんにちは。」

――…

「こんにちは。私は桃華。」

――…

「こんにちはったらこんにちは!」

――…失せろ。


ぞっとした。普通の者が聞いたら、地の底から響くような憎悪の籠った声に失神しかねない声だった。

しかし、桃華は幼心にその声に憎悪の他に悲しさを見出した。

もしかしたら、この黒い靄を取り除いたら、お話を聞けるかもしれない。

ほんの少しだけど、邪悪を掬い取り解放してみた。

たった一握りだけど、上質な輝く金色の糸が出来た。


「凄い。キレー…。」


その糸の魅力に捕まった。普通の人ならば白、もしくは銀色までは輝くが、金色は見たことがない。


「本当は、心のキレーな鬼なんだ。」


誰かに見せたくても能力がある者にしか糸は見えない。

祖母に見せたくても、自分の前でしか能力を使ってはならないと厳しく言われている上に、岩の鬼の邪悪には手を出してはならないと言われているので、そっと自らの心の奥底にしまい込んだ。

その日から、毎日夜になると岩に話しかけて、少しづつ糸を紡ぐようになった。


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