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名門(残念)

さてはて、孫策さん達が家臣の方々を集結させたご様子。

元々、孫策、周瑜、黄蓋、陸遜といった孫家の中核を担う人物を膝元に置いていたのは袁本家からの段取りがあったからです。

この四人は下手にバラけさせると独自に動き出し、勢力を拡げかねないとして最重要マークされた一級危険人物。早い話がカリスマ性がある上に、機を見て敏なる一門(ひとかど)の将です。

では他の各地に『飛ばした』方々はと言うと……良く言えば特化した、悪く言えば一芸馬鹿といった処です。例に取るとすれば、周泰さんと甘寧さんがその最たるものでしょうか。

周泰さんは隠密性に優れた体術を持ち、あらゆる場所から機密性の高い情報を盗み出すプロフェッショナルです。自分の私生活やら本音なんか簡単にバレちゃいますね、震えが来やがります。

しかし、折角の技能も何の情報が必要か、その情報をどうやって活用するか判断する頭が無ければ宝の持ち腐れであります。

甘寧さんも一騎当千の武将であり、一軍を率いる器量もありますが政治は空っきしらしく、孫策さんの妹である孫権さんの護衛をするのが精一杯の様です。

まあ、名目上は地方の治安維持の為に遣わされている(てい)ですので『どこまで』地方の有力者と親密にすべきかの匙加減は経験やそれに匹敵する知力、または政治眼が必要になってきますしね。

そこら辺は孫策さんや黄蓋さんが得意です。いい加減そうに見えて人との距離感を計るのが上手いんですよね、流石は歳の……何やら寒気が……経験は何にも勝る宝という事で。

孫権さんを筆頭にした呉の『若い』人材は単体なら扱いやすい猪武者揃い(呉家全体がそんな感じではありますが)なのですが、猪ってのは正しい方向に突っ走ると誰にも止められなくなるのが厄介なもの。

少しだけ楔が必要でしょうか。

まあ、無駄に終わりそうですが、凡人の最後の足掻きとさせて貰いましょう。はあ、判っているのに何も出来ない無能さが泣ける。


「では、出発しましょうか」


「ちょっと待って」


馬首を巡らし、手綱を打つ自分を孫策さんがコメカミに手を当てながら引き留める。


「何ですか孫策さん、兵は拙速を尊ぶとか何とか言いますよ。巧久はアレです、どうせジックリやっても上手く行かないんで思い切りよく行きましょう」


「微妙に合ってる様な気がするのがまた気に触るんだけど、一つ聞いていいかしら袁垓」


「はい、なんなりと」


「何で私達の陣営に貴方が居るのかしら。袁術は別方面に向かったはずだけど」


孫策さんの探る様な顔は珍しいですね。普段は『大体、勘で分かる』とか平気で言いますから、かなりのレアケースと言えるでしょう。

それに対して表面上は平静に、内心は心臓がドキドキマイハートしながら何気ない風に答える。


「監軍使者という役職はご存知ですか?」


「えっと、軍隊を監視する役職よね」


「まあ、ざっくばらんにはそれで合っています。今回は黄布党の本拠地を叩く関係で兵数も多い。必然、袁家から出る糧食やそれに伴う金も莫大です。それらを不正に使われる可能性も、ね」


自分の思わせ振りな言いように孫策さん達が気色ばむ。いやぁ、マジ震えがヤバい。テンション上がってきたとか目じゃありません。


「私達が信用出来ない、って事かしら?」


「まさかにまさかですな。ただ、信用出来るから全てを丸投げして何かがあってからでは孫策さん達も『今後』に支障があるでしょう。だが、私が袁家の関係者が監軍使者として同行するならば『何か』があっても相談出来るという安心感があるでしょう?

田んぼに案山子が立って居れば雀は来ない。その程度の安心感は必要ではありませんか」


ぶっちゃけ、孫家の全員が揃った時点での脅威度を確認する為に付いていくんだけど建前は必要だよね。まあ、自分だけでなく袁家の軍を指揮する武官や様々な雑務をこなす文官も居るからそこに紛れ込む形なだけです。仕事?

余計な手を出して無駄に時間を浪費させる事を仕事と言うならば自分は一生働かないでござる。働きたいけど、働かない方が世のため人のためでござる…泣いてなんかいないよ、本当だよ?





長女から末妹まで孫家の血を引いた獅子が揃い、忠臣宿将次代の雄まで勢揃いした孫家一同だが旧交を温める暇もなく鬱々とした空気が覆っていた。

本来ならば孫家再建の祝うべき門出、大陸全てを巻き込み暴れ狂った竜の首級たる黄布の本隊を討つ英雄の旅立ちとして嫌が応にも気勢が上がる場面であったが、たった一つの楔が消えない頭痛の様に重しとなって彼女らの気概を削いでいる。

元凶たる男は常に数人の護衛と入れ替わり立ち替わりに軍隊の行軍状況を報告をする連絡官と言葉を交わしながら、背筋をピンと伸ばした姿でカッポレカッポレと馬を進ませていた。


「姉様、袁垓とは油断ならない相手ですね」


馬を寄せ、神妙な顔で声をかけて来るのは孫権。

孫家の次女であり、次代の王として孫策が見込んでいる愛しい妹である。


「そう、ね。貴女は余り付き合いが無かったから初対面みたいなものだし、少し説明しておこうかしら」


ちょいちょい、と周瑜に手招きをして孫策は周瑜と孫権に馬を並べる。


「袁垓は油断しちゃいけない相手。そこは蓮華(れんふぁ:孫権の真名)の言う通りよ。でも、過大評価し過ぎると判断を誤る。そこを勘違いすると手痛いしっぺ返しもある厄介な相手よ」


孫策の言葉に首を傾げる孫権。

説明を求めるそのうろんな瞳に周瑜が続ける。


「袁垓の厄介な部分な袁家であるという一点だ。

名門であり、財力も権力もある袁家という巨大な存在が袁亥の価値を高めるという事を袁垓は『よく』知っている」


周瑜の言葉に少し思案の間を置き、孫権は慎重に言葉を捻り出す。


「袁家という名前が彼を英雄にする、と?」


「いいわね、蓮華。半分正解よ」


朗らかに笑う孫策に孫権はムッと不愉快な表情をして顔を歪める。


「半分、とは?」


笑う孫策に苦笑を並べる周瑜。


「袁垓を英雄足らしめるには足りない物が多い。本人の武力、知力、魅力、そして徳。部下も秀才は居るが袁亥を英雄に押し上げる者は居ないと言えるな。同僚の張勲は言動はアレだが、一門(ひとかど)の将だ。その能力を無駄遣いしてるがな」


そして、周瑜は歌う様に続ける。


「だから袁垓は袁家の名前を使う。袁家の財力で豪族の軍を骨抜きにする。袁家の人材で政治を能使する。袁家の名声で人望を集める。全ては袁家の為になり全ては袁家に集まる」


そして、声を落として言う。


「そこに袁垓の姿形は無い」


冷気が孫権の背中を震えさせる。


「袁垓という英雄は必要ない、と?」


「逆ね。袁家という巨大な存在は英雄すら圧倒するでしょうね。個人に依らない分、全ての財力、権力、名声は英雄という個人ではなく袁家という姿の無い巨大な英雄に成り得る。袁垓はそこにある便宜上の顔になるだけ」


ふぅ、と溜め息を吐き孫策は言う。


「恐いわね」


そんな孫策に周瑜は目を逸らしてヤレヤレと首を振り、孫権は困った様にクスリと笑う。


「な~によ、冥林(めいりん:周瑜の真名)も蓮華も。もうちょっと危機感持ちなさいよね」


頬を膨らませ、口を尖らせる孫策に二人は顔を見合せ、


「だって姉様……」


「雪蓮(しぇれん:孫策の真名)、お前笑っているじゃないか」


「あら?」


思わず頬に手をやると、成る程つり上がっている。

獲物を前にした肉食獣が浮かべる笑みを孫策は自然としていた。

袁垓や袁術は取るに足りないが、袁家という巨大な獣を前に孫策という狂暴な獣が、激戦となる予感に恐怖よりも悦びを感じている。

それは、無謀とか無鉄砲とか呼ばれる愚者の愚行に近いが無謀を勇気に無鉄砲さを勢いに変えた時、人はそれを英雄的行動と(たた)える。

そして、無謀を勇気に変える猛烈果敢な部下と無鉄砲さに方向を与え勢いに変える親友が孫策には居る。

英雄足り得ようとする孫家と、英雄をはね除ける壁足り得るようとする袁家。

対決の時は刻一刻と迫ろうとしていた。




(何か孫策さんがコソコソ話してニヤニヤしてるけど、あれ絶対に自分の悪口だよなー。周瑜さんも目を逸らしてるし……っていうか孫権ちゃんにまで苦笑されるとかガラスハートがブロークンマグナムなんですが……引きこもりたい)


風雲急を告げる中でも袁垓は安定の名門(残念)であった。

次回は黄布終了。

戦闘描写などはないので悪しからず。

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