名門(立ち芸)後
あのバスト……いや、あの人好きのする顔は劉備さんではないですか!
自分の淹れた蜂蜜茶をあれだけおいしそうに飲んでくれたのは美羽様と劉備さんのみ、忘れられない大切な人である。
何やら怒っておられるご様子。カルシウム足りてないのだろうか、大丈夫でしょうか。蜂蜜飲む?
「皆さん、こんな事してる場合じゃないです。洛陽の人達は今この時も圧政に苦しんでいるんですよ!」
諸侯が冷たい視線を送る中で、自分は
(イィヤッホー、劉備さん最っ高ー!)
とテンションマックス限界突破致しました。
空気を読まない素晴らしい存在に自分から劉備さんの好感度は、このままエンディングイベントに突入出来る段階にまで上がっています。
自然、劉備さんに送る視線も熱がこもります。やべ、瞳がハートマークとかになってないよな。もう、貯金全部よこせって言われたら蕩け顔で差し出すレベルですね、劉備さんマジ人たらしだわ。
「あらあら、礼儀を知らないお猿さんが居ますことね」
袁紹さんが怒ってらっしゃる。
まあ、あんだけ勿体振ってたのをぶち壊されたらキレますよね。
「……失礼しました。私は平原の相に叙せれた劉備と申します」
「知っていますわ、袁垓さんと一緒にお会いしてたからよく覚えていますわ」
……それは自分が居たから覚えていたという意味でしょうか。何か袁紹様がめっちゃ自分を睨んでますが、つまみ出せとか言わなきゃいけない感じでしょうか。それ無理。劉備さんに袁垓さんは黙ってて下さい、とか言われたら一生喋れなくなるまで調教されましたよ?
恋に時間は必要ないように、調教も時間は必要ありません。ただ、そこに愛さえあれば……いや、綺麗に現実逃避決めてる場合じゃないな。ひとまず袁紹様を冷静にさせて、劉備さんから話を聞いて、昼寝をしようそうしよう。
「袁紹様、劉備さんはまだ着いたばかりのご様子。この連合の発起人にして総大将に相応しい袁紹様が、先ずは労い歓迎するのもよろしいかと」
暗い瞳に鈍く光らせ、袁垓は劉備を見る。
劉備は勢い込んで乗り込んだものの自分を見る袁垓の瞳に怯まざるを得なかった。
初めて会った時は丁寧な物腰に加え、略式の茶会を主宰する持て成しの雰囲気は優雅で落ち着いたものだった。だが、今は違う。
ピンと伸ばされた背筋に周りを威圧するかの様な暗く重い眼光、華美な鎧に身を包み椅子にもたれる袁紹の横で真っ直ぐに立つ姿は、袁家という名門の肩書きを背負い続けた長年の凄味を存分に発揮していた。
思い知らされる、諸葛亮の言っていた自分達が失うものが少ないという言葉の意味を。義によって立つのでなく、勇を持って振る舞うのではなく、仁によって成す自発の意志ではなく、形の無い名門という肩書きの巌の如き峻険さを。袁垓の持つそれは人一人ではなく、何年も何十年も何百年も積み重ねた山の高さ。自分はその麓で手を伸ばし、振り回しているだけに過ぎないという絶対的な格差。
「それもそうですわね。袁垓さんが総大将に相応しいと仰るなら、私もそうあるべき振る舞いにしなくてはなりませんわね」
おーほっほっ、と高笑いをする袁紹に周りの諸侯はやれやれと肩を撫で下ろす。劉備はいきなり弛緩した空気に呆然とする。
「劉備さん、長旅ご苦労様ですわ。兵をゆっくり休ませて貴女も疲れをとりなさいな」
「はあ、有難うございます」
「何せ雄々しく勇ましく華麗に先陣を切るのですから、疲れきっていたら出来ませんものね」
おーほっほっ、ご機嫌に高笑いする袁紹を魂が抜けた様に目を見開き見つめる劉備。
「袁紹様、それは……」
袁垓が形ばかりと明らかに判る風に口を挟もうとすれば
「何ですの袁垓さん。劉備さんが焦らせるから私は総大将なんかをやる羽目になりましたのよ。なら、劉備さんもそれなりに苦労して貰わなければ割りに合いませんわ」
冷然と言い放つ袁紹に同情を期待するのは無理と感じた劉備は衝撃の展開に霞む頭を必死で働かせる。
「……判りました。先陣の名誉お受けします」
観念したかの様に顔を伏せる劉備に満足そうに頷く袁紹。諸侯は劉備の不憫さに顔をしかめ、袁垓はじっと劉備を見つめている。
「ただし、」
勢いよく顔を上げた劉備の瞳は炎が燃え、引き締めた口元は断金の覚悟が宿っていた。
「私達は義によって立ち、勇によって払い、仁によって成す為に糧食は少なく兵もありません。袁紹様からは先陣の名誉を果たす為に糧食と兵をお借りしたいのです!」
内容はやる気はあるが、兵も兵糧も用意出来なかったというお粗末なものである。当然、諸侯は劉備の弱音、あるいは領主としての不甲斐なさに蔑笑を持って答えるはずだった。
だが、
「それも良し!」
パァン、と柏手を打ったのは袁垓その人であった。
劉備さんが困っていらっしゃる。
これは先程の恩を返すタイミングに違いない。
というか、兵も兵糧も揃えきれなかった所に共感せざるを得ない。時間なかったもんね、事前に用意とか出来るか馬鹿って感じです。両手を叩いて皆さんの意識をこちらに向ける。
「劉備殿、兵も兵糧も我が軍より援助致しましょう。先陣の名誉は袁術様と劉備殿にて果たしましょうぞ!!」
先だっての黄布賊の討伐で劉備さんの軍の動きも武官の方がよく見ていた報告は入っています。
今回は兵も急座で揃えましたし、孫策さんは自分達だけでやる気満々。指揮を頼める人材は諸侯から借りようかなー、とか思ってたから渡りに船です。
曹操さんか公孫賛、馬騰さん辺りに頼もうかと思ってたんですが劉備さんなら任せられます。関羽さんとか張飛さん、趙雲さんっていう馬鹿強い人も居るらしいんで頼りになります。
「ちょ、袁垓さん。勝手になさらないで下さる?」
隣から袁紹様が立ち上がらんばかりに口を突き出しています。あ、やべぇ忘れかけていました。
「申し訳ありません袁紹様。劉備殿の飾らない言葉に感情的になりました。だからこそ、勇敢さが何より求められる先陣に相応しいと袁紹様の慧眼に感服深く、やはり袁紹様こそ我らが大将に相応しいかと」
なし崩しに袁紹様に総大将やって貰いましょう。勢いって大事。劉備さん、いい仕事した。
「う、まあ私が総大将するのは構いませんわ」
「なら、軍義はここまでね。先陣は決まったし後詰めの準備だけでもしてくるわ」
曹操さんが席を立ち、
「後は作戦だけよね。私達も手勢は少ないから一角は担えないし、概要だけ決まったら教えて頂戴」
孫策さんも軽やかに出ていきました。
「関が相手じゃ攻城戦だしな。騎馬が主体のあたし達も役に立てそうにないから後詰めに入るよ」
馬超さんも身を翻していなくなりました。
「何じゃ皆帰ってしもうたなら妾も帰るとするか。昼寝もしたいしの」
「美羽様、さっきまで日向ぼっこして寝てたのにまだ寝る気ですね。寝すぎて牛になるか豚になるか、この仕事しない豚め牛め美羽様め」
「うはは、妾は牛も豚も美味しいから大好きじゃ」
和気藹々と賑やかに帰る美羽様。ナチュラルに置いていかれましたが、泣いてよかですか?
「いや、まあ頑張れよな袁垓」
公孫賛さんからは同族の匂いが……や、駄目だこの人は顔良さんサイドだわ。一人で太守とかマジ無理。
「あのー……」
劉備さんが手を合わせて上目遣いに覗き込んで来ました。ナイスバスト!どうしたの、結婚する?
「ふぅ、もういいですわ。おって作戦は伝えますから袁垓さんも劉備さんもお帰りになって」
袁紹さんがお疲れのご様子。お言葉に甘えて劉備さんと一緒に陣幕を潜ります。
「劉備さんも準備があるでしょう。兵と兵糧は編成次第に自分が連れていきますので受け入れの準備をお願いします」
「えっ、あの、はい有難うございます」
「では……」
クールに去ろうとする自分に劉備さんが後ろから声をかけて来ました。
「あのっ、何故助けてくれたんですか?」
振り向くと泣きそうな顔の劉備さんが必死に唇を噛み締めてこちらを見ています。
何故と聞かれたら答えてあげるのが世の情けです。
「天は自ら助くる者を助く!」
劉備さんがポカーンとした顔になりました。
ふっ、良いこと言った。
「まあ、運が良かったのですよ劉備さん。その運を活かすも殺すも劉備さん次第です」
期待してますよ、と笑顔で別れる自分は珍しくイケメンなんじゃないかなと思ったりしました。さて、昼寝しよ。えっ、兵と兵糧の編成?
馬鹿だなぁ、自分が手伝ったら手間が増えるだけなんで武官と文官の方々に丸投げです。よし、自分は今日も袁家してる。
劉備は思い知らされた。
自分と袁家という名門の違いを。結局、自分のした事は袁垓の手の上で転がされただけ。体よく利用されただけだった。更には袁紹からの無茶な要求も袁垓に助けて貰った形だ。
袁垓に借りばかりが増え、その目的を聞いても自分の運が良かった、天からの授かり物だ、とはぐらかされる始末。
劉備は思い知らされたのだ。
袁垓という名門の強さを余裕を華麗さを。ただただ思い知らされたのだ。
晩年、劉備は袁垓は強敵だったかと聞かれ、こう答えたと言われる。
「袁垓に勝つのは容易いが、袁垓に認められるのは何よりも難しい」
長くなったので分割し、二話連続投稿になります。
曹操さんはお互いに苦手、孫策さんはお互いに天敵、劉備さんはお互いに認め合う仲。
なんて関係に最終的に出来たらいいなぁ、とか思っています。