名門(立ち芸)前
さてはて、あれから続々と諸侯が集まり袁紹様を頭に軍議が開かれる事になりました。
主催は袁紹様、司会は袁垓がお送りします。
……何か変じゃね?
袁家率が高いというか、公平を期すなら公孫賛さんとか中立な人が良いんじゃね?
「袁紹さんが我が儘言い出したりした時に一言もの申せる人が袁垓さん位しか居ないからじゃないですか?
あ、美羽様にそんな事させられないので却下ですから、袁垓さん頑張って下さいね」
七乃さんの言葉に納得しかかった自分が、むしろ袁家が嫌い。とは言え袁家に生まれたら死ぬまで袁家なんで好き嫌い出来ないのも世の理。袁紹様が余計な事を言わなきゃ問題なし、袁家の人は座って蜂蜜飲んでりゃ世の中は上手く回るんです。
「まずは皆さんお集まりご苦労様ですわ」
上座に座り一同を見渡す袁紹様。美羽様と違って体もしっかりと発育し、威風堂々、華麗に美麗な姿は一種のカリスマ性すら感じます。
見た目貧弱な自分としては羨ましい限り。せめてイケメン金髪なら袁家面(ウザいドヤ顔と評判)も板についたものを。
「各々方、様々な思惑でここに在ると思いますわ。でも、共通しているのは帝をお救いする事。これは最も優先される事ですわ」
良く通る声で朗々と語る袁紹様は正に名門、って感じですね。ちょっと上向いた偉そうな態度も威厳を振り撒くアクセントになっています。いいぞ、自分の仕事が無くなる予感がする。もう、全部袁紹様でいいんじゃないかな、とかコメントされる素晴らしい未来が……
「そこで、この場で皆を率いる総大将を決めるべきだとは思いませんこと?
勿論、誰でも良い訳ではありませんわ。人の上に立つべき優雅さと華麗さを併せ持って、皆を率いる雄々しさがある人物でないといけませんわ」
……顔良さんに目を向けると、真っ青な顔でブンブンと勢い良く首を横に振られた。
何かそういう流れがあったのかと思ったが、曹操さんがコメカミに血管浮かべてるし、公孫賛さんは苦笑して、孫策さんは凄いジト目である。馬超さんは話についていけてなさそう、よし仲間。
うちの美羽様は安定の蜂蜜消費マシーンになっているので問題なし。美羽様最高。
総合すると袁家の文化が炸裂し、皆様カルチャーショックを受けたって所です。いや、自分も受けてるから袁家の文化ってレベルじゃないな。
「ああ、誰か居ないかしら。華麗で優雅で雄々しさまで持つ素晴らしい人物が。ねえ、皆さんご存知ないかしら。優雅で華麗な家柄もある皆さんを率いるのに相応しい方を」
袁紹様としては自分が推薦されて三回断り、最後に不承不承ながら受けるという形式の古式ゆかしい拝任の儀を行いたいようです。
それに対して他の方々はぶっちゃけめんどいとか思っておられる。曹操さんなんかは袁紹さんにお願いするとかは嫌みたいですし、中立の立場にありたい公孫賛さんは誰かを推薦するとかは難しい。孫策さんは客将でしかないし、袁紹さんとは顔見知りでしかないので推薦する根拠に乏しい。馬超さんは真剣に悩んでえおられます。我らが美羽様は……蜂蜜水でお腹一杯になったのか舟をこいでいる。よし、可愛い!
で、皆さんは何故に自分を凝視するのかと。いや、こういう時の為に自分が司会をさせられているのは分かってはいるんですよ?
ただね、袁家の人間が袁家の人を推薦するとか自演ってレベルじゃねぇぞ、って話でして……。
それから数時間、袁紹様は絶好調、美羽様が目を覚ましかけたので七乃さんと共に休憩してもらい、諸侯も適時休憩しています。自分は袁紹様の横で長年鍛え上げた立ち芸を披露するのみ。
流石に疲れが見え始めた今日この頃、背中がバキバキに張ってきついです。右耳も袁紹様の美声で麻痺して来ましたし、いい加減何とかしたいです。と言っても何も考え付かないのが凡人クオリティ、嵐を過ぎるのを待つが如く何とかならないかなぁ、とひたすら背中を伸ばすのみ。
ああ、誰か空気を読めない人は居ないものか。その人になら自分の尻の穴を捧げてもいい。
「失礼します!」
そんな風に考えていた時に陣幕を跳ね上げて走り込んで来たのは、いつか蜂蜜茶を大事そうに蕩け顔で飲んでいた世界ランキングのバストを持つ女の子でした。
少し前に時間を遡る。
劉備は黄布の乱で義勇軍を率い鎮圧に努めた功を認められ、平原の相に任ぜられていた。諸葛亮と鳳統が頭脳として活躍し、政も一段落した頃に袁紹からの檄文を受けて反董卓連合に加わる決意を固める。
董卓を打ち倒し、あわよくばその後釜に座ろうという政治的な意味合いは薄く袁紹の檄文に書かれた洛陽における董卓の専横、圧政を正すと言った義を持って立ち、勇を持って払い、仁を持って正すという義勇軍の頃から変わらぬ意志があっての参加であった。
故に出兵は諸侯の中で最も遅れた。兵数こそ少なく、準備から出立までは早かったが義勇軍として農民上がりの兵は率いても正式な軍容で出陣をした事がない為に手間取り、兵を急かしながらの道中となった。
袁紹が陣地割りをした反董卓連合の陣営に辿り着いた頃は諸侯も揃い切った中で、劉備達は参加の旨を伝える伝令に訝しげな顔をされながら、軍義が始まっている事を聞かされ遅れた不甲斐なさから羞恥に顔を赤く染めた。
「さて、今から軍義に加わるのは些か難しいかな」
趙雲が皮肉げな笑みを浮かべて劉備に言う。
あうー、と劉備は落ち込みから潰れそうになりながら呻き声を上げた。張り切って来たはいいものの、最初からつまづいた形である。
「しかし、軍義に加わないと言うのも体面上、好ましくないかと」
生真面目に言うのは関羽である。
「そうだよねー、ちょっと気後れするけど仕方無いよね」
今にも地面にへたれ込みそうになりながら劉備はのろのろと体を起こす。
「桃香(劉備の真名)様、聞くは一時の恥聞かぬは一生の恥という言葉もあります。幸い私達は失うものも少ない身空、将来の為を思えばこそここで一時の恥を一生の得に替えるべきかと」
フォローするのは諸葛亮である。
「にゃはは、遅れちゃったならその分頑張って取り返せばいいのだ。鈴々(張飛の真名)や愛紗(関羽の真名)、星(趙雲の真名)が大暴れしてやるから、桃香は胸を張っていればいいのだ」
問題無しとばかりに満面の笑みを浮かべるのは張飛。
「逆にここから印象付けられるのが良いですね。最初か最後が一番印象に残りますから、ここから巻き返していく事を考えれば劉備ここにありと示せる絶好の機会を得たと言えます」
発想力ならば並ぶものなし、の鳳統に励まされ劉備も立ち直り、
「うん、皆が頑張るんだから私も一生懸命頑張んないと嘘だよね」
と両手で握り拳を作る。
劉備陣営の役割分担の妙味は他の陣営にはない馴れ合いに近い関係から生まれる。誰かを助け、自らも助くる。情けは人のためならず、を体現していた。
「おー、劉備じゃないか何だかんだで早かったな」
「あっ、白蓮ちゃん!」
丁度そこに公孫賛(真名は白蓮)が手を振りながら現れる。
「噂は聞いてるけどなかなかしっかりやってるみたいじゃないか」
「うん、朱里(諸葛亮の真名)ちゃんと雛里(鳳統の真名)ちゃんが凄い頼りになるんだよ」
満面の笑顔ではしゃぐ劉備に
「おやおや、桃香様は二人ばかりを愛でてらっしゃる。我等もうかうかしてられんな愛紗殿?」
獲物を弄ぶ猫の様な笑みを浮かべる趙雲に関羽は不服気に目をつぶる。
「わ、私は民の為に全力を注いでいるだけで桃香様に褒めてもらいたい訳ではない!」
「はいはい、民の為民の為だな」
関羽をからかう趙雲に公孫賛は
「星は相変わらずだな。まあ、元気してるようだし仲も良いみたいだから安心したよ」
「おや、伯珪殿に心配させてましたかな」
そーいうとこがだよ、と公孫賛は苦笑する。
自分もからかわれた過去を思い出し、気兼ねなくふざけ合える相手がいる事に羨ましさを感じていた。
「そ、それより白蓮ちゃん。軍義はどうしたの?」
気を取り直して劉備は公孫賛に向き直る。
「あ、ああ今は小休憩さ。ちょっと厄介な状態でな。頭が痛いよ、本当に」
そして、公孫賛から総大将を決めかねる軍義に憤りを抑えかねた劉備が突撃するに至る。
長くなったので分割。
劉備陣営を描いたのは、袁家陣営との違いを描くため。伏線になるかどうかは不明。