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第一章 出会い
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「ん?…起きた?」
身じろぎした瞬間、背後から低い声が聞こえる。少し掠れた、寝起きの京の声だ。
「ずっと…このままだったのか?」
眠ってしまった照れ隠しもあり、仏頂面で問い返す。
「響、寝ちゃったから。」
「んなの、布団に放っときゃ良いだろっ?」
「起きちゃうと可哀相だし。」
「なっ!」
「うなされてたし。」
「…チッ。」
思わず舌打ちしてしまった。弱みを見せたくない。
「頭を撫でてたら大丈夫になったみたいだった。痛かったのか?」
振り返るようにして京の顔を見上げた。下心のない、純粋な心配をしている瞳。真っ黒な京の瞳は、心根まで暴かれそうな気持ちにさせる。
「…さぁな。寝てたんだから、知らねぇ。」
「それもそうか。…飯、食うか?」
「…あぁ。」
「分かった。持って来る。」
そう言って京が放れた瞬間、響は酷く心細くなった。急に支えがなくなったかのような不安。
「すぐ戻る。」
ポンポンと軽く頭を叩かれ、ハッとして京を見上げる。どうやら知らず知らずに表情に出ていたようだ。
「うっせー、早く行って来い!」
またまた強気な言葉。だがそれを聞いて京の黒い瞳が僅かに細められる。笑われた。そんな気がする。
静かに閉められた扉に、響は思い切り枕を投げ付けた。バフッと空気の抜ける音がする。
「何かムカつく。何か調子が狂う。何なんだ、アイツ。」
ベッドにあぐらをかいたまま、足元の布団をボカボカと殴った。
「…でも助けて貰った。いや、オレは別に助けて欲しいなんて言ってない。けど…医者も、この宿も…。いやいや、昨日アイツはオレに何をしたっ?…思い出しただけで、またムカついてきた。」
「何、一人芝居?」
「っ!」
自問自答していた響は、突然声をかけられてバッと振り向く。お盆を持った京が、いつの間にか扉を開けてこちらを見ていた。
「ノ、ノックくらいしろよなっ。」
「この部屋は俺の名前で借りている。自分の部屋に入るのにノックが必要か?」
小首を傾げる京は、ふと足元に落ちている枕に気付く。
「物は大切に扱え。」
器用にお盆を持ったまま軽く屈むと、枕を拾い上げて響に差し出して来た。