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オフライン

 感情が落ち着いてから、私は辺りを見回した。

 薄灰色の殺風景な空間で、中央に眠っていたベッドど屋敷内で見たのと変わらない顔をした2人の男がいた。

 2人とも緋色の作業服みたいのを着ていた。どうやら2300年代の衣装らしい。

 もちろん、私も似たような薄いピンク色のスカートのを身に着けている。


「ハシバ……さん。サク」

「おかえり、マナ。私が管理するゲーム攻略の候補者よ」


 仮想空間より少しやつれ顔をしたハシバさんは私の頭を撫でてくれた。


「ただいま。帰ってきました」


 オンラインゲーム、アルターワールドも仮想空間なら、今までの日常生活も2015年の世界を基に作られた仮想空間に過ぎなかった。


「まずは改めてになるが、本当の現実を見よう」


 長いこと歩かないで過ごしていた体なので、私はハシバさんにより車椅子に乗せられ灰色の殺風景な部屋を出た。


 サクは部屋に残り、ハシバさんに押され長い通路を移動する。


「年月をかなり積み重なり過ぎてオゾン層は完全に破壊された。宇宙に行く者もいたが、地球を恋する我々は地中深くに都市を造った」


 左右に窓があり外の光景を映し出しているけれども、作り物の画像にすぎないと私の目でも判断ができる。


 画像処理は高いのだが、本能は偽りだと見抜いてしまうのだ。


「人工の太陽や空、風まで作り出したのだが、偽りでしかない世界に人々の心は闇に閉ざされた」


 長い通路が終わり、私達は広い空間に出る。

 部屋の中央にオブジェがあった。

 キレイな青色をした地球の立体画像に私もハシバさんも吸い込まれるように見続けてしまう。


「キレイだろう」

「はい」

「地下生活を余儀なくされた者達も、地球の恩恵を受け止めていた時代を恋しがり、2015年を基にした仮想空間を作り出した。それがマナが日常だと思っていた世界、『夢世界』だ」


 地味で普通の女子高生。その環境すべてが作られた仮想の世界だった。


「じゃあ、友達は由麻ちゃんも、ナオや他のメンバー達も作られた者なの?」


 不安になって見上げた私をハシバさんは微笑みで返した。


「彼女たちは本物だよ」


 ハシバさんは視線を進行方向に向ける。

 扉が自動で開き広い空間に入った。


「…………」


 どこかの工場みたいな部屋で私たちは中央にある狭い通路を進む。

 最初に思い浮かんだ言葉は陳列ケースに並べられた大きな人形の販売所だった。

 通路の下から壁、天井近くまでそれらがびっしりと並べられている。


「食事を代用できる、生命水。風呂や排泄を衛生維持水を流し続けることにより、人々は水槽で暮らすことができるようになった」

「ずうっと仮想空間にいられるって事ですね」

「そうだ」


 私は近くにある同性のを見つめる。

 円柱型のガラスに一糸まとわず立っているように浮いていて、頭にはヘルメットのようなものをすっぽりとかぶせられていた。

 ヘルメットには2本の管が上に伸びていた。 異様な空間。ここが1人の部屋でありベッドあり人生の過ごす全ての場所なのだ。


「戻ろうか」


 ハシバさんは車椅子の方向を戻す。


「政府は2285年以降に生まれた子供に本当の世界を知ることなく、電脳空間が本当の世界に思い込ませるようにした。そのため真実世界で10才を向かえた子供たちの記憶を封じ、仮想世界『夢世界』の住人の1人として、国が認めた安全な家庭に送る。子供はそこの家族の一員としての新しい記憶を作らせ、成長してゆく」


 先やったドア開けゲームがすんなりクリアできたのは、過去の記憶を取り戻したからだった。

 それと『夢世界』にいた両親、弟は何の繋がりもない者達だったのだ。情報を消去した今はもう完全なる他人なのだ。




 再び地球の見える空間と人工の窓が見える通路を進んだ。


「現実世界では、君たち2285年以降生まれた子供をゼロと呼んでいる」


 私が目覚めた部屋を通り越して、隣の広い部屋に入る。その部屋は他の部屋より温かった。

 4つの質素なベッドがあって4人の女性が眠っている。

 先ほどのヘルメットみたいな装置で顔は見られなかったけれども、シーツのような布が首から下にかけられてあるので、布の凹凸を見てそう判断できる。


「ナオはどこ?」


 一目見ただけでメンバーだと分かった。

 ハシバさんは私の近くを指差した。


「ナオ……」


 私は布を軽くめくり温かいけれども真っ白なナオの手を両手で包む。

 言葉が出てこない私に対し、ハシバさんは話を続けた。


「仮想空間が全てと思う子供たちのため、更なる仮想空間、アルターワールドと始めとする幾つかのオンラインゲームが生まれた。それにより現実に気づく子供は皆無になった」

「うん、全然、違和感なんてなかった。ハシバさんの考案したゲームに参加して、あの屋敷に来るまでは……まったく」

「現実を知らずに仮想世界だけで永遠を過ごしたいものだ。しかし、そうしたら我々は滅んでしまう。


 人口を維持するため、ゼロの子供たちが現実世界で生活できる精神をもてるかテストする。 それがオフラインゲームだ」

 ハシバさんは私を見つめた。


「そしてマナ。君がこのゲームの勝者だ。おめでとう」

「…………」


 ハシバさんの言葉に正直よろこぶことはできなかった。

 覚めなければ仮想世界を本物のまま一生を送れたのだから。

 でも、私は真実に触れてみようと思った。

 本当の現実に

 現実を向き直る前に私は気になっている事を口にした。


「ハシバさん。ナオたちはどうなるの? 私は大切な仲間たちに、会うことはできる?」


 ハシバさんは微笑み返す。


「仲間たちは再び衛生維持水に満たされた水槽に入れられて、あの広い空間に運ばれる。君はこれから現実世界で生きるための訓練が必要だけれども。いつでも会えるよ」

「ナオとは現実に会えることはできないの?」

「このオフラインへのゲーム勝利者になれるのは1人だけだが、毎年行われる。ナオに現実を受け止める精神があれば可能だろう」

「ナオは負けず嫌いだから……会えるよね。ナオ、待っているからね」


 私はナオの手に口付けし、布の中にしまった。






 オフラインゲームを終了してから半年後。私はようやく現実という名の仮想世界に足を踏み入れた。

 2015年をモデルに作られた仮想世界『夢世界』。政治や社会がおかれているため、真実をしった者『知る人』も『夢世界』にログインしなければならない。

 もっとも本当の世界に居続けてたら心が病んでしまうので『知る人』にとって『夢世界』は必要不可欠な場所になっている。

 中西真奈という存在は消去されたので、私は新しい名前、外見を作る必要があった。

 名前はH13574-麻奈。

 真実を知った者に苗字はない。本当の世界を知る者は『夢世界』で知らない者に秘密を漏らさないように、厳重な管理下におかれている。

 『知る者』は赤いブローチのようなアイテム(正確にはプログラムだけれども)を持たされる。もし、秘密を漏らしたら即強制ログアウトできるように。

 その代わり『夢世界』では商品の売買が格安になる。これは真実世界での労働や負担があるからせめてもの。

 だけれども、真実をしらない人達によって『知る者』は政治家のように特権階級的な存在で嫌な者達しかなかった。トラブルを防ぐため、私は服の裏にそのブローチをつけて町を歩き始めた。

 大二駅周辺を

 ゆまちゃんと良く遊びに行き、初めてナオと会えた場所。

 白いワンピースを着た私は黒く長い髪をなびかせて、賑やかな・口で立ち止まる。

 懐かしい人を見つけたから。


「ゆまちゃんだ」


 今までの記憶を消去する選択が出たけれども、私は消さなかった。

 もう、この記憶に繋がりはないけれども、自分が自分でいるために、この記憶は消したくなかった。


「……」


 リア友だった友達は、見覚えのあるクラスメートと何かしゃべっていた。


「今日は日曜日か」


 私は背を向けて歩き出した。これ以上、見ていると変な目で見られそうだから。



「やはり、くるんじゃんかったな」


 静かな南口に向かった私はスイカジュースを飲んで買える事にした。


 オンラインゲーム以外で初めてナオと会い、スイカジュース早飲み競争をすることになったあの場所。

 その場所には見覚えのある人がいた。


「ハシバさん」


 シャツにジーパン姿のハシバさんがスイカジュースを口にしていた。


「麻奈か……これマズイな」


 仮想世界の食物は、擬似信号として脳に伝わってくる。スイカジュースも、あの時のままの味を提供してくれる。


「ハシバさん、知らなかったの?」


 ゲームの始まりとなった、ハシバさんの遺産争奪戦。私とナオの指定場所は、スイカジュースのある販売機だった。


「麻奈のブログを見てそこにしたんだ。あのブログ、『知る人』の権限使わなくても、住所バリバリわかるぞ」

「……。そのブログ、もう存在しないから大丈夫だよ」

「バカモン、これからブロブをやる時のことだよ。麻奈の事だからブログやっているんだろ」

「まあ、真実も『夢世界』もネットワークは繋がっているし」

「いいか、絶対、『知る人』という事は隠せよ。ほのめかすような事書くなよ。『知る人』は住所を知られるより、マズイからな。あー、心配だな。1回、チェックしとこうかな」

「……。ハシバさんってパパみたい。いや、それを通り越して、姑みたい」

「……。言ってくれるじゃねぇか、小娘」


 睨み付けるハシバさんを見て、しばらくしてから私達は笑った。

 真実の世界に戻った私にとってハシバさんとサクは唯一の繋がりだった。

 半年もの間、私は2人から真実世界での生活できるための助力、助言や心の闇を聞いてくれたりしてくれた。

 オンラインゲームの時よりも信頼する人達となった。

 笑うハシバさんを見ると嬉しくなるし、私もハシバさんに対し色々を言えるようになった。

 もちろん、恋愛対象ではなく家族的な人としてみている。


「それはそうと、麻奈。『夢世界』は場所を選んでログインできるから、別の町を選んだ方が良いと俺は思うが……まあ、お前次第だな」


 飲み終えたスイカジュースをゴミ箱に投げて、ハシバさんは歩き出した。


「俺は仕事が残っているから帰るけれど、ほどほどにしとけよ」


 ハシバさんの他に足音が聞こえた。


「…………」


 ナオがいた。

 ミニスカートにTシャツという格好のナオが自販機に入れ替わりに現れていた。


「…………」


 ナオはチラリを私と通り過ぎてゆくハシバさんを見てから、自販機にコインを落とす。

 ナオにはもう私の記憶はない。

 悪人役のハシバさんを携帯で撃退してくれた事や、捕らえられて不安な一夜を過ごした事。スイカジュースのはやのみ大会をした事も。


「……」


 私はナオから数歩下がり、手にしていたバッグから財布を取り出そうかと思ったけれども、少しでも長くナオの近くにいたかったから、携帯を取り出した。


「メールが来てる」


 独り言のように言い、メールを見てから自販機でジュースを買おう。

 一秒でも長くナオを見たかった。彼女は私を知らなくても、繋がりがなくても。


「…………」


 スイカジュースを一口飲んで睨みつけるナオの姿があった。

 あの時と変わらない行動。あの時、私は笑った。

 でも、今は涙がこぼれた。


「えと……」


 涙を流す音なんてないのに、ナオに見られてしまった。 


「あ、ごめん。何でもないの……ちょっと思い出し涙で」

「大丈夫?」


 近寄ったナオはハンカチを渡してくれた。


「ありがとう……」


 心配するナオにさらに涙がこぼれたけれども、ハンカチが受け止めてくれる。



「ゴメンね。びっくりさせちゃって」


 落ち着いてから私は1つの言い訳を作った。


「大切な人がスイカジュースが好きだったの、色々とあってね」


 そう言って、私はスイカジュースを買った。


「そうなんだ」 


 プルトップを開けて一口飲んだけれども、相変わらずの味に缶を見つめる事しかできなかった。


「ふふっ」


 ナオは笑った。


「あ、ごめん。このジュースが好きな人いたんだっけ」

「ううん。私は微妙だと思っているから、大丈夫だよ」

「そう。なら、この微妙ジュースではやのみ大会しない」


 ナオの挑戦に私は笑顔でうなづいた。


 記憶は消えて、2度と戻らないけれども、また、新しく作ればいい。

 そう心から思うことが出来た。



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