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オフラインゲーム  作者: 楠木あいら
館の中で
6/8

攻略

 

 2日目の朝

 この日も私は夢を見た。

 私は幼稚園ぐらいの年になっていた。

 幼少になってもヒーラーの白いワンピースを着てボールを追っていた。バレーボールぐらいの大きさをした水色の柔らかいタイプ。


「あった」


 友達をボール投げをしていたという設定が頭にあった。だから振り返り急いで戻ろうとする。


『帰っておいで』


 後方から声がした。振り向いたらそこは草原になっていて、緑色の草が風に揺れて、どこまでも続い

ていた。


「…………」


 私は悲しくなって涙を流していた。




「…………」


 現実でも涙がこぼれていた。

 涙を拭いて、私は現実の記憶を呼び出した。


「……」


 結局、1日目は何の収穫もなく過ぎてしまった。今日こそは車を見つけたり、ネットに動きがあるようにしたい。

 とりあえず起きようと、私は両腕を伸ばしたら……右手に違和感を感じる。顔を右に向け、予想もしなかった光景に口をパクパクとするしかできなかった。


「おはよう、マナ」


 ベッドの右側にミヤビがいた。

 ゲーム内ではネクロマンサーで年長組にあたる大人の女性ミヤビ。

 今の彼女にセクシーな衣装は着ていない、そもそも服を着ていないのだ。同じ一枚の掛け布団内に一糸まとわない仲間がいるのだから、驚くのは当然だった。


「み、ミヤビ。何で?」

「何でって、ここはあたしの部屋だからよ」

「え……」


 もしかして部屋を間違えた? そういえばハヅキの事を考えながら部屋に戻ったから、部屋のプレート確認してなかったかもしれない。個室に鍵はついていないし、捕らえられた私達の私物というものはなく、間違える可能性は高い。


「ごめん、ミヤビ」

「いいのよ。好きじゃない子だったら起こして戻ってもらうけれども。マナならOKよ」

「へ?」

「うふふふ」


 ミヤビはその状態で近づいてきた。

「大人の男女ばかり見ていると表面だけの間柄に嫌気がさすのよ。マナみたいな純粋な女子高生は大好物なの」

「わ、待ってミヤビ」


 同性とはいえ近づいてくる裸の大人の人にどう対応していいのかわからず、なすがままに密着されてしまう。


「やっぱり高校生も肌がキレイね。羨ましいわ」


 ミヤビの両手が私の頬をなでて褒めてくれるのは嬉しいのだが……


「ミヤビ、お願いだから服を着て」

「えー。服ってあたしになじまないからヤダ。ねぇ、マナ。おねえさんと二度寝しない」


 腕をまわそうとするミヤビから逃れるため私はベッドから飛び降りた。いそいで部屋を出るために。


「あれ?マナ」


 ドアを開けた先にナオがノックをしようとしていた。


「おはよう、ナオ。部屋を間違えちゃって」

「え? だってここ、マナの部屋だよ」


 きょとんとするナオに言われてプレートを確認すると間違いなく『MANA』と刻まれている。


「じゃあ、ミヤビが間違えてたの?」

「ミヤビ? わぁ、何でミヤビがいるの? それも素っ裸で」


 驚くナオに対し、ミヤビは大人の女性だけあって、いや、この人だからかもしれないが、堂々としている。


「あれ、あたしが間違えてた? ま、女同士だから気にしない気にしない」

「だったら服を着て。というより、お願いだから服を着て」

「マナ、もしかしてミヤビに……」

「目が覚めたら、横にミヤビがいただけよ」

「あたしね、人肌に触れていないと眠れないの。それにしてもマナの寝顔、かわいいかったわ。ナオ、見たことがある?」


 得意顔のミヤビを見てなぜか負けず嫌いなナオに闘争心が芽生えた。


「マナ、今日は一緒に寝ようね、絶対だからね」


 ナオは私の両肩に手を置くと、まっすぐに見つめた。


「えー、今日はナオと一緒に寝ようとおもったのに。じゃあ、3人で寝る?」

「却下」

「朝っぱらから、静かにしてっ」


 収拾の付かなくなったところでヒナタの一喝が響いた。




「ああ、ミヤビはいつもそうだよ」


 一騒動を口にするとハヅキは苦笑して解説してくれた。

 私とナオは朝食を作るためキッチンに行き、ミヤビはヒナタと共に朝食前の軽い見回り程度の捜索に出た。


「ミヤビは部屋を間違えたふりしてベッドに入り込んでくるよ。マナとナオが来てくれたから、ミヤビの忍び込み率が下がってくれて助かるよ」


 私達よりも早くキッチンにいたハヅキの表情はまだ沈んでいるものの、だいぶ明るいものだった。


「男は商売対象で同性の同業者は騙しあいしの仲だから。年下の同性はすごく好きだって言ってたよ」

「……。彼女、何やっているの?」


 ナオの問いにハヅキは水道の蛇口を開いた。


「水……夜の仕事?」

「そう。高級クラブでナンバー1になったことがあるって言ってた。そうそう。彼女、チュウするから気をつけてね」


 ハヅキの言葉に私たちは手にしていた物を落としそうになった。


「それはそうと……2人とも何をしているの?」


 ハヅキはなぜか呆れ顔だった。


「何って? 朝ご飯の用意だよ」

「朝はパンって言ってたのに……何でネギ切るの?」

「え……洋食でも、スープか何かに使わない?」

「使わない。ネギに合うスープは味噌汁ぐらいよ。そしてナオまでどうしてネギ切っているの?」


 ネギを切る事に専念していたからナオの行動まで目が向けられなかったけれども、ネギ臭がやけにすると思っていたら当然だった。


「マナがネギ切ってたから、こっそりと対戦してたの」


 ナオの負けず嫌いは何でも対戦することから始まるようだ。


「……。あんた達はうちの弟達と何一つ変わらない」


 ハヅキはため息をつくように言葉を漏らし、作業代に手を置いたけれども目を吊り上げ人差し指を私達に向ける。


「こうなったら、あたしが現場監督になって、指揮するから、テキパキと動いてね」


 弟という家族単語を使っていることから、ハヅキには弟がいて。手を焼いているらしい。


「マナはネギをビニール袋に入れて冷凍保存をする。ナオは切った包丁とまな板を洗う。

終わったらフライパンとボウルをとってきて……違う、ボールじゃなくてボウル、半球型の入れ物。ナオ、勝手にプリンを食べない!」


 昨日の1件がなかったかのようにハヅキはいきいきとしていた。

 とはいえ……高校生が中学生に指揮されないと動けない料理って……




 ダイニングルームで朝食をとり食後の紅茶を飲みながら、ヒナタを議長にしたミーティングが始まった。


「ネットの方は。まず繋がるようになって、警察とかの問い合わせ窓口に送ってみたけれども、何も返事がない」

「イタズラと思われているんだろね。逆にイヤガラセのように送り続ければ、とりあってもらえるかも」

「ハヅキ……それはマズイんじゃない?」

「大丈夫よ、マナ。こっちは本当のSOSなんだから」


 ハヅキの意見に頷いても良いのか悩んでいるところにヒナタが質問してくれた。


「考えてみたんだけど、マナ。ブログやっている友達いたよね」

「ユマちゃんね。アルターワールド用のブログを中心に掲載しているよ」

「その子のブログ内でコメント送ったりできない? ブログ名を覚えているならば、その名前を検索サイトにかければアドレスを直接入力しなくても入れる」


 ヒナタの提案に皆が注目した。ヒナタの言う通り、検索サイトを使えば友達のブログがすぐに見つかる。私もユマちゃんと同じサイトのブログを使っているので仲間同士のメッセージ送信が可能。面倒くさいアドレスが分からなくてもコミュニケーションがとれるのだ。


「そっか。その手があったね」

「マナの他に、リア友範囲でブログ名を覚えている人いない?」


 ヒナタの言葉に手を上げたのはミヤビだった。


「同僚は必ずチェックしているからできるけれども。頼りたくないなぁ」

「そんな事を言う余裕はないんだから」

「あたしは無理かな。リア友のブログ見ないし、普段はメールだけで済ましているから」


 首を振ったのはナオ。そんな中、ハヅキは別の提案をする。


「ねぇ、ヒナタ。コミュニティサイトからログインできるから、そこからリア友のコミュニティ内メールを送れるよ。あたし何人か送ってみるよ」


 というわけでSOSメールを送れる私とハヅキとミヤビは朝食の片付けと兼用で屋敷に残り、ナオとヒナタは車を探しに出かけた。


「朝食作りの時、ハラハラしたけれども、なかなかやるわね」

「そう? バイトは配膳と食器洗い担当なの」


 食器の後片付けを中学生に褒められた。褒められるのは嬉しいんだけれども。


「ハヅキの方がテキパキしてる」


 ハヅキの動きはプロの域を越していた。

「まあ、両親が個人で飲食店をやって、あたしは弟たちの面倒をみているからね。たまに手伝いするし」


 ハヅキはあたしよりも色々こなしている。何か自分が情けなく感じてしまう。


「関心するわ。大きくなったら、うちの店においで。あたしがナンバーワンに育ててあげるから」


 声の主はキッチンの入り口で私達を覗いていた。


「ミヤビ……SOSメールをやってって言ったでしょ」

「半分終わったよ」

「残りの半分は?」

「あたしは時間を有効に使いたいの」

「だったら……リビングに戻りなさい。いーい?」


 ハヅキの口調はだんだん弟をしつけるお姉さんになってきている。

 しかし大人のお姉さんが従うわけなく、私たちに近づいてきた。


「違うのよ、ハヅキ。『あたしの時間』を有効に使いたいの。中学生と高校生が皿洗いする光景なんて、めったに見られないのよ」

「まあ、ミヤビは夜の店だからね」

「そうなのよ、マナ。もう2度と見られないかもしれない、この清純な光景を目に焼き付けておきたいの」

「清純ね。あたしはマナほど純粋じゃないけどね」

「全然。甘すぎるわよ、ハヅキ。だいたい、中学生……」


 ミヤビとハヅキの楽しそうな会話を聞きながら、私は皿洗い作業に戻った。


「それにしても……」


 それから気になっていることを口にした。


「ハシバさんたちは私達を集めてどうするつもりだったんだろう?」


 私は2人の視線を感じだ。


「マナ……それ、中学生でもわかるよ」

「え? そうなの?」

「男のロマンを知らないなんてマナちゃん純粋すぎて、抱きしめてあげる」


 ミヤビの言葉の意味を知り、考えて、気づいた私に両腕を伸ばしたミヤビが密接する。


「ロマンって……え、それって」


 言葉の意味とミヤビの行動に動揺し、顔が赤くなってゆく。


「ただいま、急に雨が降ってきたよ」


 タイミングよく、ナオとヒナタがキッチンに現れた。


「……えーっと。マナ、どうしたの?」

「ナオ、これには色々とあって」

「何か浮気現場を見られた男女みたいね」

「ハヅキ、おもしろい事いうわね。へへへ、ナオ。あたしはマナにこんな事ができるのよ。ナオはできる?」


 ミヤビが負けず嫌いのナオを煽るのは、裏表ない彼女の表情を楽しむためと思う。私も巻き込まれ動揺したりするので、ミヤビにとって一石二鳥のようだ。


「ナオ。冷静になろう。まず、これは勝負じゃないし」

「売られた喧嘩は買うもの」


 ミヤビが巻き起こす暴走をハヅキは眺めていたが、ヒナタが背を向けて歩き出すのに気づき後を追った。


「ヒナタ?」

「ハヅキ、あたしは部屋に戻るよ」

「雨が降っていたってね。風邪ひいたんじゃない?」

「……。大人しく寝ているから、皆に伝えておいて」

「わかった。ゆっくり休んでね」

「ああ」


 ハヅキはしばらくヒナタの後姿を見つめていた。




 雨は止まないまま、午後を迎えた。

 山の天気は変わりやすく、無理に外に出ないほうが良いだろうと年長者達の判断により私達は屋敷で待機となった。頼みのネットも反応なく、暇で無意味な時間だけがゆっくりと流れる。

 ネットもテレビもない屋敷での生活。普段は携帯が手元にないだけで不安になるのに、て2、3日も携帯に触れないでいて、不安にならいでいた。

 ハシバさんに捕まるという緊急状態でさらに色々ありすぎて携帯の存在すら忘れていただけかもしれないけれども、今はネットに触れていない、誰かに繋がってない不安は感じない。

 今、屋敷に仲間がいて繋がっているからなのかもしれない。


「とはいえ、暇」


 何もすることがない私は部屋に戻って昼寝をすることにした。




「……あれ? ナオだ」


 軽めの睡眠から覚めるとベッドにナオが座っていた。ナオは優しく笑うと人差し指を顔に近づけて、いつのまにか流していた涙を拭き取ってくれた。


「悲しい夢でも見てた?」


 心配そうに見つめるナオに私は起き上がり首を振る。


「ううん。覚えていないから大丈夫」

「そう。良かった」

「メール、来てない?」


 一眠りする前にチェックしたけれども、もしかしたらと思って効いてみたものの、ナオの返答は同じものだった。


「心配することはないよ。ネットがあるんだから、誰かが警察に連絡届けてくれる。無事に帰れるよ」

「そうだね」


 自分で思うよりも誰かが言ってくれると信じる力が増した。


「学校。戻ったら大変そうだね。注目あびるね」


 先の早い話だけれども、私は気になっている事を口にした。もし、学校に拉致された子がいたら、自分だって見に行きたくなる。

 その不安にナオは優しい笑みと1つの提案してくれた。


「学校、戻ったら。極力、一緒に行動しようね。1人より2人の方が心強い」

「うん。一緒にいようね」

「……」


 にっこり笑う私にナオも再度、微笑み返した。でも、その笑顔は寂しげなものだった。


「ナオ? どうしたの?」

「え?」

「学校に戻ってかあ何か問題があるの? 家族とか進路とか?」

「……。マナは優しいね」


 一瞬の無言をおいてからの言葉。ナオの心情をを読み取れた私は首を振った。


「ううん。優しくない。臆病なだけ」

「臆病だとわかっているなら、臆病じゃないよ。知ろうとするなら……」

「知らない」


 ナオの言葉をさえぎって私は否定した。


「臆病者のままでいい、最低と言われてもいいから。お願い、もうそれ以上、言わないで」

「マナ……」

「ごめん、私、何か変だね。ちょっとトイレ行ってくる」


 私は逃げるように立ち上がり、ドアを開けた。


「あ、マナ。良かった、大丈夫そうだね」


 通路に出た私を呼び止めたのはハヅキとナオだった。


「ナオがいる」


 きょとんとするナオを見て、私は部屋を振り返ったが、部屋には誰もいなかった。


「どうしたの?」

「…………」


 私は深呼吸をした。


「なんでもない。変な夢を見てたのかな」


 自分にそう言い聞かせた。


「それよりもマナ、何か起きていない?」

「起きていないって何が?」


 ハヅキの言葉にドキリとしたが、続いたナオの言葉が『それ』ではなことを現していた。


「ハヅキとお菓子でも作ろうとキッチンに行ったら空っぽのワインボトルが転がっていてね。気になったから見てまわ……」

「だ、誰か。お願いだから誰か来てっ」


 私達は顔を見合わせ、声の主であるヒナタの部屋に向かった。


「ヒナタ、どうした……」


 勢いよく開けた先の光景に、私達はとまどうしかなかった。


「うふふふふ」


 ドア側の壁に2人の姿があった。

 壁に背をつけるヒナタは両手を伸ばし、迫ってくるミヤビをなんとか抑えていた。

 そしてミヤビ。彼女の手には封の開いたワインボトルが握られていた。


「飲んだのはミヤビね」

「それも2本目。出来上がってヒナタを絡んだってこと」

「観察してないで、何とかして」


 ハヅキ、ナオが解説にヒナタは突っ込んで助けを求めたけれども、その間にミヤビはヒナタの右腕を解除して、さらに密接した。


「うふふふふ。ヒナタ、沈んだ顔してたから励ましてあげる」


 密接した状態でミヤビはワインをラッパのみして口に含みヒナタの唇を奪う。もちろん、ディープなものでワインも移動している。


「…………」


 その光景を未成年組はただ眺めることしかできなかった。


「うふふ」


 ヒナタの衝撃的な出来事に座り込む音とミヤビの笑い声だけが部屋を占領する。


「さて……」


 ミヤビはくるりとドアに振り返る。

 私達は蜘蛛の子をちらすように逃げ出したのはいうまでもない。


「見捨てないでっ」


 ヒナタの悲鳴のような声が聞こえたが、私達は未成年の飲酒を避けるため、法律を守るため犠牲になってもらうことにした。




「……大丈夫かな」


 エントランスにある螺旋階段の影から、ナオは辺りを見回し、耳を澄ませる。

 物音はしない。しないからこそ不安をかきたてる。

 ナオはもう一度、辺りを見回した。ホラー映画ならたいてい背後から現れるものである。


「……って、ホラーゲームじゃないから」


 独り言を言うもののナオは壁に背中を当てて横歩きで左端まで進んだ。エントランスは広く身を隠せる家具が少ない。

 ナオは考えた末、リビングまで走ることにした。


「銃撃ゲームみたい。でも、これじゃ、背中丸見えだから間違いなく撃たれるだろうけれども」


 リビングに人の気配はなく、ナオは身を屈めてダイニングルームへと進む。


「……」


 ダイニングルームも安全そうだが、その奥にあるキッチンから音と明かりが確認できた。澄ました耳に人声はないから大丈夫だろうと確認したナオはそっとキッチンに近づいて中を確認する。


「なんだハヅキか」

「あ、ナオ。ミヤビをまいたみたいだね」


 キッチンの中央にいるハヅキはエプロンを装備し、ボウルやまな板を用意していた。


「何しているの?」

「晩ご飯の準備をしようと思ってね。ミヤビは酔っ払っているし、ヒナタもじきにゾンビ化することだし」

「ゾンビって……それよりマナは?」

「見ていないよ。ヤバイんじゃない?」


 淡々を作業を進めるハヅキはオロオロするナオを観察する。


「マズイよね。マナの事だから転んで、ミヤビに捕まったって事になったら」

「……。ナオってマナ、大事にしているね」


 ハヅキはボウルを手に取り、材料を取りに行くため背を向けて歩き出した。

「友達だもん」

「え、それってあたし達は友達じゃないように聞こえるけど」

「そうじゃなくて。皆とも仲間で友達だけれども、マナは何か特別」

「特別?」

「うん。気になっちゃうの。いつも一緒にいたいなって」

「それって恋人みたいね」

「あたしはノーマルだよ。そうじゃないの。同性の友達として特別なの」

「……大事なのは、わかったよ」


 ジャガイモを手にしながらハヅキはナオを見た。


「じゃあ、どうして、今のままでいるの」


 ナオは真顔でハヅキを見つめ、ハヅキはまっすぐに見返した。


「大切なマナを守りたいのなら、どうして、ナオは挑戦しないの?」

「……」


 唇をきゅっと閉じて、手を丸めた。


「マナを守りたいのなら。挑戦してマナを危険にさらさせないのが、本当の守るじゃないの?」

「そんなのは分かっているよ」


 声を荒げ作業台に両手で叩くようにのせる。


「わかっているよ。それぐらい」

「ナオ、ゲームに必要なのは勇気だけ」

「…………」

「あ、ナオだ」


 出入り口から聞こえたのは、今までと同じ声でナオはハッとした。


「どうしたの?」

「あ、なんでもないよ。ハヅキ。マナは?」

「見てない。ミヤビに捕まってなければいいんだけれども」

「あたし、ちょっと見てくるよ」

「気をつけてね」

「うん」


 ナオはちらりと道具は置かれていても誰もいない、キッチンの中央を見てから退出した。



「お前さんが手伝ってくれるとはな」


 ナオが居なくなるのを確認してから出入り口付近にいる者はキッチン中央に身を隠していただけの本物のハヅキに声をかけた。

 出入り口付近にいるのもハヅキだが、その整った唇から出てくる声は男のものだった。

 ナオをけしかけたのは本物のハヅキだった。


「喧嘩を売ってもサクのせいにできるからね。借りも作れるし」

「相変わらずだな……。まあ、サンキューな。ハヅキ」

「ミヤビとヒナタが酔っ払うから、手伝ってほしいの。マナやナオは料理スキル低いし。明日の下ごしらえまで一緒にやってほしいの」

「そういう事か……って、一緒にいるところ見られたらヤバイだろうが」

「そこはサクの反射神経的な消える技術を使えば、なんとかなるわよ」


 ハヅキはボウルを置くと同じ姿のサクに近づいた。


「ゲームが終了すれば、2度とサクと会うことができなくなる気がする」

「……」

「私はゲームの勝利者になれないと分かった今、サクと料理が作れるのも、これが最後になると思うから。お願い」


 ハヅキは同じ姿をするサクに腕を回し抱きしめた。


「あたしの、一か月だけの兄貴……」


 サクはしばらくじっとしていたが、ハヅキの頭をぽんぽんと叩いた。


「しょうがない、妹だな」


 ハヅキはサクの顔を見て、ハヅキはマネした。彼女の笑みも哀感が含まれていた。




「……」


 私は……1人、ベッド下に隠れていた。

 ミヤビがくるりと振り返り、私たちは一目散に逃げ出した。ナオとハヅキが右側の螺旋階段のある方向を走り出したので、私は逆の目に止まった部屋に逃げ込んだ。位置からしてハヅキの部屋だと思う。

 私は監禁目的で作られた部屋で唯一隠れられる場所、ベッドの下に滑り込んだ。高さはコタツぐらいでうつ伏せになれば十分に身を隠すことができる。


「…………」


 ベッドの下に潜り込んで……5分たったのか、それ以上なのか以下なのかわからないけれども、だいたいそれぐらい。


 辺りはしぃんとしていた。


「……大丈夫かな」


 そろそろ這い出て、通路の様子を伺おうと思った時、足音とカチャリというドアの開く音がした。


「……」


 まぶしくなった。誰かがドア付近の照明スイッチを入れたようだ。

 暗色になれていた目が瞬きを始める。目が慣れて、誰の足なのか判断しなければない。ミヤビでなければ、それでいいんだけれども。


「……」


 誰の足か判断するよりも早く、誰かの目が合った。


「わぁっ、っだ」


 驚いてベッドに頭を打ってしまったけれども、私はほうと安堵のため息をついて、はいでた。


「はー、良かった。ミヤビだったらどうしようかと思ったよ」

「…………」

「どうしたの、ヒナタ?」


 ヒナタは何も言わず、這い出て立ち上がった私をじっと見つめていた。


「もしかして、怒ってる?見捨てた事に」


 へへっと笑って効いてみると、ヒナタは


「ふふふ」


 と、笑った。


「ヒナタ?」


 そして、ようやく私は通路に転がっているワインの空瓶に気づいた。あれはまさしくミヤビが握っていたワイン。

 ミヤビから一口、飲まされた後、ヒナタは空になるまで飲んだと、考えられる。


「ふふ、マナだ、ふふふふ」


 未成年でも親や親戚を見てて、酔いが回るのが早すぎるような気がする。いや、最初の一口で一気に酔っ払ったって事かもしれない。


「マナちゃーん」


 ナタは両腕を伸ばそうとして抱きつこうとしていた。酔っ払ったヒナタはミヤビみたいになるようだ。

 ゆっくりとした動きだったので私は後方にさがって回避した。酒臭い息も合わせるとまさしく、ヒナタはゾンビのようだった。


「ヒナタ。そんな足取りじゃ危ないよ、転んじゃう」

「ふふ……ふ」


 二言目と三言目の間にヒナタは物凄い動きをみせた。

 素早く突進し、気が付いたときにはヒナタが大接近していた。

 ノロノロと歩いているゾンビでも、獲物に近づいた途端、物凄く早くなる。ヒナタはそれを実現してくれたのだ。


「マナっ」


 ヒナタの腕が回るよりも早く、私はナオに引っ張られて回避した。


「ナオ」

「とにかく、逃げるよ」


 ナオに手をつながれた私は短く返事をして、ハヅキの部屋を後にした。


「キッチンに行けばハヅキがいるから……」


 安全宣言とナオの足が止まる。


「うふふ」


 螺旋階段からミヤビが現れた。


「ふふ」


 通路にヒナタが現れ、私達は挟まれてしまった。


「どうしよう」

「マナの部屋に逃げ込むか、ミヤビを突破するかね」

「逃げ込んでも、部屋には鍵がないから入られちゃうから、突破するしかないよ」

「ミヤビの動きを封じよう。私は右に行くからマナは左」

「わかった」


 顔を見合わせ、頷いた時……

 ガンガンと金属同士を叩く大きな音がした。


「はいはいはい。ホラーゲームごっこはおしまい。ミヤビ、ヒナタ。美味しいつまみがあるから降りといで。マナとナオは2人の犠牲になりたくなければ、給仕を手伝ってね」

「つまみ。更に飲めるわね」

「そうだな……」


 混乱か魅了の魔法が解除されたかのように、ミヤビとヒナタは普通に歩き出した。


「何だったの、今のは……」

「……。ハヅキ、ありがとう」


 私はフライパンとおたまを持ってエントランスにいるハヅキに礼を言った。


「まったく、世話の焼ける妹達なんだから」

 ハヅキの言葉がぐさりと突き刺さる。





 3日目

 ミヤビとヒナタがひどい二日酔いになっているので、私とナオが安全範囲内での車探しとなった。

 昨日から降り続いていた雨は止んでいたものの、空には灰色の雲が覆い。1日目よりも辺りが薄暗くて心も重く感じてしまう。


「こういう時、ゲームの魔法で一掃できたら良いのにね。リカバ、なんてね」


 私はゲーム画面で見るキャラクターの動きを真似してみた。

 なのに……


「え……」


 私の手から光が生まれた。

 キラキラとした黄色の光がゲーム時と変わらず、ナオに降り注いだのだ。


「…………」


 ナオも目を大きく開いて呆然とするしかなかった。


「何で、魔法が使えるの?」


 私はただ自分の手を見つめた。いつもと変わらない手。手から魔力を感じる事もないのに。


「……」


 ナオが一歩前に踏み出した。


「コールド」


 手を伸ばし、攻撃の魔法を静かに唱えた。

 ナオの手から白い粒が勢い良く飛び始めて、近くにあった木の幹が氷付けになる。


「どうして……」


 呆然と見つめる私の後ろから強い光が差し込んだ。




「れ……」


 私は目を覚ました。

 白い空間が見える。半身を起こせば小さな窓のある自分にあてがわれた部屋に間違いはなかった。


「……夢?」


 夢の中なら魔法が使えるのも頷ける。




 屋敷を出る前、昨日は相当な量を飲み二日酔いでぐったりの年長者たちから、外について色々と注意と新たなる情報を受けた。

 屋敷を出てまっすぐ歩くと舗装されていない道が左右に伸びていて、ある程度歩いたがどちらも車道にたどり着いていないとのこと。

 屋敷を出る時は必ず色つきリボンを持っていくように。入り組んでいる場所もあるので、来た方向がわかるように印をつけるように。

 紙に道を書いておくように。

 必ず1時間以内に戻ってくるように。


「迷っても、探す術がないから厳重にしないとね」

「そうだね。こんなに天気が良くても注意が必要なんて」


 さきほど見た夢と違い、青い空が広がっていた。歩きながら山の澄んだ気持ちのいい空気を吸いこめる。


「ナオ?」


 ナオは怪訝な表情で辺りを見回していた。


「どうしたの?」

「うん。昨日、ヒナタと外に出た時に。違和感を感じるって言ったんだ」

「違和感?」


 私はナオと同じく近くの木を叩いたり、空を仰いだりしたが、木は固く、空は青くてキレイでしかない。


「私には何も……」


 2、3メートルも歩いていないのに、振り返った先にナオの姿はなかった。


「あれ? ナオ?」


 姿も声もなければ、誰かが動く音や気配も感じられなかった。

 風により擦れあう葉の音だけが耳に届く。


「………………」


 もしかして迷った?


「……」


 といあえず、近くにあった切り株に座ろう。

 えーっと、しるしをつけながら歩いてきたから……今まで来た方向を歩けば確実に戻れる。

 ナオを探す時もしるしを付けていけば、大丈夫……


「あぁ、良かった、ナオ」


 捜索計画を立て終わってから見覚えのある紫色の服が見えたのでほっとした。


「ナオ? どうしたの?」


 ナオはくすりと笑っていた。


「マナは知っているんだね」

「何が?」

「いくら探しても車は見つからないことを。だから余裕で座ってられるんだ」

「違うよ。気が動転していたから。ナオが急にいなくなったから、山の中で迷わないようにナオを探すには、どうすればいいのか」

「嘘つき」

「な……嘘なんてついていないよ」

「嘘つき」


 まっすぐ見るナオの目が心の奥にまで見透かされたような気がした。


「違うっ。嘘なんてついてない。私は何も知らない」


 立ち上がり、声を荒げて否定した。


「マナ?」


 後ろからナオに呼ばれた。

 振り戻った時、前にいたはずのナオはいなかった。


「マナ……だよね」


 再度、振り返ったナオは不安げな顔をしていた。


「ナオ、どうしたの?」

「ううん。マナがいなくなったからビックリしちゃった」

「ごめん。ちょっとよそ見しながら歩いてたかな」


 私は必死で、今、言われた事の表情を消した。


「しるしが見えるから大丈夫だね」

「よかった、マナ。今日は戻ろう」

「うん、そうだね」


 互いに向ける笑顔が変になるのが嫌っていうほどわかる。だからこそ、屋敷に戻るまで無言で視線を合わせることもなかった。

 風により葉のこすれる音を懸命に聞こうとしていた。




 屋敷に戻り、両扉のドアを閉めてエントランスを進むとキッチンから声が聞こえた。私達は顔を見合わせキッチンに足を向ける。


「ただいま、車は見つからなかったよ」

「お帰り、2人とも。こっちもネットに変化はなし」


 キッチンにいたのはハヅキと二日酔いでぐったりとするヒナタ。2人の前には野菜と果物が作業台いっぱいには置かれている。


「何を作るの?」

「ジュースを作ろうと思ってね。二日酔いにはフルーツが良いって良いって親たちが言っていたから。オレンジジュースとかグレープフルーツとか」


 ハヅキはメンバー内で最年少なのだが、誰よりもお姉さんしていた。


「どうせなら、色々混ぜて、物凄くおいしいジュースにしようと思ったの」

「何でもいいから、作って……」


 両手で頭を抱えるヒナタはフラフラとしゃがみこんだ。


「リンゴ、バナナ、ラデッシュ。それからミミギでまず作ってみるよ」

「ミミギはゲームのアイテムだよ」


 ハヅキの発言にヒナタは突っ込みをいれた。


「あ、そうだっけね。じゃあ、ニンジン入れるよ」

「ミミギといえば、思い出すね、あのイベント」


 ナオの発言に私とハヅキはヒナタを見つめた。


「う、悪かったわね。さんざん手伝わせて」


 ヒナタが私達の視線を逸らしたのも無理はない。

 オンラインゲーム、アルターワールドの期間限定イベントにヒナタがやる薬剤士のイベントがあった。複数のボス的がウロウロするフィールドに特別な花、ミミギが咲いていてそれを摘み取って特別な薬ができるという。

 同じミミギの中にもレアがあって、それをヒナタはほしがっていた。


「ボス敵が素早くて罠がきかないし」

「魔法カウンターしてくるし」

「うんうん」


 盗賊、魔法使いのハヅキとナオはため息をついた。


「何よりも出来上がった薬が……あれじゃあね」


 レア花からできた薬の効果は使わないとわからず、ヒナタ自ら飲んだ。

 結果、1日中、髪型がアフロになって大爆笑となった。

 その光景を思い出した私たち3人が笑い出すのも無理はない。


「はいはいはい。ミミギの話はおしまい。さ、作るよ」

 ふくれっつらのヒナタは手を叩いて立ち上がり、空気を入れ替えた。




 あれから1時間たったのかな……

 最初は色々な変化のある味にわーわー言ってたけれども、だんだんと飽きてきて、1人、また1人と姿を消し、キッチンにはぐったりとお腹をさすりする私とハヅキの姿があった。


「まぁ、これだけ飲めば、本来の目的を達せた……よね」

「本来の目的って何だっけ?」

「……」


 何だっけ?


「2人とも。メールが来てる」


 大量の野菜ジュースを飲んだせいで勢いはないが、ヒナタがキッチンに姿を現した。


「本当?」

「あぁ、警察も動き出したらしい」


 お腹の重さを忘れてリビングに向かうと、ノートパソコンの中に懐かしい名前があった。

 

「由麻ちゃんからだ。本当だ、良かった」


 友人が送った文書によると、ヒナタが言ったように警察がハシバさんの家や周りの環境を操作し、屋敷の場所を最優先にあたってくれているとのこと。

 そして私の事をものすごく心配していた。


「持つべきものは友達ね」

「うん。ありがとう、由麻ちゃん」


 私は天井を見上げ遠くにいる友人に感謝した。


「私、ナオに伝えてくるね。ミヤビはお風呂って言ったから、ヒナタかハヅキよろしく」


 そそくさ、というよりミヤビを押し付けられたくないので猛ダッシュした。



 私はいつのまにか消えていたナオの部屋をノックすると、許可する声が聞こえた。


「ナオ。メールが届いたよ。警察も動き出したって」

「そう……」


 部屋から返ってきた声は力ないものだった。


「ナオ?」


 私は部屋に進みナオをもう一度呼んだ。ナオはベッドに座り込んだままピクリともしない。


「どうしたの? もう少しで私達、帰れるんだよ」

「……。うん、そうだね」

「ナオ?」

「ごめん、マナ。風邪ひいたみたい。一昨日の雨かな」


 ナオは顔をそらし、ベッドにもぐりこもうとしたがナオの顔を捉えてしまった。

 ナオに涙のあとがあった。


「ナ……」


 気づかれた事を知ったナオは、私の胸に顔を押し当てた。


「悔しい……」


 ナオは解き放たれた感情を吐き出した。


「ナオ……」


 ナオに何かあったのは確かだ。でも、何が起きたのかナオは教えてくれなかった。


「ごめんね、驚かせてしまって」


 落ち着いてからナオはその事に謝罪し、一言だけ教えてくれた。


「マナ、ゲームは続いていたんだよ」





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