暗闇の再会
「はあぁ……現実はシビアすぎる」
ネット世界が順調なら現実世界は最悪だった。
なぜなら中間テストが近づいてきたから。
「中間テストを思いついた人を訴えたい」
なぜ期末テストがあるのに中間テストを制度を作ったのか、疑問でならないのよね。
バリバリの進学校とか、3年生とかは必要かもしれないけれども……。
「去年、死ぬほど受験勉強をやらされたのに、1年生くらいテストなくしてもいいんじゃないかな」
ぶつぶつと文句を言いながらも私はノートを開いた。
文句を言ったところで中間テストが中止になるわけでもないし。テストの点数がひどければ親からアルターワールドのプレイ中止宣言を言い渡されるかもしれないから。
「アルターワールドを守るためにも……」
勇者のようなセリフを言った後、頭を高校生モードに切り替えた。
苦戦を強いられた中間テストが終わり。バイトから開放された私は、ようやくアルターワールドについて考える事を許された。
「何をしようかな。軽くアクセサリー物色してもいい頃よね」
ハシバさんから貰った遺産から何を買おうか考えると、暗い夜道も楽しくなる。
「……」
私の足がピタリと止まった。
住宅がひしめく狭い道路。人通りは少ないが治安は悪くないし、事件が起きたこももない。小さい頃から、不安を持つことなく通り抜けていた、いつもの道。
今考えれば、足が止まったのは本能的に察知したからだろう。
「…………」
さっきまで誰もいなかった道路に白い人が現れた。白い人と言ったけれども正確には白い服を着た人で白いトンガリ帽子をかぶって。
「何これ……」
街灯が夜の闇と白色の衣装の明暗をはっきりとさせていた。 トンガリ帽子を正面側に傾けて顔はわからないけど、私を知っている者に間違いはなかった。
ネット、現実ともに
「もしかして、由麻ちゃん?」
私は一番ありえて、安心できる人の名を呼んだ。
「…………」
相手は答えず、白いワンピースが揺れる。
危険を感じた私は背中を向けて一気に駆け出した。
「何? 何なの?」
得体の知れない不安が私の足を速めた。
後方から声や駆け足に耳を向ける余裕なんてなく、自分の足が許すまで走り続けた。
「はぁ……はぁ……」
荒い呼吸が耳を支配する中、私の足はようやく止まった。辺りは完全に闇が支配していたが、目の前には安心できる建物、コンビニが見える。
「テレポートのアイテムがほしいな……」
現実世界に住む私はスクールバックから携帯電話を取り出す。衛兵である弟を呼び出すため。
「恐い……」
弟に護衛と口止め料を払ってから、無事に自分の部屋にたどり着くことができた。
電気をつけて見慣れた自分だけの空間にほっとしてドアの前に座り込む。
その体が動けたのは、新しい不安にさいなまれたから。私はつかつかと歩み寄ったものの、恐る恐るカーテンを開けて外を覗いた。
「…………」
変わらないいつもの光景が目にはいった。でも、私から不安は消えない。
ベッドに座りカバンから携帯電話を取り出してアドレス帳から由麻ちゃんを選択したけれども、電源を2回押す。
由麻ちゃんはまだ違う所でバイト中で私より30分後に帰ってくる。由麻ちゃんがあの格好で現れるのは不可能だった。
でも、もし……バイトを休んでたら? 私の事を怒っているならば……
「いや、そもそも話してないんだし、ないないない」
由麻ちゃんを怪しむのは、自分が隠し事をしてある負い目があるからだと。言い聞かしてから。考えを変えた。
「……やっぱり」
パーティーメンバーしかいないよね。ハシバさんかもしれない。
「何であんな事、したんだろう」
私は宝箱を睨んだ。現実での争奪ゲームはやっぱり危険だったのだ……と、今さら後悔しても遅かった。わかっていても……
「はぁ……」
「真奈、最近、ログインしている?」
由麻ちゃんに言われるまで、パソコンは触っていなかった。
ナオとはあれ以来、顔を見合せることはほとんどない。クラスが離れているみたいだし、互いに友達がいる状態で会うから、挨拶程度で終わってしまう。
「あー。実は中間の結果が悪くてさ、親に1週間、禁止くらっちゃってさ……」
「あらら、それはご愁傷様」
「…………」
由麻ちゃんに1つの隠し事をするために、たくさんの嘘をついてる。悲しいな。
「それはそうと何か良い都市伝説ない? 特集をくむにも、良いオンラインゲーム都市伝説なくてね」
何も知らない由麻ちゃんは普通に話しかけてくれる。
「現実の体力が減る『本当に呪われた剣』や、仲の良かったメンバーは実在しなかった『ゼロという仲間』とか。これぐらい有名になるぐらいインパクトがあって、まだ誰にも知られていない話ないかな」
「難しいね……」
由麻ちゃんの会話が耳に入ってこなかった。
「…………」
アルターワールド、止めようかな……。
あそこから離れれば、ハシバさんから貰ったアイテムも関係ないし、隠し事から逃れられる。私のアバターに扮した人からも関係なくなる。
『 本当にできるの?』
心の中に住む、もう一人の私が冷たく言った。
『アルターワールドを離れたら、ただの地味な高校生なだけよ。勉強も運動も微妙で、好きな人も見つけられない君が、ゲームから離れたら、何が残るの?』
それは……
『考える必要なんてないじゃない。ま、自分で一週間停止宣言しちゃったから。その間、地味女している事ね』
言いたい事だけ言うと、もう1人の私はどこかに消えてしまった。
「意地悪……」
そう言ったものの、そうじゃない事ぐらいわかっている。
墓穴を掘った私は、1週間のゲーム停止になった。
アルターワールドに行けない1日は学校に行って授業を受けて、バイトして家に帰る。その繰り返しを7回繰り替えなければならない。
けなされないけれども、誉められない。
何でもない人
何でもない日々
『何でもない』が私を埋め尽くす。埋もれたところで誰も気づいてくれない。それが私、中西真奈。
そんな私の前に現れたのがオンラインゲーム、アルターワールドだった。
ゲームを始めたとはいえ、いきなり人生が変わることはない。ネットとはいえ引っ込み思案な性格は変わらないし、由麻ちゃんもアルターワールドにいなくて、ソロプレイの日々が続いた。
虚しさを感じ退会しようと思い始めた時、どうせ止めるなら一度、ヒーラーになろうと思った。敵をバシバシ倒していく戦士や魔法使いとは違い、ヒーラーは攻撃力が低くて誰かがいないとボス戦が大変だったり、誰かのために尽くすだけの職業で敬遠していた。 私は攻略する考えを捨てた。
1人は嫌になったから。
実際、回復したら『ありがとう』って言われた。『ありがとう』は嬉しかった。
言葉が交わされた一瞬だけでも、見知らぬ誰かと繋がった気になれて、楽しさが生まれた。ボス戦の短期パーティーに誘われたりして、楽しさがどんどん生まれた。
「君、うちのパーティに入らない?」
そしてハシバトさんに声をかけられた。攻略でなはく回復に専念する私は、攻略を進めたいハシバさんにとって使いやすかったのだろう。由麻ちゃんがラティアに足を踏み入れた時にはもう『ハシバの娘たち』と呼ばれる存在になっていた。
「まだ3日目か」
もう一人の私が言った通り、私はラティアの虜になっていた。
ゲーム解禁は夜遅くなってからだった。墓穴を掘って自主的に決めた1週間なので、別に早めても良いのだが、怪しまれないか不安なので律儀に守ってしまった。
バイトの終わった週末は、さらにテンションが上がる。
「久しぶりのネットだからパーティーメンバーにも由麻ちゃんと言ったのと同じ理由でできなかった事にしないと……」
言い訳を考えながら私は商店街を通りすぎて、角を2、3度右に左にと曲がった。
家まではまだ遠い。
高校までは徒歩で行ける距離だけれども。バイト先は家から真逆の方向あるので、放課後に一度、家に戻って自転車に乗るのは面倒くさかった。
「かといって、バイトのため学校に自転車申請するのも無理があるし……」
私の足が止まった。
住宅の建ち並ぶ一本道。街灯はところどころついていて暗くはないが夜という闇が辺りを完全に支配していた。
『この状況、似ているね。気をつけて』
と、頭は忠告する。『まさか、また、起きるわけないでしょ』と、頭に返答しつつ、おっかなびっくり進む。
何歩か歩いて後ろを振り返るが誰もいない。安心するものの、今度は前方に現れているんじゃないか振り返るのに勇気がいった。
そんな感じで永遠に感じた狭い一本道が終わり、私はT字路を左に曲がった。まっすぐ進めば広い道路に出る。さらに右に曲がれば学校があって、その先に家とラティアが待っている。
「…………」
希望の光が白色の悪魔にかき消された。白いトンガリ帽子に白いワンピース。ハート型をしたピンク色のペンダント。背中にある熊のリュックサックは私が自腹で買った課金アイテムでだった。
前よりも距離が近かった。
「あ……」
私は声を漏らした。安全は破られたと言い表してもいた。
アバターと同じ姿をした人がニヤリと笑う。それと同時に彼女の後方にある角から男の姿が見えた。手にしている布を見た後で、男と目があった。
「…………」
男もニヤリと笑うと一気に駆け出した。 いつのまにか自分の口から悲鳴が飛び出し、私は走り出していた。
危険を脱出するため走りだした私に頭が質問した。真っ直ぐ知らない道を進むか、右に曲がって戻るか。曲がることのできない戻り道は間違いなく追い付かれてしまう。見知らぬ道にかけてまっすぐ進んだ。
背後から音がする。
重い足音。
地面を蹴る音が迫ってきた。
警告をかき鳴らす頭が、さらに悲鳴を上げる。このままでは間違いなく捕まると。
「いやぁ、来ないでっ……」
耳から聞こえてくる情報、追う足音はあまりにも速くて。恐怖が私を支配した。人が起こす風が背後から生まれ、その風を起こした腕が私の肩をとらえた。
「……」
振り返された私は間近に迫った男を呆然と見つめる事しかできないでいた。
背後から、今まで進んでいた方向から光が生まれたのは、その時だった。光の後に続く、人工的に作られたシャッター音。誰かがカメラを撮影したとわかった。
私にとっては、現代の魔法に他ならなかった。
「落ち着いた?」
それからしばらくして、白い悪魔から逃れた私は声の主にうなづき、記憶を整理した。
「ありがとうナオ」
私のアバターと同じ格好をした人はカメラの音に踵を返し、逃走してくれた。
呆然とした私を落ち着かせるため、ナオは近くにあるドーナッツショップに向う。
「助けてくれて、ありがとう」
「あたしも驚いたよ。友達の家を出て帰ろうとしたら悲鳴が聞こえたからて、走ってみたら……」
「うん……怖かった」
とりあえず頼んだドーナッツに手をつける気にはなれず甘いコーヒーを口に含んだ。
「撮った写真なんだけれども」
制服姿のナオは向かい合わせに座っているので、開いた携帯を私が見えるように置いてくれた。画面には真っ黒な背景に大きな固まりと、それを見上げる自分がぼんやりと写っている。
「ほとんど写せてない」
「ううん。ナオがシャッター押してくれたお蔭で、逃げてくれたから。それで十分だよ」
「ありがとう」
ナオはほっとして、笑ってくれた。
「肉眼で見た時、体育会系に見えたよ」
「うん、そういえばアバターの人どうなったんだろ」
逃げるのに必死だったから忘れていたけれども、アバターと同じ姿をした人は、いつの間にか消えていた。
「実はね、あたしも自分のアバターと同じ姿をした人と会ったの」
不安げにナオは発言した。
「あの時は、運良く携帯が鳴ったから向こうから逃げてくれたけれども……」
ナオの話が終わったけれども、私の口は何も言えなかった。
沈黙する私達の耳には、ただ店の音だけが届いた。
「アバターの人、追いかけてきた男、やっぱりメンバーだよね。しかも、2人」
私は重い口を開いた。言いたくない事だけれども重要な事だから。
「ハシバを含めた誰かなのは確かね」
「あの遺産を取ったから? そりゃあ、皆、狙ってたからだと思うし」
「ハシバの罠だったという可能性もあるかもしれない」
「どうすれば……」
言い終わらないうちに私の携帯がメールを告げた。また狙われるかもしれないので親に向かえに頼んだ。
メールは、駐車場についた事を告げるものだった。
「とりあえず、今日は家に帰ろう。明日、また、ここで話そう」
「うん。ナオはどうやって帰るの? 家はどこ?」
「家は電車に乗って1駅だから、今日は友達の家に泊まらせてもらうよ。友達の家はすぐ近くだし」
「近くでも家の車に乗ってきな。まだウロウロしているかもしれないし」
「ありがとう」
本当は家に泊まってもらうていう手があるけれども、まだためらいがあった。不安だけれども、オンラインの仲間と一緒に寝泊まりできたら色々話せるのだろうな……。
親には見知らぬ不審者だと言い、あの道を通らない事と放課後、一度家に戻り自転車に乗ってバイト先に行くと回避案を出してから部屋に戻ってきた。
「はぁ……」
ナオに再会できたのは嬉しいが。犯罪に巻き込まれたという事実を思い出すと親の前で平静を保っていた気力が一気になくなった。
私は手にしていたホットミルクをテーブルに置いて、座り込んだ。
肩をつかまれた部分に違和感が生まれた。まだ、そこに男の手が置かれているような感覚が。
「…………」
起きた事は現実で、ナオがいなければ間違いなく私はあの男に捕まっていた。2度とこの部屋に戻ることはできなかったのかもしれない。
「どうしよう」
親に相談するべきなのかな。もし、親に話せば、コインロッカーの件も全て話さなければならない。そうなれば親は警察に通報して、私に適切な処置を施すだろう。アルターワールド禁止命令を。
「それだけは嫌」
ようやくつかんだ自分の場所なのに。アルターワールドがなければ私はまたとりえのない地味な女になってしまう。
頭は矛盾を伝えた。自分の危険をさらす場所なのに、まだ行く気なのかとキャラクター姿の男は間違いなく、ハシバさんかパーティーメンバーの誰かで、何かを企んでいて、また、私を狙ってくるのは間違いなかった。
恐怖が私を包み込もうとした。
それを打ち消したのは、携帯のメール着信音。
「由麻ちゃんからだ」
タイトル 急ぎ
本文 今、アルターワールドにいるよ。ナオさんに会ったんだけど。用があるから、アルターワールドに来るかメールアドレスを教えて来てほしいって。どうする?
「ナオから」
私はパソコンの電源を入れ、起動時間を利用して由麻ちゃんに『教えてくれて。ありがとう、今からラティアでナオに会うよ』と返信した。
ラティアに着いて、最初にログインした事を知り合いに通知しない設定に変更した。ナオ以外のメンバーに会いたくないから。
ゲーム内で使えるメールボックスに何通か届いていた。
「さすがに1週間以上やらなかったから、色々と来ているわね」
メンバーのメールや運営からのお知らせがあり、今日付けでナオから届いていた。
タイトル 大丈夫?
本文 今、ラティアをやっている友達のパソコンからメールを書いてるよ。メールアドレス教えるの忘れたから載せておくね。今日はゆっくり休んでね。
「ありがとう」
ナオの存在にほっとすることができた。私はナオのメールアドレスを自分のに登録してからログアウトした。もちろん、ナオに返信するため。
「まだ、打つ手はあるかもしれない」
希望の光が閉ざされていない事を知り、安心できた証としてホットミルクを口に入れた。
その光が揺らいだのは朝のニュースだった。
『大阪に住む、須山雅さん10才がおととい、塾を出たのを最後に行方がわからなくなっています。特徴は……』
「あんたも気をつけてなよ」
朝食後の緑茶をすすりながら言う母親に適当な返事をしつつ、私は混乱する頭を落ち着かせ、記憶を取り出した。
「ミヤビ……」
昨日、アルターワールドはメールを見ただけでやっていない。それどころか一週間、やっていないから、ニュースに出たのはメンバーのミヤビなのか判断出来なかった。偶然なのかもしれない。その子がミヤビと同じ名前の雅だってある。でも、もしかして……彼女がミヤビだったら…… ナオならわかるかもしれない。私は支度を急いだ。
ドーナッツショップには、ナオが先に着いていた。ナオは私服だった。聞いたら日が昇って安全な時間に一度、家に戻ったという。私はコーヒーとドーナッツを一品頼み、ナオの向かい合わせに座る。
「よく眠れた?」
「まあまあかな」
『おはよう』の挨拶をかわした後、ナオはそう気遣ってくれた。
「ナオ、ニュース見た?」
「見た……違うかもしれないけれども、もしかしたらミヤビの可能性はある……よね」
「ナオはアルターワールドでミヤビに会った?」
「ううん」
「そう……」
しばらく無言でいたけれども、ナオは静かに言った。
「マナ。警察に行って、この事を話すべきだと思うの」
「警察に……」
反対を唱えたかったけれども、自分が置かれている状況を改めて認識した。ハシバさんに2度も捕まえられそうになって、それは私だけではない。 自分が犯罪に巻きこまれている事を親に知られたくはない。
でも、魔の手は確実にせまっている。また、いつ現れるかもしれないと思うだけで怖くなる。だけれども……
「マナ。2人なら大丈夫」
押し黙っていた私の不安を知ったのか、ナオは手を差し出した。差し出された手を握り返し1人ではない事を実感した。
警察署。今まで行く事なんてないから何か足が重い。別に悪い事をしていないんだし、被害者にあたるのだから……などと頭に言い聞かせているのだが足の重さはかわらない。まるで鉛の靴を履いているみたい。
「この先だよ」
前を歩くナオの存在は、1人ではないという力強さがあった。鉛の靴を履いたままだけれども、ナオが手を引っ張ってくれるから進むことができる。
「ここだね」
私たちの足が止まった。
ニュースとかで良く見る、古いコンクリートのいかつい建物、犯罪を撲滅するための管理場所。その塀がある歩道を進み数メートル先の角を曲がれば署の入り口に入れる。
「マナ……」
悲鳴のような呼び声が隣で聞こえた。
その角に白い悪魔が現れていた。白いトンガリ帽子にワンピースを着た私のアバターと同じ姿をした者が。目立つけれども法に触れないから彼女は堂々と待ち伏せできたのだろう。
「どうして? 行動を読まれている?」
彼女が署の角から出現できるのは、それを表していた。唇は開くことなく彼女がその事に着いて説明する様子はなさそうだ。
それよりも恐れる事は、もう1人の存在だった。昨日、私を捕まえようとした体育会系の男がどこかに潜んでいるはず。
私は辺りを見回した。郊外だけれども警察署があるだけあって2車線の大きな道路がある。近くに店が並んでいるけれども、時間帯なのか車はまばらで人の姿は今のところみたらない。もちろん、体育会系の男も。
「ナオ……」
そんな中、ナオは一歩前に出た。
「あなたは誰?どうして私達の前に現れるの?」
ナオは会話という作戦に出たが、ヒーラーの格好をした者は何も言わず、仲間の声を荒げさせる。
「いい加減にして、何がやりたいわけ」
「…………」
ヒーラーはニヤリと笑い、その顔に不安を感じて再度見回したが、男の姿はなかった。
「何か言いなさいよ」
ナオがさらに一歩踏み出して、ヒーラーのローブを掴もうとしたが、ヒーラーは一歩さがって回避する。
「……」
何も言わずヒーラーは笑ったまま背を向けて走り出し警察署の角を曲がった。
「待ちなさい」
ナオは走り出した。無礼なヒーラーを捕まえようとするナオに私は冷静に止める。
「待ってナオ。追っちゃ駄目。ワナかもしれない」
ワナといったのは先ほどから感じる不安が消えなかったから咄嗟に出たものだったが、嘘から出た真となった。
ただし、それは自分に降りかかっていた。
ナオを止めようと走り出した私の肩を何かが掴む。強制的に振り返らさせた私は恐れていた男を見上げることとなった。
悲鳴が出るよりも早く、布を持つ腕が顔を覆っていた。
薬品の匂いがしたような気がしたが、もうどうでもよくなった。