2 オフラインゲーム開始
郊外に住む者にとって大二駅は東京の次に大きな街だった。
北口は大型百貨店が3軒建ち並び、南口は個人が営業する雑貨屋や高校生の財布に優しいファーストフード店をたくさん見かける。
由麻ちゃんと買い物に出かける時は、ほとんど大二駅だった。
「放課後に行くのは初めてかな」
夕方の大二駅、新鮮に見える。
南口を出たところにあるスイカ味の自販機。
歩き出す前に私は辺りを確認した。
他のプレイヤーらしき人はいない……と思う、多分。
これ以上キョロキョロしたら逆に怪しまれるから、普通に歩こう。
「普通に……普通に」
南口はこじんまりとしてた。改札口を出るとバス停ととタクシー乗り場があって、右側には小さなビルと左側には幾つかの店が建っている。
私は店がある方向を進んだ。2件目にある雑貨屋さん、そこにスイカ味の自販機があった。
大二駅周辺は由麻ちゃんと良く遊びに来てたので迷うことはなく、ビル側にある方向を進んだ。
スイカ味の自販機も飲んだことがある。買った事を後悔したから、すぐになくなるだろうと思っていたのに。
「あった……」
辺りを見回した。後方に人がいたので、その人が通りすぎてから、自販機に近づこう。私は自販機近くで足を止めた。
「…………」
視界に入った人も自販機が見える辺りで足を止めた。
「まさかね……」
待ち合わせか何かだろうと思いつつ、その人をちらりと見た。
「…………」
同じ制服を着た、その人はカバンから携帯を取りだすところだった。待ち合わせ……ならいいんだけれども。
「…………」
さて、どうしよう。私の視界には自販機の横に赤い巾着が見えた。まだ、ある。チャンスがある事にテンションが上がるものの、他のメンバーに取られてしまう焦りが生まれた。
「……うーん」
自販機に近づきたい。それにはジュースを買えば良い。私は自販機に近づきながら、カバンから財布を取り出してコインを3枚投入。ボタンを押して、ジュースを取りだし……少し下がった。赤い巾着、取りたかったけれども、取れなかった……ちらりと後方を見たら、その人が見ていたし……。
仕方なく、自販機から数歩だけ下がってプルトップを開けた。よりによってスイカジュースを買っちゃったし……。
「…………」
久しぶりに買ったスイカジュースは相変わらず微妙な味をしていた。まあ、この微妙味を飲み尽くすには時間がかかるから、それまでには、あの人も去ってくれるだろう。と思っていたら……その人が近づいてきた。財布を取り出して、スイカジュースのボタンを押した。
「…………」
同じ制服を着た人は、私よりスカートが短く髪型も肩に触れるまでのサラサラしている。 その人は私よりさらに数歩だけ下がり、スイカジュースのプルトップを開ける。
「…………」
どうしよう、声をかけるべきかな。いや、まず、メンバーじゃなかったら? ただ単にジュースを飲みにきただけかもしれない。微妙だと思っているスイカジュースだけど、あの人にとっては美味しいのかもしれないし。
「…………」
私はちらりとその人を見た。
「…………」
その人はスイカジュースを軽く睨んでいた。美味しくないようだ。
「ぷ……」
思わず吹き出してしまった。
「あ、違うんです。スイカ味のジュースって美味しいって思える人がいるのかなと思って……」
笑い声を聞かれたので、慌てて言い訳をした。
「あぁ、うん。スイカジュースって、前々から気になっていたから、一度飲んでみようと思って。すごい微妙だね」
「そうだね」
軽い会話は終了。微妙ジュースを飲む音だけが辺りに聞こえた。
「…………」
いかん、このままでは飲み終えてしまう。そしたら自販機を去らなければならない。そもそもスイカジュースを飲みに来たんじゃなくて、その横にある赤い巾着を取りに来たのに……と考えていたら、隣の子は缶を再度睨んでから一気に飲み干そうと缶の角度を上げた。
まずい、もしメンバーだったら、巾着を持っていかれる可能性が高い。
飲み終えると思っていたジュースの残量はいがいと残っていて、なぜか知らないけれども、飲みにくいジュースの早飲み大会が始まってしまった。
火花を切るデッドヒート……といえない。微妙な速度で私達はジュースを飲んだ。どちらも缶を戻しふうとため息をついて、再び飲む。そんなゆるいバトルが続いた。
長く感じたバトルもいつかは終わる。
「よし、飲み終えた」
負けず嫌いなのか隣の子の勝利となった。
「あたしの勝ちね」
「え、じゃあ、巾着も?」
いけない。思わず、口にしてしまった。
「巾着?……それって、あ、本当にあった」
ジュース飲みに勝った子の様子からして。2つの事が判明した。
1つはいつの間にか開催されたジュース飲みに勝ちたかっただけ。もう1つは、赤い巾着を狙ってここに来た、メンバーの1人。
「巾着を知っていることは、君はもしかして……もしかしてマナ、なの?」
ジュース勝者はまっすぐ私を見つめ、私も見つめ返した。
「うん。じゃあ、あなたは、ナオ?」
その短い髪型ともっている雰囲気が魔法使いのナオににていたからだと思う。
「うん」
オンライン上の名前を呼ばれ少々恥ずかしいそうだけれども、その人、ナオは笑った。
「お別れ会の時、マナは参加しないって言ってたから、違うプレイヤーだと思ったな」
「あ、あれね。やっぱり、諦め切れなくて、あの後、こっそり送ったんだ。黙っててゴメン」
「ちゃんと言ってくれたんだから。謝るこことはないよ。これで同じだね」
「そう言ってくれると嬉しいな」
「ふふ。やっぱりマナっていう雰囲気がある」
ナオはさらに笑った。
「え、私の雰囲気?」
「うん。制服着ているけれども、マナだと思えたよ」
「あ、私も。ナオだと思った」
「本当?」
私達は顔を見合わせ、また笑った。
「じゃあ」
私は赤い巾着を手に取った。
「これは一緒にやろう」
ナオはこの上ない笑顔で返事をしてくれた。
赤い巾着を手にいれた私達は、まだ現れるかもしれないメンバーを恐れ自販機から離れた。駅ビルのトイレに駆け込んみ、人がいない事を確認してから2人で個室に入ると赤い巾着の紐を緩める。
「ハンカチとポケットティッシュ……」
「え、それだけ」
テンションが上がりまくってただけに安っぽいアイテムに呆然の2文字しかなかった。
「もしかして、もう誰か取った後?それとも本当の忘れ物?」
私達の高まったハイテンションの高層ビルにヒビが入りガラガラと崩れてゆく。
「待って、中に何かある」
それをナオの一声で塞き止め?られた。
「マナ、ハンカチの中に鍵がある」
ナオがハンカチを広げると数字が刻まれたプラスチックのプレートと鍵が現れた。
「鍵、コインロッカーのだ」
「どこのだろう?」
ナオの問いに私は首を振ることしかできなかった。由麻ちゃんと良く遊びにくるけれども、コインロッカーなんて使う事はないから。
「…………」
私はふとハシバさんのメールを思い出した。『良く見て』という単語を私はポケットティッシュを見た。ビニール部分の端側がセロハンテープで止め直していた。
「もしかして」
私はポケットティッシュの中身を全て取り出した。金融関係の広告がはいった紙の裏側を見る。
北口を出て近くにあるコインロッカー。
トイレを駆け出した私達は目的地までとにかく走った。
「3448は、真ん中」
「300円、一枚たりない、ナオ、100円玉持ってる」
目の前まで迫ったお宝に、私達は異様なテンションで作業を進める。オフラインでは初対面の見知らぬ者同士なのに、今の私達に他人としての垣根はなかった。友達のように100円玉を受け取った私は鍵をまわした。カチャリという心地よい音と僅かな振動が指に伝わる。
「開けるよ」
頷くナオを確認してから、私はコインロッカーを開ける。
「…………」
中には赤いリボンと包装紙に包まれた20センチほどの立方体の箱が置かれていた。リボンにメッセージカードが挟まれている。『 娘へ、おめでとう』 と
「やったぁ」
手に取った私達は人目をはばからず歓声をあげてしまった。
箱を確認するため、私達は近くのファーストフードへ逃げた。ドリンクを頼んでから、2人用の座席に向かい合わせに座る。
「開ける前に確認しよう」
目の前に箱を置いてからナオは真面目な顔でいった。
「箱の中身が複数だったら半分にして。もし一つだったら公平にじゃんけん」
「意義なし」
同意を確認したところで、ナオはリボンに手をかけた。包装紙をきれいに取ると厚紙の箱が出てきた。
「マナ、開けるよ」
「うん」
ナオが厚紙の蓋を開ける。その先にある空間を息を飲んで見つめた。
「木の宝箱だ」
100円じゃ買えない精巧な作りの宝箱を開けると一枚のメッセージカードと甘い香りがした。紙に染み込ませているみたい。
「ID hasiba-daughter PASS zero2285 ……て」
「アルターワールドにログインしろって事?」
「という事は」
「勝負」
私達は握りこぶしを作った。
「じゃーんけん……」
勝負の結果……勝利。
とりあえず、箱や宝箱も貰うこととなった。ログインして、それから手にいれた物が複数ならナオと半分する事で話がまとまり、私達は帰ることにした。ナオは次の駅で降りていった。電車のドアが閉まり、手を振るナオに笑顔と同じ動作をして別れた。
「ふぅ」
ドタバタしたけれども、オンラインの仲間に会えたり。すごく楽しかった。
「ゲーム、参加して良かった」
私から笑顔が消えたのは、その後だった。
「ナオの名前とか何組なのか聞いてない……」
バタバタし過ぎてきれいさっぱり忘れてた。
「まぁ、ゲームでも学校でも会えるんだから、いいか」
再び笑顔に戻った私はナオが住む町を眺めた。
家に着いた私はさっそくパソコンを起動し、オンラインゲーム『アルターワールド』のログイン画面でメッセージカードに書かれていたIDとパスワードを入力。
いつも見慣れたロード画面もいつもと違ってみえた。
ロード画面から切り替わった画面は見覚えのある小さな町。
「一番最初の町エルバーだ」
ゲームを始めた全てのプレイヤーがここから出発する。
自分のアバターも上下黒色の服を着た男の格好をしていた。
「懐かしいな……」
町を見渡す私の横を同じ格好の新米プレイヤーたちが走り抜けて行く。
「さてと」
私は噴水がある広場のベンチに座り、メニュー画面からメールボックスをクリックすると1通のメールがあった。
タイトル 親愛なる娘へ
本文 手順通りにすすんで、私の遺産を受け取ってくれ。
1.このキャラクターから、君が使っているキャラクターへフレンド登録してくれ。
2.君のキャラクターにログインし直して、登録を承認したら、再度、このキャラクターにログインする。
3.アイテムをプレゼントで君のキャラクターに贈る。(このゲームはレアアイテムも遅れるから問題ない)
4.このキャラクターを退会処理してくれ。
その時、運営側から警告メッセージが出てくる。『有料ゴールドにしたお金)があります』
友人に贈るを選択。
これで遺産は君の物だ。
「これは……すごい」
言われた通りに処理して、自分のキャラクターに再々ログインした時……私の周りにはきらびやかなアイテムや装備品が自分の所持品を埋めていた。
「激レアアイテム獲得率が上がるポーションに経験地5倍になるポーション。こっちは状態異常にならない指輪……」
そして一番嬉しかったのは有料ゴールド5000ポイント分。
電車2駅分とコインロッカー代を払っても元手がとれた。
「ハシバさん……本当にありがとうございました」
私はパソコン画面に向かいお礼を言ってから、ゲーム内のメール機能を選択した。
もちろん、手に入れたアイテムをナオに報告するため。
メールを送信して、数分とたたず返信が来た。ナオもログインして待ってくれていたらしい。
『今、どこにいる? カヴィアスの酒場2階で待ち合わせできる?』
『今から行くね』
会話のようなメールを打ち、私はアイテムから瞬間移動できるアイテムを取り出した。
町の酒場は仲間を集めたり、集合場所として使われている。
課金プレイヤーがいる時は有料で買った家で待ち合わせできるのだが、高校生にとって家はゲーム世界でも理想の存在。
「ハシバさんがいる時は楽だったなぁ」
酒場の階段を上がっていくと、部屋のすみっこに見慣れた魔法使いが座っていた。
『放課後ぶりだね』
『そうだね』
ナオと向かい合わせに座ったところで、ナオからメールが届いた。
『指定チャットで会話よろしく』
ゲーム内の会話は音量設定ができ、通りすがりの人でも聞こえる大声モードから、フレンド登録した仲間だけ、ナオが指定した指定したプレイヤーのみの小声モードまである。
『設定したけれども、小声になってる?』
『大丈夫』
ナオに確認してもらってから、私は辺りを見回した。
『こんな人の多い町より、過疎化した村の方がメンバーに見つからないと思うんだけれども……』
『隠れてこそこそしていると余計に怪しまれるよ。指定チャットだからメンバーに見つかっても待ち合わせしていたと言えば、誤魔化せるし』
『なるほど』
会話が落ち着いたところで、私はアイテム機能を選択し、ハシバさんから貰ったアイテムのうち、2個以上は半分にして、1つしかないアイテムはどっちが貰うか話し合った。
『アイテムはこれでおしまいなんだけれども。ハシバさん、有料ポイントもくれたの』
『有料ポイントかぁ、確か渡せないんだっけ』
『うん』
『じゃあ、マナがもらちゃいな。半分にできないのはじゃんけんで勝った方の物にしたんだし』
『いやいやいや。5000ポイントは大き過ぎるよ。ナオがほしい有料アイテムを私が買って、ナオに渡すってのはどう?』
『マナが、それで良いっていうなら、構わないよ。とはいえ、今は使わない方がいいわね』
『え、どうして』
『今、有料アイテムを湯水のように使うのは、遺産を貰いましたって言っているようなものよ』
『……そうだね』
ナオと会話しつつ有料ショッピングのウィンドウを見ていた私は慌てて閉じた。
『貰えたのに、使えないのは……残念』
『まあ、少しづつ利用していくのが無難だと思うよ』
私にアドバイスしてからナオは立ち上がった。
『せっかく、2人で会ったんだし、どこか冒険行かない?』
『もちろん』
席をたった私は気になっている事を打ち込んだ。
『ハシバさんがいなくなって……これからどうしよう。ナオは誰かとパーティを組む予定はある?』
『ううん。いないよ。できればマナや今までのメンバーとやって行きたいんだけれどもね』
『私も、ナオや皆とやりたいね』
ゲーム画面のキャラクターは、動きをとらなかったが画面前の私は『へへっ』と笑った。ネットの向こうにいるナオも笑ってたら嬉しいな。
『とりあえず旧ハシバ邸に行ってみよう。誰かがいるかもしれない』
『そうだね』
ハシバさんの屋敷は今いるカヴィアス町の南側にあり私たちは歩いて向かう。
懐かしきハシバ邸は跡形もなく消えていた。もう別の誰かがこの土地をかったらしく、見慣れない屋敷がそこにある。
『…………』
『ネットだと一瞬で変わるから、余計に寂しいよね』
私の横に長身に露出の高いプレートアーマーを装備した女戦士がいた。
『サク』
サクはハシバさんの次に攻撃力があって、2人がモンスターの前に出ると安心して戦闘をすることができた。
『いなくなった人を寂しがっても仕方ない。マナ、ナオ。素材集めにドラゴン狩りをしに行くんだけれども、2人も来る?』
『うん』
『もちろん』
戦士と魔法使いとヒーラーならバランスがとれた冒険ができそう。
『じゃあ、行こう。他のメンバーがログインしたメッセージが出るから、誘ってみるよ』
屋敷に背を向けて歩き出すサクの後ろ私達は続いた。
『うん。ハシバさんは居なくなっても、また、今までのメンバーで行きたいよね』
歩き出したところでナオが気になっている事を口にした。
『あたしも……また、よろしくね、ナオ。マナ』
『はい』
『こちらこそ』
『…………』
サクの足がピタリと止まった。
『また、皆で仲良くゲームをするためにも。一つ提案があるんだ。これはあたしの考えだけれども、ハシさんの遺産についてね』
現実世界にいる私の顔は青ざめる。
『遺産を貰った人もそうでない人も。それについて話さないでほしいんだ。揉め事になるのは目に見えているからね』
もしここが現実ならナオと私は顔を見合わせていただろう。
『そうだね』
『私も賛成』
参加していないと言った私なおさらで、ナオも知らないフリをして発言した。
『って、遺産を貰った人の発言だよね。これ』
『そうだね』
短く発言文を打った現実プレイヤーの顔は、ヒドイものだった。
サクが提案してくれたお蔭で『ハシバの娘たち』メンバーは今まで通りの空気で、また一緒に冒険を楽しむことができた。
バレないようにレアアイテムは使わず、有料マネーはナオと半分ずつにしていつも通りの使い方。時々、安いアクセサリー程度を買う程度に抑えている。
今頃になって気づきました。
本当にごめんなさい