オンラインゲーム
「はい、リポーターのユマです。今日もアルターワールド、雪島サーバーの出来事をお送りします」
マイクを手にしているのはシーフ姿で私の友達ユマ。
リポーターと言っているけれども、ゲーム内の出来事をブログに連載しているだけ。
マイク代わりに柄の短い片手用の棍棒を持っているし。
「今日は高級住宅エリアに来ています。オンラインとはいえ、現実マネーのかかるお家。現実で女子高生している者にとってはリアルに寂しいですね」
「ユマちゃん、それ嫌味になるから止めた方がいいよ」
カメラ代わりに黒い魔石を持たされている私は忠告した。
「多少嫌味がなければ、ブログ読書は飽きると思うんだけどな。まあ、マナの言う事は正しいから後で編集するわよ」
私達はオンラインゲーム、アルターワールドにいた。
月額有料制で 舞台となる世界『リ・ラティア』には、広大なフィールドに数多くのモンスターや豊富な自然資材、そして幅広い年代性別のプレイヤーが生活していて。プログラム設定されたNPCを覗けばすべてが、どこかの現実から操作している1人の人間であった。
アルターワールドにいるといっても、私達は家のパソコンから操作している。今までの会話もキーボードで打ち込んだもの。
「それにしてもマナ、今日は助かったわ。ありがとうね。雪島サーバーで1番有名なハシバのお別れ会に入れてもらえるなんて、ハシバと仲の良いマナがいなければ、リポートできなかったからね」
「そう。でも周りから『ハシバの娘たち』って呼ばれているんでしょ……へこむなぁ」
私を含めてハシバさんと共に冒険していた仲間たちは皆、女性キャラクターなのでそう呼ばれるようになった。
課金アイテムを湯水のように使うハシバさんは、メンバーにもアイテムを気前よく渡してくれる。そんな彼は誰もが仲間になっておこぼれを貰いたいと注目を集めるプレーヤーだった。
彼から見れば私たちはハイエナに見えてしまうんだろうな。
そんなハシバさんは、見た目が良くて冒険に役にたってくれる女キャラクターを選んだ。多少入れ替えがあったものの、今いる7人が常に冒険を共にしていた。
「……見た目なんだろうな」
私は白のトンガリ帽子に白いワンピースというヒーラーの初期衣装を着ていたので選んでくれたと思う。実際、回復、補助スキルをメインに伸ばしている。
あと、言い訳になるけれども、ハシバさんの方からパーティに誘ってくれた。
「課金プレイヤーハシバから色々と貰っているからね。そう言われながらも、アルターワールドをやるマナも根性あるわよ」
「ネット世界だからね。それに貰えるアイテムは全部、1回使った中古品だよ」
足が止まる。私はカメラ……っぽく見える黒い魔石をテレビカメラのように向けた。
「ねえ、ユマちゃん。取材っていっても家のパソコンで動画やスクリーンショット(パソコン画面を保存できる)を撮って、後でブログの文章を打つんでしょ。この行為、無駄のような気がするんだけれども……」
「何言ってんのよ。雰囲気なくちゃつまらないじゃない。ほら、カメラを屋敷と私が入るように向けて」
ユマちゃんはマイク……に見せかけた片手用棍棒を持ち、リポートを続けた。
「雪島サーバー1の有名人、ハシバさんの邸宅に着きました。おお、これはすごいです。昨日、販売開始
したばかりの古代都市の門、開けた先にある古代石でできた敷石に、おおっ、これがウワサの喋る扉、ハバのドア。扉さん、こんにちは、リポーターのユマとカメラマンのマナです」
私達の前にある石製の黒い両開きの扉には老人の正面顔が彫られていた。両開きの扉なので老人の顔が二つに分かれている。
「リポーターのユマさん。マナさんですね。ロックを解除しました。どうぞ、お入りください」
「と、このようにハバの扉はセキュリティ万全の扉さんなのです。ハバの扉。いやぁ、初めて見ました」
屋敷の中に初めて入ったリポーターはため息をついた。
「現実世界でも、アルターワールド世界でも見たことがないセレブ、いや貴族みたいです。広すぎるリビング。魔法石で作られたシャンデリア。高そうな赤い絨毯。テーブルの上に置かれた魔法石はレプリカで限定50個販売のやつです。そちらの壁には黒紫色の重装鎧を装備したハシバさんの肖像画」
「新しく買った黒青鎧の絵を飾りたかったんだけどな。面倒くさかったから、やめたんだ」
「ハシバさん」
肖像画とは色違いの鎧を装備した男、ハシバさんが現れ私達は挨拶をした。
「どうも、ハシバさん。今日は屋敷に入れていただきありがとうございます。ブログ『雪島サーバー日和』の管理人、ユマです」
「俺の事が記事になるなんて嬉しいね」
ハシバさんは爽やかな笑みを作り、それからずいと友人に近づいた。
「オンラインで君と一緒に遊べなかったけれども、どう? オフで俺のパーティに入らない?」
「え、えと……」
さらに接近しようとするハシバさんを見て、私は割り込み、友達をガードした。
「ハシバさんっ。ユマちゃんが怯えているでしょ。ごめんね、ハシバさんはかわいいキャラを見ると居酒屋のオヤジ化するから。軽いジョークだから」
「俺はいつでも本気なんだけどな……」
ぼそりと言ってから、ハシバさんは何事もなかったかのようにユマちゃんに笑顔を見せた。
「マナから聞いたよ。リア友なんだって」
「あ、ごめん、ユマちゃん。知らない人はいれたくないって言われたから、リア友だってバラした」
「リア友ぐらいなら、平気だよ。それはそうとハシバさん。冒険中、大丈夫でした? マナの暴走」
「暴走……それってやっぱりリアルのマナも本物に天然なんだね。この前、ボス戦で俺が大ダメージを受けてさ、マナが回復しますって言ってくれたから、待っていたらリカバー(状態異常回復)がかかってさ、あやうく三途の川を渡るところだったよ」
「は、ハシバさんっ。あの時は本当にごめんなさい。急いでヒール(体力回復)をかけようとしたら、クリックする場所が少しずれちゃって」
「ズレるんだよね。この子の家に遊びに言ったら麺つゆ飲まされてさ」
「ユマちゃんっ。あれも謝ったじゃない……って皆、笑わないで」
現実とネットの暴露話をされて屋敷の空気は和らいだ。もちろん、私はパソコンの前で赤面するしかなかった。
笑いが収まってからユマちゃんはハシバさんに頼んだ。
「ハシバさん、今日のお別れ会を記事にするため画像を撮りたいのですが、協力してくれますか?」
「ああ、もちろん」
「まずパーティの様子と、できればパーティメンバーを何人かずつまとめて撮りたいんです」
「OK。じゅあ、俺の肖像画の下にしてくれ、おーい、皆、集まってくれ」
屋敷の主に呼ばれ『ハシバの娘』たちが一箇所に集まってくれた。
「まずは戦士のサク。シーフのハヅキ。ネクロマンサーのミヤビ。魔法使いのナオ。ヒーラーのマナ。生産は薬剤士のヒナタ。鍛冶のリリ」
ハシバさんが説明してくれるたびにユマちゃんは写真を撮った、はず。現実世界でスクリーンショットの機能を使っているのでシャッター音がないのだ。
それから友人は肖像画に集まった全員の画像、記念写真を撮った。
「どうも、リポーターのユマです。ハシバ邸の外に出ました。まだ、中ではハシバさんお別れ会をやっているのですが、内輪だけの話がしたいということで、退出してきました。つもる話があるんでしょうね……何の話が気になります。推測だけがつっぱしります」
ふうとため息をつき、ユマは棍棒と黒い魔石をアイテムボックスにしまった。
「まあ、何もないだろうけれども……」
ユマは屋敷を見上げてから、ログアウトした。
「遺産……」
翌朝、私は洗面所でぽつりとつぶやき、昨日の出来事を思い出した。
ハシバさんのお別れ会は、最後まで派手だった。
壁や天井から吊るした紙テープの飾り付ーブルに並べられた料理の数々。NPCによる演奏会。どれもこの時間のために課金したものだった。
課金
実際のお金を使ってネット、このアルターワールドでしか通用しない特別なアイテムを買う事ができる。でも所詮データーの一部でしかないから、現実に戻れば何も残らない、ただ口座やお財布のお金だけが消えている。
とはいえ、私もアバターに飾るアクセサリーは買ったことがある。この世界でしか通用できないとわかっていても、やっぱりほしい。ネット世界であっても、かわいい服を着たい。課金することにためらいはないけれども、彼の使い方は真似できない。
「今日は、俺のお別れ会に来てくれてありがとう」
ハシバさんは皆を見回した後、手にしているワインを飲んだ。このワインだって味はないがちゃんと現実のお金が消えている。
「ハシバがいなくなると、寂しいわね」
誰かが発言した。
理由は聞いていないけれども、気前の良かったハシバさんは今日でアルターワールドを退会する。
「何言っているの、俺の財布目当てだったのに」
「何言っているんですか、ハシさん。そのお蔭でハーレムパーティで冒険できたんだから」
仲間の1人がさらりと交わし、他のメンバーたちも笑い話として加わる。
「最後に受け取ってほしい物があるんだ」
笑いが一段落してからハシバさんは、メンバー達に言った。
「俺がここまで楽しく冒険できたのも、皆のおかげ。感謝の気持ちを表したいんだ」
「感謝の気持ちって、もう十分もらったよ」
「いやいや、まだまだ。だけど、あげられるものは1つしかなくて、たった1人にしか渡せない」
「それってハシバの愛ってやつ?」
「あー。それは皆にあげたいね」
「でた、オヤジ化ハシバ。もぅ、飲み屋じゃないんだから」
ハシバさんが女性キャラクターを選ぶ理由が良くわかる……。この人は一体何歳なんだろう?
「ハシさん……本題に戻って下さい」
「悪い悪い。コホン。1人だけにすんごく良い物、俺の遺産ををプレゼントしたいんだ。でも、その1人を選ぶことはできない。なのでそれを現実世界で争奪戦をやろうと思う」
「争奪戦?」
「そう。考えたルールはこうだ。指定した日、指定した場所に俺は『遺産』を入れておく」
「現実で?」
「そう現実でだ」
「遺産かぁ……」
「ねーちゃん、朝から物騒な事、言うなよ」
鏡の後ろで呆れ顔をする弟に聞かれ、思わず洗顔石鹸を落としてしまった。
「ま、守っ」
落とした石鹸を拾いながら私は言い訳を探す。
「遺産と言ってもね、世界遺産の事よ。宿題になっているの」
「朝になってから宿題? 高校生活、終わってない?」
「今日じゃないから、いいの」
「ふーん」
私は急いで洗顔石鹸を顔に塗って表情を隠した。
高校とゲームを始めて、はや半年。
アルターワールドでは有名なプレイヤーと仲良くなれて、名の知られる存在になったけれども、現実の私は真逆だった。
地味な女子高生。オンラインゲームでは良くあるパターン。
高校の制服も地味な濃紺色のブレザーとスカート。それを地味な生徒が着るもんだからシーフの隠密状態並みの酷さ。
「おはよー、真奈」
地味加減を再認識した私に、同じ制服を着た友人が声をかけてくれた。
「由麻ちゃんは肌白いから……」
「おはようの前にため息をして……また、地味ネガティブ?」
色白の肌に眼鏡をかけ、肩に軽くかかりそうな髪を一つにまとめた由麻ちゃんは、アルターワールド世界でリポートしていたシーフ。
「あ、おはよう由麻ちゃん」
「……。まあ、いいや。それはそうと真奈、宿題やってきた?」
「え、もしかして世界遺産の宿題?」
「朝から何、寝ぼけてんの。数学、出てたでしょ」
「……あ」
すっかり忘れてた。
「忘れてたわね」
「由麻ちゃん、お願い」
両手を合わせると、友人は自販機を指さした。
「ミルクティーでいいわよ」
「……」
「世の中、甘くはないのよ。まったく、こっちはリポートしてブログを更新してからやったのに……それはそうと、昨日のお別れ会、何かあった?」
私は100玉を落とした。
「何とか誤魔化したものの……信じてくれたかなぁ」
授業を聞き流しながら、私はちらりと斜め前に座る友人の背を見つめる。
「はぁ……」
実は隠し事がもう1つあった。
昨日のお別れ会。ハシバさんがオフラインでの争奪戦やるって言った時、不安になった私は『場所に問題あるから参加できない』と打ち込んだけれども……やっぱり諦められなくて、ログインし直してハシバさんの私書箱にメールアドレスを送ってしまった。
「……はぁ」
嫌な女って見られているよねハシバさんに。この事を他のプレイヤーに知られれば皆にも……。
再度、ため息をついてから私は授業に耳を傾けた。
そんな私にメールが届いたのは、お別れ会から4日後。
昼食が終わり、そろそろ5時間目の準備にとりかかろうと思いかけた頃、マナーモードにした携帯が振動で伝えた。
因みにうちの高校はマナーモードにして授業中に触らなければ没収されない。
「ハシバさんからだ」
私は、メールを打っている友人をちらりと見てから、携帯を操作する。
タイトル オフラインゲーム開始
本文 皆、気かい? ハシバパパだよ。
大二駅の南口を出た所にある、スイカ味のある自販機に赤い巾着をセロハンテープで張り付け た。その中に指定場所があるから『良く見て』ね。
誰も取る人がいなければ、後日、場所を変えてやるから。 元騎士、ハシバ
「…………」
「どうしたの真奈?」
「あ、弟から。」
「そう。あ、弟君にも聞いといてくれないかな。今度、オンラインゲーム内の都市伝説特集をやろうかなと考えているから、いいネタないか」
「あ、うん。わかった」
メール送信し終えた由麻ちゃんと行動を合わせるように、私は平静を保ちながら携帯を閉じて制服のポケットにしまった。
由麻ちゃんには言えない……。
今までハシバさんに課金アイテムを貰っていながら更に貰えるなんて……いや、貰えると決まっていないんだけれども……
ハシバさんのメール……どうしよう。大二駅は近くの駅から2つ目。行こうと思えば行ける。早退すれば……
「次、小テストがあるじゃない……」
勉強しなきゃ。って、ハシバさんのアイテム争奪戦どうしよう?
「…………勉強しよう」
というより、これから大二駅に行ったって、もう誰かが取っているかもしれない。そうだよね、プレイヤー皆、学生とは限らないし。
外を自由に動ける営業の人とか、主婦とか…どこぞかの社長さんなんてなれば、運転手にちょっと命令するだけでいいんだからって争奪戦に参加する社長はいないか。
とにかく、もう誰に入れている……はず。
「でも……」
もしも、皆、大二駅周辺に住んでいなければ……。
世界は広い。日本だって広い。アルターワールドをやるプレイヤーは日本中に広まっている。ハシバの娘たちだって日本中に散らばっているんだし。そうなると……
「これから小テスト始める、教科書しまえ」
「………」
運が良ければ、アイテムが貰えるかもしれない。放課後、行ってみよう。
放課後。用事あると由麻ちゃんに言って、私は電車に飛び込んだ。
「……緊張する」
メールにあった赤い巾着はまだあるのかな?それよりも、もし、私みたいに学生のプレイヤーがいて鉢合わせになるかもしれない。
「可能性ある……よね」
とにかく、周りを良く見よう。見すぎて怪しい人にならないようにして。
目的の駅に着いた私は、夢心地のように、悪い事をしようとする悪人みたいに。
いや、コンサートのステージに飛び出すアイドルみたいに歩きだした。