第91幕 デウスを追って
「……終わった?」
秋たちもまた、呆然と辺りを見回した。
クララとアラヤに瞬間移動で連れてきてもらったときの――吐き気すら覚えたあの禍々しい感覚は――まったく感じることはなかった。
「…終わったね……」
秋たちの元へ――ヴノに支えられたネロがやってきた。
「『カコ』は完全浄化されたようだ。『ブルゾス』の気配を全く感じない」
ネロが疲れてはいるが、満面の笑みで秋たちを見た。
「…そうですか…よかった」
秋は責任感を果たした満足からか――それとも安堵からなのか。口元は微笑んでいたが、ほぅとひとつ、大きなため息をついた。
やや遅れてその後ろからは、ジンにお姫様抱っこされたアーラと、それを笑っているクレイが続いた。
「大丈夫だ…下ろせ」
「まともに歩けないやつがよく言うよ」
「お前だって疲れてる」
「俺はまだ大丈夫だ」
アーラとジンの会話は――まるで誰かと誰かのようで――アックスたちの視線が秋とセスカに自然と集まってしまう。
「…ほっとけ」
秋は呟いた。
ネロとアーラは共に色濃く疲労が見えている。そして他の3人も、長い時間力を使い続けた疲れは滲ませていた。
「アラヤは大丈夫か?」
尋ねた秋を、アラヤは睨みつけた。
「僕はほとんど力なんて使ってないだろう?すぐに美味しいところを持って行きやがって」
何故か、アラヤの機嫌は悪かった。
秋と天楽はそれを見て――笑った。
◆◆◆
「いたっ!!」
フロガ、アエラス、直人の3人は怪我ひとつなく、元気な様子で秋たちと合流を果たした。
3人とも、ダンシたちを倒し――殺すことなく――今は意識のない3人を「捕縛」の魔導術でそれぞれ木々に括りつけてきたということだった。
「よくやったね…皆…イルエも」
直人が嬉しそうにイルエに歩み寄りながら、秋たちにも話しかけた。
「皆でやったんです……だから…うまく行ったんだと思います」
秋も笑顔で、直人にそう答えた。
「……何だろう…この感覚?」
急にアダの右目が琥珀色に輝き、秋の背後を――不思議そうに見つめた。
「何か…感じたのか?」
秋の表情が険しくなった。
「…ちょっと行ってみていい?僕もこんな感覚は初めてだから…何なんだろう、これ?」
アダを先頭に、全員が移動する。
「……これは?」
アダが不可思議な――宙に浮かぶ――周囲の景色が縦に1メートルほど、妙に歪んだ場所を見つけた。
「これはっ!!」
同じ言葉だが、それは何かを「確信」した声音――それを発したのは天楽だった。
「何だこれは?」
「……「時空移動」したあとの痕跡だよ、シュウ。たぶんこれは…デウスがわざとこんなにはっきりと残したんだ。自分の居場所を教えるために……」
秋の問いに答えたのはアラヤだった。
「どうしてそんなことをするんだ!?」
アックスがアラヤに尋ねた。
「デウスはシュウとお前たちを殺したがってる。
おそらく、お前たちが追って来やすいように残したんだろうな。
この痕跡を辿れば、デウスのいる場所に行けるだろうが…間違いなくそれは「罠」のはずだ」
「追ったとしたら…どこに出ると思う?」
そう訊いて――秋はアラヤを見据えた。
「これも間違いなくロバロ公国だろう。お前たちとロバロ公国の両方を葬るために」
その答えを訊いて、秋は考え込むように顔を俯けた。
「シュウ。追うことはしない方がいい。
行き先がわかるなら、あとでも行くことが出来る。
今は君たちも、「道」を開いたことで体力を消耗しているんだ…それではやつの思うツボになってしまう。
日を改めよう。とにかく今は避けるべきだ」
ネロの説得に――直人は――逆の言葉を口にした。
「それでも…君は行きたいのだろう…秋」
「…直人さん」
「ノモスさんの話では、ロバロの『ズローバ』にも「魂」たちが溢れていることだろう。
ワルーンさんたちが頑張ってはいるだろうが……。
それが気になっているんだね?」
秋は直人に無言で頷いた。
「だったらオレも行くっ!!」
なんとかジンに支えられながら、アーラが叫んだ。
「……これにはオレにも責任がある。オレもシュウたちと一緒に行くっ!!」
「無理だ…今のお前では…ただの足手纏いだ」
ジンに諭され――アーラは悔しそうに口を噤んだ。
「俺たちが行くよ、シュウ。俺とアエラスはほとんど疲れていない。
君たちの役に立てるだろうと思う」
フロガの申し出だったが――それを否定したのは――天楽だった。
「こんなに大勢は僕が無理。いくらロバロへ「時空空間」が繋がっていても、この空間を移動できる能力者の存在が必要だよ。
僕の能力では、ここにいる秋たち全員を送るぐらいがギリギリ。
フロガさんたちまで連れて行くことは出来ない」
「さっき力を使ったばかりで…お前は大丈夫なのか?」
心配する秋に――天楽は笑った。
「それでも…秋は行きたいんでしょ?僕もその想いはよくわかる。
なら行こうよ。今の君たちなら、デウスに勝てるかもしれない…そう思うんだ」
その答えを聞いて――秋は天楽に、にやりと笑いかけてこう言った。
「ありがとうな。でも「かも」じゃないぜ。「勝つんだ」。それと…皆はどう思う?」
秋は仲間たちの顔を見た。
「…愚問だ。ロバロは俺の生まれ故郷で…俺は「ロバロっ子」だからな」
ピサ島についたとき、秋に言われた言葉をアックスはしれっと口にした。
「悪かったよ。ほんとにお前は根に持つな」
「繊細と言え。とにかく俺は行く」
「あいよ」
秋とアックスのやり取りに、思わず周りから笑いが溢れた。
「あたしは行きますっ!!師匠やシュウさんたちが行くならついて行きますっ!!それに『キュノサルゲス』も心配だし」
カエナは両手に拳を作って力強く宣言した。
「俺はお前を弟子にした覚えはまだないぞ?」
とアックスが呟いたが、カエナは全く無視していた。
こちらもますます笑いを誘う。
「カエナ…気をつけて行ってこい。でも…今度はあんな怪我はしないでくれよ。
お兄ちゃん、心配でどうにかなりそうだからな」
ヴノの辛そうな笑顔に、カエナも涙ぐむ手前で「大丈夫。元気に戻ってくるわよ」と強がっていた。
「私も大丈夫?どうしても見届けたい…そうしないといけない気がするの」
「大丈夫か、天楽?」
秋の問いに、天楽は小さく頷きながら、
「うん。秋たちの仲間は全員、連れて行くつもりだから」
イルエのことも、天楽は快く連れて行くことを快諾した。
「……アダは居てもらわないと、デウスの足跡を追わないといけないから……」
今度は天楽がアダを見る。
「そのつもり。僕に聞く必要はないよ」
アダも自分の役目を心得ていた。
「そしてあとは秋とセスカとベンジーとクララか……まっ、何とかなるかな」
天楽が人数を確認し、秋を見た。
「…シュウ。アレティは……」
セスカが秋に尋ねる。
「ロバロが完全に安全とわかったら迎えに行く。今は……俺たちだけで行こう」
「…わかった」
セスカは秋の返事に頷いてみせた。
「……どうしても行くのかい?」
ネロは疲れの残る秋たちのことを心配し、最後の問いかけを行った。
「はい。今、行かないと…取り返しのつかないことになるような気がするんです」
秋はネロに申し訳なさそうにしながらも、そう答えていた。
「わかった…これ以上は訊かないが……絶対生きて帰ってきてくれ。
アレティは俺たちがそれまで預かっておくから」
「はい。よろしくお願いします」
フロガへ秋は軽く頭を下げた。
「……アマラ…こいつら全員って…お前の能力の限界を超えてるだろう?大丈夫なのか?」
アラヤの心配に、天楽は笑顔で応える。
「デウスたちの移動の軌跡が残ってるから、自分で「道を作る」よりは楽だよ。
それに…秋が行きたがってる。僕はそれに応えたい。もちろんアラヤにも来てもらうよ」
「…それは当然だ」
アラヤは不機嫌そうに――言った。
◆◆◆
天楽が両手を周囲の風景を歪ませている「空間の痕跡」に向ける。
ブブブブを耳障りな音が聞こえ――天楽の両手が観音扉を押し開けるように、漆黒の闇が支配する別空間の穴を開けていく。
「それじゃ…行ってきます」
秋がフロガたちに言った。
「十分気をつけるんだぞ。必ず帰ってこい」
フロガが秋たちに告げる。
秋たちは「はい」とそれに答えてみせた。
「……シュウ…頼む」
アーラの一言に――秋は全身にぐっと力を込め――「任せろっ」と答えた。
アーラたちが見守る前で――秋たちは「時空間」の中に入り込み、デウスのあとを追い――ロバロ公国に向けて移動を開始した。




