第89幕 慈悲の輝き
キィン、キィンと金属音の澄んだ音が辺りに響く。
「…さすがはエリュシオン最強にして最高の騎士と言われるフロガ殿か」
フロガの相手をしている青年――ダンシから感嘆の言葉が漏れた。
「そうか?それは光栄だな…。でもこれでも俺の本気ではないがな」
微笑むフロガには、言葉の通り――余裕を感じさせる態度が現れている。
それがはったりではないことは、ダンシにもよくわかる。
「それは俺も同じこと。ではお互いに全力といこうか……」
「始めからそうしてくれ。俺はこれでも忙しい」
フロガの憎まれ口が気に障ったのか、無表情のダンシの顔に――怒りによる歪みが加わった。
コクウは体術を主とする戦闘を行う。
武器は両手に持つ短剣だけだ。
だが、アエラスはそんなコクウの攻撃を難なくかわす。それがコクウには悔しい。
精密な動きでアエラスに攻撃を繰り返すが、コクウからの突きや蹴りを紙一重でかわし続ける。
「どうして攻撃してこないっ!?」
堪らずコクウが叫んだ。
「それがお前の全力か?大したことないな……」
涼しい表情のアエラスに、コクウは怒りを爆発させる。
「そんなわけないだろう。見てろよ」
コクウの体を中心として、風が渦を巻き始めた。
◆◆◆
直人の心の中に、少しの迷いがあった。
それはこのバクという少年の命を奪うかどうか。ということ。
気配は『カタフ』やその他の『ブルゾス』と言われた存在のものではない。
れっきとした生きた人間。それもまだ15歳程度の少年。
命を奪っていいものではない――どうすればいいのか?
剣術の腕前では、直人が上回っているだろう。
両手持ちの剣を振り回してくるバクに、直人の迷いは刀裁きに影響を生じてくる。
「貴様…随分と余裕だな」
「…そうかい?そうでもないけどね」
この場で説得出来る相手でもないだろう。それにそうそう時間もかけていられない。
バクは『セルキー』の能力を使い、直人の前から忽然と消える。
少し前の直人なら――きっと慌ててたに違いない。
だが今は、「風」が直人に教えてくれる。
格段に能力の上がった直人の前に、風の流れは――姿と気配を消しただけのバクの存在を伝えてくる。
その動きは微かな空気の流れの変化となって、直人の五感を超えたその「感覚」は――感じ取っていた。
「青龍」は、確実にバクの体を捉えた。
直人が次にその姿を見たときは、バクは白目をむき、その場に崩れ落ちる瞬間だった。
「結局…こんな方法に頼るしかないのか……」
バクの体を捉えたのは、直人の持つ「青龍」の「刃」ではなく、「背」の部分。
だがあまり手加減はしていないため、左肩から胸にかけて骨の異常はあるかもしれない。
「峰打ち」。バクの意識を奪うことで、一時的に戦闘を回避する方法しか直人には思い浮かばなかった。 たぶん――今、自分がとれる方法が――それしかないだろうことも。
ダンシは己の能力である『ズグラ(密林)』で、フロガの周囲を一気に木々で覆い尽くした。
「この木は「食中植物」でもあってな。特に人は大好物なんだよ」
ダンシはこの能力で、今まで人知れずに暗殺を行い、その体をこのような木々に食わせては事実を隠蔽してきた。
全力を出さない振る舞いをしながら、フロガが隙を見せる一瞬を狙っていた。
なんとなく――ダンシの周囲の温度が上がった気がしたが――ダンシはそれを無視した。
『カコ』の中では、どのような変化があってもそれほど気になることではない。そう思っていた。
木々にそれ以上の変化はなく、既に中のフロガは木々に食べ尽くされてしまったのか、驚くほど呆気なかった。
「もう声も届かな……」
そこまで言いかけ、ダンシが唖然とした。
フロガを覆っていた木々が――突如燃え上がり――燃え尽くす間もなく、あまりの高温に一瞬で炭化する木さえ存在していた。
「…何だ。お前の全力とはこの程度か……期待して損したよ」
周囲の高温をよそに、その態度はいつもと変わらず飄々としている。
フロガは「火」を使う。が、激しい炎はあまり得意としない。
強いて言うなら「熱」だった。
「今度はこちらの番だな…俺の全力……食らってみるか?」
フロガは不敵に笑った。
「お前…「風使い」だったのか」
「『カテギダ(突風)』だ。貴様も「風使い」だろうが、竜巻さえ支配下に置く俺の能力に太刀打ち出来るか…やってみろ」
コクウが右手を真横に振る。
風は爆音をたて、四方からアエラスを襲った。
「…こんなものじゃ終わらない」
強風は渦を巻き、アエラスの四肢を粉々にするため、更に追い討ちをかけた。
コクウは満足げな――光悦に浸る笑みを口元に称える。
この風から生き延びた者がかつて1人もいない。そして今も――。
再び爆音が轟く。
今度は風が風を打ち消す音として。
「な…なんだ?」
「……お前。本当の「風使い」がどういうものか教えてやるよ」
急にコクウの肌に、ぴりぴりと――空気が刺すように――敵意をもって感じられる。
それも、己の周辺全ての空気が。
アエラスがコクウと同じように、右手を真横に振る。
コクウの四方から――空気圧縮弾が――押しつぶす。
悲鳴を上げる間も与えずに――それでもコクウの体が押しつぶされる一歩手前で、空気の圧縮弾は消滅した。
「これでも手加減した方だな」
アエラスが呟いた――目の前には、体に大きなダメージを与えられてはいるが、意識を失ったコクウが倒れていた。
◆◆◆
ロバロ公国――。
ワルーンに率いられた『神聖騎士団』は、『ズローバ』に赴き、どこからともなく発生してきた大量の『ブルゾス』の「浄化」に苦戦していた。
「怯むなっ!!ここはなんとしても護りきれっ!!」
ワルーンの激が飛ぶ。
この日のために、ノモスはエリュシオンから多くの『魔導騎士』を派遣してきていた。
苦戦はしているものの、数がいることで、けして乗り切れないわけではないことは、ワルーンも承知している。
秋たちのように、高い能力を有しているわけではないが、ここを護りきるという思いは、全ての騎士たちに伝わっている。
「絶対にここを乗り切るぞっ!!」
ワルーンは自分も剣を振るいながら、騎士たちに声をかけ続けた。
◆◆◆
「では…やるぞ」
ネロがアーラたちに声をかける。
4人は頷き、中心にアーラとジン。そしてネロ、クレイ、ヴノがその外側に立ち――まずネロが自分の能力を使い始めた。
ネロの能力は『オケアノス(大洋)』。
どこからか大量の水――海水が地響きを立てて5人の周辺を覆い、数メートルまで登ると、円柱状の形を作り上げた。
そしてジンに抱きしめられたアーラの体が、仄かに純白の輝きに包まれる。
それを更にジンの薄く黄色を伴った白の輝きが、交わるように重なった。
円柱状の水の幕の内側から、外へと光が放たれる。
揺らぐ水の動きも相まって、漆黒の闇に立ち上る幻想的なオブジェを作り上げた。
「……すごく綺麗…」
思わずカエナが呟いた。
カエナだけじゃなく、秋たちもその美しさに目を奪われた。
「…「魂」の群れが一斉に動き始めたわ」
イルエが感じ取った変化を口にした。
「…見とれている暇はない。始めるぞ」
秋の号令に、一同が無言で頷いた。
「……ぐぅ……」
アーラがうめき声を上げ、ジンはアーラを抱く手に力を込めた。
「魂」はこの輝きに救いを求めて、一斉にアーラたちの元へと集まり始める。
ここでクレイが『イリス(虹)』の能力で、アーラとジンを三重の虹のリングで包み込む。
直接「魂」たちが、アーラとジンに寄り付かないようにするためだ。
そしてヴノの『エリモス(砂漠)』の能力は、ネロの作り出す円柱の結界が崩れないよう、その土台となって、海水の発生を支えていた。
円柱の最上部にある海水で覆われていない「口」の部分から、「魂」たちは侵入してくる。
海水が立ち上っている場所は、ネロの思念が含まれているために、水に触れただけで「浄化」されていく。
「魂」たちが一度に押し寄せないよう、ネロがその数をそうやって調整していた。
アーラたちが行っている「浄化」は、縋ってくる「魂」に直接話しかけることはしていない。
形は違うが、「強制浄化」に近いものだ。
ただし――アーラたちが心で「『ガイア』に還るんだ」と願っている分、発生している力には「慈悲」の念が篭る。
それに触れただけでも、少しは違う――と思いたい。
『ガイア』へ戻る「道」が開くまでの間、そう願いながら、アーラたちは自分の力を使い続けている。
掛かる圧力にも関わらず、アーラたちは能力を更に強くする。
輝きは増し、集まる「魂」たちは加速した。
溢れ出る「慈悲」の輝きに、「魂」は救いを見出そうとする。
それはアーラたちの狙いであり、これから始まる秋たちの「道」の創造を気づかせないために。
漆黒の闇が覆う『カコ』の中で、まるで太陽を思わせる美しき輝きは、その存在感を増していった。




