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第69幕  幸せの…そのあと

「あたしはもう大丈夫です」

 カエナの顔色は焚き火の灯りで判別しにくいが、川から上がった直後よりかなり赤みを増し、見た目にも熱が下がったせいか、元気も出てきた様子に見えた。



 アックスはこの後、どうするかを迷った。

 助けを待つか――『カコ』からの脱出を考えた方が良いのか。

 既に6刻(6時間)近く経っている。

 間違いなく行方のわからない自分たちを探しに、助けが『カコ』の中に入っているだろう――だが。

 同様に――疲労のピークにあるアダに負担を掛けてまで自分たちを探しているかどうか。

 アックスは判断を下した。



「『カコ』から出るぞ」

「…はいっ」

 カエナの返事に生気が戻っている。

 アックスはその声のハリに安堵を覚え、自然と口元が緩んでいた――。 

 が――アックスは自分のこの判断の間違いを、このすぐ後に、死ぬほど後悔することになるのだ――。

 このときはまだ、そんなことを知ることもなく、元気を取り戻したカエナの姿に安心していた。



◆◆◆



 1週間という時間は、アラヤとナユタの体の再生も、完全に終了させていた。



 万全になった体。デウスからはイオに戻り、ロバロ公国に戻る予定の秋たちの動向を見張り、ピサ島を出たあと、チャンスを見つけ次第攻撃しろという命が下っていた。

 しかしアマラは「僕が秋とちゃんと話をしたあとに、どうするかを決める」と、なんともくだらない要求をアラヤとナユタに突きつけていた。



 アラヤはアマラの要求はあまり納得していないが、デウスの命には従う態度を示している。



 が、ナユタは自分の体の再生を待って――ピサ島へ潜り込み、秋たちを殺す気でいた。

 


これほどの屈辱を受けて――アマラにまで馬鹿にされて。このままで済むはずがない。

 その悔しさに1週間も我慢したのだ。

 これをアラヤに話せば止められるに決まっている。

 だから。1人でやることに決めていた。



 考えてみれば、最初からこうすれば良かったのだ。

 『奈落タルタロス』では、相手を完全に甘く見たために、失敗し、アイテール城では完全に相手の術中に嵌っていた。



 だが結界内の状況もよくわかった。

 自分も馬鹿ではない――あれほど痛い目に合えば、次には同じ失敗は繰り返さない。

 ピサ島の最も西側、『カコ』の中に侵入を阻む結界の一部に綻びがあることは、デウスからも報告を受けていた。

 しかしせいぜい通れて人1人程度。多少突破に手間取るが、自分の能力なら問題はない。

 丁度良い。わざわざ退屈な時間を過ごすこともないのだ。

 ナユタにも自分1人。短い距離の「瞬間移動」なら可能な程度の能力は持っていた。



 そして決断した。

 自分に屈辱を与えた連中の抹殺に向かうことを――。



◆◆◆



 クララの力で、アックスたちが居た場所まで移動してきたフロガたちが見たものは――蛻の空となった――人の居た形跡のある岩の窪みだった。

「移動したあとのようですね」

「…少し遅かったか……」

 ネロの言葉に、フロガの表情はより暗さを増した。

「ここにはアックスとカエナの匂いがあります。2人は一緒に行動しているようですから、このあとは私の嗅覚で2人を追います」

「……そうだな。ここの感じからも2人がここを離れてそう時間は経っていないようだ。

 クララの鼻を頼りにするしかなさそうだな」

「はい、任せてください」

 クララはフロガの判断を仰ぎ、すぐに地面に残されたアックスとカエナの匂いを追い始めた。

「……カエナ」

 ヴノが――妙な胸騒ぎを感じ――小さく妹の名を呼んだ。



◆◆◆



 熱が下がったからと言って、カエナの消耗した体力がすぐに戻るわけでもない。

 無理のないようカエナの調子に合わせながら、アックスは慎重に森の中を進んでいた。



「大丈夫か?」

「…はい、大丈夫です!!」

 返事だけはイイんだが――いくらカエナに歩調を合わせているとは言え、荒い呼吸のカエナの様子から、自分の判断が早急過ぎたことをアックスは後悔し始めていた。

「アックスさん。あたしひとつお願いがあるんです」

「……なんだ?」

 心配そうなアックスへ――安心させるためなのか、カエナは笑顔を浮かべながら言った。

「あたしをアックスさんの弟子にしてほしいんです」

「……なんで急に?」

「アックスさんは言ったじゃないですか。「人はすぐには強くなれない」って。

 だから、あたしアックスさんについて、強さを学びたいんですっ」

「だから…どうしてそうなるんだ……」

 これ以上心配の種を増やしたくない。それはアックスの素直な感想だ。

 秋のことだけで精一杯なのに、カエナという厄介事まで抱え込む余裕は自分にはない。

 しかし――ちょーっと負い目もあるし。やる気の芽を摘むこともしたくはない。

 アックスは小さいため息のあと――こう言った。

「『カコ』を出たら考えるよ。今はとにかくここを出ることを考えよう」

「本当ですかっ!?俄然、やる気出ました」

 えへへと笑うカエナに、アックスは少しの安堵とそれより大きな不安と――そんなカエナから目を逸らして――息を大きく吐き出した。直後だった――。



 カエナは「それ」に気がつき、アックスを力の限り突き飛ばす。

「ラッキーっ!!見つけたぁぁっ!!」

 アックスの耳には――有り得ない者の声が響いた。



 大きくよろけて――それでも自分を突き飛ばしたカエナに振り返り――カエナが左胸から真紅の美しい弧を描きながら、地に倒れていく姿をアックスは凝視した。

 その左胸には――ナユタの刺した剣が柄まで突き立てられ、仰向けに倒れたカエナは――その呼吸を停止していた。



 アックスは大きく両目を見開いて――ついさっきまで、自分の弟子になりたいと笑っていた少女の変わり果てた姿にただ――呆然とした。

「……カエナ?」

 アックスが膝から崩れ落ち、自身の体から流れ出る――真紅の海に横たわる少女の頬に手を伸ばす。

「カ…エナ…」

 アックスの手が触れても――カエナは閉じた両目を開かない。

「カエナぁ――っ!!」




 カエナを呼ぶ――アックスの絶叫が周囲に響いた。







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