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第49幕  アラヤとナユタ 

 馬車は一路、フリソスが「かの地」と例えた目的の場所へと向かっていた。

 馬車の中には7名と2匹。

 秋、セスカ、アックス、アダ、直人、カエナ、ベンジー、クララ――そしてフリソス。

 そのほか、メル、ターン、クロコス他、騎士の数人が護衛を兼ねて馬で馬車を取り巻くように同行していた。



 カエナは見習いである自分が馬車に乗ることを躊躇ったが、フリソスは「君も大事なメンバーだ」と意味深な発言をし、カエナも馬車に乗せた。

 


 フリソスは馬車の中で、これから向かう目的地の説明を始めていた。

「「かの地」とは、今は便宜上「奈落タルタロス」と呼ばれている、50年前までこのエリュシオンの旧王都だった「イディア」のことだ」

「……あっ」

 秋が思わず声を上げる。 

 その話は直人たちから、何度か聞いていたからだ。



「その感じなら、君ももう知っているみたいだね。

 改めて説明すると、50年前、突然その「イディア」に…1人の少年が現れた。

 なんの前触れもなく、城の外にたった1人で立っていたそうだ。笑いながら。

 でもその少年が普通の人間でないことは、城にいた者協会の者たちにはわかったらしい。

 その少年は『カタフ』であり、『アトスポロス』でもあったからだ。

 しかしそれを見抜いた者たち…特にイロアス協会の者数名が、伝令として、このイオにあった協会の支部へ連絡するために「イディア」を離れた。



 それから半刻(30分)もしないうちに……「イディア」は消滅したんだ。

 その少年が保有していた『霊力マナ』の保有量が尋常ではないのは、感知できる者たちには一目瞭然だったそうだ。

 おそらく…『アトスポロス』の最高ランク『第1級 (ブロスト)』の数人分は…ということだった。

 それを少年は一気に放出。その体は耐え切れず、崩壊すると同時に大爆発を起こした。

 それは一瞬……この世界開闢せかいかいびゃくに匹敵するほどの光の量ではないかと言われているが。そして一気に放出された光のエネルギーはそのエネルギー放出を終えると、今度は一気に収縮が始まった。

 


 その「イディア」の街…人…形あるものは、その光のエネルギーで形を失い…20万人余りの人々の魂…『霊力マナ』だけがその空間に溢れた。

 今度は一気の収縮。だが、爆発のエネルギーと20万余りの『霊力』に相当するエネルギー。空間はそれを吸いきれず、この『現世』に留まり始めた。

 『ブルゾス』はそれを狙っていたのだろう。

 その空間に溢れた『霊力マナ』を求め、世界中の『ブルゾス』がこの空間に押し寄せた。

 協会は現存する全ての『アトスポロス』の『霊力』を注ぎ、その空間を『超々強度結界』で包み込んだ。

 その結界は半径20キロを包み、10年に一度、年々溜まっていく『ブルゾス』を更に強力な『結界』で包む作業を行い……今では五重の層になっている。

 


 だがその『結界』もあと5年持てばいいと言われていた…。

 もうこれ以上強力な『結界』を張ることは不可能に近い。

 その5年をメドに……生き残り、新たな王家を、国を担う者たちは考えた。

 旧「イディア」…今は焦土と化した『奈落タルタロス』を浄化出来ないか…と



 そして数年前。『アトスポロス』を養成する目的を持つ『アカデメイア』、『キュノサルゲス』、『リュケイオン』の養成学宮 (学校)にこの『奈落』を『浄化』出来る強力な能力を持つ『アトスポロス』たちを発見、養成することが最大の目的であることを伝え、それがこの三大養成学宮の現在の命題になっている。

 


そしてその3つの学宮には、何人かのそれを担うことが出来るだろう『アトスポロス』たちが見つかり集い始めているんだ。

 


君たちは現在『キュノサルゲス』において、この『奈落タルタロス浄化』を担うことが出来る『アトスポロス』としてその名が上がっているメンバーだ。

さっき『奈落』を包む『結界』があと5年で消滅する…と言ったけどね。

ここ数年で『ブルゾス』の量が増加し、今は『結界』はあと3年以内に消滅すると言われているんだ。その数字を弾き出した協会…そして僕らも焦っている。



『ブルゾス』の中でも…50年前の…僕らは『カタストロフィ(大崩壊)』と呼んでいるその事件に関与したと思われる『デウス・エクス・マキナ』が、世界に存在する高ランクの『アトスポロス』たちを特にここ数年で暗殺――精神崩壊を起こさせ、その体に『ブルゾス』を憑依させる『悪霊化』を行い、僕らの活動を阻止している。

奴らの活動も段々活発になってきているのは確かなんだ。



 でもそれに合わせるように、今年…この4月以降になってから、突如高ランクの『アトスポロス』が見つかりだした。

 そして『デウス・エクス・マキナ』も…あの『アート』の事件も全て彼らの仕業と言っていい。奴らは目的のためなら、国一つ滅ぼすことも厭わない。

 殺すだけじゃない。『アトスポロス』たちの精神までも食物にし、利用し尽くす。

 それが奴らのやり方なんだ。



 君たちをその『奈落』に案内するのは、現状をまず知ってもらいたいということだ。

 イルエを始め、名高い『先視師』たちはこの3年以内の未来が「視えない」と表現する。

 わからないらしいんだ。どうなるか……それが僕らの抱える「未来」の予想であり、その『奈落浄化』が失敗し、かの地の『ブルゾス』がこの世界に放たれることになれば、3000年前、この世界を大崩壊させた大洪水…天変地異を上回る災害になることは間違いない。それだけは言えることだ」 

 フリソスは長い説明を終え、ふぅと一息ついた。

 だが異変はすでに――この時点で始まっていた。



◆◆◆



 旧王都「イディア」を包むドーム状の五重超々強力結界。

 この周辺は結界の外も半径10キロに渡って閉鎖されている。

 世界最大の『ブルゾス不浄地』。それがこの『奈落タルタロス』だった。



 閉鎖された地域は無人の街が広がり、秋たちを乗せた馬車は、まるで時間が停止したかのような地域に入り始めた――頃だった。



 秋は激しく咳き込んだ。止めたくても止まらない。込み上げる吐き気を抑えることで精一杯だった。

 ベンジーはカエナの膝に蹲り、がたがたと小刻みに震えている。

 アダは突然押し寄せた頭痛に悩まされた。 

 瞳を固く閉じ、気持ち悪そうに背もたれに寄りかかっている。



 セスカ、アックス、カエナ、直人も居たたまれない不安を感じ、それを抑えることに必死になっていた。

 


「僕も何度来てもこの気持ち悪さはなくならない。

 それにシュウやベンジーに関しては、フォスとまったく同じ反応を示してる。

 彼女もその強大な能力ゆえに、本能と体が拒絶反応を起こすんだ。

 だからこれ以上先には進めないんだよ」

 そう語るフリソスの顔も――真っ青だった。

「フォス……とは『ニキティス』家の『暁の姫君』…現存する唯一の『第1級』の『アトスポロス』ですね?」

 直人が座っていることも辛そうなフリソスに代わって口を開いた。

 フリソスは小さく頷く。

「そう…彼女の能力は人間である限界を超えて、この世界でもっとも『女神ガイア』に近いと言われている。『生きた神』と言っても間違いじゃない。

 『アトスポロス』としてあまりに強い『浄化者』だと、浄化しようとする本能というものが強すぎて、こんなに強い瘴気の中に突っ込んでしまうと、体の限界を超えて『ガイア』から与えられた『浄化者』としての本能がこの場を浄化しようと働き出す。

 でも体本来の生存本能がそれを拒絶する。そして精神に激しい負荷が生じるんだ。

 フォスの場合は、50年前に現れたという少年とは全く逆の…能力者なんだろう。



 今のシュウたちの反応は、フォスとまったく同じものなんだ…君は彼女に匹敵するだけの潜在能力を秘めていると言えるだろう」

「殿下…あなたはそれをシュウに教えるためだけに、こんな場所へ連れてきたのですか?」

 秋を抱きしめるセスカがフリソスを睨みつける。

「セスカ…俺はだいじょ……」

 秋にはそれ以上何も語らせないよう、セスカはぎゅっと秋を抱きしめた。

「…うん。そうだね」

 そう答えるフリソスもまた――座っていることがやっとの状態に見えた。

「セスカ。殿下を責めるのはよせ」

 珍しく厳しい口調で直人がセスカを諌めた。

 セスカはフリソスの様子が辛そうなこと――そして自分自身も秋を抱きしめていることがやっとであることを理解し、直人の言葉に従った。



◆◆◆



「殿下、着きました。皆、大丈夫ですか?」

 馬車の窓越しに、メルが中のフリソスに到着したことを告げ、中のメンバーを気遣った。

「……限界かな。シュウは動けないと思う。セスカに怒られた」

 あはは――と力のない笑い声を出し、フリソスは強がった。

 だが馬車に同乗していた誰も――そんなフルソスの態度に何か反応出来るほど――元気など存在していなかったが。



「……メルさん…よく平気ですね……」

 秋がセスカに支えられ、ようやく最後に馬車から降りた。

 


 そこは無人の街並みは消え、見渡す限りの荒野――周囲の空気も灰色掛り、視界も悪い状態――そんな大地が広がっていた。



「俺は『カタストロフィ』経験者だからな。もう麻痺しているに近いさ」

 メルは今年で65歳。

 そのとき――実家のある「イオ」の街にいて難を逃れたと聞いていた。

 しかし父親、兄2人、そして親戚のほとんどは「イディア」の街にいて『カタストロフィ』に巻き込まれたのだという。

 さきほど名の上がったフォスのいる『ニキティス』家も、フリソスのいる王家『アフトクラトラス』家も、大部分がその『カタストロフィ』の犠牲となった。

 現女王マルガリタリ、「生きた英雄」と名高い『ニキティス』家現当主スィコらは、すべて「イオ」の街にいてその血脈を辛うじて受け継ぐことが出来た――と、メルから聞かされている。



「ここは結界の一番外。『第五結界』の内側だ。

 フォスもここまでが意識を保てる限界だそうだ。でも今は「瘴気」が余計濃くなってきているから…無理かもしれねぇがな」

 嘆息するメルをなんとか見ながら、一番外側の結界でもこんなに「瘴気」が濃いなら、かなりやばいんじゃないか――秋はそう考えていた。3年も持つのか?と。



◆◆◆



「一旦結界の外に出よう…限界だな」

 メルの号令で、フリソスと数人の騎士。ターン、メルとクロコス。そのあとにクララが続き――秋たちがそれに続こうとして――フリソスたちと秋たちの間を遮るように出現していた目に見えない「何か」にその行く手を阻まれた。

「なっ……!?」

 驚き、直人がおもむろに右手をその「何か」に当てる。

 それは実感を伴い、しかし見えない状態の壁となって、確かに「存在」していた。

「……これは?」

 ここで「閉じ込められた」メンバーが、その「気配」を感じ取り、背後を振り返った。



「なんで…あいつら遅……っ!!」

 言いかけたメルが、そしてクロコスたちが事態に気がつき――慌てて結界の中に取り残された秋たちへと走る。

 が、その「存在」はメルたちと秋たちを阻む「壁」となり、メルたちの侵入を拒んだ。





「ようこそ…この『奈落タルタロス』へ」

 


 秋たちの数十メートル『奈落』の中心側に――その2人の男女は「居た」。

 先程まで何も感じなかった。でもこの2人は――人の気配を発していた。

 


 呆然とする秋たちに、2人の男女――少年の外見をした男が口を開いた。

「僕の名はアラヤ。彼女の名はナユタ。早速だけど……君たちには死んでもらうから」

 


 少年――アラヤは面倒くさそうに――そう言った。






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